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浩の教室・第70回勉強会の模様

 昨日は第70回当サイト主宰勉強会に満席にてご参加いただきありがとうございました。お申し込みも多く、キャンセル待ちが多数出てしまうことになり、ご参加いただけなかった方々には、申し訳ない気持ちでいっぱいです。ただ、人数的にもこのくらいが精一杯でして、これ以上の多人数になりますと、ほどよい緊張感もなくなってしまいますので、これ以降もこの人数で開催していきたいと思っております。

 みなさまのご意見とワタクシの運営方針が合致いたしましたら、面接対策だけの時間を平日夜などに開催したいと考えておりますが、これまた3、4名しか集まらないのでは成立いたしませんので、「是非、参加したい」との声が10名以上になりましたら調整してまいりたいと考えております。みなさん、お忙しい方々ばかりですので、同一の日が空くかどうか難しいですよね。しかし、練習不足は避けないといけませんから、春以降、こうした試みにご賛同いただけるようでしたら、勉強会の場で申告いただくか、個別にメールいただけると幸いです。

 今回の勉強会で、ようやく「特別支援教育制度答申」を終了することができました。この答申に関する問題を解いてみれば、読むのと実際に解くのとでは全然違うことがわかったと思います。ということで、昨年度使用したシート式の問題解説演習(全部で13問、問題解答解説あわせて35枚くらい)を希望者にコピー代だけでお渡しすることにいたしました。ただいま10名の方からお申し出ありましたが、ご参加の方からならどなたにでもお頒ちいたしますので、10円玉や100円玉を握り締めてワタクシにご申告ください。

 それから、大阪の出題傾向によく似た徳島の過去問解答解説もコピー代だけで持っていってください(笑)。普通に販売すれば3000円くらいになるでしょう(笑)。

 答申の講読後は、Fさんに自己売り込みのツボを報告していただきました。Fさんもご自身がお考えになっていることを経験から具体的に語ってくださりありがとうございました。作成した文章を暗記しそれを思い出すようにいうのではなく、イイタイコトがおのずと出てくるように、面接官に語るように話しましょう。「二十四の瞳」ではないですが、みなさんの前で報告できる幸せをフルに生かしてください。また、面接官役の方も、どういう観点でアピールすればよいのかわかると思います。ご自身が報告者ならどうするか、第3者的観点を育成してくださいね。

 ワタクシも自戒しておりますが、みなさんも、こうした資料は流出させないようにご注意ください。

 集団討論のテーマは、「社会では、教育に大きな関心を寄せています。中には、子どもの教育も大事だが、保護者の教育もしなければならない、といった声もあがっています。この声の意味を考えつつ、教員はどのように児童生徒および家庭との信頼関係を形成していけばいいでしょうか。具体的に語ってください」でした。このテーマを、A〜Gさんまでの7名の方が、25分間でとりくまれました。

 第一発言者は、Gさんでした。Gさんは、この討論の進行をどのようにしようかと考えられ、トピックを提出することからはじめられました。それは、まずテーマ前半部分の「声」をどう考えるかということでした。Dさんが、この提案に続いて発言されたのですけれど、Gさんの述べたことを振り返ることなく、ご自分の主張をまずいうような態度に出られたので、集団として討論がどうなっていくのか、不安な出発となりました。これはいきなりのことだったので、他の討論参加者もなんともしようがない状態となりました。

 Dさんの発言内容は、家庭の教育力が低下しているということをニュースソースを示しながら述べ、家庭の9割は過保護や過干渉など子どもに甘く、また親が育児や養育に自信を持てず、教師をめざす私たちは親に対してもカウンセラー的な役割を持つべきであるというもので、間違った発言ではありませんでした。ただ、Gさんを無視する形で述べられたので、協調性がないとみなされても致し方ないような感じであったのです。他の参加者の発言を聞く姿勢を身に付けましょう。

 Cさんは、課程の教育力について、なにを教育するのかが定まっていない状態であると指摘しつつ、家庭が児童生徒をほったらかしにしている状態であり、駄目なことは駄目であるとしっかり我が子に反省を求めていない点が問題であると述べられました。Cさんが、ここですばやく討論の方向性を軌道修正してもよかったでしょう。

 つづいてGさんが、Cさんに同意しつつ、家庭が担当すべき教育を学校がすべてできないということを指摘されました。ここでもGさんは、第一発言者としての役割を自覚して討論の方向性の指示を再説してもよかったのではないでしょうか。Dさんには申し訳ないのですが、本番でも他者の意見を参考にしないで、ご自身のご意見を通す方がいます。しかし、そうした方も、一度ご自身の意見を言い切ってしまうと、あとは余りしゃべらず沈黙しているのが一般なのです。すなわち、とにかく発言をしなければならないという強迫観念にも似た感じで、発言するとホッとしてしまう、そんないわばトランス状態にあるのです。そうしたわけで、討論参加者に、どなたであってもこうした状況を打破する期待が寄せられているわけです。

 さて、Aさんがここでご発言。家庭の教育は、なにも道徳面でのことやしつけの面のことばかりではありませんね。勉強させようとする意志の有無が家庭にあるかどうか、ここにも差があると指摘されました。こうした家庭環境の違いによる、学習に対する意欲の差を埋めるアプローチはないものかといわれました。Eさんは、格家庭の問題もあるし、保護者同士の意思疎通や情報交換の必要があると述べられました。Aさんは、Gさんの質問やC、Dさんの問題意識に関連しつつ、私たち教員は生徒には日常的に会えるけれども、保護者とはあまり会えない。だから、保護者のカウンセラー的役割を果たすといっても、どういうように「教育」していくかは難解であると指摘されました。このご意見に対し、Cさんは、学校と家庭では教育内容がそもそも違う、家庭で大切なのはしつけであり、たとえば挨拶がしっかりできるといったようなものである、こうしたことは学校と保護者が緊密に連絡をし、家庭に支援を仰ぐのが一つの方法であると述べられました。

