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浩の教室・第111回・第112回・勉強会の模様

 昨日、一昨日は、当サイト主宰勉強会に満席にてご参加いただき、ありがとうございました。両日ともカリキュラムは同じでした。

 まず、教育再生会議の第1次報告書の検討からはじめました。今回で、この報告書の検討は終了しました。ようやく読み終えることができ、よかったです。教育行政と一般行政の関係、ワークライフバランス、CSRなどがキーワードでした。ここに、国家試験化のことなど、これはあまり採用試験にはでないでしょうが、その意図と意味を考えてくださいね。

 第111回、112回における集団討論のテーマは、「ほめる・しかるについて」でした。ここでは、112回において実践された討論再現を中心に、解説していきましょう。両日ともにご参加された方々もおっしゃっていましたが、グループによって討論は、随分違うものですね。討論の進め方も、空白の有り無しも、トピックの立て方もぜんぜん違いました。

 112回における討論参加者は、6名、A〜Fさんとして、再現しつつワタクシからコメントを述べてまいります。時間は20分ちょっとでした。

 Bさんがまず、テーマを読み上げて確認し、「ほめる」も「叱る」も児童生徒の成長を促すための教育的指導であることにほかならないが、児童生徒の人格を受け容れ、愛情もってほめたり叱ったりするよう努めなければならないと述べられました。Cさんも、愛情もって接することに同意され、「叱る」とよく似て違うものに「怒る」があるとし、教員生活において自分の日頃のストレスをぶつけるような「怒る」は行なってはならないといわれます。「叱る」は理性的な行為であり、「怒る」は感情的な行為であると付け加えられました。Fさんは、叱るについて議論が進行している波に乗り、教育現場では「叱れない先生」もいるが、私たちは叱らなければならないときに叱れるようにならないといけないと発言されました。

 Eさんは、結果を重視する立場から、叱ったとして児童生徒がそれを納得しているかどうか、指導効果が私たちに求められていると述べられます。何をすれば、どんなことをすれば教員が叱るのか、そうしたガイドライン、基準を春の4月に示すことが重要だろうと提案されました。Aさんは、ここまでの議論が「叱る」に傾いているのを察知し、自己の教育経験を語られ、これを解消しようとされます。学校に着任した最初、悪いことをした児童生徒にばかり目が行っていたことを反省し、「今度からいいことをしたこの名前を覚えるね」といったそうです。そうすると、児童生徒が名前を覚えられて喜び、「いいことをして名前を覚えられてうれしい」との児童生徒からの感想から、「ほめる」指導に力点を移したと語られました。Dさんも、「ほめる」指導に重点をおくべきである、児童生徒の可能性を信頼し、一人ひとりのよいところを伸ばすためにほめる方向で掛ける言葉を探したいと述べられ、その前提に、児童生徒を受容することがあるといわれます。

 Fさんは、叱るばかりでも、ほめるばかりでもいけない、Dさんは受容といわれたが、児童生徒をじっくり観察し、どのような指導が効果的かタイミングをはかるのが重要であると提起します。学校では、児童生徒とともに生きているのであるから、その生活を豊かなものにするためにこそ、教員は観察を怠らないことであるとの主張は、力強いものでした。Cさんは、観察ということから、ほめて伸びる子もいれば、叱って伸びる子もいるといわれ、個に応じて使い分けることもあるのではないかと提起されます。「こんなことくらいでほめられても仕方がない」と考える児童生徒がいるのではないかということです。また、逆に、叱られてへこみ過ぎる子もいるということを忘れず付け加えられました。Aさんは、叱るにしても頭ごなしに叱ってはならないと強調され、可能性を求めて叱ると表現されました。Fさんは、場合によっては「怒る」こともあると正直です。児童生徒の将来ためにそうした場合があるといわれます。Bさんによると、それは児童生徒を心配して、心配し過ぎて怒るのだと述べられます。たとえば、理科の実験で事故が起こらないよう、危ない行為には怒ることもある、そこに愛情を含めて怒らないとならないが、こうした場合には怒るとはっきりいわれました。

