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浩の教室・第56回勉強会の模様


 昨日は当サイト主宰第56回勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。また、今回は、大阪市の現役の小学校教諭(女性)の方に、ご好意から来ていただき、イロイロとご指導、ご指摘をいただきました。ありがとうございます。現役の先生のお言葉は、これから先生になりたいと強く願い、この勉強会に集っているみなさんにとって、参考の上にも参考になるものです。来てくださることに金銭的なお礼もできない、こんなちっぽけな勉強会に力を貸してくださることに、感謝の気持ちでいっぱいです。さらには、勉強会終了後のコーヒー会にもつきあってくださり、現場に立つ立場から、教員としての心構えも教えてくださいました。本当にありがとうございます。また、機会がありましたら、是非とも叱咤激励お願いします。

 今回も、新たにお見えになられた参加者がいらっしゃいました。いかがだったでしょうか。主宰者として、アットホームな、楽しい雰囲気を充満させるべく努力しておりますので、今後もよろしくお願いいたしますね。

 さて、上に述べた先生も、新しくご参加いただいた方も交えて、当日は、「人権教育報告」を検討することからはじめました。前回の戦前・戦後の同和教育史の解説を経て、調査研究会議の問題意識を探り、具体的に人権教育をどのように指導していけばいいのかを議論しました。時間の関係で、ワタクシがちょっとお話しし過ぎた嫌いがありました。解説をしっかりしなければならないと焦り過ぎていたようです。もう少し、参加のみなさまからご意見をいただく時間、空間を作るよう、次回、進め方に考慮いたします。勉強会開催時間は1回あたり4時間しかありません。この時間を、休憩を挟みつつ、いかに密度濃く有効に使うか、しかし、あまり緊張しないように使うか、悩みが尽きません。今回で、「人権教育報告」は終了しました。付属の関連問題が完璧にできるようにしてくださいね。次回からは、キャリア教育の報告書を検討することにしましょう。今後は、このキャリア教育、学校組織運営、地域運営の順に解説付属資料を配布し、実施していこうと思っております。重要答申がなされれば、それをも視野に入れつつカリキュラム構成を改変してまいりますので、みなさまからもご意見くださいね。

 次に大阪府の過去問検討をいたしました。今回は、TIMSS、PISAのまとめ、そして指導要領にかかわり、15年度版ではどこをどう「充実」させているのかを確認いたしました。「2005年夏1次向け予想キーワード編」にもポイントを載せていますのでご参照ください。10年版指導要領⇒ゆとり教育⇒PISAテスト⇒知の側面の充実⇒ゆとり批判⇒15年一部改正、という近時の歴史的文脈を押さえることが先決となります。文部科学省のねじれた行政方針を読み解き、それをそれとして理解すること、そこに現場の実態を重ね合わせること、そうすれば乾いた教職教養に生気が戻るのではないでしょうか。

 最後に集団討論に挑んでいただきました。大学3年生の方も、もう数回挑戦されて、ある程度「度胸」がついてきたのではないでしょうか。新しくご参加いただいた方は、緊張されたことでしょう。でもそれでいいのです。初参加で緊張しない方なんていません。しかし、本番ではもっと緊張したことでしょう。そうした「苦しみある緊張感」を「ほどよい緊張感」に転換していくことが、来年夏に向けてのひとつの課題です。討論や面接は場数です。経験です。話し慣れること、緊張を排除してご自身をみせること、ご自身の言葉で語ること、これが大切です。今後も徐々にそうした自分自身を作っていきましょう。そうした成長に、今回来てくださった先生や、今後来てくださるルパン先生、れのん先生がサポートしてくださいます。ワタクシもちょっとはお役に立つよう努力しますね。

 集団討論のテーマは、「児童生徒、保護者の求める教師像とはどのようなものであると考えますか。議論してください」というスタンダードなものでした。この討論に、男性3名、女性4名の方に25分間で挑戦していただきました。このテーマのミソは、いうまでもなく、「自分の考える教師像」ではなくて、「他者から見られるところの教師像」を考えるということです。教員をめざすワタクシたちが児童生徒や保護者から、どのように見られているか、客観的にそれを理解しているかあるいは客観的にそれを捉えられるような能力をもっているかどうかがポイントとなります。すなわち自分の理想の教員像を考えるだけではないということになりますね。教員はつねに自分が見られている存在であるということ、いわば「籠の中の鳥」であることを自覚しないといけません。小人閑居して不善をなしてもいけませんし、君子は独りを慎むといっても、苦しくなりすぎてはフラフラになります。

