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浩の教室・水曜会8・特別開催F・勉強会の模様

 昨日、特別開催7の勉強会にご参加いただいたみなさま、お疲れさまでした。結局、満席のご参加となり、ありがとうございました。本日は、集団討論を2題と、個人面接を4名の方に実施いたしました。

 集団討論のテーマは、「学力低下の問題について幅広く議論してください」と「保護者との信頼関係の作り方について議論してください」です。今回の更新では、前者の方の再現をしてまいります。なお、水曜会のほうで議論された内容を最後に補填し、広がりのある議論のタネにしていただければと思います。6名の方が15分間の討論に挑戦してくださいました。A〜Fさんとし、発言を追っていきましょう。

 まず、Eさんが、テーマを確認し、学力低下の状況を新聞の伝えているところから引用され、具体的に述べられました。たとえば、小学1年生が「八つ」を読めなかったり、高校生が拝啓の「啓」の字が書けなかったりしている現状を報告され、国語力の低下を示して、それが学力低下の実態をあらわしているというようにです。Aさんは、こうした例示をしたことを踏まえ、討論参加者のみなさんに、具体的に学力低下を感じるところはどういうところですかと提起されました。

 これを受け、Cさんは、学校ボランティアの経験を踏まえ、漢字テストのやり直しをみていると、確かにEさんが紹介されたような例があてはまるとし、小学校2年生で「黄色」を「気色」と書いているなどと指摘され、いわゆる学びんぐの経験をお持ちのAさんは、3年生において四則の計算でつまづき、くりあがりの計算ができていない現状を報告されました。Cさんも学童ボランティアの経験から、宿題をメンドウに感じる児童が多いことを嘆かれ、かつ、やる子はやるのだが、やらない子はまったくやらない、その結果、学力分布の2極化が進んでいると指摘されました。Dさんは、小学3年生で算数の文章題でつまづいているケースが多いと述べられ、とりわけ文意が捉えられないので、「なにをどうすればいいのかわからない」という問題文章の読解能力の低下を指摘されます。

 Fさんは、ご自分の娘さんのことを話題にし、大学生でも四字熟語がわからないケースがあると反省的に述べられつつ、児童生徒そして学生の本離れ、読書離れが国語力の低下をもたらしていると述べられました。

 ここで参加者全員が発言したことになります。そして、Eさんが、読解力が落ちていることは、すなわち国語力の低下であり、語彙も少なくなっている現状から言葉の力の復権を主張されました。それが、学力低下の一断面を捉えていることは確かです。このように、まずは、参加者が学力低下の現実をいやみなく出していくことは、討論をしやすくすると思われます。次に、ではどのようにしてこうした国語力なら国語力の低下を回復するかに議論が移るでしょう。

 それに答えるような形で、Aさんはご自身の実習経験を語られます。朝読書のことを話題にし、15分間、「なんでもいいから本を持ってきて読む」活動であったらしいですが、こうした実践が、Fさんの指摘する本離れを喰い止める一方策となるとの対応です。Cさんもこの朝読書について言及し、広く学校で実践されていることをいわれます。それに加え、こうした学校の教育活動を家庭にも浸透させるような連携をすることが、児童生徒の国語力低下を阻止する方策となるとまとめられました。一方、Dさんは、Cさんの家庭との連携に対し、地域との連携において国語力低下に歯止めをかける方法として、お話しボランティア活動について触れられ、豊かな読書環境の提供が国語力の向上に寄与すると主張されました。

 Bさんは、ご自身が小学校の頃の思い出として、学級文庫で1冊だけ誰も読まなかった本の話をされました。その残った1冊は、相当分厚く、クラスのみんなが敬遠していた本だったそうです。その厚い本を読むことにチャレンジしたBさんは、読後の感想をクラスメートに聞かれ、それに答えているうちに、友人達もその厚い本にチャレンジするようになったということです。このエピソードから、Bさんは、友人同士で読書後に感想カードを書き、それを使って本の紹介をしていくことが、読書意欲を向上させると主張されます。

 Fさんは小学校低学年を想定して、読み聞かせも活動として取り入れたい旨の発言をされました。本を身近な存在にすることは大切ですね。さらにFさんは、書く、についても問題提起されます。それは、どんなことでもいいから、気楽に日記を書いてみることでした。ここで、「読む」から「書く」ということに話題が転換し、討論に広がりが出てきましたね。これを受け、Eさんは作文教育について、恩師からの教えを紹介しつつ、議論を膨らませようとしました。作文を書かせて、それにコメントを付け、さらにいい作文をクラスで読む。互いに講評しあう活動です。もちろん恩師の指導を踏まえ、Eさんもこれを継承する意欲が言葉の端々にあらわれていました。

