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浩の教室・第87回勉強会の模様

 先日の9日は、第7回水曜会にご参加いただきありがとうございました。広島からの遠征組もあわせて満席となりました。また、12日は、当サイト主宰第87回勉強会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。すでに12日には、今年度1次で涙を呑んだ方もご参加いただき、その意志の強さに感激しています。

 こういってはなんですが、普通、1次であかんかったら、なかなか参加できるものではありません。勉強会に来られている方々が全員合格されている中、顔を出されるのはつらい上にもつらいことでしょう。それを乗り越え、自分を見失わず勉強のペースを維持される学習態度に、合格者も「何とか力になってやりたい」と感じられたのではないでしょうか。当勉強会は、ときにはライバルとして、ときには強い絆で結ばれた友人として、切磋琢磨してきたメンバーで成立しています。2次に進まれたみなさんの思いやりを、来年をめざす諸君にお頒ちくださいね。

 12日当日は、ワタクシ所用があり、コーヒー会を辞退して島根までいっておりました。失礼しました。新規にご参加された方々とフランクな場でお話したかったです。次回の機会にお願いします。当日は、集団討論1題と個人面接及び模擬授業を実施いたしました。集団討論のテーマは手垢がついた感がありますけれども、「学校で道徳を教えることは可能でしょうか。それは家庭教育の役割ではないのでしょうか。わたしたち教員は道徳教育に関し、家庭とどのように連携を取るべきなのでしょうか、議論してください」というものでした。

 この討論の再現は、すぐ下でいたします。個人面接は個人の情報が含まれますので再現はいたしません。ただ、面接個票を持参していただき、その内容を中心につっこんだ質問、いわゆる2次面接向けの個人面接対策であったことをお伝えいたします。同じ面接といっても、1次と2次は違います。その違いに応じた面接練習をしたつもりです。主宰者のワタクシの意を汲みとっていただければ幸いです。なお、個人面接評価シートが手元に残っていますよね。これは参加者全員からコメントが書かれたシートです。ひとりの面接を20人くらいが見守っているわけで、20人分くらいの評価シートを各自が持って帰ることになります。今回は主観的ではありますが、10段階評価を参加者全員がお互いに示しました。ひとつの基準にはなると思われます。シートに書かれてある問題点を素直に反省し、本番に生かされることを期待します。

 9日の水曜会の討論テーマは面白いものでした。議論も楽しく、勉強になりました。水曜会の討論再現は、サイトでは割愛しております。ワタクシの仕事能力を超える事態になるからです。すいません。しかし、地域の教育力の定義、地域の教育は「老人力」によって担われているといった議論は、傾聴に値するご意見でした。ありがとうございました。

 さて、集団討論の模様を再現いたします。討論のテーマは、「学校で道徳を教えることは可能でしょうか。それは家庭教育の役割ではないのでしょうか。わたしたち教員は道徳教育に関し、家庭とどのように連携を取るべきなのでしょうか、議論してください」でした。この手垢がついた、しかし、重要なテーマに対し、25分間で7名の討論者にチャレンジしていただきました。道徳をテーマとするときに、必ず議論されなければならないトピックが再確認されてよかったのではないかと思います。そのトピックは、Y先生やワタクシが討論終了後に指摘したところですけれど、以下の討論模様の再現において挿入的に書き込みますので注意して読んでください。

 最初はテーマの確認をする発言からはじまりました。Aさんでした。Aさんの発言はその意味がちょっとわかりにくかったので、注意が必要です。何を意図しているのかはっきり発言しないと、後に続くものが困ってしまいます。緊張している中の第一発言は苦しいものですけど、ここはさらっと「テーマ再確認」発言すればよいでしょう。

 いずれにせよこのテーマ再確認を受け、Gさんが学校で道徳を教えることは可能であるが、学校と家庭と両方協力して道徳を教えていくべきであると述べられました。Fさんも、教員=大人として、社会人として、道徳を教えるのは可能であるとのスタンスです。Bさんは、Aさんの裏返し的意味合いの発言で、学校と家庭と分離して道徳を教えるものではないと述べられました。両者揃って児童生徒の道徳心形成に努めるべきであると付け加えられました。Cさんは、道徳教育は、基本的なしつけの教育の延長線上にあるとの認識をお持ちです。そしてそうした観点から道徳を教えるのが家庭の役割であると指摘されました。Dさんは、道徳以前に確かにしつけをどうするかの議論がある、その上で、集団の中でどういう行動をとるべきかを教える必要が学校にはあると発言されました。Dさんは、道徳教育が「可能」というよりも、学校で道徳教育は「必要」という立場に立ち、学校と家庭とで道徳の目標に違いがあるといけないのではないかと指摘され、最終的の両者の求める児童生徒の道徳的在り方は一致すべきであると述べられました。

