浩の教室・第38回勉強会の模様


 昨日は、第38回当サイト主催勉強会に多数参加いただきありがとうございました。はじめての神戸・三宮での開催で、参加者がいるかどうか不安でしたが、わざわざ四国から参加してくださった方もいらっしゃり、盛況となりました。遠方からせっかく参加いただいただけの内容を提供できたかどうか、それを心配しています。

 また、当日に参加人数の手違いが発生し、予定していた収容人数を上回ってしまって、アタフタしたことに原因があるのですけれど、押さえていた会議室を放棄し、畳の部屋での開催となってしまいました。正座をされていた方々には、シビレが切れて痛い思いをさせてしまいました。さらに人数調整の問題は、プリントの印刷枚数の不備をももたらし、みなさま全員に行き渡らない状態から出発するなど、不手際をお詫びします。

 一人で計画、受付、立案、印刷をやっていますので、今回のような不手際が発生しないか、以前から気を付けて取り組んでいたのですけれど、当日調整かつはじめての三宮開催だったという不安定要素が重なり、みなさまにはご迷惑をおかけしました。次回からは、そつなく実施していきますので、今回だけ大目にみてやってください。

 さて、本日は問題解説と集団討論を2題実施いたしました。シート式の問題解説は、出題されそうな教育法規を20題用意いたしました。超基本的な教基法や地公法、教特法は満点だったと思われますが、社会教育法ほか、学校図書館法など、現在改革が進んでいる部門の法規類について、簡単な説明を加えながら演習したところは、しっかり復習してくださいね。

 今回は兵庫県を受験される方が少なからずいらっしゃると前提していたので、集団面接練習をやめ、討論を2題にしました。1つめのテーマは、「特別活動について、効果的な活用法を議論してください」というものでした。このテーマは、前回の生涯学習のテーマと同じく、討論の組み立て方が難しいものでした。春先以来討論を重ねてきて、通常の「簡単」なテーマに飽き足りず、チャレンジ精神旺盛に取り組んでいただきたいと思い出題いたしました。特別活動の意義について再確認する契機にもなるでしょう。

 2つめのテーマは、「生徒指導の根底を支えるものについて議論し、グループで1つの回答を出してください」と、ちょっと変わった出題をいたしました。ちょっと変わったというのは、「回答を出してください」というところです。この2つめのテーマは、1つめが構成難解なテーマであるのに対し、議論がしやすいように意図して出題したのです。両者を聞き手として経験してみれば、それぞれのテーマの特性のちがいがおわかりになったと思われます。

 1つめのテーマについて解説していきましょう。さすがに場数を踏まれているだけあって、ワタクシにあっては物足りなさを感じる討論でしたけれど、本番で、もしこれだけできていればOKというランクの討論になっていました。玉石混交の本番では、おそらくこのテーマでは一言も発しない受験生が参加者の半数はいるのではないでしょうか。まずもって、学級活動、児童会活動、クラブ活動、学校行事から特別活動が成立しているということが前提にできるグループかどうかに分かれると思います。こうしたところに教職教養の勉強が反映されるわけで、そこをクリアできたグループが最初のハードルを越えたといっていいでしょう。だがしかし、それゆえにテーマの切り口として学級活動を中心にすべきか、学校行事のひとつひとつを取り上げて議論すべきか迷うケースもあるでしょう。舵取り役の責任が問われる出題でもあります。

 仮にA〜Gさんとして、議論を再現してみましょう。Aさんが、まず口を開き、特別活動は生きていく上でいつでも自分にはね返ってくる要素をもった実践であるといわれ、学校生活と社会生活とを一番結びつける活動であるから、しっかり指導していきたいという旨の発言がありました。特別活動の意義をこのように語り、自分と社会を結びつける自覚の場としての意味を問おうとされていたのでしょう。そして、学芸的行事において音楽会に取り組みたいとおっしゃいました。

 ひきつづきCさんからは、学級活動を重視しクラス運営の支柱にしたいという趣旨の発言がありました。学級活動において学級目標を設定し、クラスの明確な方針、たとえば友人を大切にすることなど、を徹底させたい、そうすれば、一体感あるクラス運営も可能となるという発言です。学級活動を発展させた上に学校行事の「成功」があるという捉え方は卓見であったと思います。

