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浩の教室・第145回・勉強会の模様

 昨日は、当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。中でも、お忙しい中、現職の先生(当勉強会の卒業生)にご参加いただくことができ、ありがたく思っております。H先生には、教採についてのお話のほか、学校が一般的に現在抱えている問題点についてお話いただきました。また、参考にした本、読むべき本についてもわざわざ持参くださり、示してくださいました。ありがとうございました。

 H先生との質疑応答の後、講義をいたしました。今回は、数字の話にいい意味で「脱線」し、面白かったです。講義をたたき台に、教育課程と学年制、複線制と中高あるいは小中一貫教育の議論がありました。これと、生物学的存在としての人間の成長過程とを重ね合わせた議論になりました。

 過去問の解説は、人権教育分野についてでした。少し時間が足りなかったので、解説を端折ったところがありますけれども、配布したペーパーをご自宅でよく吟味してくださいね。問題の選択肢の出典からどの部分の引用なのかまで明示しておりますので、理解につとめてください。

 最後に、集団討論でした。テーマは、「家庭の教育力の低下について、学校とのかかわりにおいて問題点をあげつつ議論してください」でした。参加者によって、討論の出来具合は違うもの、といったことを、参加者全員が感じたようです。

 今回の集団討論の参加者は6名、20分を切る時間でした。仮にA〜Fさんとして、議論の行方を追っていきます。

 まずAさんがテーマを読み上げ、教員の立場から何ができるのかとの問題意識を提示し、「家庭の教育力の低下について、学校とのかかわりにおいて問題点をあげつつ議論してください」にアプローチしようとされます。その際、例の「早寝早起き朝ごはん」の標語を出され、朝食を食べない児童生徒に言及し、学校の取り組みとして、デザートを渡すなどすることも考えられると述べられました。のっけから申し訳ないのですけど、この発言は、「そうした取り組みがある」というのはわかるし、それも一興でしょう。しかし、家庭の教育力の低下を食い止めるというよりはむしろ、さらに「なんでも学校に任せちゃえ」にならないでしょうか。どこまで学校が「サービス」を提供するのかの視角になっています。学校が家庭に食事の重要性を説き、どういうようにタイアップしていくのかを議論にした方が本質的な論議になりますよ。

 つづいてCさんが発言されます。先の標語から睡眠不足の児童生徒が多いことを指摘し、授業中でもつっぷして寝ている児童生徒がいると指摘されます。そこで、朝起きて家庭内で挨拶があるのかどうかを問題にされました。「おはよう」といいあえる家族関係は重要です。では、こうした望ましい家庭環境整備に、学校はどういうところからアプローチできるのでしょうか。そこを考えましょう。Bさんは、「学校が何をやっているのかわからない」という家庭の存在を述べられます。これは、教育内容の公開と情報共有の問題です。とすると、いわれるように学校通信の活用が一つの手法でしょう。学習において「児童生徒の音読チェック」を学校通信を媒介して家庭に示唆を与えることは、学校と家庭とを往復する文書たる通信の面目躍如といえます。最大の課題は、それを読む家庭がどれだけあるか、あるいは、児童生徒がどれだけその通信を保護者に渡しているか、というところにありますね。その点、後で述べましたが、「学校と家庭とを結ぶ最大の存在は児童生徒そのものの存在である」ということを常に意識してほしいです。通信のことばかりいえば、児童生徒の存在そのものが忘れ去られているように感じました。

 この点、家庭環境に対するワタクシたちの洞察が必要です。Eさんがいわれるように、もう何年も前から共働きの家庭が多く、児童生徒と保護者が接する時間が少なくなっています。とすると、愛情が足りない児童生徒もいるわけですね。そこから、Eさんがいわれるように、学校が愛情を補充することはできないか、といった発言になるわけです。これは、具体的には「声かけ」となってあらわれるのでしょう。学校ができる、教員ができることとして、些細な児童生徒の変化に注意するのが限界なのかもしれません。愛情をどのように「血のつながりのない」教員が与えられるのか、いうのは簡単ですけどむつかしい問題です。

 Fさんは養護教諭志望の立場から、虫歯の児童生徒が多いことを指摘され、食事後の歯磨運動を提案されます。これは面白いですね。保健室の先生らしい提案です。しかし、この提案をテーマに即して、つまり、「学校とのかかわりにおいて問題点をあげ」られたのですから、家庭の教育力の低下を食い止める方向に意見をまとめるともっとよくなります。歯磨運動は聞いているものに対してインパクトを与えただけに、「その後」を考えましょう。