 これで参加者が一巡しました。今から思えば、Dさんの、「集団の中でどういう行動をとるべきかを教える必要が学校にはある」が、このあとまったくといっていいほど議論されなかったのは不思議です。ワタクシが最初に述べたトピックとはこのことで、学校における道徳は集団指導として実践されるので、ここを議論しないとクリープのいれないコーヒーのようになってしまうのではないでしょうか。学校での道徳教育には限界があり、基本的な生活習慣にしてもハシの持ち方にしても、それは個々に指導しなければなりません。それに対して遠足や修学旅行における児童生徒の社会的態度は是非とも指導しなければならないし、学校という集団教育の場であるからこそできる指導です。こうした指摘が今回なかったのが不満でした。いわゆる個人道徳と公衆道徳と、どちらに力点を置いて学校が指導するかという問題に帰着します。これはまた、児童生徒の社会化につながる議論です。

 もうひとつは、「道徳は教える」ものであるのかどうかというトピックです。今回の議論ではこれもまったく登場しませんでした。しかし、道徳を話題にするときには必ず出してほしいトピックなのです。上の段落を注意して読んでくださればわかるように、ワタクシは、「道徳を教える」とは書いていません。そうではなくて、「指導」という言葉を使っています。これは意識して使用しています。道徳を教えるというのは、ある意味おこがましく、ある意味押し付けになってしまいます。道徳心の形成は、個々の児童生徒の主観的判断、感じ方にかかっています。その道徳的判断基準になにがしかのエッセンスを与えることしかワタクシたち教員には本来できないものではないでしょうか。無理からに道徳、道徳と「教える」態度では、反発も喰らうし、限界があると思われるのです。また、道徳的判断には、世代間の違い、もっといえば歴史的背景の違いがあります。道徳的判断を左右する背景がワタクシたちと児童生徒と違うのであれば、なかなかに「教える」のは難しい。たとえば、ワタクシたちは、生まれて何年か経って携帯電話を手にしました。それに対して今の小学生たちは、もう所与のものとして携帯電話がある。こうした違いは大変大きなものでしょう。ここから携帯電話に関するアタッチの仕方も変ります。ワタが授業中に携帯電話を手にしてメールチェックをしなかったのは、携帯電話そのものが存在しないわけでそうであったのであって、もしワタクシの若い悪ガキ時代たとえば高校くらいに携帯電話があれば、おそらく授業中にチェックしていたと想像します。些細なことではありますが、道徳的な判断基準を左右する簡単な事例が携帯電話一つとってもあるということが理解できるのではないかと思います。集団行動の場面で携帯電話が鳴るとどうなのか。「かまへんやん」という現代の児童生徒の気持ちを汲むのはシンドイことですが、「あかんもんはあかん」と大阪府的な「教えること」で対応が難しいのも事実でしょう。もちろん「あかんもんはあかん」としっかり(本当は殴ってでも)指導しなければならないことはあります。奈良の放火事件で取り返しのつかない事態を一生背負うことになってしまった父と息子さんのことをうかがえばよくわかることです。大変残念な、悲しい事件です。

 さて、議論はどうつづいたのか、Aさんがさらに問題提起し、それでは学校と家庭とはどのように連携するべきかと述べられ、学校ではホームルームがその基盤となり、家庭とは常に連絡がとれるように備えておくことが肝要であると、高校志望のAさんはご意見されました。このあたり、小中希望者の中に混じって奮闘している感がありました。Bさんにいわせれば、日頃の連絡帳で家へのお願いをすることになります。Gさんは、学級では授業が成立しているか、人権学習が進んでいるか、そうしたことが道徳教育がうまくいっているかどうかのバロメーターとなり、各児童生徒がイキイキと自己を表現している学級であることが期待されると述べられ、また、逆に、いじめや恐喝など問題状況が発生した場合にはそれを全員の問題として扱うようにしたいと話されました。ここでも集団という言葉はないものの、それが臭ってくる発言になっています。

 Fさんは、児童生徒に対する個別連絡だけでなく、PTAとも連携して道徳教育を進めるべきではないかと提起されました。児童生徒のマナー指導をしたいと発言され、登下校の様子をチェックする必要も述べられました。Eさんは、人と人とのかかわりの中で道徳的感性が高まるとの立場から、地域フェスタに積極的に参加するのがよいと指摘されました。BさんはFさんの発言に対し、PTAでは特定の会員だけの活動になってしまう恐れはないだろうかと指摘され、地区別学級会を校区全体的に開催し、教員と家庭とが話し合いをする機会を設けるのがよいとご意見されました。

