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浩の教室・第107回勉強会の模様

 昨日は、当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。いつも最初に行なっているご案内のペーパーを説明することなく、すぐに第一次報告の検討にはいってしまったのは、ワタクシの疲れからくるミスですね。すいません。

 さてその教育再生会議第一次報告の検討から、本日ははじめました。ようやく「7つの提言」の内容検討にはいりました。2つまで進むことができて上出来かもしれません。サラッと読むよりは、一つひとつの言葉、文章を吟味して読んだ方が勉強になるからです。みなさんも、勉強会にご参加される前に、精読してきてくださいね。しかし、この検討、いつまでかかるやら。ちょっと心配です。申し上げていましたように、「キャリア教育の手引き」を読みたいものですから、ちょっと焦っています。

 勉強会の「開演」時間は13時ですけど、「開場」時間はその15分前ですので、早めにきていただいて結構です。そのときは、例の『教職教養スコープ』1問1答が待っていますよ。

 第一次報告の検討の終了後、集団討論と集団面接に移ります。集団討論のテーマは、「対教師暴力が増えています。担任のクラスでケンカをしていたのを止めに入り、あなたは蹴られて肋骨を折ってしまいました。全治1ヶ月の診断です。あなたは、このあと、どのような対処をしますか、のぞみますか、議論してください」というものでした。具体的な場面を表示した細かい設定のテーマでしたが、いかがだったでしょうか。みなさん、どんどんうまくなってきましたね。大学4年生の方も、負けずにがんばってください。

 きょうはバレンタインデーですね。「義理チョコも もらうとハッスル 年いくつ」と一句詠み、ウサギと踊りながらKさんに感謝の意を記しておきます。

 そのKさんも参加した集団討論、全員で6名、20分間の実践でした。テーマは、細かい設定で、「対教師暴力が増えています。担任のクラスでケンカをしていたのを止めに入り、あなたは蹴られて肋骨を折ってしまいました。全治1ヶ月の診断です。あなたは、このあと、どのような対処をしますか、のぞみますか、議論してください」でした。Fさんの名言、「小は大を兼ねる」、なるほどと思いました。仮にA〜Fさんとして、再現してみましょう。討論は、どのように進行したでしょうか。

 まずは、Dさんの、テーマを分析する発言からはじまりました。高校志望のDさんは、高校では停学・退学の懲戒処分かあるのに対し、小中では、懲戒はなく最高の指導で出席停止措置であることの確認、児童生徒同士のケンカの仲裁で骨を折ったという理解、を示されました。小学校志望者と同時に討論しているこの場では、上のひとつめの確認をされた態度は、本番ではないですけれどもよかったと思います。また、高校志望でも、試験当日に、こうした前提的議論ができるようになっておくことは大切でしょう。

 Cさんは、学校としての取り組みをどうするべきかということについて、簡単に言及されました。Fさんは、実際に児童生徒に注意して暴力を被った経験をされており、それだけ切実な発言になっていましたが、テーマに1ヶ月の診断とあることから、これは学校の指導のみでとどめることはできないのではないかと述べられ、警察への通報は余儀ないことだろうとご意見されました。暴力行為への歯止めとして警察に通報するというスタンスです。通報というか、連絡というかむつかしいかもしれませんが、どちらがいいでしょうか。

 学校現場への警察介入は、指導の限界を学校そのものが認めたことにもなりますし、学校としては「恥部を隠す」意識から、通報に及ばない(及べない)ケースが多々あります。Fさんのいわれる「歯止め」が、どこまで教育現場に貫徹するかは今後の課題でしょう。このときに、指導は「保護」なのか、「厳罰」なのか、判断が困難になるのです。基本的に学校は「保護」の思想で動くべきで、後の議論で登場するゼロトレランスも、その導入は難解です。ある学校では、ゼロトレランスをポイント制にして実施し、停学せざるをえない状況になり、職員会議では議論になったようです。これは運転免許と似たシステムであって、駐車違反、10km速度オーバー云々と、点数がなくなると免停ですね。ゼロトレランス採用校では、遅刻とか、携帯などの校内持込など点数化し、一定になれば停学処分を科すということになる。軽微な校則違反の重なりで停学、ひいては退学までしていいのかどうか、考える点があるでしょう。

 ここで現実にFさんが暴行行為を受けたわけで、警察への通報が「歯止め措置」になったのかどうか、Eさんからツッコミがはいり、それに対してFさんは、該当児童生徒は「かなりこたえた様子」であったと発言し、進学に影響しない最善の措置をとった旨、付け加えられました。

 ひとつの問題は、採用試験の本番で、こうした暴力行為を受けた事実を述べていいかどうかということがあります。Fさん自身も気にされているようでありまして、後で質問があったのですが、守秘義務を守りつつ自己を語るということでは、かまわないのではないか、というのがワタクシの判断でした。というのは、これまた討論終了後、ある方が指摘されたのですが、この発言につづくFさんの発言に、できるかぎり教育的な指導を行なわなければならないという言葉があったからです。ここには詳しく書けませんが、通報のタイミングの問題もあり、校内で起こった事件を何でもかんでも即通報というわけにもまいりませんし、事実、Fさんのケースもそうでした。