 このAさんとCさんの発言に、すでに特別活動において、どんなところを話題の中心に据えるか違いがあらわれています。学校行事なのか、学級活動なのか、どういうふうにすすめていけばいいか、揺らぎがみえてきます。そこをうまく調節していくことが、個々の参加者の協調性をはかるバロメーターになるわけで、自己主張が強すぎると、自分の意見に固執する結果となってしまいます。つづけて発言したBさんが、学級活動についてその集団活動としての意義を説き、具体的に「いいところさがし」ゲームをし、個々の児童生徒の特性を見出したい、と発言されたので、学級活動をどのように実施していくか、その効果的な活用法に議論が固まったようにうかがえました。

 Eさんが、学級活動と教科教育との関連性を指摘し、どのように両者を摺りあわせていくかが大切であると述べられたのも、方向性を固めた発言であったと思われます。しかし、こうした重要な問題提起がそのまま放っておかれたことは残念でした。どのように教科と学級活動とを相互媒介的に組み立てていくのか、そこを是非とも聞きたかったです。この問題提起は、それだけでもテーマになるくらいの大きなもので、20分やそこらでは無理です。それゆえに、ある程度の見通しを、Eさんは提起した者として発言すべきであったでしょう。そして、それ以上深入りさせないように集団に対して振ればいいと思います。

 こうした学級活動を中心に進んでいた議論に一区切りつき、学校行事とのつながりを討論するようになりました。

 Aさんが、クラスの取り組みとしての学級活動になにをすべきか、リクリエーション活動をしようと述べられ、学級活動についての話題に終止符をうまくつけ、そこから話題が学校行事に転換しました。Dさんが児童会の実践例を話されたのが、これまたうまく討論の進行方向を決めたのではないでしょうか。たてわり班の活動例をだし、高学年と低学年との接触についてご意見されたのは、ワサビが効いたような発言でした。人間形成において粘り強さに欠けるところをどうすれば解消できるか、それを行事を通して解決しようと述べられたのもポイント高い発言でした。Dさんはこの討論時間において2回だけの発言でしたが、量より質という観点からすれば、よろしかったのではないかと評価しています。

 そして、Bさんからの、学校行事は道徳ともつながっている、一人ひとりの特性を伸ばす機会として行事を認識すべきだという指摘をはさみ、Cさんの「遠足を練習と捉え修学旅行をしっかり実行できるように指導したい」という発言や、Eさんの「学級活動を基礎に生徒会活動につなげていきたい」という提起がありました。

 このような討論の流れは、各参加者の勉強の深さによるところですが、とてもよかったと思います。結局、Cさんの「ものごとを決める過程で児童生徒は成長していく」という発言が場を引き締めたと思われます。

 FさんとGさんは、Aさんに促され、ようやく発言した、という感じでした。テーマの難しさはあるものの、もっと積極的に討論に参加して行く姿勢をみせなければなりません。Fさんは、学校行事の準備段階における活動について述べただけだったので、本番では印象がやはり薄いと思います。この練習の段階で発言量が少ないということは、本番でも気圧されてしまいますので、あえて「しっかりしてください」とお伝えします。Gさんは、今回唯一高校志望の方であり、初参加であったので、おそらくは発言に躊躇されていたのだと思いますが、初参加でも遠慮いりません。古株(笑)たちをぶった斬ってください。大勢の前で話をする力を養うのが特別活動の1つの役割であるといわれ、そうしたプレゼンテーション能力を「小さな社交」を通じて形成していくとおっしゃったのはよかったと思います。しかし、高校では特別活動に割く時間は少ないというのは、事実であったとしても、「効果的な活用法」を論ずる今回のテーマには似合わない発言でしょう。

 討論の解説・コメントについては、こちらのページも参照してくださいね。

 2つめのテーマは、「生徒指導の根底を支えるものについて議論し、グループで1つの回答を出してください」でした。昨日述べたように、親しみやすいテーマですから、最初のものより討論が滑らかに進行しました。生徒指導の根底とはなにか、これは参加者によってイロイロで、それらが数珠つなぎ的に登場する豊かな議論になりました。では、その様子を再現してみましょう。

 20分・7名で実施したこの討論は、参加者全員が均等に発言した感があります。Aさんが、まず「これこそ大切」といったのは、児童生徒との信頼関係でした。心の通いあいがなければ、生徒指導できないというのは、鉄則ですからね。頭髪指導にしろ、服装指導にしろ、児童生徒との信頼関係がなければ、声すらかけられません。

 たとえば、朝の登校時に、頭髪や服装について注意すべき児童生徒がいたとしても、いきなりそうした悪いところを指摘せず、「おはよう」と一端声をかけたあとに指導するべきと、実際の指導法を語っていらっしゃいました。よい指摘でした。そこから、Cさんが、髪を染めてくる生徒に対し、直せといっても直してこないのは、実はあまり話をしていない生徒ではないか、そうであれば私たちはすべての生徒にしっかり指導すべくコミュニケーションを広めていくべきではないかとAさんのご意見を発展させた発言がありました。

