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浩の教室・第6期 第12回(通算208回)勉強会の模様

 昨日は師走のお忙しい中、当サイト主宰第12回勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。久しぶりにご参加いただいた方、また、新しくご参加いただいた方いかがだったでしょうか。

 さて、当日は、いささかカリキュラムを変更いたしまして、今季初の「自己売り込みのツボ」を組み込みました。その代わりに、講義はお休みしました。あっという間に4時間は過ぎるものですから、なんとか他の項目と折り合いをつけつつ今後も実施してまいりたいと思っています。

 まずは、過去問の検討です。学力テスト関連の解説をいたしました。問題そのものは、それほど難しいものではありません。ただ選択肢が正答である根拠について資料を示しつつみなさんと議論しましたので、レジュメも10数枚、時間も1時間以上とることになりました。基本的生活習慣が定着している児童生徒の、国語や算数・数学の正答率が高いなどは既知の部類にはいりますね。「5ポイント」云々のところなどは、ある程度の類推が必要となります。選択肢に即しての考え方の前提に、そもそも学力テストを実施するべきか否かの議論に力点をおき、みなさんのご意見を賜りました。8対2くらいで学力テスト実施賛成派が多いですね。さまざまな思惑がありつつも、教員をめざすものでこの割合は、意外でした。現職の方だともう少し反対派が上回るでしょう。世論一般ではどうなんでしょうかね。

 つづいて、本来は講義をワタクシの方からするのですが、昨日はお休みし、代わりにNさんの報告となりました。「自己売り込みのツボ」です。「自己売り込みのツボ」とは、一人の報告者が面接官に3分間で自己を語り売込みするコーナーです。これは個人情報を含む報告になりますので、サイトでの公表は控えます。Nさん、みなさんからいただいたご意見やご批判を基に再構成してくださいね。具体的に書くこと、本当にイイタイコトを書くこと、情熱があふれるように書くことが肝要です。

 最後に集団討論でした。この模様については、次回、再現してみます。みなさんもっと参加意欲を高めてくださいね。やってナンボです。

 それでは集団討論の模様を再現していきましょう。今回のテーマは、「保護者が最も学校に求めていることは何か」でした。このテーマに5名の方が挑戦されました。時間は20分+αです。端的な解答を先に示せば、「保護者が最も学校に求めているもの」=「学力をつけること」と「友達とうまくやっているかということ」となります。集団面接では、こうした解答がパッと出てくればいいのですが、討論ではそれだけでは困ります。どうしてそうなのか、どうすればそうした要求に応えられるのか、が語られなければなりません。さらに、なぜそうした保護者の要求が出てくるのかの分析的発言があれば、さらによいですね。とすれば、討論の構成は、「テーマ確認」⇒「どういうことを議論するかの問題提起」⇒「学力をつけること」と「友達とうまくやっているかということ」⇒「なぜそうした要求があるのか」⇒「どのようにそれぞれの要求を実現するか」となるでしょう。

 20分間の討論で、多面的に議論するには、この2つの軸以外にもまだ議論するポイントはあります。一体、なにが登場したのでしょうか。議論をご覧ください。

 まず発言されたのはBさんで、テーマを確認された後、イロイロな保護者からの学校に対するニーズを出し合いましょうと討論参加者に呼びかけました。Bさんご自身は、ノッケからテーマに対する厳しい切込みをされまして、それが難解さを討論自体に与えてしまいました。すなわち、保護者のニーズをどのように実現するかや保護者の要望と学校の方策との間にズレがあること、そのズレを確認する必要とどう解消していくかが学校をめぐる課題となっていること、を提示されたのです。もちろんこうした問題を学校をめぐって存在するのはわかります。しかし、ここは第1発言ですし、この問題意識はもう少し後で提起された方がよかったように思われます。最初にむつかしい問題を提出されますと、討論参加者が萎縮するからです。

 この厳しい切り込みを省いて、Bさんが最初に示された保護者の要求のみを述べられた方がベターでしょう。すなわちそれは上の2つのうちの1つである学力を身に付けること、です。さらにBさんは学力テストにも触れられ、それが討論全体に影響を与えることになりました。

 つづいてEさんが入学当時や小学校であれば3年生時にクラス替えを児童が経験することに触れ、保護者はクラスに適応できるか心配するとみておられます。それゆえにクラスにしっくりなじめるような要望が出されるだろうと述べられました。これは、上の2つのうちの1つである「友達とうまくやっているかということ」を解答としてあげているといえます。そこにクラス替えを含めた変化球的な発言といえるでしょう。Cさんは、保護者は基本的な生活習慣の確立を求めていると述べられました。これも要望のひとつにはちがいありません。はやくも「2つの軸以外にもまだ議論するポイント」が登場したわけですけど、基本的な生活習慣の確立は、保護者の本質的な要求ではないような気がしますし、本来、保護者自身が、つまり家庭が責任持って実現すべき項目でしょう。ただそれでも、モンスターペアレント的な要求がワンサカある現実において、まだしも許容範囲にある保護者からの要求であると位置付けられますね。

