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浩の教室・第93回勉強会の模様

 先日は第93回当サイト勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。当日は、2次受験報告、教育学講義、大阪府過去問解答解説、集団討論と、もりだくさんになりました。

 2次受験報告は、まだ結果が出ていないのですけれど、大阪府の2次に進んだ大学4回生の方に報告お願いしました。Tさんは、当勉強会に2回生の終わりくらいから継続的にご参加いただいていた方です。彼女の努力は勉強会のメンバーから認められているところです。ワタクシも、その努力に応え、なにがしかのことを支援してまいりました。Tさんは、この勉強会に初参加した思い出から、2次に進むまでのことをコンパクトに語ってくださいました。

 そこでは、彼女なりの「勉強の方法」を披露してくださいました。教員採用試験の勉強の方法は、たとえば大学受験のように決まったものがなく、受験生も手探り状態だと思われます。Tさんは、一般教養の攻略法として、高校入試の問題集をかなり解いたということ、中学校の各教科教科書を活用すべきであることを強調されました。幅広い分野を効率よく学習するためにはよい方法でしょう。

 そして、教育時事や一般時事対策として、『新聞ダイジェスト』を活用したとのことです。各新聞社から教育記事を抽出し合本したものが販売されています。こういうふうなものです。

 それから、模試をペースメーカーにしていたとのこと。月に1回は模試を受けたそうです。模試受験はペーパー試験対策としては必須ですね。

 人物重視対策は、当勉強会にほぼ2年間全出席され、ここに集まる仲間から多様な刺激を受けながら、まとめノートを作られました。とにかく面接・討論ともに場数を踏んだので、1次、2次の試験当日も、いつもどおりの自分を出せたとおっしゃったのが印象に残りました。やはり「慣れが必要」ということでしょう。

 Tさん、どうもありがとうございました。また、当勉強会に参加する後輩たちにアドヴァイスお願いいたしますね。

 次にワタクシの方から講義をいたしました。今期はじめての講義でした。1時間あまり、みなさんからのご意見をいただきながら、一方的な「講義」ではなく、双方向のスタイルをとっています。今回は、教育における「理想主義」と「現実主義」について講義しようとして、その前提の現代的教育問題を解説しすぎてしまいました。レジュメを4枚用意してきましたけれども、第1段落だけで終了(笑)。しかし、密度濃くイロイロな教育時事に触れながらでしたので、少しはお聞きいただいた参加者の勉強になったのではないかと思っています。今後も勉強会にご参加されるとき、このレジュメ(というよりワタクシの文章そのもの)を持参してくださいね。

 講義の後は、大阪府の過去問の解説です。今回は体力に関する問題でした。ここでも、みなさまから多様なご意見をいただきました。昭和60年談義は面白かったです。答申資料も充実させ、問題に対応したところを重点的に再確認しました。「3つの間」など、キーワード整理もやりました。このキーワード整理は、今後もつづけてまいります。是非、メモを取ってくださいね。

 最後に、集団討論を実践していただきました。テーマは、「私たち教員は、いじめとどのように向き合っていくべきでしょうか。多様な角度から議論してください」でした。このテーマを受け、男性2名女性4名の計6名の方が挑戦してくださいました。ほぼ討論なるものに初参加された方も、かなりの場数を踏まれた方も、同時に参戦されています。本番の試験と雰囲気は同じでしょう。時間は20分でした。仮にA〜Fさんといたします。ではその模様を再現してみましょう。

 まず、Bさんが発言されました。テーマを確認され、ご自身がいままでいじめ問題にどのようにかかわったのか、紹介されました。ボランティア活動の一環として相談の仕事に従事していたこと、そこでいじめられている子どもの様々な声、学校へいきたくないといった声などをお聞きになったようです。こうした得難い経験は、主張するに値します。ただ最後に「まとまっていない発言でスイマセン」といわれましたが、そうした発言は不要です。Bさんはご自身の体験談を紹介されてから、みなさんに、いじめ問題と関わった具体的なケースはありますか、と提起されました。これを受けてAさんが、講師の立場から担当クラスのいじめについて語られました。小5のクラスで女子児童が陰口を叩かれておりあきらかにいじめであったと認識されたAさんは、その差別的な状況を正義感から許されないといわれました。そして、いじめをする側が9割悪いと発言され、今後もクラスに対する全体指導に力を入れたいと述べられました。この「9割」はちょっといけませんね。ワタクシたちの感覚からしても、文科省の公式見解からしても、「いじめはいじめるほうが100パーセント悪い」のです。ですので、ここはあとで面接官から「残りの1割はいじめられた側に問題があると君は考えているのかね」と突っ込まれないためにも、注意しましょう。

