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浩の教室・第51回勉強会の模様

 さて、本日は、お忙しい中、当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。2次を終了した方、これから2次に挑まれる方、来年をめざされる方と、多様な立場の方々にご参集いただきました。

 大阪淀屋橋で開催した本日の勉強会は、まず、今後に向けてのプレゼンテーションをいたしました。ささやかながらワタクシがまとめました「答申解説集」を簡単に回覧させていただきまして、「こうした資料でやっていこう」ということをお伝えしたつもりです。答申そのものの文章とその解説および関連問題篇と解答を付け加えたものでして、1テーマ(今回お見せしたものは特別支援教育についてのものです)あたり、現状25枚から長いものでは30枚くらいになっています(1枚あたり400字詰換算5枚くらいかな)。

 ところで悩みが2つ、3つ。これをもう少し編集しなおして、答申の重要項目を抜粋する形にするか、答申そのものの文章を尊重し全編そのままにするかどうか。本来は答申の文章を切り刻むと、答申の持っている格調や全体構造を無視することになりますし、抜粋したところから採用試験に出題されるかどうかなんてことは、ぜんぜんわからないわけですから、悩んでます。それと、1人5枚以内のレジュメの印刷なら、たいした作業ではないですが、こうした「答申解説集」を事前に印刷するとすれば、一人当たり100〜200枚になりますので、20人分用意するとすればちょっとした作業になります。昨年度継続的に参加した方にも、同じくらいの枚数がお手元に残っているはずです。この問題を解消するため、参加者に添付メールでお送りし、印刷していただこうかと考えております。ただ、プリンターを持っていらっしゃらなかったら、計画は崩れちゃいますね。

 勉強会の一日あたりの勉強量についてですけど、4時間です。この時間をどのようにして密度高く活用するか。今後の予定では、上記の答申の勉強と同時に、大学で教えるときに使用しているワタクシの教育学関係の講義ノートをコンパクト化し、議論のたたき台としてお話しようと思っています。さらに大阪府、京都府及び神戸市の1次試験の解答解説をしていきます。勉強会のご案内ページに掲載しているとおりですが、これは弾力的に進めてまいります。同時並行で、集団討論は必ず1題はいたします。みなさんの主体的な問題意識を表現していただきたいからです。これを4時間でやろうというわけです。そのほか、単発的に、自己PRの仕方とその文案についてアドバイスをいたします。

 上記の内容全体を有機的に関連させ、月に3、4回実施し、効果的に勉強していきます。最大のポイントは、「教わろうという精神」で参加いただくのではなく、「勉強会を私が作っていく」というスタンスでご参加いただくことです。そしてご自分が勉強する意味を発見してほしい。「生涯教育的に、ひろく教育的思考を高めていくこと。社会をみつめ教育現象について議論し、そこで生産された価値あるものを共有していくこと。教育に携わろうと志すものが、今後に生かせる思考を鍛えること」ははずせない観点です。ワタクシは、手取り足取り教えるなんてことはしませんし、それができると自惚れてはいません。下の写真が「円陣の図」です。


 本日の勉強会では、2次試験を終了された方から、少し報告いただきました。その内容は割愛します。いずれまた、サイトにアップいたします。

 この後、集団討論と個人面接をいたしました。集団討論のテーマは、「学力テストの導入について議論せよ」でした。アップトゥーデートなテーマでしたね。学力テストは数年先に復活しそうな勢いで文科省では検討されていますし。ポイントは、学力テストの性格を理解しているかどうか、評価の問題と関わり合わせて議論できているかどうかなどにあります。

