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浩の教室・第6期 第2回(通算198回)勉強会の模様

 昨日は、当サイト主宰第2回勉強会にご参加いただき、みなさまお疲れさまでした。昨日はじめてご参加の方、いかがだったでしょうか。今後もよろしくお願いします。さて、第2回は、過去問の検討とワタクシからの講義、そして集団討論でした。過去問の検討は、今夏の大阪府1次試験28番でした。

 文部科学白書の簡単な説明にはじまり、それぞれの選択肢に登場する答申の中身やキーワードについて触れました。レジュメ7枚を十分活用してください。

 次に、講義でした。講義では、みなさまとの議論を楽しみにしています。今後もドシドシあてていって、ご意見を賜りますが、自主的に発言してくださるともっといいです。今回も、豊かな人間性の中身について具体的にたずねたり、教育って一体なんなん!との根源的なところを突いたり、みなさまを悩ませながらもお応えいただきました。

 マークシート対策も大事ですが、しっかり考えることが前提となります。いまは焦らず、ご自身の教育観を形成しなければなりません。そうした意味で、じっくり考えてみる時間を集中して確保することは、実は大切なことなのです。ちょうど20人くらいの教室で、お互い切磋琢磨されることを期待します。

 最後に集団討論です。集団討論のテーマは、「私たちは児童生徒の学力を向上させるためにどのような努力をするべきでしょうか。議論してください」というものでした。このテーマに、20分間で、6名の方がチャレンジしてくださいました。仮にA〜Fさんとして、いつものようにその模様を再現していきましょう。

 まず切り出されたのは、Fさんでした。テーマを確認され、学力を身に付けさせるための努力目標をどのようなところにおいているのか述べられました。Fさんは小3生を担当する講師の方であり、学習意欲をもたせることを目標においておられます。そのためには、教材研究を充実させ、たとえば理科なら、その導入において昆虫そのものを持ってくるなどして興味関心を引くという工夫をするということです。単元に合わせた具体物の提示が意欲的な学習姿勢を形成すると考えられています。Eさんも、学力をつけるための第一は授業の工夫にあることに同意されつつ、授業の連続性を大切にされます。すなわち、導入の工夫はもちろんのこと、週末において次回の授業に期待感を抱かせるような終了の仕方、予告を魅力的にすることなどです。世界史を指導する立場から歴史上の登場人物のエピソードを多様に用意し、それらをプリント配布する工夫をしたいと述べられました。

 Bさんは、教材研究はいうまでもなく、教員間の連携協力体制をしっかりとし、その上でわかる授業、楽しい授業を展開するとされます。そうすれば児童生徒の興味関心を沸き立たせ、学力向上に結びつくと発言されました。Cさんは、Fさんの学習意欲の問題を教育実習の経験から実感されたそうで、授業を受けようとする態度ができていない状況をどうするべきかと悩んでおられます。しっかり聞く態度をまず定着させるところに課題があるのではないかとご意見されました。

 Bさんの発言に対しては、教師の協力体制と学力向上の関係性を具体的に説明しつつ、わかる授業、楽しい授業の中身が何であるのか、そういうことを訴えないと、面接官にはいまひとつと捉えられてしまうでしょう。Cさんのご意見に対しては、もちろん昨今の児童生徒の授業を受ける態度はなっていないケースがありますが、まずは、ご自身の授業実践を振り返り、教育対象を引き込む授業力を打ち立てることを述べるべきでしょう。ご自身の授業の反省的研究を前段において、後段に児童生徒の態度問題を述べた方がスムースではないかと思われます。

 さて、次に発言されたのは、Dさんです。Dさんは、児童生徒の実態に即した授業展開ということを主張されました。これは一人ひとりの理解力を知るための前提として児童理解、生徒理解が必要とのご意見です。もちろんこれも大切です。ただし、どちらかといえば、搦め手のご意見といわざるを得ません。生徒理解について発言してしまうと、生徒指導の方向に向いがちになります。テーマが学力に関するものですから、そこからの逸脱を避けなければなりません。やはりもっと真正面から学力形成のための教育方法や教育内容についてまとめるべきでしょう。

 Aさんは、養護教諭をめざされており、その点、こうした学力向上の方策についてのテーマは苦しいものであったでしょう。しかし、養護教諭は養護教諭なりの視点から学力形成に何かタッチしないとなりません。一般論としていえば、もし、養護教諭が学力形成について意識した勤務態度であれば、「教諭」である必要はなくなるかもしれません。学校教育法が学校に保健室を設置することを必須としていますけれども、それは教員としての養護教諭が運営していくわけであり、養護教諭の視点が学力に向かないとすれば、どこからか看護士さんをひっぱってくればそれで済むことになってしまいます。教諭としての自覚をどのようにして維持発展させるかが、養護教諭には問われているような気がします。

