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浩の教室・第59回勉強会の模様


 この週末、当サイト主宰、第59回勉強会に多数ご参加いただきましてありがとうございました。当日は、ほとんど満席、寒い冬であるにもかかわらず、教室は熱気で溢れていました。今回もまた、大阪府の現役の先生にご参加いただき、貴重なコメントいただきました。厚くお礼申し上げます。そして、今回も初参加の方が数名いらっしゃり、ウレシク思っております。毎度まいど申し上げますが、女性一人でこの勉強会に申し込まれるのは、度胸のいることだと思います。今回16人のご参加で、12名が女性の方でした。はじめてきてくださった方から、「安心した」とお聞きし、ホッとしております。

 「ネット社会」というものがあるかどうかわかりませんが、ネットを介した集まりに警戒を抱くのは当たり前の感覚でして、ご参加は勇気のいるものだと強く思っています。ワタクシが逆の立場ならと考えると、申し込みにかなり躊躇するでしょう。

 さらに当日は、わざわざ愛媛県や広島県からご参加いただき、その熱意に打たれております。毎回のご参加は大変ですが、時間があえば、是非またご来阪ください。今回、ちょっとばたばたしておりまして、失礼いたしました。

 さて、当日は40数枚のレジュメをお配りし、中教審作業部会のまとめの検討と、平成17年夏実施神戸市1次試験の解答解説、および集団討論を2題いたしました。勉強会開催時間が4時間ですので、少し早い展開になり、ご参加のみなさまにご迷惑をかけたかもしれません。

 みなさんが、ご自宅や学校で教職教養の学習を積まれ、それをこの4時間にぶつけていただくことを期待しております。集団討論のテーマを前日に発表しているのには、そうした意図があります。この4時間の勉強を充実したものにするため、ご参加のみなさまは、教職のバックボーンを作り上げてくださいね。そして、イロイロな質問をワタクシや参加者にぶつけ、刺激を与えてください。参加者の一人ひとりがそうした主体的な意識を発揮することによって、この勉強会がさらに密度濃くなっていきます。さらにいえば、友情と競争心と、つまり切磋琢磨できる空間が提供できるかどうか、そしてみなさまの今後の参加を得られるかどうか、それはこうした報告書やこのサイト自体の運営にかかっていると自覚しています。

 さて、まず、答申類検討のことから述べます。今回は、中教審・初等中等教育分科会教育行財政部会・学校の組織運営に関する作業部会「学校の組織運営の在り方について[作業部会の審議のまとめ]」平成16(2004)年12月(以下、「学校組織運営まとめ」と略します)を検討しました。この「学校組織運営まとめ」は、義務教育および高校教育に対する中教審の「熱い想い」が詰まったものでした。そこで登場するキーワードを確認されただけでも、今後、中教審が現場にどんなことを要求したいのかがわかります。また、現場感覚の極めてペラペラな中教審が、現場をどうみているのかも少しばかりわかります。ワタクシの簡単にまとめた解説をもとに、本文を読まれることを期待します。今回、まだほんのでだしのところだけの解説でしたので、次回の第60回勉強会で残したところを口頭でお話させていただきます。巻末の問題を解いてみることによって、本文を再確認できるようにしています。

 そして次に、神戸市の問題をみていきました。時間の関係から2問しかできませんでした。ただ、ひとつひとつを資料を通して精密にトレースするにはこれだけ時間がかかってしまうのは仕方のないところです。ひとつの問題をたたき台に多面的な方向に教育的思考を広められることを望みます。今回は特別活動の問題と総合学習の問題でした。キーワードであった「望ましい集団活動」を単に覚えるだけでなく、そこから学校現場へ思いをはせ、乾いた指導要領の文章と現場をリンクさせることが大切です。また、総合学習の取り組みに関しては、10年版と15年改正版の学習指導要領の対比表から、講師をされている先生に図書館の活用実態に関しイロイロ教えてくださいました。安全面に関する議論もなるほどと思わせられるものでした。乾いた文章の指示するところの、動的な学校運営を鮮やかにご説明いただき、大学生の方も臨場感持って聞き入っていた様子でしたね。

 最後に集団討論を2題実施いたしました。2題していただくと時間的に余裕がなく、十分なコメントができなかった点が反省材料です。1題1時間はかけたいところです。みなさまからの活発な意見がどしどしでてくることを望みます。聞いてるだけでひっこんでいるのではなく、「正しくてもそうでなくてもなんかいってやろう」の精神で参りましょう。

