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浩の教室・第6期 第1回(通算197回)勉強会の模様

 先週の土曜日は、今季初の勉強会にみなさまご参加いただきまして、ありがとうございました。まずは、お忙しい中、勉強の方法や参考書についてお話くださったM先生、ありがとうございました。この教室を卒業されて、楽しく、一所懸命がんばっていいらっしゃる姿をみて、安心しました。教員生活のイロイロをお聞きする時間がとれず、申し訳ありません。

 それから、珈琲会には、S先生とF先生にご参加いただきました。S先生、ご無沙汰しています。一昨年のいまごろは、発表前でドキドキしていましたね。いまは楽しそうに日々の生活を送られているご様子で、安堵しました。また、いつでも珈琲会にお越しください。それからF先生。F先生は、下のライバル関係に登場するF先生です。F先生も、お忙しい中、ご参加いただき、ありがとうございました。修学旅行のお土産までいただいて、ありがたいことです。来春からのシゴトに備え、英気を養ってください。といっても、現在、講師でいらっしゃいますね。高校生の指導は大変でしょうが、期末までがんばってくださいね。

 さて、第1回の勉強会では、まずM先生にレジュメを配布いただき、受験生時代にどのように勉強していたかを簡単にお話いただき、その後、質疑応答となりました。さすがにはじめて参加される方が多く、ほどよい緊張感もあって、活発とまでにはいかない質疑応答ではありましたが、参考にはしていただけたと思っております。スイミングスクールまで通っていらっしゃったんですね。合格された方は、努力されているということを、実感しました。

 次に、今年の夏に実施された大阪府・市1次試験の最初の問題についてレジュメを配布しつつ解説いたしました。ここでは、各教科と教育領域とのちがいを中心に、各選択肢の詳細な解説を加えました。また、大阪府における教育行政事情について、時事的な議論もありました。教育と家庭環境、経済環境との関数についての議論も、わかってはいながらナマナマしく伝わってきました。厳しくツライ家庭環境が子どもを通してワタクシたちに伝わってくるわけで、そこに希望をどのようにして灯せるのか。教員個々人の力でそれを灯せるかどうか、ちょっと難しいながらも、それでは行政がどこまで手を尽くしてくれるのか。イロイロと考えるべきポイントが出てまいりました。

 過去問の検討につづいて、ワタクシの方から、講義を行ないました。時間的な問題から、今回は半ページだけでした。すいません。まあ、じっくり時間をかけて、教育時事的なことと教育原理的なこととを擦り合わせて勉強してまいりたいと思っております。みなさまよろしくお願いします。

 最後は集団討論です。討論のテーマは、「みなさんは、どのような教員をめざしていますか。議論してください」でした。この模様につきましては、次回の更新とさせていただきます。今回の討論は、集団討論に慣れている方といない方との差があったようで、発言回数に隔たりがありましたね。もっと積極的に手を挙げていただきたい討論でした。討論時間は20分間です。討論参加者は6名、仮にA〜Fさんといたします。

 最初に発言されたのは、Dさんでした。Dさんは、テーマの「めざすところ」をまずは一人ひとり報告しましょうと音頭をとり、学校で児童生徒は学習の出来不出来に悩んでいたり、生活の問題や人間関係に悩んでいたりしているもので、それに対して高いところからではなく、児童生徒の立場に立ってアドヴァイスができる教員がめざすところであると述べられました。Cさんも、同様のニュアンスがありました。児童生徒一人ひとりに寄り添うことのできる教員です。これは児童生徒から信頼を得るということを意味しており、そうだとすれば一人ひとりの個性を尊重しなければならない、となります。こうした意識から、「寄り添う」との言葉がCさんから出されています。10年後も、「先生〜」というところをめざされています。Eさんは、「あの先生やったら、わかってくれる」といってくれるような教員を提示されました。Eさんご自身、個々の児童生徒の家庭環境の把握に努め、何でも相談できる信頼関係を形成したいと抱負を述べられました。

 Aさんは、児童生徒のいいところをみつけて伸ばすことのできる教員を挙げられました。自分自身を振り返ってみて、ピアノの表現方法をめぐり、自分の心を表現するよう指導を受けたことが、このように教師像を提示する根拠になっているようです。Bさんも、信頼される教員でした。学習面において、わからないところを素直にたずねてくれるような存在になりたいと発言されました。Fさんは、一人ひとりの児童生徒に誠実に接することを挙げられました。そして、児童生徒が抱えている悩みの解決に向けて指導を持続する教員をめざしているといわれます。

 ここで、発言が一巡し、では、クラス担任として、どのようなクラスを作っていきたいか話し合いましょうとDさんが提示され、安心できるクラスを作りたいとめざすところを掲げられました。お互いに励ましあえて、助け合えるクラスへと導きたい意欲がありました。その際、教員だけがそうしたクラス作りに参与するのではなく、クラスの児童生徒にも協力を求めてクラスを作っていくと主張されます。これがめざす教員のクラスの作り方のひとつであるということです。このご意見を引き継ぎ、Cさんは、児童生徒に協力を求めたり、助けあったりするほか、クラスの輪にはいってくる工夫をするべきであるといわれます。「みんな遊び」を展開して、遊びを通して輪を作るということです。たとえクラスがグループ化しても、それぞれのグループに声かけをし、集団形成に努めると発言されました。