 次にCさんが、自然学校における体験をもとに、いじめ問題に出会ったことを報告されました。ボランティア活動として自然学校を引率していたCさんは、あるいじめを発見したそうです。いじめられている子どもをみて、その子を守ってやろうという気持ちを強く持たれ、また、その子の家庭事情をも考慮し対応したようです。すなわち、愛情不足であったいじめられている子を愛してやろうと強く意識し、自然学校に滞在中だけでもボランティアの立場からその子に対し目イッパイ愛を注がれたそうです。そうすると、その子の性格が変わったということを実感されました。こうした経験は、実体験に裏付けられており、フレッシュな姿勢とともに聞いていて気持ちのいいものでした。問題は、この得難い経験を、単なる報告にとどめず、自分が教員になってどのように生かしていくかを討論の中で伝えていくことでしょう。Cさんは、その点、保護者との接触が減る児童生徒に対し、先生が接触度合いを高めることで解消したいということを述べられましたが、さあ、これでいいのかどうか、ここをもう少し考えてみましょう。

 Dさんは、Bさんの提起を受け、教育実習の話からいじめ問題にアプローチされました。小5を担当されたそうです。そこでは、「自分が悪いことをやっているのがわからない子」がいる、つまり善悪判断がつかない子どもが多かったそうです。そしてまた、いじめられている子どもが実際にいて、その子の欠陥ばかりをクラスの児童は指摘するので、そうではなく、その子のよいところを見出すような指導をしたいと抱負を語られました。いいところを見出すことで、お互いを認め合い、いじめ根絶に向かうと強調されました。教育実習の経験を語ることも、討論では有効です。今のうちに、実習で学んだことをずべて言語化しておいてください。2、3週間のうちにあった出来事をすべてご自身の肥やしとするためです。講義や問題の解答解説で学んでいる教育学と、現場のすり合わせです。

 音楽を担当していた経験のあるEさんは、家庭で体罰を受けていた子どものことを取り上げられました。施設にその子はあずけられる結果となったそうです。愛情を注がれず、その結果、子どもは他人に対する思いやりがなくなってしまい、他人をいじめてしまうようになるということを切に訴えられたEさんは、Cさんと同じく愛情をいかに注ぐか、その指導に解消策があるのではないかと述べられ、かつ、善悪を判断する指導をも組み込むことが大切であると発言されました。

 Fさんは、T.T.として昨年担当したクラスでいじめが発覚し、クラス担任の先生が指導しているのを目の当たりにされました。そこでその先生が「いじめを止めなかったもの、傍観者もいじめているのと一緒である」といわれたことが印象に残ったと述べられました。Fさんいわれるように、いじめられている子どもをかばうといじめの照準がふりかかってくることがあります。いじめの対象になることを避けるために自己防衛本能が働きます。ここでFさんはどのようにこの関係性を捉えられているのでしょうか。傍観者もいじめの主体と変らないながら、自分がいじめられると困る… ひょっとすると子どもたちは、どうすることもできないのではないでしょうか。この先生の言葉は、子どもたちにとっては、酷なのかもしれません。どうでしょうか。傍観するなといって、勇者のようになにか行動できるなら、そもそもいじめは発生しないとも考えられます。だからこそ、指導者たる教員がどのような意識を持つかになってくると思うのです。

 参加者一巡したところで、Bさんが、みなさんのいじめに関する問題意識を受けとめ、善悪判断をどのようにつけさせるかが大切であるということを自覚したと述べられました。そして、では、指導方法としてどのようにいじめられている児童生徒にアプローチするべきか考えていきましょうと展開を求められました。Bさんご自身は、いじめられている子をしっかり受け容れてやること、理解してやること、先生が該当児童生徒を大事に思っていること、守ってやるということを伝えると述べられました。文字にすると乾いてしまいますが、Bさんの発言には熱がありました。Aさんも、いじめられている子にいじめに対抗していく勇気と知恵を授けたいといわれます。また、いじめるのは、面白いからといじめている子どもが思っているかもしれないので、ロールプレイングなどを導入して、他者感覚を養いたいと発言されました。

 Eさんは、いじめられている子どもは本当に辛いものであると実感込めて語られます。Eさんは、過去、いじめにあったことがあるとカミングアウトしてくださいました。指導法として、いじめの報告があったとして、その後をどうケアしていくか考えるのが教員の仕事であると述べられました。Fさんもいじめられた経験をお持ちのようで、極度まで耐えたことを報告してくださいました。また、当時の先生に「いじめられる方にも問題がある」といわれて、ご自身もお母さんも憤慨されたそうです。Fさんのこうした発言を聞いていて、こんなことをいう教員がいることに、ワタクシなどは「馬鹿じゃないの」と思わざるを得ません。

 Fさんは、いじめられる種・素を除くことを提唱されました。ダブルブロックというのは、いい表現ですね。このあたりのことをもっと煮詰めていって、説明を深くすることができれば、討論において有効な発言となりますよ。

