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浩の教室・第142回・勉強会の模様

 昨日は、当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。

 今回も、お忙しい中、現職の先生にご参加いただき、資料配布もしてくださいつつ、どのように教採試験を乗り越え、合格にいたったのか、お話いただきました。2年間近く当勉強会に通われ、高校教諭となられたA先生、本日は久しぶりに会えてよかったです。立派になられて…。ワタクシとしましては、「Aさん」が「A先生」になられたことを誇りに感じております。大学生の頃から指導してきましたからね。勉強会報告ページに掲載している明治村・モンキーパークにいったTSUDOIも、いまではよい思い出ですね。

 A先生の報告の後、いつものように「議論の叩き台としての教育学講義」をいたしました。今回は、かなり盛り上がりました。講義の最中に「なぜ、勉強せなあかんの」のよくある児童生徒からの質問にどのように答えるか、これで相当議論が続きました。それぞれの立場から、どんなふうにこれに解答するかでして、「勉強することは楽しいこと」と「勉強することは大事なこと」と、この2つの違いに焦点があたりつつ、興味深くワタクシも参加させていただきました。さらに、「勉強は人と人とをつなぐもの」とのご意見も登場し、ワタクシも常々こう考えていたものでしたから(だからこそ、この勉強会も開催しております)、強く共感しました。また、義務教育段階と高校段階とでは、この質問に対する解答も違いますし、その点、多様な校種を希望する方が揃っている当勉強会参加者の間で、ニュアンスの違いや考え方の違いが鮮明になって、それはそれで議論のしがいがありました。

 次に、過去問検討の時間です。今回は、新しい教育基本法の穴埋め問題の解答解説です。解説部分にも穴埋めでキーワードを再確認しつつ進めてまいりました。ここでは第2条第1項のポイントを押さえておくことがなによりも大切です。ご自宅で、この第2章第1項と学習指導要領総則第1をみくらべてみてくださいね。

 最後に集団討論です。気分的には、こんな感じでした。

ああ、青春のグウェン・ガスリー!

 「学校、家庭、地域社会の連携についてどのように考えるべきか、具体的に議論してください」が、今回の集団討論のテーマでした。これに6名の方が20分間かけて議論してくださいました。今回は、最初に問題点をあげておきましょう。

  いわゆる「だまされる討論」というのがあります。目の肥えた面接官であるなら、一発で見抜かれるような討論です。これは、どういうものか、テーマに照らしていいますと、3者連携に関する答申用語とその一般的活動の具体例は報告される一方で、自己の経験と実践可能性の高い連携活動の提示とその実現意欲の表出があまりなく、新鮮さに欠ける議論です。おそらく、傍聴していた参加者、なかでも、討論というものに慣れていない方にあっては、「いい感じ〜」との評価が下されるでしょう。しかし、目が肥えてくると、それが「なんだ、普通ジャンか」となるのです。今回は、そうした討論でした。

 また、「地域社会」とは、具体的にどこを指すのかといった、定義がなかったとのご意見もありました。これは難しい批判で、スクールゾーンというのがひとつの解答になるでしょうけれども、小学校と高校では違ってきますしね。「わがまち、わがむら」から、「わが県」と地域認識が成長発達に応じて拡大してきますから、それによって児童生徒の方でも「地域」意識に変化がある。教員が、まちのお祭りに参加するといっても、それが児童生徒の地域認識と符合するものかどうか。これは、あとで登場するご意見であり、受験生一般によくいわれる意見ですけど、本当にお祭りに参加することが地域に溶け込むことなのか。これを一般論的に語らず、具体的に生活レベルまで落として、たとえば「岸和田だんじり」といったように特殊具体的名称を挙げ細かな参加態度を発言すると、印象もかなり違ってくると思います。討論の報告ページには、これに関する他の再現がありますので、探してみてください。そこでは、伝統的民家とニュータウン住民とが同一区域の学校に通うケースの問題点などもまとめています。

 さらに、討論でよく出るいい回しとして、「前の人のご意見に付け加えて」という表現にも注文がつきました。今回の20分間では、この「付け加えて」が何度もあらわれたので、「耳障り」に感じた方も傍聴者にはいらっしゃいました。このあたりは、集団としての印象にかかわるものであり、工夫の余地がありますね。

