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浩の教室・水曜会9・第132回・第133回・勉強会の模様

 先週は、当サイト主催の水曜会、第132、133回勉強会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。報告が遅れて申し訳ありません。エクスキューズいたしますと、個票の添削等、すぐ着手しなければならない用件があったからです。個票や大阪500字作文などは、みなさまとしましても、すぐに返信した方が見直しできますし、そちらを優先させていただきました。

 さて、この時期、やはり個人面接のご希望が多く、各開催日におきまして、8名、7名と個人面接の実施を中心に、集団討論を従として行ないました。討論のテーマは、「東京ディズニーランドで集団万引きがありましたが、わたしたち教員はどのように『やってはいけないこと』を指導していけばいいでしょうか、議論してください」と「健康はなによりも大切です。児童生徒の身体と心の成長において、どのような計画をもって学校は指導するべきでしょうか、議論してください」といたしました。

 先週3回の開催におきまして、共通して議論しましたのは、「東京ディズニーランドで集団万引きがありましたが、わたしたち教員はどのように『やってはいけないこと』を指導していけばいいでしょうか、議論してください」でしたので、こちらの再現を紹介したいと思います。なお、勉強会にご参加された方は、ナマでご覧になっていたのでよくわかると思われますけれども、各回討論の終了後には、討論の反省的議論がつづけられており、そこでも建設的なご意見やアプローチの仕方についての意見が多々あり、ワタクシといたしましても、すごく刺激を受けております。

 討論の再現は、第132回の議論を採用し、他の開催の議論で登場したご意見を簡単に紹介する方法をとりますね。このテーマに挑戦してくださったのは7名の方であり、時間は15分です。

 まず、Aさんがテーマを確認し、テーマの本質を探り出す発言をされました。すなわち、一番尋ねられていることは「やってはいけないこと」に対する厳しい指導の在り方であって、万引きのほか、恐喝、薬物乱用、喫煙など警察沙汰になる他の「やってはいけないこと」は多数ある、そうした諸事件に対して、わたしたち教員は強く指導する姿勢が、議論の前提になるのではないか、ということです。この提起を受け、Eさんも、教員は事勿れ主義に堕すのではなく、「やってはいけないこと」に毅然として対応するべきであり、髪を染めることに対しても、それがなぜダメなのか理由を示しつつ指導するべきではなかろうかと指摘されました。

 Fさんは、「わたしたち教員はどのように『やってはいけないこと』を指導していけばいいでしょうか」の「「わたしたち教員は」に力点をおいて、身近におりしつけの主役である保護者が「やってはいけないこと」について指導するのは当然であるが、客観的に指導できる教員が厳しく叱るのも大切であると述べられます。「やってはいけないこと」を行為した理由についても深く考えさせる指導をするべきであると付け加えられました。Dさんは、大人である教員が子どもに「やってはいけないこと」について伝えたとしても、子どもの理解を得るのはすごく難しいことだとしつつ、事件が起こった後の対応策をどうするかも教員の仕事ではないかと発言されました。

 Bさんは、未然の防止策に力を入れるべきで、「集団ならやってもいいか」との意識を破棄するよう指導し、児童生徒に徹底した自覚を持たせるよう指導したいと抱負を語られました。Gさんも、「やってはいけないこと」を具体的に児童生徒に示し、叱る指導を実践する旨述べられました。Cさんは、指導の際、教員間の共通理解が重要で、児童生徒の間で指導上の混乱が起きないように注意するべきであると指摘、かつ、なぜやってはいけない行為なのかを十分考えさせるとご意見されました。

 Aさんは、FさんとDさんの述べられたことを踏まえつつ、保護者との共通理解を得ることは大切であるといわれます。この点、Fさんは、現代における父親像の変質(崩壊ですね)を取り上げられ、「おやじの会」との連携など、「ダメなものはダメ」といい切れる連携的指導も取り入れるべきであろうとご意見を提出されました。

 Fさんは、しつけは保護者の仕事であるが、保護者にも様々な考え方があるといわれます。たとえば、「うちの子が万引きをしたのは、他の子にそそのかされたからや。うちの子に責任ないで」といったことをいう保護者もいることを指摘し、教員が第3者的視点で指導するにあたって苦しい場面もあることを語られます。また、万引きなどの「やってはいけないこと」を、合理的に児童生徒に対して説明するのも効果的であるとし、物を売る仕組みを総合学習などで学習させ、倫理観の形成の一助とするご意見を述べられました。経済の仕組みを学ばせ、生活するということの意味を考えさせる、物を盗ったら誰が困るのかを考えさせるということでした。ビデオの活用もいいかもしれないと授業の方策についても述べられます。こうした実生活、労働あるいは経済的価値から考えさせるご意見は、水曜会や第133回の議論でも登場しました。

