勉強会のお知らせページへ 勉強会報告一覧ページへ  勉強会申し込みページへ


浩の教室・第155・156回・勉強会の模様

 きのう、きょうと、連続して勉強会を開催いたしました。新しくご参加いただいた方も多く、ありがとうございました。様々なご感想あると思います。よろしければメールいただけると幸いです。

 両日ともに、内容的にはほぼ同一でした。といいますのは、両日とも集団討論のテーマは、学力に関連するもので同一だからです。しかし、講義は少し異なりました。それは、参加者の出される問題提起にもよるからです。いずれの日も、ワタクシの方からまずプレゼンテーションいたしましたが、それは、「簡単な学習指導要領解説」を少し密度濃くしたものでありまして、本日分だけでいいますと、なんとか1ページ進むことができました。

 次に、「自己売り込みのツボ」です。両日あわせ、4名の方に報告していただきました。まず、OさんとAさんです。Oさんは、転職され教職をめざす立場から売り込みをしていただきました。離職し教員をなされている方は、その理由付けが大切です。なぜ教員をめざすようになったのか、そこに真摯さと情熱を込めてどれだけ説得力を持ち、訴えることができるか。少なくとも、勉強会の20人くらいの方々を説得できなければならないでしょう。面接官は、「あなたのその職業経験は、教育にどのように生かせるの?」という観点から評価すると思われます。これにどれだけちゃんと答えきれるかですね。また、Oさんの場合、すでに講師としてがんばっていらっしゃいますから、その仕事の内容および教員として実現していることを組み込み語られるとよいかと思われます。

 Aさんは、かなりの講師経歴をお持ちで、それが反映された売込みになっているかどうかがポイントでした。さすがに大学出たての方と違い、数年間の講師経験がある場合は、その戦力を買って採用にいたるわけですから、それを強調しなければなりません。いわば、採用即中堅というわけでありまして、そうした自覚が売り込みに求められます。とすると、もう5年以上講師をされていて、「先輩に学び」と書くのは、謙虚さは理解できるものの、いささか物足りないと面接官なら感じるでしょう。したがって、謙虚さをふんわり残しながらも、力強い指導力を持っている方かどうか判別されることになります。この点を踏まえて、自己売り込みを再考されてください。

 本日は、KさんとNさん。Kさんは、講師経験なく採用試験もはじめての方。とすれば、教育実習の経験やその他の塾講師としての経験をよい主張に転換する必要があります。そこを今後も悩まれてください。そして大学時代における経験ですね。それは海外留学という形で表現されていましたが、本日みなさんからいただいた反省点を生かしつつ、これまた再考していただきたいところです。文面としてはまとまったものでしたから、ここに、話すときのインパクト、強調点など、イントネーションを含めた自分の見せ付け方を工夫するとよいでしょう。最後にNさん。Nさんは、今回は反省ばかりで、こちらからも厳しい注文をつけました。講師としての経験がAさんと同じく長くありながら、新人とあまり変わらない主張では、これまた苦しいところです。ここに書く必要もありませんから、やっつけ仕事で売り込みをするという態度をやめ、自分なりにいいものを練り直してほしいですね。

 最後に、集団討論です。「学力とはなにか議論した後、その向上の方法について議論してください」という議題で議論していただきました。両日ともに、勉強会では、集団討論のテーマは同一でした。土日の両日開催の場合、今後、このように同じテーマとなります。この週末は、「学力とはなにか議論した後、その向上の方法について議論してください」といたしました。学力に関わるテーマですね。勉強会でも申し上げましたが、いわゆる人間形成系のテーマも大切ですが、こちら、学力系のテーマが、今夏の主役的テーマとなりそうな気配です。その理由については勉強会の場にて申し上げました。やはり、学習指導要領の改訂と授業時数の増加が関わってくるからです。

 それでは、週末の討論の再現をいたしますが、今回は、27日に議論していただいた方を取り上げます。討論時間は20分間、6名の方がチャレンジしてくださいました。

 まず、Dさんがテーマに即し、学力とは何か、みなさん思っているところを出し合いましょうと切り出されました。その了承を一同の方が「はい」と示した後、Dさんは、学力とは、単に試験をクリアする力をさすのではなく、学習して獲得してきた既存の知識を組み立て応用する力であると規定されました。これに応じ、Bさんは、基礎を固め応用に生かすのはもちろん大切であるが、学力とは、事物をどう考えるか、創造するかにあるといわれます。試験をしても白紙のまま出す児童生徒を目の当たりにし、Bさんは何か書かせたいと考えておられ、そのためには創造する力こそが必要で、これが学力なのではないかとお考えです。Cさんは、社会人1年生であり、社会に出るまではペーパーテストでいい点を取ることが学力だと思っていたが、社会に出た後考え方が変わり、学力とは、コミュニケーションの能力や、論理的な思考力であると考えるようになったとおっしゃいました。とすると、次の発言機会に、どのようにして社会で通用するこうした学力=能力の育成を可能とする教育技術論を発言するのがいいでしょう。

 Aさんは、学力を定義して、各教科で学んだ知をそれを応用する力であるのは間違いなく、推理力や学んでいく行動力をも含めるべきであると発言されます。Eさんは、今後、一生学んでいく必要のある生涯学習社会に現代社会はシフトしてきているので、学びたいものを自分で選択していく能力も学力といえると位置付けられます。Fさんは、保護者の意見としてテストでよい点を取る学力も、多様な学力の位置付けは理解できるが忘れてはならないと指摘されました。