 さて、討論はAさんの発言からはじまりました。曰く、児童の求める教師像と保護者の求める教師像とはちがうので、分けてかんがえましょう、と。まず児童からどんな教員が求められているか。Aさんは、公平な先生、えこひいきしない先生、といわれました。Eさんがこれを受け、児童生徒から信頼を勝ちとるためには、ひいきをしないのはもっともであるとし、さらに、児童生徒のいっていることをよく理解する先生が求められており、私たちにはカウンセリングマインドを備えておく必要があるのではないか、と述べられました。Fさんは、一人ひとりの児童生徒がしっかりみてくれているなぁと感じるような、安心感を児童生徒にもたらす教員が求められていると発言されました。また、Dさんからは、一緒に何かをしてくれる教員が求められている。児童生徒にかまってやれる時間を作る教員が信頼を得ることもできるし、児童生徒も求めている教員なのではないかと述べられました。みなさんが、実践的な側面から発言されているのがわかります。

 一方、Bさんからは、自分に寄り添ってくれる教員、児童生徒に何かあれば、すぐに発見してくれて、「どうしたん?」と声をかけてくれる教員が理想ではないか、そういう先生に出会ってきたし、私もそうなりたいと語られました。Cさんからは、授業中でなくても、話しかけたら必ず親身に聞いてくれる教員が求められているといわれ、Gさんからは、児童生徒の一人ひとりのよさを理解してくれる先生といわれました。Cさんのいわれる像は、休み時間や給食の時間など、生徒指導圏内においても児童生徒に溶け込める教員としての資質が、児童生徒にも求められている態度であることを示してくれています。Gさんのいわれる像は、先生に「よさ」を認められたある一人の児童生徒を他の児童生徒が見て、「ああ、あの子ちゃんと先生にみられているなぁ、わたしのことも、先生は、きっとちゃんとみてくれているんや」と思わすことのできる教員、という意味の像も含んでいます。

 以上のように、参加者各自が描いている求められる教師像が表現され、次に、ではその描いている求められる教師像にどうすれば近づくことができるか、方法論を述べましょう、とAさんが発言し、ご自分の提出された「ひいきをしない先生」になるため、児童生徒からひいきをしていると誤解を受けないようにするにはどうすればいいかを具体的にいわれました。すなわち、児童生徒に対し教員の反応が違うことは間々ある、それには理由があって、児童生徒一人ひとりには個性があり、違いがあり、それに対処しているんだ、ということをしっかりいうことが大切であるといわれました。「差別」をしているのではなく、あなたたちをしっかり見ているからこそ、一人ひとりに見合った充実した指導を考えているのである、それをひいきと見做さないでほしいと学級活動の時間ではっきりさせたいと具体的に提言されました。

 Gさんは、児童生徒をしっかり見ているということを示すために、日々の学校生活において、その日あった「よかったこと」を紹介し、児童生徒のよい面を指摘することが、児童生徒から信頼を得るようになる教育的営みであるといわれ、次のような事例を述べられました。それは、ある児童が骨折していて、その子の代わりにカバンを持って運んであげているのをほめ、手伝いしている姿を紹介したことです。すると、クラスから拍手が起こったそうです。こうした小さいながらもその児童生徒にとっては必死なこと、あるいは、やさしさからしたことをピックアップし見逃さない観察や指導を、一人ひとりの児童生徒を対象に積み上げていくことは極めて大切なことでしょう。

 Eさんは高校志望の立場にあり、生徒と接する時間としては授業中にほぼ限定され、なかなかコミュニケーションがとれないと語られました。目立たない生徒と接することが難しいのをどう解消すべきか。昼休みの時間などに、できうるかぎり補ったそうです。高校における「一人ひとりを見つめる指導」が小中とちがう難しさを持っていることを小中希望者も知る必要がありますね。一貫教育を視野にいれれば、こうしたことを参加者同士で理解しあうことは重要なポイントでしょう。Dさんが、休み時間に多くの児童と話をするといった小学校における当然の指導も、高校では意味が変質してくるのでしょうね。高校における個々を知る指導は、進路と密接に関連してきますし、小中のようにいわば手取り足取りで対応するのは、自主性尊重の点から「やりすぎ」になってもいけない。準義務教育といえる高校には、それに応じた高校の指導がありますから、それを充実させる方法をまとめておくことが必要ですし、同時に、小中など他校種の方々にも期待します。その逆も是非とも必要です。特別支援教育を考えるのも重要ですね。

