勉強会のお知らせページへ 勉強会報告一覧ページへ  勉強会申し込みページへ


浩の教室・第6期 第6回(通算202回)勉強会の模様

 本日は、当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。例によって、大阪府1次試験過去問の解説からはじめました。今回検討したのは、児童虐待の課題です。20年4月施行の児童虐待の防止等に関する法律の解説を中心にすすめつつ、具体的な虐待事例をみなさんから提出していただきました。実際に悲惨な事例が挙がり、これが集団討論とも通底する話題となったようです。

 個々の選択肢のポイントをおさえて下さるとともに、大阪風のいい回しに対応できるように備えてください。

 次に、議論のたたき台としての教育学講義をいたしました。本日で6ページ分終了しました。また次回、新しくペーパーを配布いたします。ここでも面白い議論が出て、よかったです。問題解決学習を巡る現在の教育界の状況がわかりました。問題解決学習の是非はあるものですね。教育方法の発展のためには、教育目的である「生きる力」を育成するとの立場から、まだ深められなければならないですね。問題解決学習に適する教科、適用が難しい教科、教員によっては従来型の教育方法をいまだ採用しているということなど、イロイロな議論のポイントが出てよかったです。

 最後に集団討論でした。この模様は、次回更新でお届けしますが、今回はテーマに即した議論が継続しましたけれども、古い殻を突き破るようなものではありませんでした。しかし、それは極めて高度な議論になります。しかも、解答がない。まあ、どういうようなところがポイントになったのかは、以下、示します。

 今回の集団討論のテーマは、「家庭での学習習慣の確立についてどのように考えていけばいいでしょうか」でした。これは、よくあるテーマなのですけれども、今回は、討論終了後の議論においても、また、珈琲会でも、討論の問題点について反省的ディスカッションがつづきました。ポイントは2点ありましたが、これについては再現を済ましてから述べることにいたします。さて、このテーマに、6名の方が20分間で挑戦してくださいました。例によってA〜Fさんとして、その発言の主旨を再現してまいりましょう。

 第1発言者であるCさんは、テーマを確認され、なぜ家庭学習を定着させなければならないのかと問い、家庭学習をすべき根拠を問題にされます。Cさんご自身は、学校で習ったことの反復学習のために家庭における学習が意味を持つと述べられ、教育実習で小学校6年生に体積の求め方を指導した際には、おうちで計算ドリルをさせた経験を語られました。Bさんは、復習することによって、もっと勉強がしたくなるように導ければさらによいと付け加えられます。Eさんも、学習が遅れている児童生徒がいたとすれば、その定着は是非とも必要であるし、そのためには家庭との連携をしっかり結び、学級通信も活用して協力を仰ぐとご意見されました。保護者との連携に関しては、Dさんは学校で宿題をわたしたとして、ちゃんとやっているかどうか、家庭でもチェックしてほしいと述べられます。

 家庭との連携が議論に登場してきたところで、Aさんは、家庭で我が子をほめてやってほしいと主張されます。学習習慣の確立のためには、ほめる指導は欠かせないだろうとの立場です。Fさんからは、宿題だけで、家庭学習はいいのかどうか、とのご意見がありました。Fさんは、問題提起的な発言が目立ちますけれども、もう少し発言内容を深めた方がよいでしょう。単発的な質問を集団に投げかけるのは、それはそれで効果的なことはあるのですけれども、まずはテーマに即して自分自身の見解を述べるのがスタンダードです。とりわけ1巡目ではそれがいいと思います。

 Cさんは、このFさんの発言を受け、宿題のほかに小テストを学校で実施していると披露され、不規則動詞の一覧表を覚えてくるなど家庭でできることを指示すると応答されました。Eさんからは、自由研究ですね。課題やテストのやり直し、宿題ほか、自由研究は児童生徒のやる気を刺激します。Bさんは、体育科をめざされており、なかなか家庭学習と体育との関連性を述べるのに苦心している様子でしたが、家庭でちゃんと椅子に長い時間座るためには体力が必要であることを指摘し、体力サポート的なアプローチを学校で指導したいと抱負を語られました。Dさんは、宿題はこなすべき絶対条件であるが、このほかに、苦手でうまく解答できないもの、および、発展的なものをも家庭学習でしてほしいものとして位置付けられています。そして、宿題や自己設定課題をやってくれば、「ごほうびシール」をはったり、カードを配ったりするなど、外発的な動機付けによる家庭学習の定着をめざしておられます。Cさんは、これまでに登場したご意見に触れ、家庭との連携が自主的な学習の確立におおいに影響することに賛同されました。さらに、家庭における保護者と児童生徒とのコミュニケーションをとるためにも、家庭学習の必要性を認められており、たとえば、文章を読んで、「つまることなく読めた場合」には、評価カードに判子を押してもらい、学校ではうしろの黒板に公表し目にみえて児童生徒の成長が確認できることを実施すると発言されました。