 Bさんからは、厳しさとほめることが生徒指導には必要で、深い愛情をもって指導にあたるべきだといい、クラブ活動や放課後の相談の場での実践を大切にしようという抱負がありました。Dさんも、教育的愛情をいかに深めるかを議論の俎上におかれ、養護教諭をめざす立場から、保健室には授業がわからない児童生徒がいわば「逃げ込んでくる」のであり、そうした児童生徒をあたたかく包んでやることが必要であると述べられました。教員として、ひとつひとつの小さなことを大切にするべきといっていたのが印象的でした。小さなことの積み重ねが、生徒指導を豊かなものにします。

 そうした議論を引き継ぎ、Fさんからは、たとえば髪を染めてくる児童生徒に対し注意する前提に、教員としての心構えとして、「彼は直してくるだろう」と期待をもたなければはじまらないと発言したのは、教員の側から児童生徒を信じるという態度をもっていないとハジマラナイということですね。たしかにそうで、Gさんのいわゆるラポール形成ということでしょう。生徒理解が生徒指導に先行し、愛情と信頼が重なるところに、生徒指導の根底があるということになります。

 ここで別の視角から意見がでました。それは、私たち教員は生徒に教科を教えている。生徒も学校で一番時間を費やすのは授業である。だからわかりやすい授業を実践し、私たちが教科教育の能力を高めることによって、児童生徒から信頼を勝ちとるのである、と。こうしたご意見がCさんから提出されました。Eさんは、これを担当教科の数学で説明され、わかる喜びを伝えたいと語られ、そうした授業展開が可能となれば、そして授業実践に熱意があり、本気になれば、児童生徒からの信頼が得られるのではないかと述べられました。教員としての使命観がうかがわれた発言です。

 そこで、では、直接授業を担当していない児童生徒(この場合は生徒になりますね)は、そうした熱意ある授業を受けていないわけで、そうした教科を通しての信頼感を児童生徒に直接伝えられない場合は、どうすればいいのだろうかと、Fさんから疑問が提出されました。これは的確な指摘で、CさんもEさんもこれにどう答えるか、一瞬つまったようでした。

 そうだとすれば、Gさんのいうように、教員間における生徒指導上の統一見解が必要なわけで、シャツをズボンにいれずだらしない格好をしていれば、なんらかの事実としての懲戒を与えるべきということになります。こうした教員の共通姿勢を学校が守り、そこに家庭の協力、保護者の協力を求めるべきであるというように、議論はつづいていきます。

 この意見を出されたBさんは、生徒指導を彼らをめぐる物理的環境を整えるという考え方を示されたわけで、Aさんはそれを増幅し、保護者の方針、他の先生方との協調した指導をしたいと述べられました。生徒を3者間で指導するというわけです。

 ここで時間がきて、終了となりました。議論は途切れることなく、互いの意見を次の発言者が補填するような形で進行し、聞いていて安心感がありました。

 以上のように書けば、まったく問題がないように思われますが、そうでもありません。生徒指導の基本として、単なる問題行動対処法では物足りないからです。教科教育担当能力の向上は、鋭い指摘でした。しかし、それ以外に生徒指導がすべての児童生徒に対して行なうことであることをどなたかが述べられれば、ぐっとよくなったと思います。なにしろ生徒一人ひとりを伸ばすことが生徒指導の根本的な意図だからです。そうであれば、進路指導の問題や、キャリア教育についても触れてよかったかと思います。

 発展的な、積み重ねが認められる討論の進行に成功していたので、それ以上のポイントを追求していただきたいと思います。

 今回の勉強会は、時間の使い方に問題があって、結局、シート式問題解説と集団討論2題を消化したにとどまりました。これも進行役としてのワタクシのいたらなさであったと反省しています。もうちょっと考えないといけませんね。

 さて、来週は、というより今週末は、大阪に場所を戻し開催します。26日です。多数申し込みありがとうございます。残念ながら収容人数の関係上、おことわりしなければならないのが残念です。5名ほどキャンセル待ちの方がいらっしゃり、心苦しく思っています。

 この日はJR福知山線の再開の日でした。改めてなくなられた方のご冥福をお祈りいたします。

 次回ご参加のみなさま、豊かな討論を期待しております。

(2005年6月19日)

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