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浩の教室・第83回勉強会の模様

 先日は、第83回当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。遠くは広島からの参加もあり、ありがたく思っております。そして、教育実習を終えて、ひとまわりたくましくなった社会人の方、また、大学4年生の参加者たち。集団討論のご意見におきましても、厚みが出てきましたね。素晴らしい成長です。

 最初に大阪歴史文化問題報告をいたしました。担当のKさん、お疲れさまでした。他自治体受験の方もいらっしゃる中、お付き合いいただきありがとうございます。でも、とてもおもしろく、興味深かったです。「乗客が・・・」には笑いましたね。ひとつの話題から多方面に飛び移り、なんだか「豊富な知識」を手に入れている実感があります。ワタクシも知らないことばかりです。反省しないといけません。

 大阪歴史文化問題報告のみなさんの担当は、これで終了です。残りの勉強会・水曜会におきましては、ワタクシが資料を用意します。1次免除の方も、いましばらくお付き合いください。

 自己売り込みのツボは、Sさんが報告されました。お疲れさまでした。かなり議論になったところもありましたが、これまたみなさまからの自己売り込みシートを振り返られ、是非よりよいものに作成しなおしてくださいね。

 ところで、勉強会では参加者の全員に、自己売り込みシートを配ります。そしてみなさんに多様な視点からよい点、悪い点を書いていただき、それを回収し、報告者にお渡しします。報告者は3分間述べたことに対する講評を、20人分ほどもらえることになります。

 では、第83回の勉強会にて議論されました集団討論の模様をお伝えします。当日のテーマは、もっとも基本に立ち返りまして、「豊かな人間性とはなにか。生徒の豊かな人間性を育てていくためにどのようにあなた方は工夫しますか。学校教育活動全体を視野に入れて議論してください」といたしました。豊かな人間性や社会性を育むことは、教育の基本であり本質であり、また、国がいっていることであり、各自治体が少なからずこれを教育目標に掲げているところだからです。

 かなり手垢が付いたテーマなのですが、討論メンバーによって、議論の方向性もずいぶん違うものです。以前にも、このテーマで議論したことがありまして、その再現はこちらのページです。さて今回はどうなったでしょうか。A〜Fさんの6名の方に20分間がんばっていただきました。

 まず、Fさんが、テーマを読み上げ、豊かな人間性とは何か、思うところを出しあいましょうと集団に提示されました。自然な入り方です。まずは参加者がそれぞれ豊かな人間性をどう捉えているのか出しあわないことには、討論の出発点が定まらないからです。Fさんは、「他人のことを思いやることのできる人」こそが豊かな人間性を備えた人であると述べられました。これから参加者一巡、豊かな人間性に妥当する価値が提出されていくことになります。道徳で徳目主義が批判されて久しいですけど、それと同じように、豊かな人間性の価値が羅列していくことに、ある種の不安を感じながら、実はワタクシ聞いておりましたことをお伝えします。このように価値徳目化することには賛成しない思想的立場に、ワタクシは立っているからです。しかし、教採の試験となるとちょっと別です。ここは、こういうふうに羅列的な提示になるのを否定することができません。それに代わる議論の枠組みをワタクシもなかなか持っていません。このことについては、浩の教室の修学旅行で合格してからみなさんと議論しましょうね。戦前教育の道徳教育批判の問題になるからです。

 つづいてAさんが、他人を思いやることができるとともに自分自身を大切にできることも豊かな人間でしょうと話され、Cさんは、正直、素直であることという「価値」(この言葉をA〜Fさんは使っていませんが、表現しやすいので、以下、カッコを付けながら使用します)を提示されました。Bさんからは、社会人経験を踏まえながら、自分勝手に振舞う人、他人のことを親身に思って動く人の例をあげられ、人を傷付けないことが豊かさではないかと指摘されました。Dさんからは、他人はどう思うだろうと考えながら行動する人つまり配慮ができる人を挙げられ、そういう行動がとれるコミュニケーション能力を身に付けることが豊かな人間性ではないかとご意見されました。Eさんは、みなさんのご意見にもっともであると同意しつつ、心身ともに健康であることや、痛みを知る人間、ということを挙げられました。