 Dさんは、印象的な発言の仕方で、保護者の求めているものは安心であると述べられました。保護者にあっては、「先生は我が子をちゃんとみてくれているか」不安であるとDさんは解釈されているわけで、それを安心という言葉として表現されました。この安心という言葉は多様な想像をワタクシたちに抱かせます。あるいは、いじめられていないか、あるいは、ちゃんと勉強についていっているか、あるいは、登下校中、安全であるか、などなど、精神的安全から物理的安全まで含みこみますね。

 Aさんは、Bさんと同意見であり、学力向上が保護者の最大の要求であろうと発言されます。ややもすると暗記教科であるがゆえに、はなっから興味がないと捉えられる節のある歴史であるが、なんとか興味を引くよう授業に工夫を凝らしていきたいと抱負を語られます。さらに、キャリア教育にかかわる議論も提供されました。

 Bさんは、Aさんと意見の一致をみたわけですが、もうひとひねり、各家庭の生活と学力との関係にまで議論を発展させられます。また、Eさんのご意見にも賛同され、児童生徒間の信頼関係の形成についても言及されました。つづいてAさんが各家庭の生活と学力との関係性に応じられ発言されました。各家庭の生活とは、具体的には経済生活を意味しているわけですけれども、こうした濃厚なポイントは議論するのに骨が折れますね。各家庭の経済状況まで学校がなんとかできるかといえばできるはずもありません。けれども、各家庭の経済状況が学力と相関関係にあるのは明らかです。どうしても客観的な意見を述べるにとどまる議論です。

 Aさんは、学校と家庭とが連携して、地道な努力を重ねるべきであるとの立場で、たとえば勉強時間の確保などは家庭との連絡を密にすることによって担保されるとお考えのようです。ここから、家庭との連絡を具体的に電話やノートでするとのご意見が出てくるわけです。ただし、Aさんは高校志望ですから、生徒の主体性が発揮される方向で議論を進めるべきでしょう。連携は大切ですが、高校生ともなれば連絡帳でもないでしょうしね。自らの道を開拓していく主体的精神の兆しを高校生には期待するわけでして、そのあたりが小学校志望の方と捉え方が異なってくる点でしょう。

 つづいて発言されたのは、Cさんのご意見に同意されているEさんでした。基本的生活習慣の確立に関し学校はどのような支援ができるのか。Eさんが提出されたのは、食育でした。小学校には給食があります。生活習慣の確立は、3度の食事をちゃんとした時間に、しっかりととることだと述べられます。そうすれば、食事を軸にした生活リズムの習慣化が可能となるとのご意見です。

 なるほど、のご意見です。Eさんはさらに、「嫌いなものは食べさせないでほしい」とのモンスターペアレント的要望があることもご自身の講師経験から披露され、これに対しては児童生徒に給食センターに見学にいかせることによって解決すると具体的です。一所懸命に調理しているところを見学させて、児童生徒に好き嫌いをするべきではないことを理解させ、ひいては保護者にもそれが伝わるように広報していくと発言されました。

 ここでDさんが、Aさんの家庭との連携に関して保育士経験を踏まえたご意見を述べられました。そこでは、「上の2つのうちの1つ」つまり「友達とうまくやっているかということ」に関する具体的な保護者からの要望が多々あったそうで、保護者は我が子がちゃんと遊んでいるか、お友達とちゃんと保育園生活を送っているかが焦点になっていたということです。我が子の人間関係に悩みを持っている保護者像が浮き彫りになりました。このDさんの発言は、今回の集団討論において一番長い発言時間をとっていたものでした。3分近く話されたでしょうか、これでは面接官の印象は悪いでしょう。精々、1分にとどめてほしいですね。あまりながくしゃべっていると、自分自身でも何をいっているのか途中でわからなくなるケースもあるのです。本番は極度に緊張しますし、短い発言を繰り出す「手数を出す」との作戦の方が、あらぬ失敗をせずにすみます。

 Cさんは、基本的生活習慣にこだわりをみせる発言をつづけられました。早く起きて朝食をとるということがその主張の核心です。体育志望らしく、朝に炭水化物を摂れば脳が活性化すると解説され、こうした情報を家庭に配布する通信などに載せたいと意欲的です。

 ここで、Bさんがこれまたこだわりのある発言をされました。先ほども、保護者と学校・教員との間にズレを見出されたBさんですが、ここでは、大阪府民の教育的ニーズと学校に通う児童生徒とその保護者の教育的ニーズにちがいがあると分析されます。そのちがいは具体的にどのようなものであるのか、いまひとつはっきりしなかったのですけど、たしかに府民と保護者は、ベン図的にいえば位置的にも教育要求的にも重なり合う存在でありつつも、その教育要求はどこかで異なるでしょう。これはしかしむつかしい議論です。府民の要求は一体どのようなものを想定されているのか、ワタクシなどは重なり合う部分がすぐに浮かびます。府民も保護者も、やはり「上の2つ」を要求しているでしょう。学力でいえば、学力テストの順位上昇を府民も気にかけていると思われます。児童生徒の人間関係も円滑であるに越したことはないからです。このあたり、もう少しBさんの自論をお尋ねしたいところですが、20分間の集団討論で踏み込んでいい内容であるかどうかも反省的に捉えないといけないかもしれません。