 これまで出てきたご意見をまとめて紹介したAさんは、ではどう私たちがかかわっていくべきかと議論の方向性を示され、通信とかかわって連絡帳の活用についてお話されました。ここでも、先に述べたとおり、もう一歩掘り下げた発言を期待します。Eさんは、特別支援教育に携わる立場から、保護者とメールで連絡を取り合いつつ、個別の教育支援計画のあり方について考えられています。このご意見は新しい視角でよかったです。個別の教育支援計画をすべての児童生徒に拡大し適用できないかということでしたが、それは現実的には無理だとしても、そうした意気込みで教員生活を送ることが、本来、求められているのでしょう。Dさんは、ここではじめて発言、学童保育に従事していた経験から、早寝早起き朝ごはんは、結局、生活習慣の乱れということを意味しているといわれます。だから学校では、生活習慣の見直しについて、授業参観後の懇談会を活用しフレンドリーに語り合う場を設けるのがいいのではないかと提案されました。生活習慣の不確立は家庭の大きな責任です。Aさんいわれるように、場合によっては児童虐待なども潜んでいるかもしれません。とすると、関係諸機関との連携との意見が登場するのもわかるところです。ただ、テーマは学校は何ができるかですので、あまり逸脱すると困ることになります。

 虐待の言葉に反応したのがEさんです。問題を抱えている家庭において虐待が発生するのはそうだと思います。そこで「一緒に解決できないか」となるわけですけど、厳しい状態の家庭に学校は腰がひけているのが現実でしょう。児童相談所が、事件後にコメントを出すことが多いのも、この手の問題の解決のむつかしさをあらわしています。といって手を拱いているわけにもまいりません。したがって、Eさんは、具体的な解決方策を述べるべきでしょう。ただし、その意見は、現実離れしたものであってはダメですけど、しかし、半歩前に進むようなご意見であれば、面接官に強い印象を与えるのではないでしょうか。ここで家庭訪問について簡単な発言がBさんからあり、つづけてDさんが、テーマに即して「家庭とのかかわり方について、もっと議論しましょう」との発言がありました。

 これはもっともなのですけど、Dさん自身も、この提起をすると同時に語らなければなりません。これは反省点ですね。Fさんから、保健室便りを保護者に渡すこととの発言があり、Cさんから、箸の持ち方に関するお話がありました。もう少し、突き抜けたご意見がほしいところです。Aさんからは、モーニングコールをしてほしいといったいわゆるモンスターペアレントの要望に触れつつ、学校がどこまで何ができるのか線引きの問題があるといわれ、個別にモーニングコールをするなどは、それを全員に平等にすることなどできないことであるし、当然却下であるが、最大の問題は、朝起きられないことにあることを指摘し、ではどうするかと話されました。Aさんは、日中に「疲れさせるほど活動することが安眠につながる」との見解であり、自然に眠りにつけるような学校教育活動ということを解答として用意されていました。

 学校で健康的な生活を送ることにEさんも賛成し、食事の面では給食において担任だけでなく、校長や専科の先生も一緒に食事をとることも、児童生徒との重要な交流であると述べられました。

 ほぼこのあたりで15分でしょうか。最後に、Bさんから、「きょうあったことをおとうさん、おかあさんに(保護者)に伝えましょうね」といい、家庭の教育関心を高めるよう気をつけるといわれ、Dさんからは、宿題について父母といっしょにするなど家庭の自発的な学習を期待し、感想を連絡帳に書いてもらうなどしたいとありました。保護者から「ありがとう」と書かれていた経験もDさんはお持ちです。

 以上で議論は終了、18分くらいでした。今回は、討論初心者の方が多く、また、全員女性でした。大学3、4年生が3名、講師の方3名という構成です。文字にしますと議論がつながっているようですが、今回は結構、空白の時間がありまして、討論に慣れていないのが、わかります。最初は、ご自身の発言を練るのに大変でしょう。それは致し方ないことです。大学生などは、教育経験がほぼないわけで、机上の学びで応戦するほかありません。教育実習経験をそこに重ねて、講師とやりあっていく必要があります。

 一方、講師経験のある方は、集団を引っ張っていく役割を担わなければなりません。これは、これでまた致し方ないでしょう。どうしても現場経験がないと、こうした今回のテーマについて実践的なご意見が登場しないわけですから。B、C、Fさんは、発言回数が少なかったです。最初は、笑われても失敗してもなんでも「しゃべること」が大切です。意見を述べて、ドキドキしてください。ドキドキしないと、討論も、恋愛も、面白くないでしょ。

 文章では、伝えたいことの10分の1しかあらわせられません。勉強会終了後の珈琲会でも今回の討論の反省を持ちました。そこでのみなさんとのやり取りも、後に生きてきます。いろんなことを蓄えましょう。

(2007年11月10日)

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