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浩の教室・第123回・勉強会の模様

 一昨日は、当サイト主宰第123回勉強会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。当日は、集団討論を1回と集団面接を2回、そして個人面接に3名の方が挑戦してくださいました。模擬授業の用意をしてきてくださったFさん、時間がなく、また持ち越しになりスイマセンでした。次回124回の最初に、披露していただきます。第123回の個人面接には、Nさん、Tさん、Nさんががんばってくださいました。個人面接はパーソナルな質問も含みますので、ここではその内容を公表いたしません。みなさんからいただいたコメントシートを見直し、どこをどう修正していけばいいか、検討してくださいね。

 また、当サイト主宰、第3回水曜会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。水曜会も、集団討論のテーマは、第123回と同じでした。集団面接は2回実施、質問事項を変えて実施しました。こちらも第123回とは少しづつ変えています。最後に個人面接。個人面接は、Kさんががんばってくださいました。

 集団面接は1次で実施されることもあり、みなさん希望される方が多く、本日第123回では、2回、計11名の方が参加されました。もう何度もやっていますので、質問事項が繰り返される嫌いがありますが、習熟・定着との観点からは、まだまだ実施の意味があると思っています。また、少しづつではありますが、質問の表現を変えたり、新しい質問を用意したりしております。本番よりも長い時間でやっている現状を、本番なみに短くする必要もあるかもしれませんね。どのようなタイプの質問でも、「よく出るかもしれない面接質問集」のヴァリエーションに過ぎないでしょう。是非、がんばってください。

 面接個票の添削も受け付けています。見ていただきたい方は、ご連絡下さい。サイトをご覧の方もOKです(ただし、有料です)。

 質問事項を掲げます。「あなたがその校種、教科を選んだ理由を教えてください」、「最近気になるニュースはなんですか」、「そのニュースについて、批評してください」、「あなたはご自分で、どこが教員に向いていると思いますか」、「教員の魅力はどこにあるのですか」、「これを乗り越えたから今の自分がある、ということを具体的に語ってください」、「最近熱中していることはなんですか」、「学校では、どういうように『しつけ』をしていくべきですか」、「担当したい学年を設定し、そのクラス目標をいってください」、「その目標が意図するところを説明してください」、「『この先生の指導はすごい』と思ったことがあれば、教えてください」、「民間にお勤めの方、あなたの上司のすごいところを教えてください」、「クラスには学級委員がいますが、リーダーを育てる教育は必要ですか、はい、いいえで答えてください」、「その理由を教えてください」、「クラスの児童生徒一人が掃除をサボっています。実際の口調で叱ってください」、「国際理解を進めるために、どのような総合学習をしますか。具体的にお願いします」、「教員の常識は社会の非常識といわれることがありますが、これについてどう思いますか」、「最後にいい残したことがあれば、短くまとめ発言してください」、以上です。

 水曜会では、「志望校種、教科とお名前を。そして志望理由を簡単に教えてください」、「朝食は食べましたか。いつも何時ごろに食べますか。毎日、ちゃんと食べますか」、「きょうは、会場まで迷わずにこれましたか」、「勉強の息抜きにはなにをしてましたか」、「最近の気になる教育ニュースはなんですか」、「ワタクシどもの自治体を選んだ理由はなんですか」、「あなたの長所を教えてください。それをどのように現場でいかそうと思っていますか」、「ボランティアの経験はありますか」、「その内容を踏まえ、児童生徒にボランティア活動へ誘うのに、どのような声掛けをしますか」、「ものを大切にしなくなってきています。これをどのように解消しますか、指導法を教えてください」、「最近の児童生徒に足りないものはなんでしょうか」、「児童生徒に対し私たちは評価をします。評価についてのあなた方の考え方を教えてください」、「保護者から、忘れ物をしたらいけないので、家庭に連絡下さいといわれました。どう対処しますか」、「子ども同士でケンカがあって、保護者からクレームがありました。怪我をした子どもの保護者が、怪我をさせた子どもの親からなんらの謝りの言葉もない、クラスをかえてくれ、ということです。その保護者を目の前にし、どのようにあなたは説明しますか、実演してください」、「ゆとり教育の問題はどんなところにあるとお考えですか」、「大学時代、あるいは、企業にお勤めのとき、どんなことを学びましたか」、「いままで、成功したこと、失敗したこと、イロイロあると思います。どちらが先に思い浮かびますか」、「その思い浮かんだことを教えてください」、「いい残したことがあれば、どうぞ」、「教育法規についてお聞きします。教員の義務、禁止、制限事項を教えてください」でした。質問事項が多いのは、2回実施したものを紹介しているからです。