 Cさんは、こうしたFさんの報告を踏まえ、暴力行為に対する指導はやはり必要で、テーマのケースを分析し、第1に、たまたま該当児童生徒が蹴ったのか、つまり不可抗力的に(これはないわけですけど)、興奮して蹴ってしまったのか、第2に、蹴られた教員に、継続的な敵対感情を持っていたのかで、対応が変ってくると指摘し、第1のケースで通報は重い指導で、第2のケースであれば、警察への通報は、該当児童生徒に対する警告措置として有効に働くのではないかと述べられました。

 Bさんは、根本的なところを指摘されます。つまり、何が理由であれ、暴力行為は許されない、ということです。相手が誰であろうが、暴力そのものがダメと力強く発言されました。ここからもう少し論理展開できるといいですね。それが発言量を増やすことになります。Dさんは、Cさんの指摘にもちろん同意しつつ、蹴ってしまったことに対して後悔しているかもしれないと場面を想像されます。そして、1ヵ月後、教員もスムーズに該当児童生徒に対応できるかどうか、該当児童生徒を許すプロセスを自覚できるかどうかも、自分の場合はもちろん同僚が当事者であったとしても考えなければならないし、許すプロセスにおいて管理職とどのようにチームとして該当児童生徒を指導していけるかどうかも、「のぞみますか」の中にはいると捉えられています。

 Aさんは、Cさんのいわれたことに呼応し、蹴ってしまった児童生徒の精神状態を気遣われます。その児童生徒がケンカという興奮状態にあった背景を慮らなければならないということです。Fさんは、Aさんの意見やCさんの意見に鑑み、該当児童生徒への対応は2つで、ひとつは、ゼロトレランス。不可抗力であれなんであれ、暴力で問題解決するのはダメであると。これはBさんの立場でもありますね。ふたつは、どうしてケンカにいたったのか、当事者を呼んで指導し、軟着陸させる温和な指導ですね。このように指導のふたつのタイプを話題提供されました。

 Aさんは、これに対し、事件を起こしてしまった児童生徒は、「再犯率」が高いことを指摘し、暴力行為に及んだ児童生徒の心情理解を進めないと、本質的な問題解決にならないと述べられます。Eさんは、この心情理解ということについて、当事者ふたりを呼び、これまでの関係を探ることが今後の対処の第一歩になると発言されました。

 Cさんは、暴力は、怒りの感情の誤った表現であると捉え、これはつい繰り返してしまう可能性があるといい、該当児童生徒の家庭環境の問題、生育歴の調査も視野に入れて対応を考えなければならないと指摘されます。そして、ケンカ、暴力行為を学校からなくすためには家庭の協力が不可欠との認識です。ここでようやく家庭の話題が出てきましたね。Fさんはこれを引き継ぎ、学校と家庭の役割に触れ、学校生活のストレスたとえば学習がうまく進まないなどですが、それが原因となって学校が荒れてしまうとするなら、そうした児童生徒の感じているストレスを何とか解消し、スムーズに学校生活を送れる環境を設定していくことこそ学校に期待されていると述べられました。

 Dさんは、このスムーズな環境ということについて、クラスの他の児童生徒にどう対応するか、クラス環境の正常化ということを議論されました。Aさんは、養護教諭志望の立場であり、虐待を受けた経験のある児童生徒を指導していた経験の持ち主で、その経験から、指導した児童生徒がすぐに手が出る性格で、根本的にその児童生徒をみつめてやらないとダメであって、しっかり教員が受け容れることしか道がないといわれます。Aさん曰く、暴力をふるう児童生徒は、クラスの他の児童生徒からもどうしても敬遠され、友達も作れなくなっていく、だから、孤立もしていく。そうした児童生徒を教員が許し、しっかり受け容れ、本人の気付きに期待するほかないと述べられました。児童生徒の立場に立ったご意見ですね。

 Bさんも、先生を蹴ってしまった児童生徒がいじめられたり、孤立してはクラス指導がうまくいかないし、蹴ってしまった児童生徒を責めてしまう体制になってはならないと指摘されました。Eさんも、クラスで起こった事件であるから、クラス担任として教員側も反省的な視点を忘れてはならないと指摘します。とすれば、Fさんがいわれるように、クラス全員で問題を共有し、解決していくために、担任の先生も、クラスの児童生徒も、全員で考え、今後の教室作りの展望を描かなければならないでしょう。

 Cさんは、1ヶ月の診断ということから、事はクラスでとどまらず、学年、学校全体の問題になる、詳細は別として、対応の仕方の基準を設ける必要があるのではないか、また、保護者への連絡の仕方も注意しなければならないのではないかと、提起されました。Dさんは、暴力に直面し、出席停止措置がとられたとして、学習サポートをちゃんとする、生活指導も同時に手厚くしていく必要があると発言されました。