 こうして一通り各参加者の学力規定が終了したところで、Bさんが、それでは学力の向上の方策について議論していきましょうと振られて、Bさん自身の規定を説明する方向でご意見されました。それは、考える力が学力であるから、考える場を設定することであるということです。これは、学校で設定されるわけですけど、単に教え込むのではなく、創造的に知を活用する場としての考える場の設定ということでした。Dさんは、班分けをして、そこで調べ学習を実施することによって、Dさんなりの既存の知を組み立てていく力としての学力を向上させたいと述べられます。調べて、数時間、数日経てばまとめて発表し、それに対する他者からの意見や評価も生まれるし、発表者は達成感や満足感を味わえると主張されます。

 次にCさんは、現実の授業を年頭において発言されました。児童生徒が前に出て回答する時間を取りたいと。問題演習を実施し、なぜそうなるのかを理解させたいそうです。そこで、恥をかくことが大切と述べられました。この発言はちょっとまずく、「ほめる指導」が大半を占める中、討論参加者の間で狼狽が発生しました。そこで、それをやんわり方向修正したのがEさんでした。Eさんは、「失敗しない」を学ばせることは大切ではあるが、失敗しても構わない雰囲気つくりが最初は大切なのではないか、失敗を恥と捉えないのがいいとの主張です。Bさんも、失敗がイヤだから前に出てやらないという児童生徒は多いが、では、失敗を恐れる態度に対して、私たちはどのように対応すればいいかと問題を提出されました。Dさんは、同じ過ちを繰り返さないことが何より大切であり、「積極的に失敗する大切さ」ということを強調されましたけれども、それを可能とする教育方法論はだされなかったので残念です。これを発言できればいいのですけど、それはまあ、現職の先生も聞きたいところで頭を抱えられている問題でしょう。とすれば、Bさんの問題提起はむつかしいものといわなければなりませんね。ただ、Fさんがいわれたように、なんでもよいから発言する態度は大切です。なんでもやってみて、つまり経験主義となるのですが、「失敗」が身体化すると次回に行かせるとの発想です。NEXT ONEの思想です。

 つづいてAさんは、間違うことは怖くないとのメッセージを発し続けるのが教員の役割であり、間違ってもそれを笑わないクラスの雰囲気の形成に努めるため、笑顔を絶やさないと発言されました。大切なのは、主体的な学習姿勢を維持、習慣化することですね。それが、意欲向上につながります。Cさんも、失敗から学べることは多いと付け加えられました。

 逆に、失敗したことをよい題材の提出だと捉えるBさんは、「ありがとう」といいたいと踏み込んだ発言です。ただし、失敗も1回にとどめるのが肝要とされます。さらにBさんは、体験学習が意欲の向上に結びつくので積極的に取り入れるが、好奇心を持続し体験学習に取り組んでくれるかどうか、何か妨げがあるとすればそれは何なのかと疑問を提供されました。Dさんは、これに応じ、それこそ学ぶ意欲にかかわる問題であり、それがテストでしか測れないのが教育現場の課題といえると指摘されます。これは、評価の問題に接続し、Dさんは、調べ学習と発表の効果を強調されました。

 Eさんは、これまでの議論から、学習習慣をつけることが学力向上と密接であるとの立場から、宿題について取り上げられました。個々人が解答可能な宿題を用意し、それはEさんによれば3種類くらいのレベルだそうですが、それをこなすことが物事に挑戦する意欲を高めるとご意見されました。成功体験の積み重ねが学ぶ意欲を引き出す構造ですね。

 Fさんの「ほめることは大切」との発言をはさみ、Aさんはほめるにせよ、知の伝達だけではなく、たとえば算数の公式を教えるときでも考えさせる力の向上をめざし、それが達成されたときにほめるのが効果的であろうと付け加えられました。そのためには、Cさんが指摘されたように、児童生徒が聞いていて楽しい授業であることが必要条件となりますね。

 Dさんは、楽しい授業に関連し、Dさんご自身の核心的な主張である調べ学習の具体例をここで披露されました。歴史分野は知識の詰め込みと捉えられがちであるが、たとえば身近な神社仏閣の歴史を調べてみるなどフォークロアにもつながる学習を展開し、それが普段の学習にインパクトを与えることが可能であれば、伝達中心の教育から脱出できると述べられました。

 これに対し、知識の詰め込みであっても是非とも実行しなければならないことはあるとの発言がありました。Bさんです。たしかに基礎基本の確実な定着にあたり、Bさんがいわれるように、五十音を1年生で教えるのは、教えるという範疇ではなく、絶対的なものであるでしょう。飽きるほど反復学習させるといわれるのも、よくわかりますね。いやでもやらなければならない学習であるとBさんは発言されましたが、それもよしでしょう。ただ、そこにも楽しさのエッセンスを忘れないよう、しりとりや絵をつかって学習すると説明を追加されたのが、Bさんの発言を柔らかなものにしていました。これに対し、Eさんが、保護者とも共同して、どのような勉強をしているか、していくべきかを確認しあい、たとえばBさんのいわれた文字の学習であれば、カルタ遊びなどを家庭で取り入れるよう提示するのもいいであろうと対応されました。

 これで20分間が終了しました。今回のテーマの中心が学力とは何かの各自の規定にあり、それをつき合わせてどのように集団として意見を積み重ねられるかでしたが、半分達成、半分失敗といったところでしょうか。学力の規定については、あとでワタクシの方から指摘しましたが、実質陶冶や形式陶冶の議論もなかったし、評価の観点から思考力、表現力といった議論もありませんでした。さらに指摘すれば、言語力、国語力の議論もない。ないないづくしで申し訳ないですけど、欠落した視点が多く、不満でした。

 ちょっと教育原理の勉強をしないといけませんね。まあ、まだ1月が終わる終わらないの時期ですから、これからに期待しますね。

(2008年1月26、27日)

戻る 浩の教室・トップページへ