 Dさんは、いじめは起こってからでは遅いことを強調し、クラスの雰囲気つくりを指導方法上重要だと指摘されました。個別的なそして経験談がつづいた中、クラス運営をどうしていくべきかとの視点は、教員を目指すものとして大切であり、個人的な感想をこえた評価できる発言です。ここに具体的な方法論が加われば、これまた素晴らしい発言となりますので、がんばってください。すなわち、教室によい雰囲気を充満させたいとの願望は、どなたでも持っています。ではその実現の方法はどのようなものなのでしょうか。そこを是非知りたい。面接官が一番知りたいのはそうしたところです。誰でもいえる雰囲気つくり。こうすればそれが可能となるという自分なりの方法論を語れるようになりましょう。といってもまだ4回生、時間は十分あります。大丈夫です。「教員が、いじめられている子も悪いというのは絶対ダメ」と力強くいわれたのはポイントでした。

 Cさんは、高校志望ですが、高校生ともなると「頭がよくなって(=狡賢くなって、でしょうか)」、教員のいじめ発見も難しくなるといわれます。本人からの申告もほとんどない。いじめがみえないままつづく恐れもある。どうすればいじめがあるということを表面化させるか、それは馴れ合いにならないよう注意しつつ、教員と生徒との距離を縮めるほかないと述べられました。

 Bさんはいじめている生徒へのアプローチも考えなければならないと述べられながら、いじめられている子どものつらさは想像を絶するものであり、将来にまで傷を残す可能性があることを指摘されました。これは人権問題であり、あるいは犯罪にも発展していく重大な問題であるということを自覚するべきであると発言され、Aさんのいわれたロールプレイングを取り入れて、未然防止に力を注ぐのが、一つの方法であるとされました。いじめている子どもも苦しんでいるとし、そのの心境も考え、話を時々聞いてやることも教員の指導であると指摘されました。

 AさんもBさんに同意されます。いじめている子にも傷ついているところがある、学活や道徳の時間にいじめに関する新聞記事を紹介するなどして自分たちのことを振り返らせたいとし、「生きる力」を教えていくと締めくくられました。Bさんは、これに応えつつテーマに立ち返り、多様な角度とあるからこのほか話し合うべき視点があるといわれました。Bさんは、先に出た傍観者の問題のほか、学年団としてどう取り組むか、保護者との連携をどうするか、学校組織としてどう対応するかなど、提起されました。母親でもあるEさんは、すぐさまこれに反応し、保護者への連絡は密にとること、伝える場合にあとあと尾を引くような伝え方をするのではなく、正確に伝えることを希望すると述べられます。Bさんは、このご意見を受け、コミュニケーション不足になりがちなので、保護者との連絡をしっかりすることに賛同され、また、いじめの問題は学校不祥事に発展しかねないことを述べられました。「開かれた学校」の立場からは、いじめ問題も隠蔽することは許されませんね。

 Eさんは、親として子どもたちが何を考えているかわからないときがあるとのべられ、どのように子どもに接していくべきか、いわば親への指導も視野にいれる必要があるかもしれないと述べられて、20分間が終了しました。

 Bさんが最後に述べられましたが、いじめ問題隠蔽は、ひとつには、学校不祥事としてマスコミに告発されないためでしょう。福岡のいじめ自殺問題など、隠そうとする体質が学校にはあります。組織が自己保存しようとする防衛本能です。これは警察組織ほか、どのような組織であってもそのように機能します。なぜ隠すのか、それはふたつには、指導力不足の烙印を押されないためです。学校全体としていじめ問題を解消する力もないのかと批判されるのは避けなければならないし、指導力不足教員が存在するということを隠そうとします。この連鎖は自浄作用をいかに発揮しても解決が難しい。指導力不足教員は配置転換や研修が待ってますし、管理職校長には、管理責任が問われます。だから、隠蔽体質はなくならない。校長が「学習権を侵害する行為」をした児童生徒に対して、出席停止を市町村教育委員会になかなか要請しないのと構図は同一です。自殺行為をする学校なんてありませんから。でも、こうした体質改善が一番求められています。

 このようなことも、おそらく首相直属の「教育再生会議」で話し合われるのでしょう。しかし滑稽なのは、安倍首相みずからが、耐震偽装疑惑がささやかれている人びととの関係を説明せず、隠蔽およびトカゲの尻尾切りをしていることですね。「隠蔽を以って隠蔽を制す」とは、この国の将来が危ぶまれます。

 それから、非常に申し訳ないことですが、勉強会で、なんのはずみでか、「学問の自由」の条文について、15条だといってしまいました。謹んで訂正いたします。「学問の自由は、これを保障する」、これは、日本国憲法第3章第23条です。数字の間違いではありますが、申し訳ないことです。憲法の話がでたところで、追加して書きますが、教採出題に関連し、是非とも勉強しておかないといけないところ、出題可能性が高いのは、前文、第11〜15条、第26条です。

 「1次であかんかったひと」も、さあ、そろそろ勉強をはじめましょう! 第94回は、JRなんば近辺で開催です。イロイロなことを一緒に考えてまいりましょう。

(2006年10月22日)

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