 Fさんは、ここで話題を変え、勉強に集中させるには、家庭との連携が重要であると述べられました。児童生徒の保護者に、春先において宿題をたくさん出すことを伝え、それが承認されたとご自身の経験を語り、勉強する習慣形成は家庭との協力がなければできないと捉えられています。この点についてAさんは、家庭との連携について、「保健室便り」を配布したり、生活アンケートをとったりして進めていくと述べられ、Eさんは、家で調べることが学力向上に結びつくのはどの教科であれ間違いなく、遺跡や博物館など外出して学ぶ機会を豊富に持たせたいとの願いを聞き届けてくれる家庭を理想とされています。

 こういうように、家庭との連携が話題となるのをどのように評価するべきでしょうか。どのようなテーマでも、家庭との連携は流行のようにトピックとして出てきます。ただ、ワタクシからいえば、これは「逃げ」の姿勢です。テーマは飽くまで「学力向上のためにどんな努力をしているか」であって、家庭との連携ではありません。学力向上は教員一人ひとりの力にかかっています。とすれば、もっともっと、自分たちの指導能力向上の話題を中心に据えなければなりません。むろん家庭との連携は重要ですが、そうした語りやすいことばかりいっても、テーマからずれるばかりです。討論の後で申し上げましたが、教育内容の徹底的研究や教育方法の多様化について深めないと困るわけです。家庭との連携を標語や呪文のようにいったとして、それがなんの向上策になるのでしょうか。結局は、保護者に任すというわけで、教員としての提案の中身がありません。

 その点、次の発言者であったCさんは朝読書のことを取り上げられましたが、これも保護者との連携の一環としての朝読書の推進でした。本の選び方を保護者にしていただくというものです。学校で実施していることを家庭に知ってもらうのは、何度もいうように、大切なことです。しかし、このことをいうのは、なんとなく教員の仕事放棄のように聞こえてくるのですが、これはいい過ぎでしょうか。

 上に書いたCさんのご意見ですが、流れに乗る必要性からの発言であったかもしれません。このあたり、討論のむつかしいところで、協調性を評価基準にしているかぎり、どうしてもこうした「配慮」つまり「他者の意見を尊重する」態度をとろうとしてしまいます。それが、テーマに即して妥当であるかどうかが、その「配慮」をする判断根拠となるでしょう。

 ここでDさんは、英語の教員をめざす立場から発言されました。それは、Fさんがご意見された学習意欲と関連する内容だったのですけれど、「わからない」、「どうせやっても意味がない」と生徒からいわれた経験を報告してくださいました。その上で、そうした態度を諌め、放課後に一緒に学習をする声かけをされたそうです。

 ここでBさんは、先ほどの家庭との交流の話題に戻ってしまいまして、個人の目標に即したプリントやノート作りということを述べられました。この発言をはさみFさんは、Dさんが英語のことを話題にされたのに対して、小学校では総合学習の時間を活用してこれまで英語に慣れ親しむ授業をしてきたが、小学生のうちから英語に慣れ親しむことは、英語力の定着に有効であるといわれると同時に、ご自身が述べられた家庭で机の前に座る習慣形成について再度述べられました。

 このように英語を中心としていましたが、教科教育についての議論が登場したことに乗じて、Eさんから自発的な学習を促進するため、児童生徒が勉強している内容を発表する機会を設けると発言されました。さらに、グループで課題を発表する方法、課題をまとめる力をつけること、発表に対する評価について触れられて、調べ学習の効果について主張されました。このご意見に同意されたEさんは、コミュニケーション能力の育成について読書の充実を挙げられ、Cさんのご意見ともリンクさせました。Eさんは、活字離れ、読書離れを憂いつつ、ビジュアル面からの知識の吸収も現代では有効とされ、視覚的に歴史上の人物の魅力を伝えていくことができると提案されました。このように豊富な語彙を使って、ご自身の主張をはっきりと述べられるのは、好印象です。よく勉強されています。

