浩の教室・第25回勉強会の模様



 20日は、男性7名、女性2名の計9名の方か集まり、あがとうございました。体調不十分な主宰者の愚痴をもお聞きくださり、申し訳ございません。

 前半は答申の輪読です。高等教育の将来像答申の5つのポイントを確認し、「21世紀型市民」について少しばかり談じたあと、平成15年10月の答申「初等中等教育における当面の教育課程及び指導の充実・改善方策について」を読みはじめました。現在、うまくまとめられた教育改革の経過に位置付けて考えてみても、色褪せた答申であることは否めません。現在主流でない考え方であることを承認しつつ読んでいくと、文科省の基本スタンスが確認され、それは深いところでいまもなお継承されていることがわかります。

 この答申は、知徳体の全人的な力=生きる力を養うことを教育の根本としつつ、それを知の側面からとらえた「確かな学力」を育むための取り組みを模索するとなっています。つまり知育を軽視しているわけではないといっているわけです。そのために、@基礎基本の確実な定着、A個性を生かすため、内容に応じ教員が柔軟に指導できること、B個に応じた指導ができること、C総合学習を中心に体験的、問題解決的活動を展開することが提起されています。もちろん学習指導要領の「基準性」の明確化が前提になっています。

 まだ答申のほんのさわりを参加者とみているだけですので、3月以降、もう少し現在の問題状況と突き付け合わせて論点を抽出しようと思っております。その前提として、右欄のキーワードをご覧ください。

 さて、後半は、集団討論をいたしました。第25回は、参加者が少なかったことと、勉強会のあるべきあり方についての特別論義があったので、ひとつのテーマしかできませんでした。お詫び申しあげます。

 そのテーマは、予告した内のひとつである「いのちを大切にするための学びについて議論してください」というものでした。討論参加者は7名で25分。受験本番でこの人数なら、討論参加人数としては最大数かもしれません。A〜Gさんと仮定して、討論の様子をお伝えいたします。

 まずAさんが口火を切り、現在、いのちについての意識が薄くなってきている。だから、いのちにたいする認識を深めるため、性教育の充実が望まれるとの発言がありました。性教育の観点がいのちの大切さを議論するときにでるのは有効であり、初っ端にでなくても、どこかで登場する言葉でしょう。

 この提言を受ける形で、Cさんから、自分が大切な存在であることを確認できるよう育てたい、つまり自己肯定感の養成があげられ、それができてはじめて友人などまわりの人びとも大切な存在であることが理解できてくる、というご意見がありました。Bさんのご意見も、他者尊重の気持ちをどのように形成するかがポイントであるという話方であり、また、そうした精神的理解を促進するためにはどうすればいいのかを語るものでした。したがって、ここから理科教育において、「生命のつながり」をテーマに、なにがしかの授業をしたいと抱負を述べるのは当然であったでしょう。Fさんも、自分自身を好きになる方法を考える上で、父母をしっかり理解するよう児童生徒に求めるというような発言がありました。Fさんには、かけがえのないいのちの確認は、自分の生きている時間の大切さも認識させ、それが目標の設定にもつながっていくという、発展的議論もありました。同じようにCさんから、いかに生きていくかを考えることが大切であるとの結論めいたことが述べられました。

 一方、Eさんからは、性教育の観点を受け、自分の生れてきたことを考えようという提起があり、それが次の論点への橋掛かりとなったようです。教室でいのちのことを考えるだけでなく、教室を飛び出して養護老人施設を訪問し、そこからもいのちの大切さを学ぶ観点があるのではないか、それを学校世界にフィードバックし、生への充実を考えさせる、つまり具体的には学校生活を楽しめること、これこそがいのちを大切にすることの帰結になる。たしかにいい意味でにぎやかな教室はいのちにあふれた躍動感がありますね。

 その論点とは、自殺をなくすというものでした。いのちの大切さが、はじめに“誕生”、つぎに“自殺”=死の問題へと移行したわけです。これに関しては、Dさん、Gさんから、いのちを軽々しく扱う事件の頻発を問題視し、さらに、「死」を身近に感じることができないことも、児童生徒からいのちの大切さを理解しがたい環境を醸成するという意見がでました。ただしかし、Dさんの、「子どもをなくした人に話をしてもらう」というのは、実現可能性の問題もありますし、どのような原因で亡くされたのか、その内容、たとえばイジメなのか、交通事故なのか、なども考えなければならないポイントです。

 討論を聞いていて、全般的に暗かったかなという気がしました。ワタクシの体調不良を差し引いても、自殺や事件の話題に時間が割かれすぎると暗い印象となってしまいます。いのちの大切さを死と対照させて議論するのも一手段ですが、いのちの大切さを積極的に語る方向で議論した方が、児童生徒も意欲する授業、学びになるのではないでしょうか。

(2005年2月20日)

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