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浩の教室・第141回・勉強会の模様

 昨日、勉強会にご参加いただいたみなさま、おつかれさまでした。中でも、お忙しい中駆けつけてくださり、教採の勉強法に関するプリントを無償で提供くださると同時に、討論に対する的確なコメントをいただいたY先生、ありがとうございました。

 お越しいただいたY先生から、簡単に教採に関する質問にお答えいただいた後は、いつもどおり、講義と過去問検討と集団討論を実施いたしました。講義では、教育原理のまだサワリの部分ですけど重要なテーマである「社会化」のことや、教育の現実主義に言及しました。参加者のみなさま、付属の教育時事の記述と突き合わせ、ご自宅で再検討してくださいね。

 次に、過去問の検討ですが、学習指導要領の問題について30分、いじめの問題について30分の配分でしたが、2問解説いたしました。指導要領については、キーワードを穴埋め表示しています。これをポイントとして歴史的に理解してください。また、いじめの問題につきましては、すぐに集団討論で学んだことが生かせましたね。マーク式の過去問は簡単ですが、討論において、キーワードをうまく活用しご意見をまとめられるようにできてはじめて自分のものになったといえるのではないでしょうか。

 そのいじめの問題には、資料も付属しました。またこれとは別に、昨年も配布したのですけど、『いじめ関係文書』として、いじめに関する最新の報告書があります。もしも必要であれば、プリントアウトして持参します。20数枚だったでしょうか、コピー代のみでお渡しいたしますので、お声掛けください。

 では、集団討論の模様をお届けします。今回のテーマは、「いじめが多発しています。私たちは生徒指導を充実させていかなければなりませんが、新人教員として、どのような心構えが必要でしょうか。具体的に議論してください」でした。このテーマに、20分間、6名の方がチャレンジしてくださいました。討論の前に、大阪府過去問の検討があったので、それをすぐ生かした発言もあり、マークと人物対策と同時並行して学んでいくことに効果があることが理解されたと思います。

 マークの勉強は、たんにそれだけをしていても無意味だし、実践に生かせてはじめて勉強したといえます。まさにこれが「血の通った教職教養」というわけです。

 さて、第1発言者は、Cさんでした。Cさんは、「天災は忘れたころにやってくる」と面白い切り出し方で、ふだん何もないと思っていても、いじめの芽はあるかもしれないと緊張感ある教員としての姿勢の継続に言及し、いじめがあるとして、早期発見を心がけることが大切であると述べられます。そしてそのための具体策は、「声かけ」と教員同士の、あるいは児童生徒との「情報交換」であると発言されました。つづいてAさんは、「声かけ」に関連し、朝の挨拶を欠かさずし、児童生徒を観察して、ときには「元気がないなあ」と積極的に接近する指導を実践していると報告されました。いじめはいつでもどこでも起こるかもしれないと常に自覚しつつ、児童生徒個々人を把握することが大切であると付け加えられました。

 Fさんは、いじめは教員として「絶対許さん」との姿勢を児童生徒に見せつけるべきだとし、小さな芽を見逃さないというCさんの指摘を受け継ぎ、言葉使いの乱れについて提起されます。すなわち、「ウザイ」といった乱れた言葉が使われだすと注意がいるとの認識であり、学校全体の精神的な環境に敏感でありたいとご意見されます。Dさんは、学校全体としての取り組みというFさんの観点を引き伸ばし、かつ、テーマを確認しつつ、「新人としては」経験が足りないので、管理職の協力や保護者の協力を仰ぎ、一人で抱え込まずいじめほか生徒指導に取り組みたいと発言されました。テーマの意図を確認しつつ述べられたこのご意見はスマートでいい感じでした。Eさんは、教員同士の連携では、学年会における情報交換だけでなく、なにげない教員同士の雑談からも、児童生徒に関する情報を得るように貪欲たるべきと指摘されます。そして、「クラスに何か問題ありませんか」と声を掛け合うことが、「一人で抱え込まない」=学校全体で生徒指導に取り組むきっかけになると述べられました。