 Dさんがここで、かなり刺激的な、問題意識を持った発言をされました。それは、朝学習は本当に必要なのだろうかとのご意見です。朝の読書や学習は、本当に必要なのか。Dさんご自身は不必要であると結果的に考えておられます。というのは、折角、児童生徒と接する時間に学習を要求するのではなく、この時間には児童生徒と綿密に接して信頼関係を深めるべきであり、いわば児童生徒と「お話をする」、「おしゃべりをする」時間にした方が適当なのではないかと述べられたのです。ここで児童生徒とコミュニケーションを図ることが、「なかよし」になる方策となるのであって、ひいては授業にスムーズに接続する時間になると想定されています。かなり、刺激的に「不必要」と断定的に発言されたので、集団の中では小さな嵐が起こったようでした。この朝学習に批判的なご意見に対し、Fさんは、たしかに小学校3年生ではこれまでに習ったことを復習する時間にあてており、児童生徒にとって面白くないかもしれないが、しかし、基礎を定着するためには有効であると応じられたほか、もう一点、講師として実感のある反対意見をいわれます。すなわち、職員朝会です。朝、教員は会議をするわけであって、この時間は児童生徒と話すことができない。しかし、児童生徒が教員の「監視」のないまま過ごすとなると、安全性の問題がでてくる。5分、10分程度は教室にカンズメになっても、朝学習をさせておいていいのではないか、とのご意見です。なるほど、理屈に合った説明でしょう。Eさんからは、朝学習の意義について読書活動を例にしてDさんに応答されます。Eさんは、朝に読書をするのは、学習に直結するというだけでなく、ここで集中して本を読むことによって、読書習慣がつくといわれます。そうした意味で朝に読書の時間をとるのは有効であると述べられます。これも、合理的なご意見でしょう。

 さて、いささか刺激的なDさんのご意見に対して、合理的に対応しようとしたEさんとFさんのご意見でしたが、みなさんはどう考えられるでしょうか。

 D、E、Fさんのやり取りの中に、講師の方とそうでない方との違いがあらわれていました。Dさんのご意見がまったく評価を得ないかといえば、そうでもありません。Dさんなりになんとか発言しようとした姿勢はいいことですし、討論を盛り上げようとしたところに、積極性を確認できるからです。討論終了後、個別にDさんには申し上げましたが、内容が内容だけに、表現に工夫して述べるべきですね。問題意識としては、たしかにコミュニケーションがなかなかとれない学校の現状を打破するひとつの方策です。しかし、朝学習を学校の公式なそして力を入れている行事に採用している場合もあります。もしもそうした学校の校長先生が面接官であったならば、「勝負あった」となりますよね。そのあたりのことを注意し、オブラートに包んで婉曲的にイイタイコトを主張するようにしたらいかがでしょうか。

 Aさんからは、この話題に関して、読書に親しむほか、話し言葉の「向上」にもつながると発言されました。つまり、これは敬語の問題です。本を読むことによって、言葉が磨かれ、話し方も丁寧かつうまくなります。そうした効果を朝学習における読書はもたらすとお考えです。話し方を教える機会になるということです。Fさんは、こうしたご意見に触れて、ディベートでクラスのことを話し合わせることを提案されました。これも話し方を高める「学習」になりますね。

 Dさんはここでまた、どのようにして学力を高めますかの問いに即しつつ、「みなさんはどのくらい勉強してますか」と、集団に対して提起されました。これに対して、勉強ではなく「趣味」(?)の領域とFさんは不思議な断りを示しつつ、土日に教材研究を必死にしている旨、伝えられました。Eさんは毎日、新聞を読むなどして、幅広い知識を吸収し、日々自己を高めていると回答され、日々の営み全部が勉強であると述べられました。ここで時間が来て、集団討論は終了です。

 さて、いかがでしたでしょうか。当日は、討論終了後、傍聴の方々に意見を求めるほか、ワタクシの方から、参加者一人ひとりにコメントをしました。そのコメントは、上の討論再現においても少し書きましたが、もう少し厳しいことも伝えております。

 今回の討論の反省点は、なんといっても、「学力をどう身に付けさせるか」という問いに真正面から答えていないところにあります。たとえば、学習指導要領ではどのように書かれているでしょうか。「総則」には、議論するべきポイントが多々あります。「各教科等の指導に当たっては,児童の思考力、判断力、表現力等をはぐくむ観点から、基礎的・基本的な知識及び技能の活用を図る学習活動を重視するとともに、言語に対する関心や理解を深め、言語に関する能力の育成を図る上で必要な言語環境を整え、児童の言語活動を充実すること」。言語活動は読書のところの議論で登場しましたけれども、思考力や判断力についてどのように身に付けさせるべきなのかは議論されていません。

 また、「各教科等の指導に当たっては、体験的な学習や基礎的・基本的な知識及び技能を活用した問題解決的な学習を重視するとともに、児童の興味・関心を生かし、自主的、自発的な学習が促されるよう工夫すること」についてはどうでしょう。体験学習については、討論で触れられていませんね。

 このほか、隅をつつくと、イッパイあります。教育方法論について、たとえばティームティーチングについてもなければ、個別指導、繰り返し指導ほか、指導体制と指導方法について煮詰めていない…。学習指導要領を読むことと、それを生かして「血の通った教職教養」を自分のものとすることとは、まったく違います。

 いや、昨日は、珈琲会が楽しかったです。驚きの事実あり、再会あり、で、盛り上がりました。ははは。

 いやいやいや、まだ秋です。時間はあります。みなさん、がんばりましょう。

(2008年10月11日)

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