 今回、集団討論を、6名の参加者に25分間で討論していただきました。仮にA〜Fさんとして、その模様をお伝えいたします。

 まずBさんが問題提起してくださり、「学力テストの意義はどこにあるのでしょうか」と試験を課すことの意味や、テストが子どもたちの動向を知ることにあるだけなのかをみなさんに問われました。Aさんは、学力テストは統一テストであって、ある学年の児童生徒がどれほどの学力を身に付けているか点数化するものであるとされました。その上で、どのラインまで点数をとれば「到達」であるとするか設定し、学力の向上の発展につなげると述べられました。Dさんは、学力テストを実施することによって、児童生徒の弱点部分と長所がわかるとおっしゃいました。Eさんからは、学力テストの実施は、児童生徒に対する評価だけでなく、私たち教員の評価につながると述べられました。児童生徒がどれだけ点数をとるかは、私たちの教え方によるという認識からでしょう。いずれにせよ学力テストの評価は、児童生徒、教員の両者に対する評価が与えられるところに意義があるということでした。Cさんからは、しかし、点数ばかりにこだわるのは問題があるとご意見があり、Fさんからは、材料として学力テストを活用するのはよいとして、ある学年、たとえば小6、中3などでしか実施しないテストであることを、どのように私たちは考えるべきであるかと述べられました。

 ここでいわば討論参加者全員の第1声が終了したわけですが、学力テストの意義、学力テストとは何であるかということについて、見解の相違があったように思えました。常日頃、ワタクシたちが作っているテストと、学力テストとはどう違うのでしょうか。こうした観点から、学力テストの性格をそれなりに理解しておくことが求められるといえるでしょう。すなわちそれだけ、参加者が、学力テストとはどんなものか、知識として知っておかなければならないということです。学力テストとは、簡単にいえば、文科省が学力を定点観測し、児童生徒全体の学力レベルを把握することによって、それを将来の有効な教育政策に生かす資料とするための基本的な調査テストと捉えていいでしょう。とすると、私たちの日頃実施しているお手製のテストとは質も意味も当然違ってきますね。ここのところを押さえた議論であれば、第一段階はクリアしたということになります。

 Fさんは、先の発言に続けて、学力テストは数値で評価するものであって、児童生徒の価値が数字化されるという問題があるといわれ、学力テストの持つ問題性を指摘されました。Bさんが、学力テストの結果値を、しのごのするのではなく、その結果からわかった児童生徒の個別の問題つまり得手不得手を判別、どう伸ばすべきなのかを指導しないと意味がないというような内容のことをおっしゃいました。また、Eさんは、学力には競争的学力と全人的学力とがあると提起され、後者の学力であり、いわば「漢方薬的な学力」をどのようにして身に付けさせるかが検討されなければならないとされ、後者を測定できるような学力テストに変身させるといいと願望交じりにおっしゃいました。この問題とPISAの問題とを関わり合わせて発言されたところにEさんに対する評価ポイントが認められます。

 Fさんは、学力テストといえばどうしても数字のイメージがついてまわる、これを拭えない。なんとか数値化を超えたテストができないものかといわれ、具体的に副次教科でも学力テストを導入できないか、と述べられました。数値以外の測定・評価の構造をどう組み立てるか、ここに問題意識を集中されていたようです。Eさんも、英語志望の立場から、My English Power Plan を実施し弱点補強するテストに意味があるといわれました。Aさんは、ここで、学力テストを一回きりで終わらせるのはもったいないとご意見され、継続的にテストをすることによって児童生徒のがんばりをつなげられるのではないかといわれました。学力テストだけでなく、おおよそテストに苦痛を感じてきたワタクシとしましては、継続的に学力テストされた日にはやりきれんなぁとお聞きしていました。「サンプル捕集」のための学力テストという意味から逸脱しているなとも感じられた発言です。

 Fさんの発言を受け、Cさんは、フィードバックした後の評価票をオーダーメードできないか、なにか工夫した評価票を作成できないかと新しい視点を提供され、Bさんは、学力テストのフィードバックは教員、学校にももたらされると発言されました。ここから、学力テストによる学校評価という観点が生まれ、Bさんは、学力テストによって把捉された学校の学力育成構造を特性として理解し、これを売り物にできないかと述べられました。学力テストが各学校に応じた教育課程を形成する資料になるということですね。そうした役割が学力テストに期待されているのは事実でしょう。