 Bさんからは、思春期にある中学生は内面に問題を抱えていることが多く、生徒が表になかなかあらわさないところをどう汲み取っていくべきか悩まれているようです。日記の活用や部活動の活躍を見ることによって生徒理解を深め、彼らの求める教師像に近づきたいと述べられました。Fさんは、学級通信の発行を通じて、そうした多様な児童生徒の有り様を保護者にも伝えていくと方法論について発言されました。Cさんは、どの子もしっかり評価したいという観点から、授業中、よくできる子もがんばってほしいなと思う子も平等にあてたいといわれ、さらに、評価の方法も、プリントを対象にするなど、児童の声にならない、または声にしないところをも評価したいと述べられました。どんなシートであれ、書かれたものは児童生徒からのメッセージです。そうした地道な作業が、児童生徒から信頼を得る結果になりますね。

 討論は、筋書き通りの展開がつづいているようで、次にAさんから、「それでは保護者から求められる像とはどのようなものでしょうか」と提案があり、Aさんは、学力をつけてくれる教員と述べられました。この提案に対し、それぞれの参加者の発言をあげますと、けじめのある教員、やさしいだけでなくきちんと叱れる教員、確かな学力をつけれくれる教員、礼儀作法も注視してくれる教員、しっかり教科担当してくれる専門性を備えた教員、愛情溢れ、豊かな人間性を備えた教員、授業研究を欠かさず学習面における指導力のある教員、と、多様な教員像が提出されました。

 このように各参加者から像の提案があって、そこに楔を打ち込むように、Fさんから「保護者の求める像と児童生徒の求める像とは一致するものではないのか」と、しびれる発言がありました。児童生徒が学習面で感動し、学校生活面でリラックスし、学校が楽しいと思うようになる。つまり児童生徒がよいように変わってくる。このように児童生徒がイキイキと転換していく姿から、保護者は教員を評価するのではないか。だから、児童生徒にとって「いい先生」とは、保護者にとっても「いい先生」であり、そうでなければならないのではないか。児童生徒から評価を受ける先生であれば、保護者からも「あの先生になら相談できる」と評価を受けるのではないか。しびれました。ワタクシも聞いていてしびれたのですが、進行役的なAさんも内心しびれていたのではないかと思われます。

 Cさんは、このFさんのご意見を受けつつ、保護者の話をしっかり聞く先生はたしかに求められているし、その結果、親も子も落ち着くようになると発言され、Fさんも、保護者からも児童生徒からも信頼される教員になるための個人的な努力を披露されました。環境問題を検討し、大阪のある浜辺の清掃活動に従事するなど地道な活動を学習指導に位置付け直し指導しているとのことです。

 Fさんは、先の発言を補強しつつ、目立つ子だけでなく「よってこない子」に教員の側から積極的に働きかけていくのが大切であろうと述べられ、Gさんからは、一人ひとりの「児童生徒観察ノート」を作って、声をかけられなかったり、指導が行き届いていなかったなと思われる児童生徒に、次回、何かいえるようにしたいと述べられ、教員が秘蔵する反省ノートを用意すると語られました。

 ここで25分が過ぎ、終了です。

 今回の討論は、Aさんの司会的誘導によって、聞きやすさや安心感を面接官側にアピールしていると同時に、その枠組みを超えた場合にはどういうようにすべきかがあらわれた議論でした。集団討論とは本当に難しいものですね。このテーマが出題されたとき、Aさんの頭の中では、「児童生徒の求める教師像⇒それに近づく具体的方法論⇒保護者の求める教師像⇒それに近づく具体的方法論⇒まとめ」という設計図があったはずです。この筋書きに対し、分けなくてもいいと感じられていた参加者もいたはずです。事実、あとのコーヒー会でこの点についてみなさんからお聞きしたところ、3名の方が分けられてどうすればいいかなと迷ったといっておられました。7人の討論ですから、ほぼ半数の参加者が、いわば「窮屈感」を持ちながら議論に参加していたことになります。このあたりの解消策、改善策はどうすればいいでしょうか。筋書き通りの進行は、それはそれで進めやすいし、整理された進行は、聞く側にとって予想もある程度できるし心地よいのも真理です。

 筋書き通りは、発言しやすいという最大のメリットを持つと同時に、そこから逸脱した意見をいうと、協調性がないのではないかと勘ぐられる危険性もあると認識する参加者もでてきます。

 しかも、本番当日はどんな参加者と一緒になるかわからない…。主導権の取り合いになるかもしれない…。

 この点については、次回、11月19日に開催する第57回の勉強会でちょっと議論しましょうか。ではまた。

(2005年11月3日)

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