浩の教室・第24回勉強会の模様

 昨日は、第24回勉強会に参加いただき、ありがとうございました。13名(男性8名、女性5名)の方々お疲れさまでした。とりわけ、今回は、四国は坊ちゃんの国愛媛からもご参加があり、たいへん嬉しく思っています。遠くから信頼して来ていただけるということは、それだけ、このサイトの姿勢が認められたような気がするからです。このワタクシの「気がする」を「勘違い」にしないよう、より一層サイトの内容的な充実と情報の豊富さと正確さを期すべく精進いたします。また、お久しぶりに顔を見せてくださった方もいらっしゃいました。それぞれの方がそれぞれにお仕事をもち、なかなか土日といえど休みがとれないでしょうが、もし時間が合えば、またご参加くださいね。

 さて、今回の勉強会では、まずワタクシからの問題提起として、みなさんからのご意見を随時いただきながらの講義をいたしました。そこでは、最近ここでも書いている「ゆとり教育」や「いきる力」の再検討をいたしました。参加者一人ひとりに「ゆとり教育とは○○○である」と定義付けをしてもらい、「ゆとり教育」とは何かの共通認識をもつことからはじめました。いざ、こういうように「何ですか」とズバリ聞かれたら、スパっといい切れた方が当然よいでしょう。わかっているようでわからない言葉をしっかりおさえていくことは、この「ゆとり教育」に限りませんが、今夏の議論のポイントになりそうですし、あえて時間を使って答えていただきました。

 週5日制導入に象徴される授業時間の削減、豊かな人間性を主にはぐくむための課程編成、そうしたところに落ち着いたと思われます。全人的な調和的な人間像を知徳体の統一に求め、その達成が「人格の完成」でしょう。その際、知徳体のどの分野に強調点をおくかでカリキュラム編成が創造され、みなさんのよく知る融合カリキュラムや経験カリキュラムが時代に応じて採用されてきました。いまは、豊かな人間性=徳育を中心としたカリキュラム特性が知育中心の特性へとシフトし直しているような感じをワタクシはもっています。

 勉強会をしていて、いつも思うのですけれど、「もっと時間があったらなあ」。どうも議論が山場を迎えるところで、次に進まないといけません。つまり、個人解剖の面接対策に進まないといけないと、時間を気にしながらの進行にならざるを得ません。狭く教採試験のためと限定した学びでなく、教育のあるいは教育学の本質的なところに触れていきたい、そう考えると、時間はいくらあってもたりませんね。

 個人解剖につきましては、面接の質問内容に答えることが、どうしても「解剖」される参加者のプライベートなことに関連してきますので、それをすべて書くことはできません。ですので、形式的なことと一般的な注意点として、旁午読者に有効と思われる事柄を記すことにいたします。

 ワタクシが面接官役をいたしまして、約15分間、6つ質問をします。それぞれの質問が関連あるように配備し質問をつなげました。そしてその対応に、ときにはつっこみもいたしました。それを参加者全員が見守ります。この15分間に、左欄にあるシートが塗り潰されるほどイロイロなことを書いていただきます。解剖終了後、シートの右側の「質問の意図を適確に捉えているか」以下の点について、おおよそをクリアしているかどうか手をあげていただきました。今回の場合、被解剖者一人に対し、判定者が12名プラスワタクシがいるわけです。捉え方が各人各様で、見方の違いがあらわれ、よい試みではなかったでしょうか。とりわけ評価が分かれるポイントについて、被解剖者は見つめ直すことが必要でしょう。

 とりわけ「具体性」と「自分なりの視点」において評価が厳しく、それを適確にいい切れるかどうかが合否を分けるでしょう。さすがに客観的に判断できる声とか面接官を見ているかについては、○か×かがはっきりでますね。

 なくて七癖、するどく見抜いている方、見抜かれてしまった方がいて、それでこそこうした「個人解剖の試み」をしている甲斐があります。ある有名な哲学者がいっています、「恋人には信じられたい、友人には見抜かれたい」。含蓄ある言葉です。

 このシートを被解剖者は、みなさんから手渡されます。つまり、今回でしたら12枚のシートをプレゼントされるわけです。チョコレートよりいい贈物となったでしょう。このシートについて、まだまだ改善すべき余地があるでしょう。みなさんの意見を反映したく、メールでのご意見をお待ちしています。

 勉強会の終了後、いつものようにコーヒー会をしました。そこでもまだいいたりない点を述べてもらい、被解剖者は反省するべき点があってよかったのではないでしょうか。そのときに、「本番の面接に挑んで、なんだか準備してきたことをいっているような感じにみられ、そんなカタログ的な面を嗅ぎ取られたらどうしようか」というようなご意見もありました。これに関し、ワタクシは、「準備を何もしないで受験しにいっても無意味である」といっておきたいです。たしかに面接用参考書類は多々あります。しかしそれをそのままいって通用するわけではありません。苦心して準備し、面接官に相対する。そうでなくちゃ。準備してなんぼです。面接で今まで勉強してきたすべてをみせようとする方は、きっと授業準備も一所懸命される方ではないでしょうか。

(2005年2月13日)

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