 前日アナウンスしましたように、第1テーマは、「児童生徒と教員は、人間対人間の関係であるが友達関係であってはならないという。どのように考えるか議論せよ」です。第2テーマは、「学校マネジメントに関わり、教員間の信頼関係や協力関係をどのようにしてつくりあげればよいか、議論せよ」でした。

 今回の「旁午」では、第1テーマについてその模様をお伝えいたしましょう。このテーマには、25分間で7名の方にチャレンジしていただきました。仮にA〜Gさんといたします。

 まず、Cさんが、先生は「先に生きている」というわけであるから、児童生徒に対して兄、姉、父の関係でいるべきかと述べられました。児童生徒と教員が友人関係であっては指導できないということの自覚を表明したものといっていいでしょう。テーマを素直に受け入れる立場からの発言でした。次にBさんが教育実習体験において児童生徒とやりとりしたことを提示され、このテーマに潜む問題点に触れられました。すなわち、休み時間に児童生徒と話をしていて、チャイムが鳴っても児童生徒との話が終わらず、「センセー、まだええやん、お話しようよ」といわれたそうです。このことからBさんは、規則を守る立場にある実習生つまり教員が、こうしたことではいけないなと反省させられたということでした。まさによく出くわす場面です。この体験から、ではそうした場面をいかに「かわす」かを具体的に指導の方法論として語ることが必要となるでしょう。Aさんからは、実習生のように年齢が近い先生だと、児童生徒の先生に対する親しみがわきやすいといわれ、また、Bさんの問題はメリハリの問題であるとし、いかに児童生徒と私たちがけじめをつけるかが大切だと端的に話されました。「いまは○○をする時間だよ」と、なにを目的とする時間なのかを児童生徒に自覚させることによって、「友達関係」から脱出することを意図しているようでした。ここでは一人の児童生徒を対象にその解消策を考えられているようでした。

 DさんもAさんと同じ立場であり、「自由と規律の指導」と表現されました。インターンシップのご経験から、Bさんの逸話と同じような場合に、困ったということを語られました。不登校の児童生徒を対象に、甘やかした指導をした結果、かんばしい成果がなかった点を反省的に述べられたのです。自由と規律、onとoffの切り替えをどう指導するかは、家庭教育における養育態度とも関連し、学校の指導だけで成功させられるかどうか難しいですね。家庭教育に触れるなど、話題を広げすぎるとテーマから離れてしまいますので慎重にコメントすればいかがでしょうか。

 Eさんは、小学校教員をめざす立場から、小学生どうしが互いに関わり合いを持ちながら学んでいく場合もあるので、友達として互いに学ぶことはとてもいいことだとしつつ、しかし、教員は友達として関わることもあるが学ばせていかなければならない存在でもある。そこを忘れるといけない。学級全体をみて、常になにをするべきか−これを教育実習の指導教官から教えられたと語られました。力強い表現で自信に溢れたいい方でした。信念を伴った発言は、集団に対し、また、採点官に対し説得力を持つものです。Eさんの学んだ全体をみてなにをなすべきかを、時間を切り詰めつつ具体例を挙げて話せば、一層よくなるでしょう。そうした場面を想定する訓練をしましょう。すなわち、テーマから現場を発想するということです。どんなテーマについてもいえることです。

 最後にGさんは、このテーマそのものに立ち返り、児童生徒との信頼関係を作るには、友人関係は前提となる場合もあるのではないかと喝破され、根っこのところを批判されました。指導的な関係におけるラポール形成は不可欠であり、友人関係がいけないとは一概にはいい切れないのではないかと述べられたのです。また、児童生徒に歳が近いということ、若さは武器であることを微笑ましく議論されながら、「歳のはなれた友人」であっても信頼形成はできると指摘されました。後のGさんの発言にあったのですけれど、児童生徒との関係作りにおいて、「きょうは先生、次は兄、そして父と、いろんな役柄であたっていくのがいいのではないか」と刺激的な発言をされました。