 つづいての発言者はFさんでした。家庭学習を定着させるためには保護者の立場を理解することがなによりも大事であるとされ、何時間勉強したのかチェックしてもらう役割もあると述べられました。Dさんからは、実際には、家庭であまり宿題をしない児童生徒もいるので、こうした児童生徒をどのように支援すればいいのかと、問題を提出されます。そうしたとき、Bさんがいわれるように、自分にあった目標の設定が必要なのかもしれません。自分の力で達成しうるものを判断し、それをクリアすることによって、学習意欲も高まります。目標の自己設定は、しかし、児童生徒にとってはそう簡単なものではないし、低い目標設定をしてしまうこともあるでしょう。そのときこそ、教員の腕のみせどころとなりますね。

 Dさんがいわれたことを受け、Aさんは、たしかに宿題をするようでしない児童生徒もいることに同意され、生活を整えることが学習習慣の定着につながると指摘し、家庭学習の定着も、生活リズムに左右されるとお考えです。それゆえに、学校で、忘れ物をしないなどルーティンチェックを採り入れ、学習意欲の向上に変化球で対応しようとされます。AさんもBさんと同じく体育科志望なので、このテーマに接近するのに苦しいのはよくわかります。その上でなんとか意見を絞りだそうともがいていたような感じでした。でも、それでいいのですね。討論の時間中、イロイロと考えることが、のちのち必ず役立ちますから。

 さて、家庭における保護者のアクションについて、Cさんから発言がありました。宿題ほか課題をするのはなぜか、それは自主性を培うためである、とほぼ解答的な発言を前置きにし、次に、保護者に私たち教員は何をお願いすればいいかを語られます。すなわち、「宿題をしている我が子を見守ってください」であり、「ほめてください」であり、「がんばっている姿に関心を持ってください」なわけであります。そうした保護者への指示をいつ話し合うのか。Eさんは、担任を持ったとして春4月の懇談会のときに協力を求めればいいと提案しました。家庭の事情でその協力がうまくいかないケースでも、休み時間の指導をしっかりして、なんとかつなぎとめるとの主旨の発言をされました。つまり、Fさんがいわれるように、保護者と担任と児童生徒との三角形の関係性の密度をどのように高めていくかが、家庭学習の定着におおきくかかわってきますね。

 Cさんは、ここで新しい話題を出されました。議論が煮詰まりかけているときに、新しい視点を用意するのは、グループ討論の再活性化を促します。その切り込み方に「テダレ(=熟練)」を感じました。Cさんは、夏休みの学習に言及されたのです。夏休みといえば、家庭学習がメインになるわけで、この1ヶ月の在り方に、家庭学習の確立は大きく依存するでしょう。教員の目がいったん遮られるからです。勉強する時間を何時間にするかなど、1日の計画表をできれば保護者とともに児童生徒が作成し、その際に、保護者が「朝の勉強は夜するより3倍の効果がある」というよういっしょに考えて、すずしい朝に勉強を済ませて、昼から遊ぼうと具体的に計画するわけです。こうした仕掛けを教員が保護者と1学期のうちに話し合えば、かなりスムースにいくでしょう。Bさんも、1日、1日の時間配分を通して、長い休み全体を把握することが学力の向上につながるだろうと付け加えられました。Eさんも同断であり、規則正しい生活が、みのりある学習とその定着を促すとお考えでした。

 ところで、Aさんが述べられたように、家庭によっては、非協力的な態度をみせる場合もあります。こうした場合に、どのように対応するべきでしょうか。この問いこそ、後に議論となった問題点なのです。さすがに、このAさんの問いに、真正面から応答した勇気ある討論参加者はいませんでした。それはそれで仕方がありません。では、Aさんの発言に対する評価はどうなるのでしょう。討論の進行を見守っている面接官は、ここで一時の中断があった、あるいは、議論の区切れがあったと認定するでしょう。集団討論では、討論参加者に、後につづくような発展的意見が述べられることが期待されます。つまり、他者への刺激的意見が要求されるということです。

 次の発言者Dさんは、この点、保護者とのやりとりに限定して話を進めようとされました。非協力的云々というところをポケットにいれて、保護者対応そのものを継続して議論しようとしたわけです。うまい切りかえしであったと思います。塾で指導経験があるDさんは、保護者との相談の機会について披露され、そこでDさん自身、児童生徒の状況報告、たとえば苦手と得意な教科についてなどに触れ、苦手克服の方策を具体的に提示したと発言されました。

 うまい具合に実際の討論ではつづいたようにみえました。しかし、シコリはあるものです。ズバリと指摘したAさんの「保護者の非協力的態度」に対して、Dさんの言及はありません。それだけこの手の話題はタブーなのでしょうか。どうしても、家庭教育批判になる話題なので、「そうだ、そうだ、家庭が悪い」、「教育の第1義的責任は家庭にあると教育基本法も規定しているぞ」と心の中で思っていても、それを表現して、面接官にどう捉えられるかは別問題ですからね。だからこそ、Eさんの発言にみられるように、春4月に保護者と厚い信頼関係を形成したい、学習面にせよ、道徳面にせよ、家庭で直してほしいところを伝える、となるのです。Fさんの注意である、「面談の際に、保護者に一方的に要求するのはよくない」も正論でしょう。Bさんの保護者の意見をしっかり聞き取り、コミュニケーションを豊かにするというのも、同断です。