 打者一巡、ここでAさんが、では今まで登場した「価値」を具体的にどういうふうにして児童生徒に育成するか話しあいましょうとある意味で司会者的役割を担いつつ、Aさんなりのご意見を披露されました。それは、本を読んでやるということでした。本を読むことによってその本の世界に入り込み、疑似体験ができる。主人公の気持ちに共鳴したり反発したり、他者感覚を養うことができるからです。さらには同じ本を読んでいる児童生徒たちが、感じたことを共有もできますね。Bさんは、豊かな人間性は集団の中で育むことができる側面もあるから、班活動や掃除の時間などを活用して育めるのではないかといわれます。Dさんは、ご自身の経験から、多様な知識を持つということもその人間を豊かにすることができると指摘されます。教育課程における系統だった学習から得られるものも当然大切であるが、いわば雑学的な知識も豊富であると、人間的に魅力が増す。これも豊かな人間性の素地になるというご主張です。

 Cさんは、学校教育の外、郊外に出て多様な人びとと付きあうことによって人間性が深まるのではないかと述べられました。答申でもいわれるように、「多様で幅広い他者」との出会いが、人間性を高めてくれるものですね。Aさんもそのことを強調されます。多くの人びととの交流が人間性を豊かにすると。具体的に高齢者との関わる時間を学校教育に設けたいと抱負を語られます。高齢者と交流し世代間の緊張も弛緩することでしょう。児童生徒には、どういう感想を持ったか確認したいそうです。Bさんも高齢化社会の問題を説明されつつ、高齢者に「教えてもらう」、「学ぶ」感覚を意識させたいと述べられました。Eさんの社会分析もそうで、少子高齢化の時代、核家族の増加の時代であることを説明し、そこでは自然とコミュニケーションも不足する。だから学校行事が開かれれば「父兄」に参加を呼びかけたいと提案をされました。そうすれば、自分の子どもにだけ目が行っていたのが、他の子どもに対しても関心が持てるようになるのではないかと推測されます。そして、そうした家庭の協力を経て、その延長として豊かな人間性が耕されるのではないかと指摘されました。

 ここでちょっと、討論終了後の指摘を書きます。どうやら、いまでは「父兄」という言葉は使用禁止のようです。ワタクシも当サイトにおきまして「父兄」という表現はしないように注意してまいりました。母や姉を無視する表現だということで、学校現場ではチェックが入ります。ということで、今後は「保護者」で統一しましょう。これと絡んで、学校が発行する連絡文書に「各位」と表示するのもマズイそうですのでご注意を。

 Fさんは、地域や家庭の協力は不可欠で、週5日制ということは、残りの2日間、家庭そのものおよび地域が児童生徒を見守ることになると、Fさんに対してコメントされました。このご意見を挟んで、Aさんは、テーマを引き戻すように、授業を通して豊かな人間性を育む方法はないかと話しはじめられました。そしてそこでグループ活動の効果、教え合いの効果を指摘されました。Dさんもテーマに立ち返り、学習指導要領にも記述されている職業について考えさせる授業を展開することによって豊かな人間性を育成したいと述べられました。職業を調べることは、地域の商業形態を考えることにもなり、ひいては自分の将来を考えさせることでもありますね。職業観の育成は豊かな人間性と関連しますが、そこをうまく説明されているところに、Dさんの力量がうかがえます。

 Bさんは、体育の授業を例示されます。得意な子はがんばるが、苦手な子はどうなるのか、こうしたことをクラスで考えさせ、チームとして楽しめるかどうかということを意識させ、自分たちの行動を振り返らせたいと論じられました。この体育の話に触発されて、Fさんは、足に障害のある女子児童がリレーの走者として参加したときのクラスの様子を語られたのです。その女子児童が参加するリレーのグループだけ走る距離が短かったことにクラスの他の児童からずるいという声があがったけれども、ちゃんとした説明をし、そうした声はピタッとなくなったそうです。ここからFさんは、場面に応じた的確な指導が必要と実感されたそうです。こうした指導に豊かさを育むヒントがあるようにワタクシも思います。さらにFさんは、図工の時間における感受性、情操面の指導についてご意見を述べられました。

