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浩の教室・第43回勉強会の模様

 1週間、とてつもなくはやく過ぎますね。

 さて、第43回の集団討論のテーマですが、「言語環境をどのように考えるか、教員の立場から考えよ」でした。今回は、先日までに書いてきましたイロイロなことがあって、15分、5名のみなさんで討論していただきました。仮にA〜Eさんとして、コメントしていきましょう。

 Aさんは、子どもの思考力上昇を願う立場から、伝え合う力、表現力の育成を指導すべきだと主張されました。そこから、「ちゃんとした日本語」を使うよう指導したい、授業中でも子どもたちの言葉使いに注意したい、敬語の使い方も教えていきたいと述べられました。しかし、こうした学校における言葉の指導を充実させていくため、家庭における言葉の勉強も大切であるとされ、言葉そのものについての議論を展開していかれました。つまり、昔の日本語はどのようなものであったのかについてのご意見、方言についての言及がそれです。いいか悪いかは差し控えますが、言葉が郷土を愛する心を生み出すかどうか、ご主張をもう少しなされてもよかったと思われます。ただ、言葉を介在させた地域学習は卓見であったと思われます。

 Bさんは、言語に対する興味の持ち方についてご自身の体験を語ることからはじめられました。「英語に興味をもったことがきっかけで、言葉そのものに興味を持った」という感想がそれにあたります。こうした自分自身の経験と、児童生徒に言葉に興味をもたせることからはじめたいというご意見とが相まって、なんらかのストーリーを作る学習を実践したいとまとめられました。

 Cさんは、アナウンサーも間違う言語環境が、いま、社会にあるという現状認識から、時代とともにかわるのが言葉であるといわれ、ことばが生き物であるということを確認することから出発すべきではないかというニュアンスで語られました。テレビ言葉が氾濫し、活字離れが進む中、読書にたち返るべきであるという議論は、説得力のあるものでした。教育現場に閉じこもったご意見でなく、広い観点から議論されているところに、他の参加者と違った魅力がありました。

 Dさんは、とても評価者を引きつける意見のいい方で、「むかつく」という言葉の本来の意味と、現在児童生徒の間で使われる使われ方とのズレを述べられました。テーマの「言語環境」云々からすれば、的を射たご意見であったと思います。そこから、Cさんとは違い、教育現場における言葉の指導をポイントに、ご自身の意見を組み立てていられたのが、印象的でした。道徳指導案のお話も、現場に近いなあと思わせかつ指導を具体的にどうするかを踏まえたご意見であると思っていました。「教員の立場から考えよ」と限定されているので、かなり評価される主張ではなかったでしょうか。

 CさんとDさんでは、このように捉え方、立論の仕方が違っています。どちらがテーマに即したものかといえば、Dさんでしょう。ただし、それがそのまま評価とならないところに、教採集団討論の難しさがあると思われるのです。しっかり話ができていれば、多少の逸脱はよいんじゃないでしょうか。みなさんはどう考えられますでしょうか。

 最後にEさん。不意に出てきた言葉にドキッとした経験を持つEさんは、風紀を乱すような言葉を学校に蔓延させたくない決意を語ってくださいました。たしかに「先生、ウザイ」といわれれば、困ることでしょう。どちらかといえば、友達どうしではコミュニケイトもうまくしているのに、対先生ではコミュニケイトがうまくいかないのはなぜか。それは、「教員一般」は、児童生徒の「敵」だからでしょう。そこをどう鋳直していくのか、いけるのか、考えてみましょう。

 今回は、ご報告が大幅に遅れ、失礼いたしました。

 そしてあす、またお会いして、議論しましょう。

 ご参加のみなさまからいただいたメールをもとにプログラムを組み、みなさまの2次対策をささやかながら支援したいと思っております。

(2005年7月31日)

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