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浩の教室・第102回勉強会の模様

 本日は、当サイト主宰第102回勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。今回、はじめてご参加いただいた、お2人の方、いかがだったでしょうか。次回からのご参加も期待しております。よろしくお願いします。また、本日は勉強会終了後の情報交換会の珈琲会には、昨秋合格の先生方が5名も集まってくださり、ありがたく思っております。後輩への多様な指導、痛み入ります。今後も援護射撃よろしくお願いします。JR大阪を勉強会の場所とした場合、夕方から「あの場所」で集まってますので、時間があればお顔出し期待しています。

 さて、本日は、最初に「議論の叩き台としての教育学講義」をいたしました。そこでは、世界図会の意味や大教授学の命名の由来、積み木をフレーベルは何と呼んだか、など、視覚的認識の教育学的意味をとりあげたり、学習指導要領の性格説明を織り込みつつ、33年、43年、52年、元年のそれぞれのキャッチフレーズから考えてみたりしました。学習指導要領については、もう少し説明が必要ですから、次回の講義のときにお話しますが、お渡ししているレジュメを17ページの最後まで読んでみてください。ようやくあと2ページですね。今日、20行ほど進むことができてよかったです。

 大阪府過去問解答解説では、教育法規の問題を取り上げました。これで、ペーパー対策は一端終了です。教育法規は得点源にしてください。なお、『教職教養スコープ』のページ数を明示したところは確実にしておくことです。新しい教育基本法は、すでに右欄に表示しておりますので、これも読んでおいてください。その問題は、いずれまた提供します。

 最後に集団討論を実施いたしました。今回のテーマは、福岡市の「漏洩問題」でした。団塊世代についてでしたね。タイムリーにも、本日帰ってきましたら、NHKスペシャルで、団塊の世代についての番組を文珍さんほかの司会でやっていましたのをみることができました。ワタクシたちが議論していたなにがしかのことも、登場しておりましたね。

 テーマは、「団塊の世代の大量退職時代を迎えるが、その社会的問題と対策について」でした。時間は20分にアドヴァンテージをとりまして、22、3分くらいでしょうか。参加メンバーは、男性4名、女性2名の計6名です。

 イニシアティブをとったのは、Aさんでした。Aさんは、団塊世代が昭和22年から24年の3年間に生まれた世代であることを説明し、その方たちの大量退職は教育現場をも直撃することを述べられました。つまりそれはAさんによれば、ベテランの先生方が抜けることを意味し、たとえば、保護者対応に長けた先生などが抜けられることになる。残った若干経験の浅い先生方は相談する人材を失うことになるといわれます。Aさんはこうした問題点を提出されました。

 このご意見につづき、Bさんは、たしかに保護者への緊急対応に慣れておられる先生方の穴を埋めるのは大変であるの同意しつつ、それだけでなく、私たち新人教員の授業に対してコメントいただくこともできなくなると指摘されます。効果的な教育技術の世代間伝承がなくなってしまうのではないかと心配されます。Cさんは、この2つの問題点を受けつつ、生活指導面もベテランの先生の指導力がまだ必要で、それが欠けるのは苦しいと述べられました。

 Fさんは、逆ピラミッド型の教員年齢の構造は批判されつつも、多様な年齢層の先生が学校に揃っていることが、児童生徒に異なる刺激を与えることになると年齢構成に関わる問題性を提案されました。Eさんは、いままでの発言者のご意見を抽象化し、学校運営面における効率低下を危惧し、校務分掌上の問題が出てくるとまとめられました。

 ここでCさんは、団塊世代の大量退職という現象をどう捉えるかが大切なのであり、これはチャンスにもなるのではないかと若々しいご意見を出されました。団塊世代の先生方の豊富な経験や教育的蓄積は次世代に伝えられる価値を持っていることを承認しつつも、これからの教育に新しい風を吹き込んでいく役割が私たちに課せられているのではないかと喝破されたのです。いまの教育をまさに「再生」する役割が自分たちにあるということの宣言でした。