 こうしてみてくれば、先のAさんのご意見がどこかに消えてなくなっていることに気付きます。そして、それでいいのです。応答しづらい発言にこだわって何かいおうとすると、墓穴を掘ります。しかし、現実の家庭の在り方にメスを入れようとしたAさんの発言そのものは、思い切った勇気ある発言であったと、ワタクシなら評価します。面接官も社会的現実は知っています。家庭によって教育姿勢がぜんぜん違うことも承知です。だから、Aさんのご意見が消えたとして、それをことさら集団討論における協調性の評価項目の問題としてあげつらうことはないでしょう。個人面接では別ですが…

 最後にCさんが、Fさんがいわれた教員と保護者と生徒との関係性を深めること、連携協力を強化することについて具体策を述べられ、討論は終了しました。すなわち、学校行事の効果的な活用について述べられ、懇談会とはことなった場面で関係性を高めていこうとするご意見でした。

 さて、上に書きましたように、このテーマのアポリアは、家庭環境の違いを正面から捉えて議論していいのかどうか、というところにあります。「家庭における学習習慣の確立」どころか、現実には食べるものも食べられない家庭があります。討論終了後の反省でももなさんからご意見が多々ありました。父子家庭、母子家庭の抱える問題、これは学習習慣というような高度な要求以前の問題を抱えているケースがあるということ。また、過去問ともかかわりますが、数パーセントかもしれませんが児童虐待家庭も現実にはあるということ。こうした家庭にどのように教員はアクションするのか、しないのか。また、こうした多様な家庭環境を前提として議論するべきなのかどうか。いま、雇用環境も厳しく、現実にリストラされ、収入源を大幅に断たれた家庭が大阪市内にはたくさんある。生活そのもので精一杯の家庭そして児童生徒に家で勉強しなさいというときに、その言葉を支える根拠をどこに求めるべきなのか。

 こうして考えてきて、このテーマでは2段構えで議論するべきなのか、との見解をワタクシは示しました。豊かな家庭を前提とする議論と貧しい家庭を前提とする議論と。しかし、これは現実を見据えた議論形成にはOKかもしれませんが、生々しいこのような「区分」をして採用試験で討論するなど、想像もできません。家庭の現実を無視して語るのは、上滑りの議論になるという批判はあるでしょう。だが、どうでしょうか。理想を語り現実を無視する討論が虚しいものであることは頭では理解していても、夏の採用試験本番で、自分の人生がかかっている試験会場で、上記のようなことを主張できるかどうか。誰しも避けるのではありませんか。

 これに回答はありません。勉強会や珈琲会で、みなさんと一緒に、地道に考えていきましょう。

 さて、次に、「第3の方策」があるのかどうか、ということが討論傍聴者から出されました。というのは、第1に、児童生徒への声かけとともに、保護者とのコミュニケーションを厚くすることで家庭における学習習慣の確立はある程度可能、第2に、NPOやいきいき指導員の協力を得ながら、家庭と連携していき、これまた学習習慣の確立に総合的に取り組むという方策、こうしたことは発言内容として浮かぶけれども、次がない、ということです。まさに「第3の方策」がない、というのです。

 これは本当にそうですねー。宿題を出すのは家庭における学習習慣の確立をすすめる古典的手法です。こうした発言は受験生なら誰でもできます。これ以上の支援方法があるのかどうか。学習以外の知的活動の紹介をするとのご意見もありました。生涯学習社会とのかかわりから、家庭学習を考えるというスタンスもあります。さあ、ここをご覧のみなさんも、一緒に考えてみてくださいね。

 さて、今回の討論の再現は、これでほぼ終わりです。最後に言及しておくことは、討論終了後の反省で登場した話題を記しておくことでしょう。その中でも、参加者の同意を得た指摘は、「わかりやすい授業」ということでした。これがどのようにテーマと接続するのか。今回の討論の内容は、ややもすると家庭との接続という制度の方策をどう検討するかに傾きがちだったのですけれど、このご意見は、自分自身の授業実践の反省、そして授業力の向上をはかることが、児童生徒の学習内容の理解と学習意欲の向上につながる、というものです。

 いわば外的な方策ではなく、内的なつながりを求めるご意見といえるでしょう。児童生徒が内発的に学習しようと意欲するには、それそのものが面白くなければなりません。楽しくないことを児童生徒はしないものです。わかりやすく授業をすることが、児童生徒のやる気を引き出し、それがスムーズに家庭学習につながると考えるのは正論であり、今回議論に登場しなかった視点でした。ひょっとすれば、これは当然と討論参加者が思っていて、盲点となっていたのかもしれませんが、後で指摘されると、やはり必要かつ大切な指摘です。

 とすると、「基本は大事」ということになるでしょうか。反省的視点を忘れず、足元からみつめ直すこと、これがどのようなテーマであろうと大切になるということですね。

 以上を踏まえて、あす、またがんばりましょう。あすの勉強会のテーマは、「生徒を犯罪から守るためにはどうすればよいか、議論してください」です。

(2008年11月9日)

戻る 浩の教室・トップページへ