 さらに、Bさんの議論では、府民と保護者と児童生徒の教育要求に学校がどのように対応するか、学力向上について掘り下げるご意見がありました。それは、保護者にあっては学力を評価する場合に一刀両断的なテストの点数を挙げるのに対して、学校は多様な評価スケールを用意しており、その差異にBさんは悩まれています。Bさんご自身の表現を書きますと、「学校で評価するポイントは別のところにある」とのことです。この「別のところ」とは具体的にはどのような断面なのかはっきりさせることが期待されます。ニュアンス的にはわかったのですが、ピシッと表現してほしかったところなのです。こうした理由からかどうかわかりませんが、Bさんの発言を深めようとするような後続のご意見があまり出ませんでした。

 つづいてAさんが適切な言語活動を保護者は要望しているのではないかと述べられて、新しい視点を提供し、議論をつなごうとしました。これは児童生徒の道徳観育成とも関わりを持ち、荒々しい言葉遣いを是正する指導を実践していくと語られます。このご意見も討論の中では単発的な感じで受けとめられました。集団討論の難しさがすごくあらわれているといえます。前の方の議論につながらないと、前の方の発言を無視したことになるし、煮詰めていくことになりません。しかも、煮詰める素材としてのご意見が煮詰めるに値するものであるかの判断を瞬時に行ない、同意あるいは批判でも意見を紡ぎ出す困難さを伴います。自分自身のご意見が討論の中でどのように評価されるのかに常に注意を払うべきなのでしょう。

 他者の意見に「同意する」発言は、「〜さんがいわれたように」の形で切り出すことが多いわけですけど、Dさんの安心について言及されたEさんは、集団登下校について話を進められました。地域の防犯意識を高める問題意識を発言の背後におきつつ、下校ルートの見守りの議論やイヌの散歩をしているときでもそこはかとなく見守り意識を発揮してもらいたい旨、主張されました。ここで地域の防犯意識が地域と学校の関係に議論転換し、Cさんから公開授業の提案が出まして、学校をどのように地域に開放していくかといった発言となりました。Dさんは公開授業から一歩すすめてオープンスクールの話題を提供し、児童生徒の普段の様子をできるかぎり公開しようとする意欲をみせられます。これは、Dさんがつづいて述べられたように、3者連携の議論を導き、学校の情報発信の議論にまで発展させられます。しかし、それはテーマを大幅に逸脱したものでもあります。

 Eさんは、学校の公開という視点でCさんやDさんと関連させながら、地域の方を招いたキャリア教育の推進についてご意見されました。児童生徒が進路を決定する際の参考になるご意見を招待した地域の方々から聞けるメリットを重く考えておられます。このご意見にAさんは進路先の希望と合致しないケースもあることを断りつつ、進路の方向性の示唆というスタンスで招待授業は実施するべきとのご意見がつづきました。進路ということでは、Bさんがいわれたように、アイマイなことが多いものです。進学であれば、保護者は偏差値一辺倒で考えてしまうワケですけど、それでは従来型のスケールと同じであり、教育評価上の発展がないとBさんは捉えられているようです。とすれば、なにが求められるべきなのか。これは、保護者の教育要求というよりもむしろ、教育に課されるべき本質的要求というべきものでしょう。しかし、これにはある程度解答が与えられています。それは、Bさんがいわれているように生徒が主体的に判断する能力なわけでして、例の生きる力になります。自らの道を自らが切り拓いていく尊い力なわけです。これは、Cさんの表現を借りれば、「社会に出たときに通用する力」であるのはいうまでもありません。ただし、Cさんにあってはその内容が変質させられています。これを社会に出てから恥ずかしくない態度をとることと実践的になり、基礎的なルールやマナーの定着を保護者が求めておりそれを学校が指導するということになっています。挨拶や遅刻の指導ということですね。このあたりの議論はかなりの温度差があって、噛み合い具合が微妙になっていました。

 社会で通用する力については、Eさんもその両方の意味で承認されていまして、ただそれだけでなく、児童生徒の可能性を伸ばす指導をたとえば自由研究などで実施していくと抱負を語られました。

 このあたりでだいたい20分を過ぎ、最後にBさんが、Eさんの可能性の議論を深めて、これを教科教育の力でどのように育てていくか、専門教育の意図とも絡ませての発言がありました。

 これで今回の集団討論の再現とそれに対してのコメントは終了です。行論中に散発的にワタクシからの個別的なコメントはいたしましたので、参考にしてください。あす土曜日の勉強会ですが、年内最終ですね。勉強会終了後にはゲストを交えて麦酒会といたします。気になる集団討論のテーマは、「教育の専門家として、教員に必要なことは何か、議論してください」という、これも今年度出題されたテーマです。ワタクシたちの過去の勉強会でも、経験したテーマだと思います。検索してみてくださいね。

(2008年12月20日)

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