 次にBさんから、「友達関係ではいけない」ということについて、Gさんとはちがった立場からご意見がありました。児童と生徒の信頼関係形成という点において、「昔の先生」はどうであったかという議論です。昔は、なんでも知っていて、児童生徒に答えてくれるいうのが先生のイメージであった。そこにおのずと尊敬もあった。ところが、いまはそうでもなく、「先生も人間」という感覚がある。なんでもなにか答えてくれる頼れる存在が、児童生徒に先生として認められることにつながっているのではないのか、これが現代の教員に欠けているのかもしれないということです。

 ワタクシなども、なんでも答えられるといいのですが、恥ずかしい限りです。児童生徒との信頼関係形成を友人関係を出発点としない、なにが威厳のようなもの、これを喪失しているのがいまの教員の問題なのかもしれないということをおっしゃりたかったのでしょう。

 Fさんからは、児童生徒から卒業してからも先生として信頼を残したい、また、先生としてだけでなく、いい先輩として児童生徒からみられるようになりたいと抱負を語られました。そのためには、自身の教員としての態度を、言葉だけでなく身体全体で発したい、教員としての態度をしっかり養うことで児童生徒に伝えていきたいと述べられました。

 Dさんからは、Bさんの議論を受けつつ信頼関係に関して、児童生徒から尊敬される先生とは、コミュニケーションをちゃんととれる先生だとご意見があり、そのコミュニケーションも、ある一人に集中した指導ではなくバランスの取れたコミュニケーションであると付け加えられました。

 ここで、CさんがFさんの議論を受けながらいわれた、卒業していったん「教員−児童生徒関係」が途切れてからも信頼を寄せられる先生になりたいというご意見を挿み、Aさんから身近な大人としての教員の態度を培うことが大切で、児童生徒の模範的な存在であり続けることが、「友人関係」ではない信頼に裏打ちされた「教員−児童生徒間関係」の成立に寄与するとの指摘がありました。そうした「教員−児童生徒間関係」の成立は、指導にあたって「常に3人の自分を持つ」ことにはじまるとFさんが発言されました。つまり客観的に自分自身をみつめられることが大切であるということですね。なお、Fさんからはこのほか、児童生徒との関係性を教員集団全体の中でどのようによりよく形成していくかという観点から、学校にいる多様な教員のうち、なにか問題を抱えている児童生徒を指導する際、どの先生の個性とマッチするのかを考えるのが、とりわけ信頼関係を作り上げるのに難しいケースにあって有効な方策ではないかと指摘されました。そしてEさんは、Gさんの多忙な教員生活の中で児童生徒と接していくための多様な引き出しを作る意欲を持とうとの発言を踏まえ、教員が本や研修から学んで引き出しを作るだけでなく、児童生徒から学ぶことによって作っていく引き出しもあると返答されました。

 ここでAさんは、自分の気持ちを表に出してくれない児童生徒との関係をどのように作り上げていくかという教員誰しもが悩んでいるポイントを提言されたのですが、これは提言のままに終わったようです。しかし無視されたご意見ではありません。この提言に本格的に答えるには大変な力量が必要で、討論のメンバーは「うなずく」同意にとどまりました。Dさんも提言として、ボランティアだと児童生徒が身構えないのに、担任の先生がくると身構えてしまうと、ご自身の教育ボランティア経験から語られました。「先生という意識」がパッとあらわれるというところに、友人関係ではない教員と児童生徒との関係を発見したということですね。

 最後にCさんが若い先生だと児童生徒が勝手に寄ってくるのかな、と「本音」発言、教員生活を継続すれば若さだけではなんともならないときがやってくるし、そうした場合をわれわれは考え、教員から心を開いていき信頼関係を勝ち取れる能力を養うべきであると述べられ、討論が終了しました。

 さて、テーマの掘り下げ方については、Fさんの指摘が参考になるでしょう。テーマを常に念頭において討論に参加する態度を忘れないようにしましょう。

 そして、討論の意見の重なり合いを尊重するべく、他者の発言の内容を瞬時にまとめ、それに少しコメントしてから自己の主張をしていく姿勢を身に付けるよう、少しづつがんばってみてください。