 Dさんは、書くことと関わって語彙力の向上のためにはなにをするべきかと提起し、わからない言葉が登場すれば、すぐに調べる習慣を付けさせたいと述べられました。辞書を手から離さないようにし、継続的に自分で何でも調べるクセを付けることが、学習には大切ですからね。いい指摘でした。このご意見に同意したAさんは、さらに議論を発展させ、語彙力の向上はコミュニケーション能力の向上にも役立つと付け加えられました。Bさんは、外発的な動機付けですけれども、本を1冊読めばシールを貼るというように、学習成果が目にみえれば、子どもたちの学習意欲も伸張すると指摘されました。

 ここで、話題転換。これまでの議論を踏まえながらも、Cさんは、今一度テーマに立ち返り、学力低下の問題は、ゆとり教育にあったし、そこからの脱却があの教育再生会議でも議論されている、そして具体的に授業時間の10パーセントの増加にあることを指摘され、国語力の低下に議論が収束しそうな雰囲気をいい意味で壊し、新しい方向を模索されました。Aさんはこれに応じて土曜開放のことについて触れられ、寺子屋教室の実践を紹介されましたし、Fさんは算数や理科の学力低下について語られました。Eさんは、理解の及ばない子どもにも興味を持たせるための教材研究ということを語られ、わかる授業とはなにかということを提示されました。最後に、Aさんは、声かけの奨励、学習状況のチェック、つまづいているところの発見というように、具体的な学習環境整備について語られ、15分間が終了しました。

 15分間で全21発言でした。かなりスピード感のある討論ではなかったでしょうか。

 討論終了後の反省的議論では、つまるところ今回の討論をまとめると、国語力の低下に中心がおかれ過ぎの感があるということでした。そこで、学力低下といった場合に、どういう観点があるのだろうかということを全員で出し合ったところ、@国語力、A数理的な処理能力、Bグラフ作成及びグラフ読取能力、ということに結論が出ました。学力低下の実態を、国語力の低下だけで議論すると、場合によっては議論に奥行きがなくなってしまうケースもあるので、議論のふくらましに役に立つキーワードを、このように提出しておきました。

 このほか、なぜ、問題解決能力のことが議論に出なかったのか不思議であるという貴重なご意見もありました。確かに、生きる力が云々されている昨今、問題解決能力が話題に出なかったのは不自然です。しかしその一方で、問題解決能力という学力は、それだけ定着し難い、そして具体的に議論しにくい学力であるということも判明しました。結局、テーマの学力低下の「学力」を従来型の学力と捉えるか、いわゆる「新しい学力観」以来の、総合学習を通して身に付けることが期待されている「学力」であるのか、その捉え方によって議論の方向が異なってくるんだなぁと感じました。

 さらには、学習意欲の増進のためになにをするべきなのか、基礎基本の確実な定着は、今回のテーマの中でどのように位置付けるべきなのか、体験学習によって得られる学力は、といったご指摘がありました。

 さて、水曜会の議論を簡単に紹介します。水曜会の議論は、出だしが異なります。水曜会の問題提起は、OECDでした。すなわち、PISAやTIMSSの評価を最初に出して、学力低下の実態を報告するというところからはじまったのです。こうしたアプローチも有効ですね。ただ、OECD報告を最初に持ってくると、それを知っているものはよろしいのですけど、知らない方がついていけなくなる可能性はあります。すなわち、他の受験生において、「なにそれ」となってしまうと、議論に空白が生じてしまう可能性もあるということです。また、塾に通っている、通っていないで、学力格差が生じるとの問題、授業の導入おける工夫、習熟度別クラスの問題、などが議論されました。

 こうして比較してきますと、学習内容、学習方法のそれぞれにおいて、どういうふうに議論を組み立てるかが、討論の行方を左右するということがわかります。

 ということはすなわち、各自がどれだけ「教育的引き出し」を持っているかということに最終的には担保され、議論が充実したものになるということでしょう。

 では、もう一つの討論の模様をお伝えします。テーマは、「保護者との信頼関係の作り方について議論してください」でした。このテーマに、15分間で6名の方が挑戦されました。こちらの

テーマの議論も、全21発言というように、みなさん活発にご意見を出され、おもしろいものとなりました。仮にA〜Fさんとして、再現を試みます。

 まず、Dさんがテーマを確認しつつ、保護者と学校が同じ方向を向くことが何より大切との趣旨を述べられ、学校が教育方針の説明をすることからはじめたいと口火を切りました。Cさんもこれに同意し、学校の方針を伝えるとともに、学校における児童生徒の様子をも、学級通信などを介して伝えたいとご意見を提出されました。その際、席替えなど小さな出来事でも載せていくのがいいのではないかと指摘しつつ、記事に載らない児童生徒の保護者は疎外感を感じる場合もあるので注意が必要とは、Eさんの発言です。Bさんは、現在、携帯電話を持参してよい学校にお勤めですけれど、こうしたルールなどもキッチリ保護者に浸透するべく学校方針を伝えるべきだし、さらに、登下校における安全面に配慮し具体的に指示することも、保護者との信頼関係を形成するのに大切なポイントであろうと付け加えられました。