 みなさん、かなりうまくなってきていますね。この調子で、夏まで乗り切りましょう。勉強会に参加されるにあたり、自分でなんらかの問題意識を持っていることが大切です。「きょうは、声を大きく出そう」、「きょうは、詰まらないようにしよう」など、自分の目標設定ですね。

 集団面接では、短く答えるのがなにより大切です。試問の時間は大変短い。面接官もカリカリきています。そこでノンベンダラリと答えていれば、それだけで印象が悪くなります。第124回は、1分間スピーチ大会です。みなさん、原稿を用意してきてくださいね。短く答えるとの感覚を忘れない、つまり、1分といえば、45秒なんです。「短く」だけだと、30秒が限界です。相手の立場(面接官)に立った配慮を考えてみましょう。

 簡潔・明瞭・余裕、これが鉄則。次回もまたがんばりましょう。

 では、集団討論の再現です。

 今回は、第123回で議論されたものを再現し、そこに水曜会で注目されたご意見を紹介する形で書きますね。仮にA〜Gさんとして紹介します。

 まず、Aさんが、テーマを読み上げ確認。ご自身のご意見としては、最近の児童生徒の中には、言葉使いが乱暴なものもいる、たとえば、「死ね」、「こっちへ来るな」など、友人を思いやる言葉使いができていないのは、大変問題であると発言されました。これを受け、Cさんも、確かに日本語が乱れており、省略した言葉が使われすぎているかもしれないと述べられつつ、感情表現は正しい日本語でしよう、と指導上の提言をされました。Fさんもこの立場に賛成し、言葉の乱れについては、保護者からの指摘もあると報告されます。Bさんは、保護者対応として、それには学級便りなどで、学校としての言葉に関する方針を伝えるべきであろうとご意見されました。教育内容ともかかわり、学校と家庭の協働が求められているとも発言されました。Dさんは、コミュニケーション能力が低下しているのは、児童生徒のひとり遊びに原因があるのかもしれないと推測されます。ひとり遊びは孤立化しますし、言葉を発する機会も減少するからですね。だから、グループ活動を積極的に取り入れ、どんどん会話をするよう指導したいと抱負を語られます。会話が増えていくにつれて、発言の仕方、他人を思いやる言葉使いに気付いていくものであるとまとめられました。

 Eさんは、たしかに、学級において汚い言葉が使われているケースがあるとし、それは、なぜなら、その言葉自体が汚いものと認識されていないからだといわれます。いわば無意識に使用しているというわけです。Gさんは、クラスにおいてグループで議論するほか、学年横断的に話をしたり、大学生やボランティアなど学校を支援してくれる方々と児童生徒とが話す機会を多く持ち、そこでコミュニケーション能力を磨くのがよいと提案されました。このご意見を受け、Eさんは、中学校では部活動もあり、先輩に対しては礼儀正しいし、言葉もきれいに使っていることを指摘されました。

 Cさんは、体育祭や文化祭など特別活動において協力してやり遂げる行事では、相手の立場に立った考え方を持つ必要があり、こうした経験を通してコミュニケーション能力がついていくとご意見されます。Dさんは、それを認めつつ、挨拶に触れられました。挨拶は、相手の目をみながらしよう、とのことです。このほか、家庭でも会話を増やしていけるように、家庭内会話に話題を提供できる教員になりたいと希望に燃えています。

 ここでAさんは、テーマに立ち返り、コミュニケーション能力の育成であるから、読む聞く話す書くの諸能力を育成することが私達教員には期待されているとし、全教科でこの指導をしていくことが要求されていると述べられました。Gさんは、この点、書くことについて、学級日誌を取り上げられ、係活動を通してコミュニケーション能力が高められるよう指導するとし、具体的には「今日、どんな出来事があったか」を記事化するなどしてはどうかと提言されます。また、そのやりとりは児童生徒と教員との間で行なわれるのであり、書いてみる機会が増えるといわれます。Bさんは、書くことは自分を振り返る作業にもなるとして、Fさんの提案に同意されました。Fさんは、音楽志望の立場から、歌詞の意味を考えさせることも、コミュニケーション能力の育成に関連すると述べられ、音楽を鑑賞し、その歌の情景を描くこともよい指導となると指摘されます。そこから感性を磨くと、教科教育における指導の在り方をまとめられました。Cさんは、言葉にこだわることが大事なのであって、何を伝えたいのか、これを明確にし、それを言葉にする訓練が国語科には期待されていると発言されました。一方、Eさんは、美術の模写について言及されました。Fさんが音楽で述べられましたけれど、Eさんは、美術の立場から、その絵を描いた作家がどんな気持ちであったのかを考えさせたいと発言されました。そうした意味では、読む聞く話す書くに、「感じる(感じ取る)」を加えてもいいのではないかといい提案をされました。

