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浩の教室・第108回・特別開催A・勉強会の模様

 昨日、一昨日は、当サイト主宰教育学勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。インフルエンザに体調を崩されやむなくご参加不可能な方もいらっしゃいましたが、お身体大切になされてください。

 さて、両日ともに、だいたい勉強した内容は一緒でして、教育再生会議第一次報告からの検討からはじめました。資料中、「個」と「公」なんて対比はなんででてくるんやろう、普通、ここは、「公」と「私」と書くべきだし、「個」を「私」に置き換えても、「『私』と『公』」となり、順番的にもおかしいとみなさんに考えていただきました。

 このことについて、Sさんが、早速調べてきてくださいました。ありがとう。調べてくださった内容に登場する野依氏の発想について、今後議論しましょう。対談相手が、あの河合氏であるというのも、意味深です。なにしろ、京都で、ある運動の中心になっている方ですから。

 では、集団討論の様子を再現することにいたします。さすがに、週末2回開催いたしまして、その両方を再現するのは、他の仕事も抱えるワタクシにとりまして、限界を超えるものでありまして、どちらか一方の再現作業にとどめざるを得ません。申し訳ありません。どちらを再現するかは、ワタクシの一存になってしまいますが、そこはご容赦。しかし、取り上げなかった方に出てきた問題点を付属することによって、今後の討論のヒントになることを期待いたします。

 さて、テーマは、あの永遠の課題でした。「なぜ勉強するの、といった素朴な疑問にどう答えたらいいでしょうか。校種教科に応じ意見を出し合ってください」。これに対し、6名の方がチャレンジしてくださいました。仮にA〜Fさんといたしましょう。時間は20分+αでした。

 まず、Aさんが、テーマを確認され、なぜ勉強するのかの質問に対し、中学理科志望の立場から、ひとつは高校受験という外的理由、もうひとつは内的理由として理科そのものが楽しいから勉強するんだ、というご意見を提示されました。Eさんは、高校地歴ですが、世界史はあまり人気がない、負担量が多いので受験でも避けられる傾向にあるとまず話されます。しかし、世界史は必修であるから、これを学ぶ生徒に、学ぶ理由を説明しなければならないが、それは世界史を通してまさに世界の文化を勉強し、たとえば文化的な障壁を越えるポイントを考えたり、現に文化の相違からトラブルが起こっている状態にどう判断するかの基礎になったりするのである、と。こうしたことを過去に遡って考えさせることが世界史教員に求められていると発言されました。

 Bさんは、まずは勉強に興味を持たせることが先決であるとの立場です。こうした質問が出るのは、勉強をしたくない、勉強から逃げ出したいといった意識のあらわれではないかと分析されます。つづいてFさんは、社会科教員として、地理歴史公民を教える立場であるが、ここでは公民をなぜ勉強するのかに解答をあたえたいとし、こういわれます。日本では選挙権は20歳からであるが、キミたちは日本の未来を決定していく存在である。だから、国の仕組みを知っておかなければならない、ということです。このほか、世の中の仕組みを知っていないと、あるいは不幸な目に遭うこともある。公民は、いってみれば、生きていく技術を自分自身を守る知恵を授けてくれる科目である、ということを話されました。

 Cさんは、人間の存在そのものが、新しいことを知りたい欲求を持っているとの認識を示され、新しいものを、あるいは未知のものをどんどん吸収していくことが豊かな人生を送れるひとつの方法であるということを、この質問に対して答えたいと述べられました。Dさんは、音楽教員を目指す立場から、選択科目である音楽では、よくこの質問を生徒からされるといい、しかも、ある曲の生まれた背景を知ることも大切だよというと、国旗や風土を本で調べるのは、国語やないか、社会やないか、とつっこまれるそうです。これはたしかにつらいつっこみですね。知れば知るほど知りたくなる、相互関連性で知が重なっていくということを、Dさんは生徒に訴えるそうですが、そこまで理解が及ばない生徒に手を焼いているみたいですね。ある音楽を聴いてその背景をイメージできることは、これは相当な勉強をしなければならないのはいうまでもありません。音楽評論家などは、ものすごい知識量をもっているのでしょう。Eさんは、こうした参加者の意見を聞いて、教科間にある種の連関は当然ある、そこで、教科に捉われず、横断的に学ぶ意味を考えてみませんかと問題提起されました。