 Fさんは、この「遊び」に関連し、積極的に外遊びに誘う姿勢を教員として持ちたいと述べられます。元気に1年間一緒に生活を送っていく仲間たちとの意識を、外でみんなで遊ぶことによって形成しようとするわけです。一緒に遊ぶことを通して、児童生徒がお互いによいところも見出せるし、よいところを益々発展させるような人間関係を作っていくこともできると主張されました。それは、Aさんのいわれる「心をひとつにするクラス」ですね。学級開き直後のいわばぎこちない児童生徒の関係性をどのようにして解消するか。Aさんは、お得意のピアノ演奏でみんなで歌をうたって輪を作っていくと抱負を語られました。

 ここで観点が変わり、信頼関係ということが議論に登場してきたけれども、それをどのようにして作り上げるのか具体的な方法に討論が推移しました。Dさんは、約束を守ること、えこひいきしないことを挙げられ、信頼を勝ち取っていくと述べられます。これは基本的な教員としての姿勢ですね。

 つづいて発言されたのは、Cさんでした。Cさんは、児童生徒から信頼されるには、どのような態度をとればいいのか、それは児童理解、生徒理解を深めることによると主張されます。具体的には、「いいところ探し」の実施であり、短所にはあまり触れないようにし、児童生徒一人ひとりの「あ、こんなところがあったんや」を多数発見することからはじまると述べられます。それが、クラス作りに関しても展望をもたらすとお考えです。Eさんも、児童生徒をよく知ることは大切であるとCさんに同意し、児童理解、生徒理解を深めるために、「日記」を少なくとも週2回は書かせると提案されます。週末における家庭の様子が「日記」に書かれていれば、児童生徒の生活環境を知ることができるし、そのことが指導においての基盤形成にもなると発言されました。また、「日記」が児童生徒との話題作りの元となるので、活用したいと述べられました。

 Dさんは、EさんやCさんのご意見に同意されつつ、両参加者がポイントとしているクラス形成に関し、個性尊重を再度とりあげ、他者と違う意見を持っていると排除されてしまうという、いわば日本的な精神の構造を打破し、人間の考え方には違いがあることを認め、その上で、いいクラスを作っていくとご意見されました。Eさんは、意見ということについて、学年がすすめば、意見を持っていてもそれを出しにくいことがあると指摘し、担任として「みんなちがってみんないい」の雰囲気をクラスに醸し出せるよう努力すると発言されます。Dさんは、ここで、いいところを認めてクラスがよくなった事例はありますか、と投げかけられました。

 Cさんがこれに応じ、道徳教育の実践例で答えられます。「私のいもうと」を読み聞かせたところ、泣いて聞いていたこと、いじめが絶対に許される行為ではないということ、そうしたことが伝わったということです。ここでは、読み聞かせをしたときに、クラスの全員がしっかり聞く姿勢ができていたということ、ここに「いいところ」を認め、クラスの問題意識に変質があったと説明されました。こうした道徳の問題については、Eさんからもご意見があり、「されていやなことはしない」を鉄則とし、クラスにトラブルが発生したとして、それがどうして起こったのかの原因究明にとどまらず、まさに「されたらどう思う」を個々の児童生徒にぶつけて自分自身の問題として捉えさせるとの主旨のご意見を展開されました。

 たしかに、Dさんがいわれるように、いじめはその芽が小さいうちに摘むべきですね。とすれば、最初の話題に戻りますが、児童生徒をしっかりみつめる観察眼が教員に要求されます。特定の児童生徒を呼び出して聞くほか、ある程度、さぐりをいれるような声かけも、Dさんがいわれるように重要でしょう。

 Cさんは、イジメに対して絶対許せない態度を持つことが何よりも大切であると強調されます。ここでのCさんの発言はすごく力強く聞こえました。イジメは差別をも生む問題であって、いじめた児童生徒を絶対に許さない強い意思がCさんから感じ取れました。天然パーマの児童がいじめられたケースを挙げられて発言されていたのは、具体的でよかったです。叱るときは叱り、ほめるときはほめるのメリハリある態度をもって指導していくと付け加えられました。ほめるという点では、Aさんは、元気なあいさつができたときにほめると追加発言されました。一緒に給食を食べているときに、児童生徒の心情理解をすすめるよう注意を払うとも述べられたのを最後に、20分間の討論が終了しました。

 さて、いかがだったでしょうか。今回の集団討論の問題点、反省点は2つあると思われます。

 ひとつは、学力保障について、ほとんど触れられていないことです。どのような教員になりたいですか、とのテーマに対して学力をちゃんとつけてあげることのできることといった意見が登場しないのはどうしてでしょうか。上で再現した議論内容が大切でないわけではありません。児童生徒との信頼関係を形成せずしてクラス運営は充実しません。しかし、学校生活の大半を占めるのは授業です。この時間を充実させる、つまり学力をつけることについて語っていないようでは、評価は厳しいといわざるを得ません。府教委にしろ、知事にしろ、学力向上が大阪府のひとつの、そして、大きな課題であると捉えているのに、話題としてほぼ挙げられていないとすれば、大きな失点になります。

 もうひとつは、討論の形式的な側面です。この再現を読まれた方はおわかりのように、AさんBさん、Fさんの発言がほぼありません。それぞれ2回、2回、1回なのです。これは、はじめて討論なるものをやった方がいらっしゃる関係上、致し方ないところではあります。6人で集団討論をしているのに、討論後半は3人でやっている印象でした。また、討論終了後、この点について問題にした方がいらっしゃいました。Cさん、Dさんは、「討論の最中、どうしようか迷っていた」とあとでおっしゃっていました。まあ、この問題は、討論実践の回数を重ねるごとに解消していく類のものでしょう。ただし、個々の参加者にあっては、発言をしっかりできるように準備しておかなければなりません。それが、今後の勉強するべきこととなります。

 また、今週末ですね。ご参加のみなさま、よろしくお願いします。

(2008年10月4日)

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