 第2のテーマは、「学校マネジメントに関わり、教員間の信頼関係や協力関係をどのようにしてつくりあげればよいか、議論せよ」でした。6名の方に25分間で取り組んでいただきましたが、ワタクシにおいても討論を傍聴している方々にあっても、どうも評価が悪かったようです。ワタクシから、ちょっと厳しいいい方になってしまい申し訳なかったのですけど、忌憚なくいいたいことをいわせていただきました(この勉強会につどってきてくださる参加者の、へこたれない意欲を前提としているからいえることであるのはいうまでもないでしょう)。討論終了後、一言まず、「面白くなかった」と申し上げましたが、討論の全体的な評価において、聞いている側は「面白い・面白くない」の2者択一的判断をするものなのです。これは自然な感情で、料理が出てきて喰って、ウマイ・マズイをいう感覚と同じです。本番の採点官もおそらくそうでしょう。

 ワタクシが感じたこの討論の最大の反省点は、「具体的に語れていない」ということでした。難しいことをいおうとしたり、答申べったりに意見をいったりするのではなく、フレッシュな感覚を表現され、採点官の目に留まるよう期待していたのでした。

 さらに、傍聴していたメンバーの方からご意見をいただいたように、このテーマの「難しさ」を感じ取ってしまった討論参加者が、どのように議論を作っていくか右往左往してしまったようにみえたのも、反省点でしょう。つまり問題の把握がうまくいっていなかったということです。そして討論者が意見を提出しても、ではそれをどうやって実現していくのかという視点が欠落していたのも評価が低かった所以でしょう。採点官の要求しているニーズにあった議論が組み立てられていなかったという厳しいご指摘もありました。

 テーマ冒頭の「学校マネジメント」という単語からして難しそうにみえます。そこのところにだまされず、やはり具体的に語れるかどうかがポイントといえます。また、この討論実施の前に「学校組織運営まとめ」の解説を少しばかりいたしましたので、それに引きずられてしまった感もありました。

 ところで、大阪府の採点官が集団討論のテーマを受験生に申し渡すとき、テーマだけをずばり示すときもあるにはありますが、多くの場合、なにか「前振り的説明」をしつつ提示されるので、ワタクシたちは試験実施教室に入って採点官がなにかいいはじめると、集中して聞かなければなりません。そこに討論のヒントがあるからです。

 ワタクシはそうしたやり方を真似て、テーマをみなさんに示す際、もちろん前日にテーマは明示されているわけですけれど、なんらかのヒント、こういうふうにすすんでいってくれるといいなという「前振り的説明」をいたします。今回の場合、それは「フレッシュ」でした。「学校マネジメントに関わり、教員間の信頼関係や協力関係をどのようにしてつくりあげればよいか、議論せよ」は、すなわち簡単に分解すると、@「学校マネジメント」=「学校運営」=「みなさんが採用されて学校に配属されてどんな校務を担当するか、具体的に示せるか」=「学校の全体的なイメージを描いているか」ということ、A「教員間の信頼関係や協力関係」=「学校に配属されていらっしゃる先生方とどのように付き合うか」ということになります。

 するとこのテーマは、「新人の先生が配属先の学校にどんな希望を持ってはいり、校長、教頭、先輩の先生方と協力してどんなふうに学校をよくしていくか」という平凡なテーマに読み替えられるということです。マネジメントというビジネスライクな言葉におののいてしまうと、なんにも意見をいえない結果に終わってしまいます。たとえマネジメントなどという経営に関わる言葉がでても、学校を離れた議論であるはずはないのです。ワタクシたちは、答申を勉強したからといって答申の言葉を頼りに自己の意見を粉飾しようとする愚を犯すのではなく、自分自身の言葉でテーマにアタッチしないといけません。もっといえば、答申に準拠することなく発言してもいいのです。所詮、学校といえど、人間が集って運営していく組織です。であれば、ワタクシたちがそれぞれに所属している集団内における多様な人間関係において、自分たちが常に注意していることはなんなのか、どういうふうにしていけばその集団がよりよい方向に導かれていくか、それらを討論の前提にすればいいのです。そこに「学校イメージ」をプラスしていくことが要求されている、と考えられればいかがでしょうか。

 前置きが長くなりました。このテーマに挑戦していただいたのは、6名の方でした。25分間でどのような議論がなされたのか、A〜Fさんとして発言された内容を個別にとりあげコメントしていきましょう。