 Gさんも、Fさんの意見を踏まえながら、頭でわかっていても身体でわかっていない児童生徒が存在することを指摘され、児童生徒の様子は社会を映し出す鑑であって、地域の大人への啓発も大切であると述べられます。この観点からは、Cさんが、学校安全、地域の児童生徒の非行に対する「監視」ができるような体制ということを話題にされました。Dさんは、地域との連携に関連し、大人も児童生徒から信頼が得られるようなコミュニケーションに努めるべきであり、児童生徒が大人から素直に注意を受けられるような環境はできないものかとご意見されました。

 ここでAさんは、Fさんのご意見を受けつつ、もう少し「やってはいけないこと」の中身とそれへの指導を考えましょうと振られて、結局は、他人の気持ちを考えないで行為すると、「やってはいけないこと」になってしまうと述べられ、体験活動の重視と教員が真剣に怒ることを再度強調されました。Bさんは、真剣に叱ってくれる大人の存在、教員の存在に触れられ、「やってはいけないこと」をするのは、児童生徒がある意味で「物足りない感」を感じているからではないかといわれます。すなわち、自己肯定感の不足が、「やってはいけないこと」に走らせる根拠ではないかということです。

 ここでタイムアップ。いかがでしたでしょうか。

 討論をはじめる前に、ワタクシの方から、口に出してテーマを述べます。しかし、勉強会におきまして、討論のテーマは、紙に書いて先に示しています。ですので、視覚的に情報(お題)が先にわかることになり、テーマを分析し、自分なら何をいおうか考えてしまいます。このときにテーマの意図を正確につかまないと、変な方向にいってしまいます。

 今回のテーマは、2つに分かれます。「東京ディズニーランドで集団万引きがありましたが、わたしたち教員はどのように『やってはいけないこと』を指導していけばいいでしょうか、議論してください」は、「東京ディズニーランドで集団万引きがありました」と「わたしたち教員はどのように『やってはいけないこと』を指導していけばいいでしょうか」になるわけですけど、前半部分はあってもなくてもいいのです。テーマで議論してほしい本質は、「教員はどのように『やってはいけないこと』を指導していけばいいでしょうか」なんですよね。そうだとすれば、教員の真摯な生徒指導の能力、その形成の仕方が中心となり、実は地域との連携などはあまり議論する必要がないのです。ここを捉え間違えますと、テーマからはずれた「航海」になります。たとえば、万引きの話題ばかりになってしまうと、これはアカン討論になりますし、いわゆる3者連携の議論だけになると目もあてられません。最近では、3者連携が魔力を持ち、どんなテーマの討論でもこれに触れない受験生はいないほどですけど、立ち止まって考えてみて、今回のテーマで、このことに触れることが有効なのかどうか。「わたしたち教員は」とあるように、主体が自分達であることを前提に議論を積んでいかないとダメなわけです。

 しかも、万引きはひとつのケースであって、「やってはいけないこと」の中身は、Aさんが触れられたように、薬物乱用、喫煙だけでなく、いじめもそうですよね。こうした具体的な事象を挙げれば、「やってはいけないこと」が鮮明になるし、そのためにワタクシ教員が生徒指導の能力を発揮するにあたってどんな方向があるのか、たとえば、他の議論ででてきましたが、毅然とした指導=ゼロトレランスや、叱ると怒るの指導の違い、学級集団においてお互い自発的に悪いことを悪いと注意できる雰囲気と勇気の形成、学校の組織的対応において個々の教員の位置を考えるなどが、もっと議論されていいと思われるのです。

 連携ということでは、関係諸機関との連携すなわち警察との連携という意見もありました。また、学校カウンセラーとの連携も。しかし、これも「連携」なのであって、教員として何をするかについての具体性に欠けることは否定できないでしょう。

 ところで、法に触れることと道徳性との関連を議論することも、このテーマに適しています。とすれば、道徳の時間について、上の文字起こしで登場しなかったのは、マイナスポイントとなるのではないでしょうか。いわゆる「連携」に目がいくあまり、道徳的実践力の養成を指摘できていないのでは、担任をすることができるかどうか。

 このほか、叱るタイミング、軽はずみな行為がもたらす結果、行為の結果、学級・友達に迷惑をかけること、自己中心性からの脱却をめざす指導、心の教育、社会的にモラルが低下していること、などが、他の回における、主に登場したご意見でした。

 個人面接については、パーソナルな情報に触れることになりますので、いつものように、ここでは割愛しますね。

 あすは、大阪府ほか一次通過の発表です。みなさまの「通過」(合格ではありません。合格はG判定がでてこそ、つかう言葉ですから)を祈念しています。

 川側、川ア、横浜につづいて、東京、千葉、そして関西では京都府の「通過」の報告受けています。兜の緒を引き締めてくださいね。

(2007年8月5日)

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