 東京の教育特区が市場原理化の下、児童生徒=客集めに必死です。ある学校では新入生ゼロであったと報道されました。そうした状況を背景に、学校のウリを学力向上カリキュラムに求めるのも過ちではありません。ただし、それが学校の序列を生むことは確実で、こうした偏差値教育による学校序列の変奏を学力テストが担うようでは、1960年代の繰り返しということになりませんでしょうか。こうした意味では、この討論のテーマが、学力テストの導入に賛成か、反対かを最初に参加者が明示してもよかったかもしれません。おそらく賛成一色になるでしょう。なぜなら、上のやることに楯つくのは、損であると多くの教採受験生が認識しているからです。よもや反対すれば、ここに日教組学力テスト導入反対運動の思想継承者かと色眼鏡で見られる危険性があります。なんだかいやですね、こんな思想性が採用の場面であらわれるとすれば、変な気を使うことになってやってられませんね。ただ、ゆとり教育だとか、絶対評価だとか、個性尊重だとか、そうした観点からいえば、学力テストは葬り去るのが必然であるのは理論家として当然でしょう。この問題から、文部科学省の猫の目教育行政に翻弄される受験生の悲哀が確認されます。まさに歴史的踏絵です。

 Aさんが、学力テストが教員を評価する性格を持つものであってはいけないのではないかといわれたのは、上のような視角からかどうかわかりません。対保護者のテストであるかどうかもわかりません。ただ、テストに一喜一憂するのは世の常で、このお墨付きテストの本質を理解した上での発言でないと足をすくわれる可能性もあります。

 Cさんがテスト結果をみて教科書以外にサブテキストを作るとおっしゃったのは、知育重視、学力向上を考えれば当然でしょう。評価という行為そのものをどう捉え、具体的に学校の「次の手」をどう指すかという問題意識ですね。Dさんが個性を生かす教育に役立つよう学力テストを活用できないかというのも、個人の克服課題をあぶり出しにできないかというのも、この「次の一手」をどうするかというところを震源にした発言でしょう。Eさんは、こうした展開を受けて、学力テストは保護者も注目している、家庭学習の低下が学力の低下をもたらしていることも考えられるので、もっともっと学びたいと意欲する児童生徒を育成するため家庭との協力体制をどう築くか発言されました。

 ここで、Fさんから、学力テストと個性について発言がありました。これは、Dさんの発言を受けてではなかったかと思われます。Fさんは、たとえば理数系の数値を伸ばすのが本当にいいのかどうか疑問を持たれ、バランスよく資質を伸ばすテストはできないものかといわれました。Bさんから、学力テストは個人指導の評価資料にはなると答えられましたが、学力テスト結果の扱いをどう指導に生かすのか、真剣に考えておかねばなりませんね。これまでも類似の発言はありましたが、Aさんおっしゃるように、主要教科以外は学力テストがない事態をどう打開するかも必要な視点かもしれません。Eさんのいわゆる「豊かな観点」の導入と学力テストがどう関連するか、また個人内評価とどう組み合わせるか、Cさんの評価フィードバックの本格的な展開をどう実現するかも、学力テストを議論するときに避けては通れないポイントでしょう。

 このようにして討論の25分は終了しました。ワタクシの印象としましては、やはり、学力テストと通常のテストとの違いがはっきりしている方としていない方といらっしゃったところに、問題点があるようです。学力テストの性格をはっきりつかまないと、議論がギクシャクしますし、そうなっていました。このテーマが教採で出題されることはほとんどないでしょう。しかし、教員として是非とも知っておかねばならない問題です。途中書きましたように、テスト導入をめぐっての闘争はなぜ起こったのか、ここでは詳細に書きませんけれども、能力主義の教育政策を推進するためのテストであることは間違いありません。いま、こうしたテストが簡単に導入されようとしている現実をみなさんがどのように感じておられるのか、ちょっとお聞きしたかったというワタクシのこのテーマに込めた潜在的「質問」があったことも事実です。ワタクシは、「学力テストは特別活動」といいました。サンプル捕集、学力の定点観測の性格を持つ文部行政実施の学力テストは、そう位置付けるほか、みなさんが議論してくださったような齟齬が出てくるように思われるからです。特別活動の学校行事⇒学芸的行事に学力テストを位置付け導入するとすれば、「のぞましい集団活動」かどうかは別としても、一過性的性格のまま学力テストを実施できるし、昔のような無茶苦茶な学力テスト対応授業とテスト受験のむごさを再生しないのではないかと思っているからです。

