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浩の教室・第52回勉強会の模様

 先日の日曜日、当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。全国的に2次試験が終了し、結果を待つ立場にありながら10名もの方にご参加いただいたことを大変ウレシク感じております。今後もよろしくお願いいたします。

 勉強会では、まず、簡単に2次試験の報告をしていただき、その後、答申の講読、集団討論をいたしました。2次の報告では、試験現場に関する文字では伝えきれないところ、つまり、雰囲気とか、感覚とか、そうした点に及んだ報告をいただきました。ありがとうございました。おまとめいただいたものを、ご提供いただければ、当サイトにアップいたします。

 答申の講読では、特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議「今後の特別支援教育の在り方について」(最終報告)平成15年3月28日(以下、「報告」と略します)をとりあげました。まず、この特別支援教育報告の解説をいたしました。それは、報告の骨子の紹介、問題点の指摘、特別支援教育の現状についてです。トピックだけあげますと、「障がい児教育実態の量的・質的変化」、「特別支援教育の定義と個別の教育支援計画」、「特別支援教育コーディネーターと特別支援学校」、「特殊学級と特別支援教室」、「問題点」です。こうしたトピックを、原稿用紙5枚ほどにワタクシがまとめたレジュメをお渡しし、検討いただきました。

 そして、いうまでもなく、参加されたみなさまからのご意見をいただきながら、理解を深めてまいりました。報告は大部におよぶため、少しづつしか読むことができません。それでも、そうした地道な学習態度が、教員としての「確かな学力」を身につけるためにも必要ではないでしょうか。まず、報告の全体像を捉え、報告そのものの各部を検討するのが手順であると考えております。解説の最後に、みなさまに向かっ質問を投げかけました。「なぜ、このような報告を文部行政は出したのか」という質問でした。

 ご参加のみなさまが主体的にこの報告の意義を確認されることを望み、発したワタクシからの投げかけであり、みなさまの視点からお答えいただきました。最近では高校も積極的に障がい児を受け入れる体制を整えようとしています。このような要望もあり、この新聞記事(知的障害生徒:公立高4校で特別支援コース新設へ−−受け入れで府教委案 /大阪/知的障害を持つ生徒の公立高校への受け入れについて府教委は21日、枚方なぎさ、八尾翠翔、堺東、貝塚の4校で「知的障害生徒特別支援コース」(仮称)を来春、設置する教育環境整備方針案をまとめた。/既に調査研究校として園芸、西成、柴島、阿武野、松原の5校が受け入れており、全学区で自立支援推進校が誕生することになる。1学年当たり定員2〜3人の知的障害生徒選抜を実施する。/9月府議会で審議する。【中尾卓英】/毎日新聞 2005年9月22日)のように、府下の高校の受け入れは、問題を抱えながらも、少しづつ実現しています。

 次に集団討論ですが、テーマは「豊かな人間性を養う教育について議論せよ」でした。「豊かな人間性」という言葉は、答申などでもよくよく散見されるものです。「豊かな人間性・社会性を育む」と連呼される昨今ではありながら、具体的にその中身がはっきりしないケースがあります。そこのところを教員をめざすものがどのように捉えているのか、そしてそれをどのように実現するための構想をもっているのか、それが問われているでしょう。

 「豊かな人間性」を連呼する直接のきっかけは、橋本龍太郎内閣の時代におこった例の神戸の酒鬼薔薇事件でしょう。子どもたちの心がおかしくなっている、なんとかしなければならないと意気込んで、この心の問題を教育=学校教育によって解決しようとしたわけです。それがそう簡単に解決できていないのは、その後も発生している残念ながら児童生徒が当事者となった特異な事件、たとえば長崎の事件などが証するところでしょう。

 そういう意味では、心の問題を解決するにあたって、学校教育はほとんど無力かもしれません。そうだとすると、家庭、地域との連携によって解決するとなるわけで、さらには強制力との連携、つまり警察権力の介入、そして法的解決をめざしての少年法の改正となりきたったわけですね。

 豊かな人間性を育むことに、具体的に教員は何をするべきなのか。人間同士のふれあい、自然とのふれあい、そうしたことを進める方策の提案ということになるでしょう。ややもすると道徳の問題に解消される「豊かな人間性」ですが、そうでもありません。自然や美しいものに感動する柔らかな感性を、どのようにして育むのか。あるいはしっかりした人権感覚を身につけることも豊かな人間性の内容でしょう。それをどうすれば育むことができるのか。このテーマは極めて多くのトピックを提出することができるものです。