 Aさんは、この蹴ってしまった児童生徒を「教」の立場からはしっかりダメと諭し、「育」の立場からは、見守る姿勢を私たちは忘れてはならないとまとめられました。Cさんは、教員が暴力は絶対にいけないと当該児童生徒に反省を求めて指導しても、理解しない、できない場合はどうすればいいかと場面を設定され、暴力をふるっていると自分自身に問題がはね返ってくるという視点を持たせるべきではないかと述べられました。

 ここで議論が終了です。こう再現してきますと、いかにもスムーズに議論が進んでいるように思われますが、実際には空白のときもあり、どう討論をつなげていいか困っているシーンもありましたことを記しておきます。

 討論傍聴者の側からの意見、感想としては、当該児童生徒の罪の意識の認識の在り方、反省の態度を求めること、それが心の底からでないと意味がないということ、がだされました。このほか、1ヶ月の診断は大事件であるから、事情説明の保護者説明会の開催も必要でしょう。

 全体を通して、テーマに対するアプローチが正確であったかどうか。常にテーマに立ち返り、議論するポイントがずれないようにしなければなりません。テーマは、繰り返し掲示すると、「対教師暴力が増えています。担任のクラスでケンカをしていたのを止めに入り、あなたは蹴られて肋骨を折ってしまいました。全治1ヶ月の診断です。あなたは、このあと、どのような対処をしますか、のぞみますか、議論してください」でした。テーマの本質は「あなたは、このあと、どのような対処をしますか、のぞみますか」にあります。とりわけ、「のぞみますか」には、ここの教員としての意思決定をどうすべきかということが含意されているわけでして、そこを突く意見がもっとあればよかったと思っていました。

 それでも、この「小は大を兼ねる」テーマを、よく議論できたと思います。すなわち、普通ならば「対教師暴力をどう考えますか、議論してください」というのが、普通の、つまり「大」の出題の仕方でしょう。それに対し、「小」のテーマ、こと細かい設定で考えさせる、昔の大阪府の論作文のテーマのような課題にもかかわらず、よくがんばったといえるでしょう。

 次に集団面接でした。参加者が質問にどのように答えたのかは、プライバシーにも関わりますので、それは省略し、ここでは質問事項のみを掲げておきましょう。

 「校種教科を明示し、教員志望理由を述べよ」、「最近の国際的なニュースで気になったこと、事件はなんですか」、「ご近所の方とは最近話しましたか、どんなことを話しましたか」、「遅刻してきた児童生徒に、どのような声をかけますか。実際にやってみてください」、「A君がB君をいじめているとC君から報告があった。C君に対してどのような対処をしますか」、「クラスには学級委員がいますけれど、リーダーを育てる理由は何ですか」、「よいクラスとはどのようなものか、教えてください」、「最近読んだ本は何ですか」、「あなたが採用されたら、こんなメリットがあるよ、ということをPRしてください」。以上です。本番では、どのような方法で尋ねられるかわかりませんので、Aさんから順に、逆廻りに、手を挙げて、を組み合わせて質問しました。面接官役は3名、ワタクシが「主査」役、左右に2人、この2人は、姿勢、声、しぐさなど、形式面をじっくりみていただく役柄です。

 当勉強会では、個人の抱えている問題点の指摘を重要視しています。こちらのシートを活用しています。

 参加者が上記の各質問に答えるのに対し、どうであったのかを、このシートに書き込むわけです。そして、これをハサミで切って、それぞれの参加者に差し上げる、という作業をしています。みなさんイロイロ指摘してほしいですよね。だから、たくさん書いてもらいます。自分が参加者であるときも、評価者であるときもあるからです。

 こうすれば、参加者ひとりにつき、20枚近くのコメントシートを入手できるというわけです。

 最後に、「自己売り込みのツボ」のコーナーでした。これは、参加者の輪番で2名づつ、3分間かけて売り込みをしていただくものです。3分間で自分を語るのは、簡単なようでむつかしい。しかも、それをスラスラと、面接官をみながらできるかどうか。面接官の印象に残るように自分なりのキーワードをいえているかどうか。これまた、勉強会すべての参加者の前で、ひとりきりでやるわけです。だから、度胸がつきます。ひょっとすれば本番よりも大変かもしれません。今回は、KさんとFさんに挑戦していただきました。必死でまとめてこられたのでしょう、お2人とも、よい出来栄えでした。Kさんは、つまりながらも全部いい切れましたね。3つあったポイントを2つに整理し、ゆっくり心を込めて語れるようになれば、もっといいでしょう。Fさんは、早口なので、それを解消し、噛み締めるように語ればいいのではないでしょうか。

 「自己売り込みのツボ」は、これまでの自分の人生を真摯にみつめ直す作業といえます。2月17日の勉強会における担当者、Aさん、Sさん、18日のIさん、Sさん、いいものを期待しています。

 いくら人物をみるのが主であっても、一般教養も、教職教養も、ペーパー対策忘れたらだめよ。それではまた今週末、お会いしましょう。

(2007年2月12日)

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