浩の教室・第17回勉強会の模様

 昨日(12月4日)、勉強会に参加されたみなさま、お疲れさまでした。障害者作業所製のクッキーを食すこともできました。昨日も、お一人、新しい参加者を迎えることができました。今後もよろしくお願いいたします。新しく参加いただいた方も含め、男性6名、女性5名の合計11名で、議論を繰り広げました。お身体の調子を崩され、残念ながら欠席されていらっしゃる方、どうぞご自愛下さい。

 講義では、教科書の意味と、教育様式が歴史的に変化していくことについて考えていきました。

 答申輪読は、前回に引き続き、「地域運営学校答申」を読んでいます。次回でこれは終了し、新しい答申に進みます。いまこのようにじっくり読んでいくことができますのは、教採にあたって大きなメリットであると信じています。なぜなら、表面的に飛ばしとばしなぞったところで、行間にひそむ文科省の意図が理解できないからであり、ひいては教育時事を理解して記憶することが難しくなるからです。答申と教育時事とは、根底のところでつながっているものです。地道に読んでいくことは大変なことですが、がんばりましょう。

 ところで、勉強会におきまして今後、この諮問こちらの諮問に対する答申類がでれば、すぐにチェックしていきます。そのほか、こちらの中間報告や、こちらの概要、およびこれなども少し考えてみたいと思っております。それから、文部科学行政の在り方を根本的に規定する「これからの教育を語る懇談会」に、上述の答申・審議類の位置を確認することにいたします。教採に答申が必須的に出題されることからすれば、こうした学習方法は価値があるでしょう。

 勉強会の第3部は、集団討論です。今回も代表者6名の方に、実践さながら議論していただきました。テーマは、「教室で孤立しそうな児童生徒がいるとします。あなた方は担任としてどのような予防および対処をしようと思いますか、議論してください」というものでした。

 テーマそのものの「読み替え」あるいは「解釈」に、みなさん困っているようでした。たとえば、「孤立しそう」というのは、「孤立していない」ではないし「孤立した」でもない。したがって、「対処」なら「孤立したあと」の処置になるし、「予防」なら「孤立していない」ときの手のうち方になる。そうした言葉の深いところまで捉えて考えていただけることに、喜びを感じます。

 結論としましては、2段構えで討論していただくことがベストではなかったかと思います。議論の筋道をどなたか討論参加者が最初に示し、その線をあまり逸脱せず25分間を乗り切っていただけたらいいのではないでしょうか。つまり、孤立しそうな児童生徒の原因を措定し、それにどのようにワタクシたちがアプローチするか。そのアプローチの在り方を、予防面と対処面で考える。予防という観点からはクラス運営の議論になりますし、対処の観点からは、当該児童生徒ほか、家庭、地域も視野にいれて発言することができるでしょう。

 討論参加者の発言をこのフレームワークに沿ってまとめますと、@原因の措定は、いじめにあっているということ、あるいは転校したてで友人がいない状況、があげられました。いじめと仮定すれば、それは引き締めた発言は、いじめは許されないものであって人権教育にかかわるというものでした。

 そして、A予防的な面では、いじめが発生しないようなクラス作り、具体的には、グループ作業あるいはグループワークを教科や道徳においても方法として取り入れる。学習以外でのグループディスカッションも提案されました。その際、男女分け隔てなく対応する。お互いを受け入れるきっかけを作る。たとえば「いいところ探し」をして、自尊感情を高めていく。自己肯定感、自己有用感を増幅させるような指導を展開する。とすれば、係り活動の意味も問えます。相手の気持ちを思いやることもできるでしょう。仲間を作る「遊び」を用意することも大切ですね。

 そのほか、集団としてのまとまりを作るには、あいさつ運動が有効であるというご意見もでました。たしかにあいさつは、相手の心を開く第一歩です。

 B対処的な側面では、まずは当該児童生徒に、愛情をもって接したいということがあげられるでしょう。その際、直接的に「一人になっているねぇ」とはいえないし、どのような聞き方をすべきか考えないといけないというご意見がありました。

 最後に個別なご意見として、C孤立しそうな児童生徒がでてくるということは、クラスが病んでいる状態である。これをワタクシたちが自覚し、上のA、Bのことを実践していくべきである。また、転校を理由として孤立感を深めていっている場合は、その新しくクラスに参加する児童生徒の特徴を分析し、教員の側からどのようにしてクラスに「なじむ」よう指導するかが大切というご意見がありました。具体的に沖縄からの転校生を話題にし、沖縄文化の紹介からクラスの受け容れる雰囲気を作っていく手法などが紹介されました。

 個人をどのように集団へと融解させていくか、それがこのテーマのミソです。みなさん、それに気付き、懸命に答えを探そうとしていらっしゃいました。いや答えというよりも、わたしならどうするか、ということを語ってくださいました。他の先生方とも協力、協調し、クラス運営のポイントを見つけ出してください。教育原理の勉強が、そうしたところに反映されることを期待します。

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(2004年12月4日)

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