 Bさんは、これまでの発言者のご意見に同意しつつ、その一方でいじめには毅然とした態度で臨まなければならないと力強く語られ、同時に、ホームルームでは、「隠しごとのしない学級」という目標を掲げ取り組みをすすめるといわれます。Cさんは、ホームルームでは、もちろんBさんのいわれるように指導することに同意しつつ、さらに、人権教育の取り組みをすることによって、いじめの問題解決を図る指導をするべきと指摘がありました。集団の中でいじめを許さない雰囲気を理論的にも実践的にも作っていこうということですね。Eさんは、そうした雰囲気つくりとFさんの指摘である「乱れた言葉」に呼応し、何気ない児童生徒同士の会話で「ウザイ」といった言葉があるわけで、一瞬一瞬が道徳教育であると述べられました。

 ここでDさんがいじめをする方に言及し、いじめをするのは何らかの理由があるといわれ、それはいじめる児童生徒の家庭環境にあるいは問題があるのかもしれないと述べられ、そうした問題を抱える児童生徒であったとすれば、いじめをする方の児童生徒へのアプローチをどうするべきかと問題提起されました。Dさんは、自己肯定感の欠如にその原因、つまり、いじめる原因を見出し、ほめる指導が効果的であろうとまとめられました。自己肯定感の養成の方法をまとめた意見ですね。これを引き継ぎ、では授業でどのように自己肯定感を養うべきかと論点が移り、Bさんが音楽教員の立場から、生活を豊かにするという音楽教育なりの目標を立て、楽しい授業を展開すると述べられました。Bさんは、いじめは負のパワーで、音楽の授業は正のパワーであると述べられ、いじめ撲滅に音楽の力を活用するといわれます。

 こうした自己肯定感の育成に関連し、Fさんは、ボランティア活動、体験活動を尊重しようと提起されました。ご自身も、この夏、新潟の震災ボランティアとして、柏崎にいかれたそうです。そして、そこでの話を勤務校で児童生徒に伝えたところ、彼らに思いやりの心が生まれたような気がすると感想を語られました。

 Aさんは、いじめの態様が変わっていることを指摘し、ネットや携帯でいじめが広がっている状況を危惧されています。いじめに使われる負のパワーをどういうように解消するか。Aさんは、表現ということをいわれました。児童生徒に気持ちを吐き出すノートを作らせ、生徒指導の一環にするとのことです。

 ここでCさんは、いじめをいじめと認識しないケースが学校にあるが、これをどうするかと問題提起されました。これは丹念にチェックするほかない、というのが解答というほかなく、Aさんがこのあといわれたように、教壇にいるといじめはみえてこない、これがいじめがあってもいじめと認識できない所以かもしれないと述べられ、いじめの未然防止のために、休み時間や放課後にこそ、いじめの芽があると自覚すべきであるとご意見されました。Bさんこれに同意し、「心のノート」の活用を付け加えられました。

 Dさんは、テーマを深めるべく、カウンセラーとの協力体制を学校に築くことも解決策のひとつであると、これまでにないご意見を発表されます。教員自身もカウンセラーから心理学を学ぶことが、いじめ問題を解決に導くと考えられていらっしゃいます。Fさんは、「児童生徒の声を聞く時間の確保」ということを強調されました。カウンセリングマインドを持った指導ということですね。また、Eさんは、児童生徒が自由に意見をいいあえる雰囲気の形成、コミュニケーションが円滑にできる学級運営ということに言及されました。

 先ほど、教員がいじめを認識できないといわれたCさんは、児童生徒がいじめを隠蔽しようとすることにも触れられ、ただふざけあっているだけといいわけすることもあることを指摘し、Eさんのいわれる雰囲気の重要性を補強するご意見をされました。最後に、Bさんが、被害、加害、傍観といじめの構図を提示し、傍観者に対する指導をどのようにするべきかと発言されたところでタイムアップ。

 まだどんどん議論はつづいていく感じでしたね。テーマの最初が「いじめが多発しています」であったので、どうもいじめ問題の解決方策に偏った討論でした。まあ、それは仕方がないことでしょう。生徒指導に関する「新人としての心構え」がどこまで話し合われたか、それが評価になります。その点では、Dさんの発言がテーマに忠実な印象がありました。

 討論全体に対する点数を討論傍聴者にたずねたところ、Y先生も高評価であり、そのほかの方も、80点、90点をつけておられました。実際、ワタクシが聞いていても、いい討論でした。今回の参加者は、集団討論なるものに、なれているということでしょうか。いい意味でも、悪い意味でも。

 ところで、勉強会の「優先受付登録制度」を開始しましたが、みなさまお申し込みありがとうございます。昨日の勉強会参加者でご案内が必要な方はメールください。折り返し、添付メールさせていただきます。

 また来週〜

(2007年10月13日)

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