 Eさんもこの点は同じで、教育実習において、太陽光で紙片を燃やす理科の授業をするにあたり、虫メガネで太陽をみてはならないと注意事項を述べたそうですが、それを守らず、おもいきり虫メガネを手で払い落としたと事例を紹介されました。この行為は、後で教員間において「お咎めなし」であり、正しい行為であったことが認められたそうです。

 Aさんは、児童生徒観察と関わって、ご意見されます。教員に観察力は不可欠であるが、児童生徒の方も、教員をよくみている。叱られやすい児童生徒を作っていないだろうか。自分のことをいつも叱るなあと思われてないだろうか。そうした場合に、ほめる機会を作り、フォローすることが大切であると主張されました。これに対し、Fさんは、叱るという指導ができるように、児童生徒との信頼関係を作ることが大切であると述べられました。じっくり児童生徒の話を聞き、教員と児童生徒間の人間関係をしっかりしたものにすれば、叱ってもそれは伝わると発言されました。

 この発言に対し、あとで議論になったのですけど、それは、信頼関係ができあがるまでは、叱ることができないのか、ということです。たしかに信頼を形成することはクラス運営の上でも当然必要です。しかし、春はじめて出会ったときから、学校における様々な指導ははじまります。ということは、春からすぐにルールを破る児童生徒も出てくるわけであり、信頼関係ができていない間にあっても注意する必然性がでてきます。Eさんのガイドラインの議論とともに、発言するときに配慮すべきでしょう。信頼関係がなくても叱るときは叱る、これも大切であるということです。そして、新任がこうしたことに踏み込めるかどうか。

 Cさんは、小中学生だと、構ってほしくて叱りを求めるケースもあると想定されます。だから、観察とも関わり、4月という時期とも関わらせて、Cさんは、どのような考え方をする児童生徒なのか、家庭環境はどうなのか、友人関係はどうなのかなど、基本情報を確認し、指導に生かすと述べられます。そうでないと、上手に叱っても、意味がない場合があるからだと発言されました。なるほどのご意見です。

 Dさんは、「叱る」と「怒る」の議論に戻り、危険なこと、命に関わることなどの緊急事態においては、多少怒るのも当然といわれ、叱るのも個に応じてという点では、Cさんと同じです。また、これとは別に、Dさんは、叱る場面について問題にされます。クラスのみんなの前で叱るのか、個別に呼び出して叱るのか、児童生徒の自尊心を傷つけない指導を心がけると発言されました。このご意見はまだ登場してなかったもので、新しい意見をいおうとする意欲的な姿勢として評価されるでしょう。

 Bさんは、ご自身の指導の仕方として、生徒指導の場面では、いじめなどもあって叱ることを中心にし、学習指導の方では、学習意欲を向上させるため、できるかぎりほめる指導をするとスタンスをあきらかにされました。Eさんは、積極的に発言した児童生徒をほめるといわれました。どういうふうな発言をすればほめられるのか、児童生徒の方もわかると説明されます。Aさんは、クラスを2つのグループに分け、互いに評価させあうのもいいと提案し、児童生徒同士がいいところを発見しあうように指導したいと意欲的です。

 Fさんは、Bさんの発言に対し、生徒指導でもほめるといわれます。ちゃんとした行動がとれたり、たとえば茶髪で注意され、黒に戻してきたときにほめたり、メリハリがあるほめ方をすると発言されました。Cさんは、一般的にいって、ほめられる児童生徒はできる子で、叱られる児童生徒にはできない子が多いとし、問題は、その中間の子であるとされます。なかなかほめられも叱られもしないこの中間層にも目を行き届かせ、いいところをみつけてほめるのが大切で、それが全員をほめることであると述べられました。これはいい意見でしたね。

 Dさんは、教科教育において、国語などものを書かせてみて、どのような視点を持って生活しているかがわかるような場合は、それをほめる材料にしたいと提起されます。Fさんは、最終的には「叱らなくてもいい先生」を目指したいと発言されました。指導がすっと通る最高の状態を追い求める姿勢がいいですね。最後にEさんが、クラスが騒がしいとき、目の力で応えられるような、行動を促すような視線をだせるようになりたいと述べられ、残念ながら時間が来て討論が終了しました。