 といいますのは、次のようなことがあったからです。昔は、学力テストの平均点が学校評価に直接し、点数が低いと学校の教育システムの不備となり、学校そのもの評判が悪いとされました。学校の序列が学力テストによって決定される。公立ではこんなことがあってはならないにもかかわらず、現実はシビアなものです。教員が、「成績の悪い子」、「頭の悪い子」に、「今日は学力テストをやるから学校に来るな」というわけです。彼らがテストに参加すると平均点が下がるからです。そんないわばズルをしてまで学校の評価を維持したかった学力テストにまつわる過去をワタクシたちは持っています。なんとも嘆かわしいことです。結局、学力テストが復活し、上のようなことが繰り返されるとすれば(現代ではありえないことですけど)、「欠席せよ」といわれた児童生徒はどんな心境になるでしょうか。また、そうしたズルがまかり通った定点観測に、どんな意味があるでしょうか。学力テストの復活が実現するとすれば、相当の吟味が求められています。

 この記事中山大臣の認識をリンクしておきます(Q.全国学力テストの件ですけれども、大臣が導入の意向を表明されて、文部科学省が検討をすすめてきましたが、概算要求を前にして大臣のご所見をお伺いします。

 ⇒Ans.全国的な学力調査につきましては、昨年11月に私が発表しました「甦れ、日本!」の中で、その実施について提案したところであります。本年6月21日に閣議決定されました「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2005について」や、中央教育審議会義務教育特別部会の審議経過報告などにおいても、その実施の方向性が既に示されているところでございます。これらを受けまして、平成18年度概算要求に盛り込むべく準備を進めた結果、各学校段階の最終学年の小学校6年生と中学校3年生の国語、算数・数学について、全児童生徒が参加できる規模で平成19年度に調査を実施することとしたいと考えております。私といたしましては、全ての学校に対して、児童生徒の学習到達度・理解度を把握し検証する機会を提供することが重要であると考えておりまして、調査が円滑に実施されるように引き続き努力してまいりたいと考えております。

 Q.全国学力テストを復活するということになると、また競争原理が働くのではないかという批判が出るかと思いますが、それについてはいかがでしょうか。

 ⇒Ans.競争原理といいますか、競い合う心や切磋琢磨することは必要だと思います。要するに全国的な学力水準がどうなっているかということを検証していきながら、いろいろな方策を講じることが大事なことだと思っています。また、現に、平成16年度は39都道府県11政令指定都市において、独自に学力調査が実施されています。特段、混乱や問題も生じておりませんし、全国的な学力調査の実施にあたりましても、過度の競争、また負担にならないように配慮すれば実施にあたっての懸念はないものと考えております。

 Q.全国学力テストの関係ですが、昨日、会見で事務次官が、全国テストは地方自治体に強制することはできないというような主旨のご発言をされたようですけれども、大臣としてはどうお考えですか。

 ⇒Ans.強制することはできないけれども、協力していただけるものだと思いますし、ぜひ協力していただきたいと思います。

 Q.科目が2教科ということで、最近の学力の状況をみると理科なども入っていていいのではないかという気がするのですが、2教科で実施される意味というのはございますでしょうか。

 ⇒Ans.できるだけ広範囲にわたりまして、いろいろな学力を調査したいと思っていますけれども、まずは2教科から取り組みたいと思っています)。

 こういうふうにコメントされている方もいます。こちらもどうぞ。

 たとえばいま流行のポートフォリオ評価と学力テストはどう関連するのかしないのか、各学校の教育課程編成権と学力テスト導入の関連、そもそも学力とは何かという議論と導入の是非など、みなさんも、何かこの問題に刺激を与えるご意見を、持っておくように勉強しておきましょう。

(2005年9月17日)

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