 Cさんは、ここで話題転換し、学校で教える道徳と家庭で教える道徳の間にはズレがあると感じておられ、もちろん犯罪がダメであるという認識では(たぶん)一致するだろうけれども、ある行為に対して「みっともない」と判断するかどうかは分かれるケースがあるといわれます。そこから各家庭の道徳観の違いをどのように埋めていけばいいのだろうかと問題を提出されました。この発言以降、この問題に対する解答を与えようと議論が進行していったようです。たとえばAさんは、各家庭の考え方には違いがある、それを埋めるために話し合いが必要と述べられ、そして学校としては家庭から寄せられる「苦情」(これは道徳的な問題にかぎりませんが)に一定の基準を持って対応することが求められるのではないかと発言されました。具体的な例を出しながら発言されるとこの「一定の基準」の意味がわかりやすくなりますので、Aさん、次回からはがんばってください。Bさんも、各家庭に違いがあることを認めつつ、それを埋める手段は学校における最低限の「共通理解」、たとえば授業中しゃべらないといった約束事をすることであると述べられました。また、Dさんのいわれる教員間の道徳的な共通理解を各家庭に伝えることも必要でしょう。たしかにCさんのいわれるように、価値観の違いが各家庭にあり、その刷り合わせをどうするかといった問題意識はDさんもお持ちでした。

 ここでGさんから、からめ手から攻める発言がありました。それは、最近、朝ごはんを食べない児童生徒が増えている、これは児童生徒の発達の問題でもあり、衛生の問題にもつながる。学校で保護者の意識改革を進めるべきではないかというものです。道徳の議論をしている最中に、「家庭との連携」というタームから思いつかれたことをパッといっちゃったとの印象がありました。ギリギリ容認できる発言ではありますが、議論が違う方向にいってしまう恐れもありますので注意しましょう。Bさんは、Gさんのご意見に対し、それはもちろん大切であると簡単に触れられ、うまく方向修正し、子どもの成長は親にとってうれしいことである、だからこそ、子どもが社会に旅立っていくときにルールを守れるよう指導するのが大切である、そうした熱意を持って教員は職務に携わるべきであるとまとめられました。うまい切り返しでした。Aさんは、Bさんの発言を受け、小学校では参観がありそのあと懇談会もあるが高校では保護者が集まる機会があまりないと語られました。そして、保護者同士をつなぐパイプに高校教員はなるべきであろうと抱負を述べられました。Fさんは、保護者同士の価値観の違いが埋まるかどうか、やはり疑問と感じておられる様子でした。その違いを埋めるとすれば3者懇談を実施し、アンケートをとって共通項を析出するのがよいと考えられています。「お子さんをどのように育てていきたいのですか」の質問を集約するところから、たしかに何かがみえてくるかもしれませんね。

 Cさんは、問題提起者として、登場した「答え」の尊重しつつ、小中では家庭訪問を実施して各家庭環境の把握に努め、家庭には自分なりの教育方針、教員間の考え方、学級方針を伝える、さらに校訓をも伝えていきたいとご自身の「回答」を述べられました。Aさんは、これを受け、具体的に発言されます。学校での指導に掃除があるが、箒の掃き方もわからない児童生徒がやはりいて、家でやってみて〜と指導すると実践例を出され、家庭と学校との間で掃除などの具体的な生活指導領域のものが反復練習されることを期待されています。Dさんもそれを学校で教わって家庭に持って帰ると表現されました。靴を揃えて脱ぐかどうかもそうでしょう。Cさんがいわれるように学校が家庭に発信する道徳もあります。Gさんは、児童生徒から影響を受ける保護者という角度からお話を進められます。社会生活を営む上でよいと思われることは、子どもから家庭の方も学んでいるのではないかと発言されました。Eさんも学校で学んだことを家庭で振り返るケースはあると語られます。また、学校でケンカをしてしまったときなど児童生徒は家庭でそれを話しているから、過程の方もそれを受けとめている。子どもの学校生活をを通じた教育がそこではあるのではないかと述べられました。最後にGさんが、しつけの問題に立ち返り、家庭でしっかり実践していただくようお願い的な発言をし、議論は終了しました。

 これで25分間終了です。コメントは再現文の途中にいれてますが、しつけと道徳との関係性を論じるのは難しいですね。道徳教育の中にしつけをいれるかどうかも、考えるべきポイントでしょう。

 ではまた次回〜

(2006年8月12日)

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