 これは、よくも悪くも勉強しているからできた討論ではあるのですが、質的によりよい討論をめざす立場から、注文を付けるわけです。しかし、以下で再現する討論が、受験生全体の平均的レベル以上のものではあるでしょう。また、討論実践者の中には、「これであかんといわれたら、どうしたらええねん」との感想をお持ちの方もいらっしゃると思われます。もう一枚、殻を破ってくださいね。

 最初に発言されたのは、Fさんでした。討論の第1発言がでるまで空白があるケースがあります。これは是非回避したい。討論参加者は2つのタイプにわかれます。「ひっぱっていく人」と「のっかっていく人」です。評価は全体の中での位置と発言の内容になりますから、どちらのタイプであろうとかまわないわけですけど、討論初心者が数名いると、「しーん」とした時間が数分過ぎ去ることも考えられます。これを打ち破る役割を、勉強会参加者には身に付けていただきたい。それは具体的にFさんが示してくださいましたので、参考にしてくださいね。ただ、討論では、第1発言者であっても、リーダーシップをとるんだといった意気込んだ姿勢をあえて示すことは不必要です。問題は、リラックスとスムーズと、これをその場に与える努力を少しだけすればいいわけです。

 定番的な第1発言者の在り方というのはないですけど、Fさんのように、テーマを確認し、方向性を示すのが一般的でしょう。討論の間口を広げ、参加者がどのような立場(大学4年生の方もいるでしょうし、講師歴○年という方もいるでしょうから)であっても何かいえるような切り出し方がベストです。こうすれば、「のっかっていきやすい」わけです。第1発言で極端に討論の土俵を狭めてしまいますと、議論がつづきません。いわば、鍋のようなもので、これを入れたらあかん、あれが先といったように限定してしまうとイロイロな意見を出すことができず、場合によっては討論参加者の発言意識を閉ざしてしまうことになります。ですので、第1発言で自分自身の経験談などを語ってしまうと「へー、そうなん」になってしまい、2の矢を他の参加者が討てなくなってしまいます。このサイトを閲覧している方の中にも、本番でこうした意味で苦しまれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。一言もってこれを覆えば、「独りよがりを避けよ」ということです。できるようで、できない… 誰しも面接官に対して、自分自身をいいように印象付けたいからです。

 Fさんは、テーマを確認された後、学校、家庭、地域社会といっても、教員である私たちがこの3者の連携を考える場合にはどうしても学校サイドに立たざるを得ず、そうであれば協力要請のためにするべきことは、学校の情報公開と寄せられた要望を真摯に聞く姿勢であろうと述べられました。学校に対する地域の意識調査もするべきであるし、どういう教育を求めているのかを知ることが、協力をスムースにしていくとまとめられました。

 Fさんの切り口に対して、どういう方針によって教育に望んでいるのかを家庭に示すのもよいとし、学校自身の理念を広く語る手法を採用するべきであると考えているのが、Dさんでした。これは、情報公開を別の表現で具体的に述べたご意見であるといえます。さらにEさんは、学校主体ではなく、担任としてクラス目標を家庭に明示し、地域には学校便りで配布するのがいいといわれます。すなわち、「こうした児童生徒を育てているのだ」との方針提示です。

 Aさんは、逆の形での学校開放が3者連携を推し進めるとお考えで、特別活動において講師を招聘すること、企業訪問し、協力を仰ぐことを提案されました。Cさんも同意見でした。これに付け加えてCさんは、そうした活動をこそ、情報公開するべきであると述べられました。 Bさんは、上のような行事を展開するとして、同時にアンケートも実施するのが有効であるとされました。

 Bさんはこうした意見だけでなく、話題を広げ、安全パトロールを軸に3者の連携を強めることを提案されました。安全パトロールの限界が「加古川事件」で露呈しましたが、それでも、なにかある行動によって3者の結節点を求めようとする提案は評価されるところです。

 Dさんは、Aさんのご意見を受け、人材協力の視点から、地域の教育資源について語られ、高齢者の持つ歴史的な知識の学校における活用に着眼されます。行事参加はこうした「講師招聘」の形だけでなく、Fさんがいわれるように、逆に教員が地域に参加するという形ででも実践されます。ところが教員と地域との接点が少ないのが現実であるとFさんは指摘され、例の「お祭り参加」、地域運動会への参加を述べられてわけです。これって、本当によくいわれることではあるのですが、現実に地域のお祭りに参加している先生って何割くらいいらっしゃるのでしょうか。そんな統計などありはしませんが、○○町レベル開催のお祭りに、どれほど参加者がいるものなのでしょう。また、こうしたお祭り参加が、「仕事」になるという「憂き目」に遭うわけですね。うーん、気が抜けない。