 集団討論の模様報告ですが、テーマは「豊かな人間性を養う教育について議論せよ」でした。5名の方に20分間、議論していただきました。仮にA〜Eさんとします。

 まず、Cさんから、豊かな人間性を育むためには、感動がなければならない、だが、現在、無感動の児童生徒が多い、これをどうすればいいだろうかと発言がありました。Cさんはつづけて、テレビに児童生徒が釘付けになっていたり、マスメディアの発達が児童生徒の室外での活動量を低下させていると述べ、体験不足を補うことが感動する心を甦らせるのではないか、したがって学校菜園を作って感動体験を増やしたいと議論を切り出されました。Bさんは、これを受け、感動は、美しい絵、花を見ることによっても養われるが、いろんな人間関係をつむぎ、いろんな人びととのふれあいの中からも養われるものであると発言されました。Aさんからは、ゲームなど疑似体験ばかりの日常をいわば活気のある日常に転換しなければならないと述べられました。室内のテレビゲームではなく、校庭で実践できるゲームをすればいいのではないかとのことです。

 さらにEさんは、豊かな人間性はやさしさを大切にする教育ではないかと発言されました。それは、もちろんのこと感動体験を含む活動を通しての実践になるでしょう。Eさんのおっしゃるやさしさは、単に人間を対象としたやさしさではなく、生き物に対しても、地球に対してもやさしさを持つべきであるという意味を持つものでした。この発言は、環境問題への取り組みも豊かな人間性を育む実践であるとの意が含まれています。

 ここでDさんから、無感動の児童生徒が多いのは実感している、この点、大変不安であると発言されつつ、ひとつの問題提起をされました。トップレベルの大学をめざす進学校では、学校の教育方針も、児童生徒の方も、かなり割り切っている。豊かな人間性の育成と学力向上が本来螺旋階段的に織り込まれて人格形成に寄与しなければならないのにもかかわらず、豊かな人間性の育成が無視あるいは課題の外に置かれている、とのことです。ワタクシが思うに、学力の向上だけが学校(=この場合進学校)の目的ではありません。それには同意します。しかし、ワタクシたちは児童生徒の幻影を見ている場合もあります。討論の後で意見が出たのですが、実は進学校に学ぶ知的能力の高い児童生徒は、実は教育困難校の児童生徒よりも、いうところの豊かな人間性を育んでいるのではなかろうか、とありました。ここは考えどころですね。

 進学校はさておき、小学校現場では、Eさんおっしゃるように自己中心的な児童が増えているようです。なんにしても「関係ないもん」という児童、ゴミを教室でみつけても「自分の落としたゴミじゃない」という児童。感動と責任がどのようにつながるのかは、しばらくおくとして、このような態度の児童生徒が豊かな人間性を育むにはどうすればいいのでしょうか。また、Cさんが発言されたように、体育大会で勝ったチームでも、勝ったとよろこびをあらわさない。感情をあらわさないのですね。無感動と無責任が交錯し、なんだか児童生徒の教育可能性が見えてこない論調になっています。問題の指摘からその解決方策へ−議論はどのように進んでいくのでしょうか。

 Bさんも、子どもたちの会話を聞くと、友達と遊んだといっていても、それはバラバラにゲームをしていただけである、一緒になって遊ぶふれあいがない。会話も自己中心的で、相手のやさしさにふれて、それをお互いに返していく姿勢がみられないのは悲しいことであると認識されています。
 そこでAさんが、授業でどのようにして感動体験させる工夫をすればいいか提案されました。発言それ自体は具体的ではなかったのですけれど、理科の実験をどう工夫するかも、感動を呼び起こすものでしょう。
 Dさんは、教員である私たちが感動体験をしているのかも反省しなければならないと述べられ、それを受けBさんが、郊外において、些細なこと(たとえば昆虫の発見)にも気がつき、感動を発見できるよう努めたいと返答されました。Aさんのいう、毎日の生活の中で感動を伝える努力を私たちが児童生徒に実践していかなければならないというのもひとつの返答ですね。

 次に、Eさんが教育実践の具体例を挙げられ説得力持って語られました。水泳の時間に顔を水に付けられない児童が、がんばってバタ足までできるようになった。ほかの児童もすごいすごいといった。みんなが互いを認め合う体育の時間が、ここにはある。Cさんの不登校生徒を担当した経験の報告も、ここには書けませんが、豊かな人間性を育む実践といえるでしょう。

 豊かな人間性の育成は、つまりは、Dさんのいう「表情のない子に働きかけていくこと」にあり、Aさんのいう「よろこびの共有」にあり、Eさんのいう「家庭と違う関わり合いのある社会としての学校で、仲間意識を形成すること」から実現するものでしょう。

 このようにして、20分間の討論は終了しました。豊かな人間性が具体的にどのようなものであるのか、この議論では、感動、やさしさを中心に展開しました。各種答申に基づきつつ、豊かな人間性の中身を自分なりに確認しておくことが議論を出発させる上で必須であると思われます。そうした答申の「生きた使い方」をしていきましょう。

(2005年9月25日)

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