 Fさんからは、上の問題に関連し、家庭の教育が学校に反映されるものといわれ、たとえば連絡帳を活用して担任(学校)と保護者との連携を強化するなど方法はあると指摘されました。Bさんも、小学校でも学級通信はあるし、そこに教員の教育姿勢も表現されるし、教育に対する学校自身の考え方もあらわれているはずであるから、それを保護者と共有できるように家庭との関係を作っていきたいと述べられました。そして、このほか、最近のIT社会では、学校はホームページを用意できるし、掲示板の活用も可能でありそうした方面における連携も可能であると付け加えられました。

 ここで、保護者に教育する力がないとするならば、学校と保護者と児童生徒との間を円滑にしていくのが教員の役割ではないのかとGさんから指摘がありました。そして、Fさんのいう連絡帳について、そこに教員がしんどくてもコメントを付すことが、3者の信頼関係を深めるし、「この先生はちゃんとモノをいわしてくれる先生だ」といった評価も受けられると付け加えられました。これを受け、Eさんから、児童生徒も保護者もいっしょに入学するのだということを強調されました。すなわち、児童生徒が1年生になったら、保護者も1年生になる、2年になれば保護者も2年になるというように、児童生徒と保護者は同時に成長していく存在であるとうまく説明されました。Cさんは、Aさんの議論やGさんのご意見を受け、会えば会うほど人のイメージは深まるものである、Gさんの指摘する3者を円滑にするのは、児童生徒をいっしょに育てていくという意識から出発するのではないかと発言され、それを指導するのが教員の姿勢ではないのかと述べられました。すなわち教員と保護者の一体化ということです。

 Dさんは、ここまでの議論を静観し、学校の教育方針を家庭にどのようにして理解を求めるかが問題であると述べられ、その貫徹を考えれば、各家庭の環境も視野に入れ考えていかなければならないと強調されました。たとえば母子家庭で連絡がなかなかつかないケースの場合、どのようにして学校自身の考えを伝えるべきか難しいと指摘されました。

 一方、Aさんは、テーマの「教員はどのように児童生徒および家庭との信頼関係を形成していけばいい」における児童生徒との信頼関係形成にスポットをあて、児童生徒が互いに認め合うことによって、教員が生徒からも信頼を得るきっかけになるのではないかと述べられました。

 Cさんは、先に話題になった学級通信に関し、通信は、保護者にみられていない場合もある、保護者からのフィードバックを求めてもいいのではないかと発言されました。Gさんは、だからこそ児童生徒を介し、保護者を含めたコミュニケーションを深めることが必要であり、保護者との直接のコミュニケーションを形成するためにも教育について教員や保護者が今一度考える勉強会を開催してもいいのではないかと提起されました。Dさんも、これに関連し、どこまで学校が家庭に踏み込めるのか、関係形成が難しく、また、保護者同士の意思疎通といっても、保護者が他の保護者に育児の悩みを打ち明けることはこれまた難しいだろう、だからこそGさんの提案する勉強会は意義あるものになると同意されました。Bさんからも、保護者同士の横のつながりが持てるかもしれないと、Gさんの提案に期待を寄せられました。Aさんも、保護者には年配の方がいるので押し付けはいけないけれども、期待できると語られ、Fさんは、教員と保護者が、また保護者同士が時間の都合をつけるのも実際はたいへんであろう、なかなか参加できない保護者も出てくるに違いないと指摘され、そこは連帯意識の強さに訴えるほかないと指摘されました。

 Cさんは以上の議論を踏まえ、保護者ネットワークの形成は大切で、そこから教員と児童生徒との信頼関係形成にどう結び付けていくべきかと問題提起されました。児童生徒の変化に目配りし、そこに気付くきっかけがネットワークにあるのなら児童生徒と教員、保護者の信頼形成もうまくいくとまとめられました。AさんがCさんのこうしたご意見に同意する声をあげられたあと、Dさんから、ようやく児童との信頼関係がトピックになってきたのをみて、授業力向上が児童生徒との信頼関係形成の鍵になり、かつ学級集団を経営する源泉にもなると述べることができました。

 このあと、Gさんからまとめの発言があり、討論は終了しました。

 今回の討論は、出鼻がくじかれたような印象で、傍聴側も心配していたのですが、議論の中身としては最低ラインの内容が登場していたと思います。議論の構成をしっかり作り、順序良く進めばよかったと悔やまれる集団討論ではなかったでしょうか。

 まあしかし、本番の集団討論もそうそううまくいくものでないものですから、さほど心配することもないのかもしれません。今回の反省点は、議論の建て直しにどのようにして貢献するかということでしょう。そして、協調性を面接官に印象付けるために、どのような発言をするべきかということでしょう。

 今回、B、E、Fさんの発言が2回づつと、かなり少なかったのが心配です。あまり気圧されず、堂々と語り主張してください。発言がないのは、それはそれで聞く姿勢を持っているともいえますけれども、なんの意見もないのかと評価されると困りますので。集団討論の技法として、集団を支配する、支配されるという考え方や見方があります。支配というと言葉は悪いのですけれど、討論の参加者を引っ張っていく姿勢をみせることもこれまた面接官に高評価を得られるポイントでもあります。協調性とリーダーシップ、この相反する技量の習得とその絶妙な表現を演出できた方に、合格はあるのかなと強く思う次第です。

 ところで、次回の討論のテーマはあえて発表しないことにいたします。本番では、一週間前に教えてくれませんから。何が出てもなんとかする実力。これを養成してまいりましょう。

(2006年3月18日)

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