 Aさんは、Fさんの公民学習の理由に同意しつつ、新しい観点として、情報溢れる現在、正しい情報選択能力を身につけることが、勉強するひとつの目的ではないかと述べられ、「あるある番組捏造」のことに触れつつも、科学的な考え方を是非生徒に育成するべきとまとめられました。Bさんは、社会のルールは頭のよい人が作ったと、モノの本で書いてあったことを紹介し、その社会の中でどういうように豊かに生きていくかを考えるべきで、教員としては教科相互に働くように教えるのがよいと述べられます。この議論から、教育課程の在り方につっこむことができれば、もっといいですね。

 Eさんは、問題提起者として、上の各発言を受けとめつつ、情報リテラシーの育成など学校で身につけるべきであると同意されました。

 ここでCさんは、知識を得る勉強をするということから、受験勉強のことを話題にされました。受験勉強は必要なのか、大上段の問題提起です。なぜ、勉強するの、の質問にどう答えるかを考えさせるこのテーマから導き出されるものとして、受験勉強の問題は、おそらく多くの他の集団討論でも展開されるでしょう。Cさんは、受験勉強について、集中力や耐久力や計画性が身につくとして、評価する方向で捉えているようでした。Bさんは、このテーマの質問が、どのようなシチュエーションで出たのかを検討する余地があるとし、受験勉強で普段よりもがんばっている最中に、ポロッと「なんでこんなにやらなあかんねんやろなあ」という意味で、「なぜ勉強するの」が口をついたのかもしれないと感想を述べられました。Eさんは、受験を乗り越え合格できたら達成感を実感できる、学力がついたら自分の夢を実現できると述べられます。こうして、質問に答えることもできるし、人生の選択肢が広がるということも伝えたいとされます。

 Fさんは、かなり衝撃的な切り口で、この質問に対する回答を「紹介」されました。なんで勉強するのか、それはお金を稼ぐため、だから。読み書き計算ができないと、仕事がない、それ以上の能力を持っていないと、収入の向上もない。これは、アメリカの小学校での実話だそうで、なるほどアメリカならこうしたギリギリの話もあるだろうと信憑性高いです。日本でも、本当はこうした現実主義に立っているはずなのですけど、おおっぴらには教員がこんなことをいうことはないでしょう。討論終了後の議論でも、こうした話題を出すべきかどうか、検討がありました。たるんだ議論をシメる効果は認められますね。

 Dさんは、受験のペーパーテストにない音楽ですから、この議論になかなか参加しづらそうでしたが、それでも食い入ろうと立派です。あのときやったんや、勉強したんやとの後悔しないこと、これが大切であると述べられます「先生のトシになっても勉強やで」と微笑ましく付け加えられました。Cさんは、「あのときこうしとけばよかった」と教員が反省的視点をこめて児童生徒にいって、それがそのまま児童生徒の心に響くかどうか彼らの成長段階を考えると、あるいはいま目の前のことを必死でやっていることを考えると疑問があると発言されながらも、Dさんに同意を示しされます。そして、日々の生活にあらわれる一つひとつの事柄が勉強の対象になると述べられ、討論が終了しました。

 この後、検討会になったわけです。そこでは、様々な意見が出ました。たとえば、具体的に英語をなぜ勉強するのかに対し、世界中で一番使われている言語であるということ。一日中、英語を使わず生活できるか、との提起を生徒にするのも面白かったご意見です。ミルク、バイク、オンリーユー、使わないことはありませんね。それから、なぜ勉強するのかと質問にきた児童生徒だけに説明するのはおかしいとのご意見もありました。「私なら、まず、みずからなんで勉強するのかを4月の1回目の授業でみんなに話す」といわれます。それから、勉強は金のためにするのか、との意見、お金と勉強の関係は、拝金主義になりかねず、いいたかったけど遠慮していたという意見もありました。勉強は面白いものではない、と、ズバリいうのは悪いだろうかとの観点も登場し、受験勉強肯定論もありました。受験勉強は平等であるという主張です。思想、信条、性別、出自に関係なく、受験は純粋に学力で勝負できるから平等であるとの議論がある一方で、しかし、個人の受験を支える環境には大きな違いがあるとすれば、平等性は保障されないとのご意見もありました。塾にいける子いけない子。立場は様々です。勉強が夢の実現を可能にするというご意見に対しては、職業選択とキャリア教育についてのご意見が出ました。また、過激な意見としては、本番では当然いわないでしょうけれども、議論を熱くするものとして、「ニートになるよ」とか、「勉強しないからニートになるのではない」とか、お金に関し「勉強できなくても生活してるやん」といった話題もでて、これはこれで考えないとね、となりました。

 このほか、ここで再現しなかった集団討論のときに登場した意見やコメントをあげます。まず、集団討論に受験勉強のことが全然登場しなかったことが印象的でした。同じテーマでも、ふたつ討論をみると、全然性格が違うものだなと実感しました。まあ、それは当然かもしれませんね。