 Fさんは、学校で懇談会が行われるときに児童生徒の学校生活を応援し盛り上げていくような提案をどしどしすることが、信頼を得られることになると指摘されます。Aさんは、一人ひとりの児童生徒が楽しく学校に通えることこそ、信頼形成に最も重要ではないかとお考えでした。

 ここで参加者一巡しましたが、Dさんは、学校の方針を伝えた後、包み隠さず学校の情報を開示し、提供することが相互の信頼関係を深くするとまとめられました。

 ここで、これまで登場した意見を踏まえ、それを深める方向と、新しく気付いたご意見とで議論が進んでいきます。、Eさんからは、家庭訪問で児童生徒が学校ではみせない様子をも把握し、児童生徒一人ひとりに見合った指導をすることが信頼関係を強める方策であると述べられました。Bさんは、Aさんが述べられた「楽しく通う」というご意見に刺激され、文化祭や体育祭など児童生徒と保護者が楽しめる行事に学校が力を入れるのもよいとされます。こうした信頼関係を深める多様なご意見が登場する中、Cさんは、学校に無関心な保護者も存在することを指摘、それは、場合によっては児童生徒のところで学校が伝えたい情報が止まっている可能性もあるということでした。Cさんによれば、児童生徒がプリントを保護者に渡さないばっかりに、信頼関係が崩壊することもあるそうです。Cさんは、ここで、理不尽な要求をする保護者とどう関係を結んでいくべきか、問題提起されました。

 Aさんの、これに対する回答は、学校でできることと、できないこととをちゃんと理解してもらうことに尽きると述べられます。だから、教員が一体となってこうした理不尽な要求には組織的に対応を考えるのが正しい道ではないかとご意見されました。Dさんは、こうした理不尽な要求も、結局は学校の方向性を保護者に伝え切れていないところから発生するとお考えであり、「開かれた学校」を推進し、保護者だけでなく住民の学校参加を期待するといわれます。具体的には学校開放日を設け、普段の授業をみてもらうことなどを想定されています。Fさんは、ただ学校に来ていただくだけでなく、こちらから地域との関わりを積極的に作っていくべきではないかとご意見されました。自ら足を運ぶ姿勢が評価を受けるとお考えなわけですね。

 Bさんは、このことを実習の経験から具体的に語られます。すなわち、PTAのバレーボール大会に先生が参加し、保護者と密接な関係を形成する場面をご覧になったということです。これは、単に教員と保護者の密度が高まるだけでなく、保護者同士の交流も深まり、学校が、地域と保護者とを接続するセンターとなっている例であるとまとめられました。Eさんは、教員と保護者が夜に集まり、どのような行事をするか考えたことがあると語られ、夏休みのサマーカレッジのことを発言し、かつ、コミュニティスクールの実態を簡単に報告されました。

 Dさんは、親学ということについてあらたに切り込み、これを提供する場として学校が一肌脱いでもいいのではないかと述べられます。保護者と一体化していく学校という視点です。このほか、小さなことでも電話で連絡をとることが必要とDさんはいわれます。Aさんは、この親学に関連し、教員が一人の保護者に直接なんらかの意見を申し上げると、こじれることもある、だから親学「講座」で複数の保護者の前で注意的意見をいうことが、その回避策になると指摘されました。Cさんは、たとえばPTAの方々に学校に対する要望をまとめてもらって、それを生かす道を探るよう学校ががんばるべきであろうと発言されました。

 こうしたやりとりの後、Bさんは、保護者から学ぶこともいっぱいあるとし、ボランティア活動への協力要請や、総合学習における特別講師としての招聘などを通して相互理解することが、信頼関係を深めると指摘されます。

 Eさんは、講師の経験から、反抗的態度をとっていた児童生徒の理由が家庭訪問から理解できたと述べられ、保護者との連携が児童生徒の抱える問題の解決に有効であると実践的に語られました。家庭訪問は、自分の児童生徒が学校で何をしているのかの情報提供の意味もあるとFさんは指摘され、細かく連絡をとることが大切であるとされます。Fさんは、このほか、授業力のことについても触れられました。それを伸ばすことが、保護者の信頼を得られると考えられたからです。最後に、Dさんが、児童生徒一人ひとりをしっかりみる目を養い、きちんと保護者に報告する力量が、わたしたちに期待されていると述べられ、議論は終了しました。

 さて、いかがだったでしょうか。双方向のかかわりが議論にあらわれていて、よろしい討論になっていたのではないかと評価できます。水曜会の討論でも、数点、同じようなトピックがありました。このテーマでは、いい意味でも悪い意味でも、議論の内容は似たり寄ったりになりがちです。新鮮な意見をどのように構築するか、ですね。さらには、そうした性格のテーマだからこそ、発表会型にせず、積み重ねていく討論に仕上がると、グループとして有利になるのではないでしょうか。

(2007年7月29日)

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