 Aさんは、再度めぐってきた読む聞く話す書くのトピックを捉え、聞く態度が最も重要であると指摘されます。たとえば朝礼のときもそうだし、学校で集会があるときは、どのようなことであっても、まず聞かなければ理解できないと強調されます。一般にいって、「読む」、「聞く」をまず態度形成し、次のステップで「話す、書く」がつづきます。「聞く」がコミュニケーションの第一歩ですしね。最後に、Dさんが行事とコミュニケーションについて「ふれあい」ということに言及しつつ議論は終了しました。

 水曜会では、このほか、特別支援教育におけるコミュニケーションの話題がありました。

 さて、討論が終了し、2、3質問をし、20分が過ぎました。今回は大きな問題点がでてきました。上の文章を読んで、どういうところに問題があるか、閲覧されている方への宿題としましょう。次回の更新で、珈琲会でもつづいたその問題をめぐる論争をまとめてみます。

最大の問題は、コミュニケーション能力とは何か、との定義に関連することであり、それが純粋に技術論であるのか、それとも道徳的指導も含めて考えるのか、というところにあります。コミュニケーション能力は、先の再現にもありましたように、読む聞く話す書くであり、これは国語能力の向上として捉えることができます。しかしその指導は、中高であっても国語科教員に限定されるわけではなく、全教科の教員が何かにつけ、指導できるものです。

 よくいわれるように、校内放送の在り方、担当授業以外の板書の在り方、学級通信の書き方、連絡事項の伝え方、保護者への連絡、そのほか、コミュニケーションをする場面は学校生活に多々あります。いいかえれば校務分掌を担当する際にも、児童生徒に伝えるべきことは数多いといわなければなりません。

 ここで問題になるのは、教員が物事を伝える姿勢がちゃんとできているということであって、それが児童生徒の模範となる。児童生徒の方で、先生の言葉遣いを参考にするようになる。真似るようになる。板書がキレイであれば、丁寧に字を書こうとする。

 授業だけでなく朝読書などは、読むの実践であり、感想文を書けば、書くの実践となる。ブックトークをすれば、話すになるし、聞くはいうまでもなかろう。このような活動を通して、純粋に、技術として、コミュニケーション能力を高めていくのであると、ひとつは結論付けることができる。

 もうひとつは、コミュニケーション能力に道徳性をにじませる立場である。ここでは、上述の技術論に対し、道徳論と位置付けておくが、これはすなわち、クラスでは教員と児童生徒、児童生徒同士が信頼関係を築いていかなければならないので、会話をするにしても、相手に配慮した話し方、聞き方があるとの立場である。クラスをうまくまとめていくためには、教員として、「そんな言葉つかっちゃだめ」と叱るときもあるだろう。単に自己の考えていることを表現するだけでなく、相手の立場に立って、相手の心情を配慮して、言葉を選んで表現するということである。いわば、「気を遣う」ということであろうか、円滑な友人関係の実現は、こうしたちょっとした配慮が不可欠で、ちょっとした言葉の諍いが大きな問題に発展するケースもなくはない現状、丁寧な言葉遣い、他者の立場を思案し発する慎重な姿勢を要求する。

 もちろんこれも、コミュニケーション能力を児童生徒に育成するときに大切な事項であろう。

 で、論争になったのは、このどちらかだけが正しいと主張したことに端を発する。ワタクシは、どうしても意思伝達の手段として言葉を操る技術論をコミュニケーション能力の本質と考えているので、そちらを優先する方がいいのではないかと提案した。それに対し、勉強会のあるメンバーは、教員を目指す立場からは、クラス運営を無視するわけにはいかず、いかにまとまりのあるクラスに育てていくかの観点は、道徳論を必要とすると主張される。

 みなさんはいかに考えるか。最終的には、Yさんが「ズルイいい方になりますけど、両方とも必要です」といったのが回答になるのであろう。15分、20分といった討論時間があるのであるから、たしかに2つのトピックを立てても全然問題ないであろう。

 珈琲会では、たとえば、児童生徒の将来、キャリアと関わって議論がつづき、児童生徒が社会に旅立っていくとき、ちゃんとした表現力をつけなければならないのだから、コミュニケーション能力を道徳論に解消してはダメなんじゃないの、という意見があり、いやしかし、それでもクラスの一体感育成のための言葉というものを尊重すべきだとの意見があり、割れていました。

 ワタクシとしては、やはり、自己の意思や思い、主張を適確に他者に伝達する能力こそコミュニケーション能力であると、捉えていることをここに述べるにとどめ、あとはみなさんの判断にお任せしよう。

(2007年5月20日)

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