 まずAさん。Aさんは、校長のリーダーシップの下、学校の教育理念を共有することが大切であるといい、教員間の相互理解を深めたいと述べられました。それぞれの教員にはそれぞれの得意分野があるので、個々の教員の特色を人事エントリーシートにまとめておいて協力体制を有効に機能させたいとご意見されました。自分の専門性を深めてそれを組織たる学校に還元していく姿勢をみせたいと抱負を語り、give、give、giveを重ねてtakeをひとつ得る覚悟で取り組みたいと述べられました。また、教員間の信頼関係なくして協力関係がうまれるべくもないから、なにか学校ぐるみの行事を行なうとよいと提案。組織論におけるマトリックス制という高度な議論もAさんから提起されましたが、ちょっと他の参加者がついていけないようでした。

 Bさんは、教員間における共通理解を深め、従来の学年で囲いを作るのではない学校としての全体的な関係形成をしたいと主張されました。研修の活用についても触れられました。また、職員会議では発言者が決まっていると批判、学年会は学年のことしか議論がないので、そこに所属したら他の学年のことがわからず問題ではないかと述べられました。職員会議が学年会の集約的な場になることを期待されているようでした。

 Cさんは、組織としてどのようにチームワークを高めていくことに学校運営は左右されると切り出され、一人ひとりの教員が資質能力を高め、協力関係を形成していくのが、あるべき在り方であるとご意見されました。校務分掌、OJTのことにも触れられつつ、マネジメントを活性化し、各教員がなにをなすべきか、校長のリーダーシップの下、一貫して取り組んでいくことが大切であると述べられました。

 Dさんは、教員が同じ方向をみて、共通した目標・目的を持ち学校組織としての協力関係を作り上げていくと述べられました。その際、個々の教員の役割の明確化も必要とし、職員会議についてご意見ありました。それはすなわち、現在の職員会議が果たして教員集団の共通理解の場になっているかどうか疑問であるということでした。企業組織では、大きな会議を開催する場合、そこでなにを提案するか小さなユニットを作る。ユニット単位で会議に意見を提供しあい、さらに大会議で生まれたものをユニットが持ち帰りその場その場に生かしていくということを話されました。ある集団に属する人びとが、どのように交流すべきかをモデルケースを通して説明されたのです。ここからどのように職員会議を「改造」するかの提案がほしいところでした。

 Eさんは、学級担任はひとりの教員では大変だがなんとか協力体制を仰ぎつつ指導したい、そのためには学校目標を設定、個々の教員がこれを自覚し協調体制を作っていくべきであると述べられました。さらに一人ひとりの教員が得意分野を形成していくことも大切である。しかしそこには落とし穴がある。PCが得意な先生に学級便りほか一手に任せていた学校の運営にあって、その先生が転勤され、その後を引き継ぐことができず、てんやわんやの騒動になったと述べられました。専門家が抜けてしまうとその仕事が学校としてまったくできなくなるのは困るので、オールラウンダーに教員は能力を高めつつ協力体制を作っていかないとならないのではないかを警鐘を鳴らされました。このほか、職員会議はなんでもいえるような自由な雰囲気を作らなければならないこと、校務分掌のおいて安全面の分掌を設けるべきことなどの提案をされました。

 最後のFさんは、学校の教育理念へのアプローチの仕方に各教員が特色を生かしつつ取り組むべきであると述べられました。すなわち、児童生徒へのアプローチは教科面、クラブなどの人間関係面と様々であるから、それぞれに応じた対応を教員が分担しつつ総合していくのがよいのではないかという提案でした。またユニット制やマトリックス制については、個別に学校ですることを分割するのではなく、学校が一体としてどう取り組んでいくかも考えるべきと指摘されました。

 このように、今回の再現は時間経過に沿うのではなく、それぞれの参加者がどのような発言をされたのか個別に提示する方法を採用しました。それぞれの方の発言内容をみれば、なぜ最初に「面白くなかった」と評価されたのかわからないかもしれません。

 さて、年内最後の勉強会を、この18日開催いたします。18日の勉強会はすでにキャンセル待ちの方が出ている状況です。ありがとうございます。18日の開催で第60回になります。曲りなりに続けられてこられたのは、ご参加のみなさんのご協力の賜物です。第60回にも、現役の先生にお2人来ていただく予定です。今現在持っている悩みや疑問をぶつけられてください。よろこんで答えてくださる先生ばかりです。ご参加のみなさまの意欲的な姿勢を期待しております。刺激に飢えているワタクシに、頂門の一針を待っています。

(2005年12月10日)

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