  勉強は、自分の可能性を広げるもので、各教科を勉強するのはシンドイけれど、自分の道を発見するための地図のようなものである、とのご意見がありました。「地図」は、印象に残る言葉でした。このように面接官の心に響き残る言葉を活用するのはよいですね。

 この質問が浴びせられることを反省し、教員としての魅力、授業力を高めるという発想のご意見もありました。また、将来ぶつかるであろう壁をクリアする練習として勉強するというのもありました。いわゆる問題解決のための手段を身につけるため、という答え方です。理科の実験をするのも、知的思考を深めるためであり、「児童生徒がひとりの科学者として参加」するのが大切ではないかと述べられた方もいらっしゃいました。

 このほか、すべての勉強において「楽しめる」ということを前面に出したいというご意見、「なりたい自分になるための手段」との考え方、論理的思考を身につけるために勉強する、などなどが出てきた回答です。

 「なぜ勉強するか」に答える必要は、ないのかもしれません。いままで出てきたことからして、他者から何かいわれて理解できることではないのかもしれません。児童生徒一人ひとりが、自分の人生に目覚め、自分の道を発見し、いきいきと生きていくためには、自ずから勉強が欠かせなくなるのですから。

 先生が嫌いだから勉強しない、との答え方もあると思います。これはマズイですね。教えてくれる先生のせいで、その科目、教科そのもののおもしろさそのものに気付かず卒業していくことほど悲しいことはないでしょう。たとえその先生が嫌いでも、数学なら数学で、歴史なら歴史で、楽しく学ぶ価値あるものだから、いわば学問そのものに対する興味を失わせるのは罪といえるでしょう。ワタクシたちは、そうした意味では、児童生徒を学びの入り口まで案内するだけの存在だといえるでしょう。

 「なぜ、勉強するの」、この永遠の質問にどう答えるか、夢中になっていればこんな疑問がでないとすれば、では、なぜ夢中になれるのか、それを考えることでしょう。そして、「せんせ、なんでそんな一所懸命なん」と声をかけられれば、それはワタクシたちが身体で勉強のおもしろさを知らず識らず伝えているのかもしれません。

 そして、集団面接。今回の質問事項を挙げておきます。両日、共通のものでした。「いま、緊張していますか」、「きょうは試験ですけど、いままで、どういうふうに勉強してきましたか」、「あなたの短所はどういうところですか」、「不登校児童生徒の対処法を、一般論でいいですから、知っていることを教えてください」、「保護者との付き合い方のコツなどはありますか」、「ある保護者とうまくいかなくなりました。どのように関係を修復していこうとされますか」、「保護者から、うちの子は、よく忘れ物をするので、先生、朝、電話かけてなにがいるか伝えてくれませんか、といわれたら、どう対応しますか」、「学校安全について考えているところを教えてください」、「あなたの人生で、一番感動したことはなんですか」、「教育の中立性ということについて、説明してください」、でした。

 最後に、「自己売り込みのツボ」でした。AさんとSさん、IさんとSさんにがんばっていただきました。一昨日のAさん、がんばりました。しかし、売り込みの観点を再考してください。昨日の珈琲会で議論したことを忘れずに。Sさんの売り込みは、面白いものでした。こうしたアプローチもあるのだなと、お聞きのみなさんも感心していましたね。人間性を評価してもらおうという姿勢は、一定程度成功したといえるのではないでしょうか。昨日のIさんには、厳しいこともいいましたが、是非、再考してくださいね。もっと、いいものができるはずです。毎日忙しいのは、Iさんも、ワタクシも、参加者も同じです。がんばりましょう。Sさんとは、勉強会終了後の珈琲会で、イロイロと議論しましたね。最後まで残ってくれ、話を聞いてくださった他の参加者のご意見をも参考に、分量調整とポイント選択してくださいね。

 すでに、4月期開催のお申し込みを受け付けております。もう満席の日程もありますが、みなさまからのお申し込みをお待ちしております。

  「会ったこともないのに電話番号書くのはちょっととか、参加したいけど自信がないとか、私は女性で一人で参加はちょっと恐いとか、いろいろな理由から『足踏み』されている方もいらっしゃることでしょう。気軽に一度のぞかれてみませんか。真剣に教員を目指す方々が集まってきています。ご自分が『どのくらいの温度のお風呂に入っているか』わかりますよ」。

 参加は1回ごとに1000円、ここにちょっと資料のコピー代をいただきます。いまは教育再生会議の資料を20枚配布してますので、200円程度オンされるのみです。参加できないときの分まで払う必要ありません。是非、一緒に勉強しましょう!

(2007年2月17日・18日)

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