 では、この「団塊世代の先生方の豊富な経験、教育的蓄積」をどのように学校が継承するか、Bさんはこの点を議論します。「団塊世代の先生方の豊富な経験、教育的蓄積」は法則化したり、文章化したりできるとBさんは述べます。こうしたものを基として、ベテランの先生方から研修を受ける計画など、具体的なご意見を提言されました。また、学校行事のスムーズな進行のために豊富な経験からいただけるアドバイスには大きな価値があると認識されているようです。

 Dさんは、ここではじめて発言されましたが、若い先生が頼るべき存在として団塊世代の先生方を位置付けられました。心細さの表出でしたね。今回初参加のDさんは、他の発言者の発言に「あっけにとられた」ような感じでありましたが、この「苦しい討論参加経験」は必ず後に生きてきますよ。Eさんも、若い先生が頼るべき知識経験を団塊世代の先生方がたくさん持っていることを認めておられます。

 その一方で、Cさんは、現場感覚を披露し、「年をとると体力が落ちる、若い先生はエネルギッシュ」といい、若い先生もいろいろやるで、中堅教員もがんばっていると、今後の学校の在り方を視野に入れた発言をされました。先ほどの発言とともに一貫性がある主張です。Aさんは、Fさんのご意見を汲みとって、多様な世代の教員が揃っていることに越したことはない、イビツな教員の年齢構成をどう解消するか、これが問題であることを承認し、その上で、大量退職は20代の先生方に負担が波及することを指摘されます。学校全体の体制変革が否応なく求められる結果となり、負担を背負った20代の先生にアドバイスを与える先生方がいらっしゃらなくなることのデメリットを強調されました。

 Fさんは、ここで違った視点からのご意見を述べられました。それは、団塊世代の大量退職はいままで議論してきたような問題はあるけれども、そうした問題は、都市部と地方では受けとめられ方が違うということです。教員にかぎっては、地方では退職者は少ないので、問題にならないケースもあるということです。これは統計を調べないと、なんともここではワタクシからはコメントできないのですけれど、たしかに「実感的」には、ワタクシも、そう感じています。都市と地方の対比を論じることはインタレスティングですけど、難しいですね。岐阜から勉強会に毎週のようにご参加いただいているFさんらしいご意見でした。この問題意識が討論の中でどのような意味を持つのかは、あるいは持たせるのかは、検討課題だと思いますよ。みなさんも考えてみてください。それが、日本全体の教育の在り方をみつめ直すきっかけになります。世代の変動と地域の変動とどうクロスするのかしないのか。講義でも申しあげましたが、「地方に予備校業界が進出するのは中央よりも遅れる」の例を熊本のお話をKさんから聞きながらやりましたね。ゆっくり再考しましょう。

 Cさんはその一貫性ある主張から、再度、問題点の指摘はわかるが、私たちがどうしていくかが問われているわけであり、現実から出発するのが大切であると述べられます。若い世代が創造していくことは何か、にこだわってご意見を何とかつなごうとしています。新しい教材の開発、運営の在り方、そうしたことをご自身の問題意識として討論参加者に訴えたい気持ちが強く伝わってきました。

 Bさんは、話題をもっと具体的にしなければならないと思ったのか、ここでITについて振られました。団塊世代からなにがしかのことを受け継ぎつつも、私たちは私たちで自分を磨いていかなくてはならない。その課題のひとつに教育のIT化にどうかかわっていくか、ということがある。Cさんの議論を具体化する形で、議論を構成しようとする発言態度であるといえます。IT技術の教育への導入はたしかに団塊の世代がやり残したことであり、若い先生方にその仕事はかかっています。それから、退職していく団塊世代との協力体制についても触れられました。教員を退職する方だけでなく、あらゆる団塊世代の退職者とどう教育は関係性を紡いでいくか。たとえば総合学習で協力するなどが具体的方策となるとCさんは指摘されます。また、学校退職者が再びボランティアの先生として再登板してもらうことも提案されました。そうすれば、私たちも学ぶことができると付け加えられました。