 Aさんは、ここで新たな視点として、部活の対外試合に触れられます。ラグビーなど多人数を要する種目においては他校との協力も必要ですね。また、小中の校種連携も必要な場合もありますね。Eさんは、文化祭の在り方から3者連携について考えられています。その開催において、一日は保護者を対象に、もう一日は地域対象にという開催形態を提示され、曜日に関しても弾力的に実施すると述べられます。保護者と地域の住民とを区分けし招待する意図を説明されなかったので、なぜそうするべきなのかわかりませんでした。ここのところを補強してください。3者連携は学校から2本の手を伸ばすだけでなく、家庭と地域との連携もあるわけですから。

 Bさんは、これまで登場した特別活動行事のPR活動を児童生徒とともに手作りでしていくのはどうだろうかと発言されました。チラシ作成と配布を児童生徒も担当し、児童生徒が地域に入っていくというものです。新しいタッチのご意見として、傍聴者の「受け」もいい発言でした。DさんはAさんの問題意識を受け継ぎ、グッドスタートに絡んで、小学校と幼・保との連携が、保護者と教員との密度を高めるといわれます。Cさんは、障がいのある児童生徒の職業体験に触れられ、障がいについての理解を深める方向で連携できないか、ご意見されました。そして、こうした多様な発言をまとめ、Aさんは、これらの活動を学校内で生かしていく方策はないかと述べられつつ、それぞれの活動が単発ではなく継続することが活動の意味そのものを深めるし、3者連携の協力密度も濃くなると一段落つけるご意見を述べられました。

 ここまでの発言でも理解されるように、3者連携に関する実践方針が総花的に発表されている感じですね。このあたりが、「目の肥えた」傍聴者にあっては不満なようです。それでもまあ、多々出てきたわけで、知識の豊富さは感心させられます。この豊富さに質的な緻密さを掛け合わせると、もっともっとよくなるわけです。

 つづいてFさんは、職業体験について触れられ、それが進路とも関係し、地域ともつながるだけでなく、福祉ともかかわり、ひいては3者連携によるキャリア教育の展開になると指摘されました。Bさんは、家庭においても職業・仕事に関する話題があればいいと発言し、児童生徒が親の仕事内容を知ること、そして実際に親の職場を訪ねることも、大切なキャリア教育になると述べられました。

 Eさんは、3者連携の主体の問題に視点を移し、学校評議員について話題にされ、3者一体の開かれた「社会性」ということを提案されました。Aさんは、地域の伝統を教室で学ぶことも、実践の前提として求められる学習であると指摘されます。Fさんは、生徒指導も3者連携で深まるとし、いじめや不登校も学校だけでは解決しがたい現状、3者協力体制が必要と述べられました。このほか、NPOとの連携、教育産業との連携も、この問題解決には欠かせないものとなってきています。

 上述のご意見は、「付け加えて」的、羅列的意見開陳なのですが、文字にしますと、これはこれで「多様な角度から3者連携を考えているな」と思わせます。Dさんの、「子どもの顔が地域住民にわかること」も、そうでしょう。ここに制服の話題も込められそうです。Dさんは、このほか、講師招聘後の手紙のやりとりについても語られました。Eさんは、ボランティア活動も連携につながる、Cさんの、保護者もボランティア活動に参加されたいとの希望を述べられ、20分間が終了しました。

 最初にも、途中でも、百花繚乱といいますか、一般論的な3者連携の定番スタイルは出尽くしたかんじですね。まあ、もっといえば3者連携で読書活動を進める、もあります。ということは、あらゆる教育活動になんでも冠詞のように3者連携をつければいいということなのでしょうか。教育評価も3者連携、道徳教育も3者連携… こうなれば、魔法の掛け声になってしまいます。

 果たして、これでいいのかどうか。次回の勉強会で、あるいは珈琲会の場で、どうするべきか回答を用意しておいてください。ご閲覧のみなさまも、上記を参考に「豊富な知識」を増やすとともに、総花的な状況を打破する方策について、ひとしきり考えてみてくださいね。

(2007年10月20日)

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