 Cさんは、以上のお話を聞かれながら、民主的な学級社会の実現ということを主張されました。悪いことをすれば罰する、みんなで問題を解決する、その手続きに民主的な要素を含めたいというご意見です。ここでは、罰すると書きましたけれども、それがCさんの第1の発言、正直や誠実、素直という「価値」と関わっていることを見逃してはならないでしょう。

 Bさんは、集団教育ということを常に意識され、休み時間においても集団で遊ぶということを提唱されます。活発な子もいれば、消極的な子もいる。様々な児童がいるという点で、まさに「社会」です。そして、一人でいる児童に声掛けをし、集団に入っていけるよう手助けしたいと述べられました。このBさんの発言に、ちょっとテーマからはずれてきたなという感覚をワタクシは憶えましたが、みなさんどうだったでしょうか。Aさんは、Bさんの議論を引き継ぎ、たしかに冷めている子は行事等に参加しにくいので、その子をどうするかは教員として考えなければならない点であるとご意見されました。

 協調性が試される集団討論ですけれど、立て直しの必要性を感じたところです。

 Eさんも、25分間の「中休み」の時間に、いっしょのことをして遊ぼうと実習で声を掛けられ、ドッジボールや鬼ごっこ、虫をみてる子、鉄棒をしている子を集めて合同でひとつのことをさせてみたそうです。そうすると、嫌々やっている子もいたそうで、これをどうすれは解消できるか悩みを話されました。集団教育はしたい、しかし児童生徒の個性も尊重したい、たしかにそうです。Bさんはこれに答え、無理やり嫌がっている子を入れるのばダメだが、なんらかの工夫をして参加させてみたいといわれ、なぜドッジならドッジで、嫌いで参加しないのかを聞く姿勢を持つことも教員の仕事とまとめられました。

 ここでDさんが給食係の話題を提示されました。ちょっと向かうべき方向がズレはじめているところに係活動の意義について述べられ、児童生徒一人ひとりの役割分担、責任感を論じられました。これで豊かな人間性というテーマにぐっと戻ってきたように感じます。Aさんも、部活動の意義を語られ、先輩後輩関係から学ぶべき「価値」があると指摘されました。Eさんは、廊下を走らないなど、決まりごとの徹底した指導ということを述べ、ルールを守ることを指導する際には、それをなぜ守らなければならないのかにまで掘り下げて児童生徒と対したいと発言されました。Bさんも、ルールを守る意識を小学校段階から植えつけることの必要性を述べ、上級生と下級生の刺激の与えあいということにまで触れられました。

 最後にFさんが、児童生徒を指導する私たちだからこそ、自分自身をもっと高める努力をしなければならない、教員としての姿勢を身に付け、余裕ある態度を自分で作っていくといい、Aさんが、これに同意しボランティア活動や読書をもっともっとしたいといわれて議論が終了しました。

 20分間に参加者全員で30回くらいの発言があり、とても活発であったという印象です。途中、ヤバイなあ〜、テーマからズレはじめているなあ〜、という感覚もありました。教員として指導論を語るにしても、テーマを忘れて話してしまうといけません。豊かな人間性を議論するにあたって必要最小限の指導論を述べるべきでしょう。

 水曜会の方でも、重なる議論が登場していました。なかった議論は、挨拶のこと、学習を修めた達成感、個性、マナーなどでしょうか。思いやり、他者のことを考えるなどは共通して議論されていました。
 この討論の終了後、第16期中教審答申における豊かな人間性の「定義」を確認しました。こちらのページです。
 こののち、集団面接をいたしました。集団面接は参加者が多くなりました。さすがに1次試験が近づいているからでしょうね。参加者同士交換しあったペーパーをしっかりみて、今後に役立ててくださいね。

 あすは水曜会を開催します。ご参加のみなさま、よろしくお願いいたします。自己売り込みのツボは、Kさんがなされます。がんばってくださいね。個人解剖も、どしどし挑戦してくださいね。

(2006年6月25日)

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