 Dさんは、退職された方々となんらかの情報共有をするためには、その退職された方に研修を頼むことも可能であろうし、地域連携をするシンボルになってもらうこともできるといわれます。「学校全体が手を挙げていくこと」と表現されました。

 結局は、Aさんがいわれるように、大量退職に伴う教育的ノウハウの喪失があり、それをどう引き継ぐか、学校同士の連携もその解消策になるし、技能共有の契機になるでしょう。

 Eさんは、ここで違った角度から討論をつなげようと必死の努力です。問題提起型でよかったです。Eさんの父が団塊世代であり、自分はつまり団塊ジュニア=イチゴ世代であること、父と話しをしてみて、「仕事を辞めたら職場はどうなるのだろう」と心配していること、その一方で、第二の人生をいかに過ごそうかとワクワクしていること、こうした二面性を持った心境に団塊世代が浸されていることを「レポート」してくださいました。そして、去り行く職場に何を残せるかを真剣に考えるEさんの「父の姿」が伝えられ、退職は悲しいけども、さわやかな気持ちになりました。

 最後にAさんが、非常勤としてでも学校に出てきてもらいたい旨を発言され、討論は終了しました。

 今回の集団討論の問題点、反省点をあげましょう。ひとつは、テーマに対するアプローチとして、教育に限定しすぎではないかということです。第2に、繰り返しの発言、同内容の発言が多くて、議論の発展性がみえにくくなっていたことです。それから、今後学校を作っていく若い先生方が何をするべきなのかを議論していいのかどうかということ。最後に、これは表現の問題かもしれませんが、本番の試験で「団塊世代の先生方を非常勤として雇う」といったような発言をしていいかどうか、ということです。

 第一のものに対しては、ワタクシは、このテーマが社会的問題として出題されているかぎり、教育に限定するのはマズイと思っています。しかし、教員採用試験ですから、教育にまったく触れないのもマズイ。時間配分的いえば、団塊世代の大量退職に関わる一般的な問題性について、少なくとも枕としては議論がほしいです。できれば30パーセントくらい議論してもいいのではないでしょうか。社会保障のことや労働力の低下、消費の問題など、経済、労働、福祉について、なにがしか議論できることはあるでしょう。

 それが教育社会でどうあらわれるのか。これを切り口に教育現場の大量退職の問題性につなげていくのがスムーズかもしれませんね。

 第2に、繰り返しが多いのは、個々人のイイタイコトが少量だからです。これは勉強するほかありません。討論の進行を円滑にする技量は、参加者個々人の知識の量によって変ります。進行のうまさと知識量は関数関係にあります。

 後の2つは個別的な問題点ですけど、あまりにも若い先生がなにをやるべきかに議論が集中してしまうと、受験生が社会をどう考察しているのかを測ろうとしている今回のテーマの場合、マイナスになってしまうのではないかと怖れます。もちろん将来の学校を想う気持ちは尊い。しかし、団塊世代は役割済との印象を面接官にもたれてしまうと、これはマズイ。ほかならぬ面接官が団塊世代の可能性があるからです。しかし同時に、団塊世代の面接官が、イキのいい若い先生を求めているのも確かです。それゆえ、やはりこれは表現の仕方になるのでしょう。最後の非常勤云々についてもそうですね。

 勉強会の今後につきまして、みなさんにお聞きしました。なにぶんにも教室は20人でイッパイ、しかし、申し込みはものすごく多く、どのようにして公平・平等にこの勉強会にご参加いただくか、難しくなってまいりました。今後ますます新しくお申し込みになられる方もでてまいります。どう調整すればいいか悩んでおります。ハァ〜

 どこかでなんらかの形で線を引かねばならないことは、是非ともご了承お願いいたします。おそらく20日の19:00から受け付けはじめて、数分で終了する事態も考えられます。しかし、なんとかみなさんのご希望に添えるよう、努力することをお約束いたします。いまは、月単位のお申し込みを優先する方策をとりいれるよう考えております。

 第103回では、福岡市のもうひとつの課題をやりましょう。では〜

(2007年1月8日)

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