 まだまだどこまでもつづくような感じの討論でした。

 ところで、111回の討論では、「ほめる」と「叱る」を分けて議論が進みました。ます、ほめるケースについて語りましょう、ほめる方法について語りましょう、次に叱るケース、方法について、というように。

 また、111回の方が、講師経験を語る場面が多かったです。また、112回では「叱る」についてが深められ、上のように「叱る」と「怒る」の違いの言及などあって、時間が足りない感じでしたけれども、111回では、「ほめる」が議論の中心となり、そのほかの討論のトピックがなかなか立てられず、空白の時間があり、それをどうやって解消するか大変なときもありました。

 そんなふうな印象なんですけど、同じ6名の討論参加者で、111回は全27発言、112回は全24発言でした。

 話題の広げ方、前者を受けての発言の仕方、まだまだ勉強することがありますね。自分自身を話題豊富な存在にしていきましょう。話題受容者もいいですが、話題提供者がやはり討論の中心になりますから。

 あ、それから、112回のEさん、Dさん、発言の量が短くなってよかったです。よく自制が働きました。ぐっとガマンの子でいてください。

 次に、集団面接です。例によって、質問事項のみを掲示いたします。以下、一昨日の分。「今回で、何回目の受験となりますか」、「あなたが失敗した経験を語ってください」、「あなたのクラスに万引きして補導された児童生徒がいる。そのクラスに対し、HRなどで、どのようなことを話しますか」、「経済環境が厳しく、アルバイトを是非ともしたいといってきた生徒がいる。あなたはどう対応しますか」、「いきる力とはよくいわれますが、これはどのような力ですか。あなたなりに解釈して答えてください」、「中高一貫教育のメリットはどのようなところですか」、「学校と塾の違いを教えてください」。以下、昨日の分。「教員志望の理由を教えてください」、「最近気になった教育に関するニュースについて報告してください」、「親友とはどのような存在ですか」、「児童生徒との信頼関係をしっかりとしたものにするためには、どうすればいいのでしょうか」、「個性尊重の教育とは、具体的にどのようなことをするのでしょうか」、「携帯電話が授業中になりました。そこでどんな言葉をかけますか」、「放課後にポツンと一人児童生徒が座っていました。どのように声をかけますか」、「授業がすべて終わってホームルームをしています。そこに、児童生徒から、せんせい、早く遊ぼうやー、との声があがりました。どのように対処しますか」、「30秒ほどあげますので、自己PRしてください」。

 最後に、自己売り込みのツボを実施しました。参加者が毎回2人と限定されてしまうこのコーナーですが、今月末で終わります。4月からは、個人面接になります。今回、Uさん、Nさん、Sさん、Yさんに報告していただきました。みなさんに共通していえるのは、主張の根拠が弱いということです。是非、なぜそういえるのかを中心に検討しなおしてくださいね。

 昨日より、昨年度の浩の教室卒業生およびこのサイトに情報提供してくださった方々の教採受験報告書を閲覧していただいております。全部でA4版120枚ほどあります。これは、このサイトではまだアップできません。4月以降になり、昨年度の合格者の配属が最終決定してから、ちょっとづつになりますが、個人情報に関わる質問などは伏せつつ、サイトに表示していきます。勉強会ではそれに先駆けて、参加者に閲覧していただけるようにしています。コピーはできませんが、質問事項などをメモするなど、活用してください。情報を寄せてくださった先輩方に感謝しましょう。

 それから、今回、地域の教育力に関して個別に資料提供いただいたYさん、どうもありがとう。必死になって地域と学校がスクラム組んでいる様子がうかがえて興味深い資料です。ありがとうございました。こうした地域の取り組みを検討させていただきますと、いわゆる「地域の教育」の力に悲観的なワタクシなどは、考えを改めなければならないかもしれませんね。地域の教育あるいは地域と学校の連携については、それは幻想だ、というのがワタクシのいまの意見です。資料を基に再検討してみます。

 そしてまた、あなたの後輩たちのために、受験後に、情報提供お願いしますね。

(2007年3月10日・11日)

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