勉強会のお知らせページへ 勉強会報告一覧ページへ  勉強会申し込みページへ


浩の教室・第159、160回・勉強会の模様

 この連休に、当サイト主宰勉強会を2回開催いたしました。昨日で第160回を迎えました。ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。両日とも、ほぼ同じ内容となりました。まず、答申の検討です。例の「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」を読みすすめています。だいぶんページ数が多いので、土曜と日曜と同一の説明をするのではなく、継続した形で読みすすめています。昨日までに、第3章まで検討終了しました。まだ少し時間をかけて、背景的説明を加えつつ講読してまいりますので、みなさま、お付き合いください。

 次に、「自己売り込みのツボ」でした。両日ともお一人づつ報告担当していただきました。まず、Hさん。Hさんは大学3年生。これまでの経験を書き綴り、売り込もうとされていましたが、経歴談になってしまったところが残念です。「こういう経験をして、こういうことを学んだ」から一歩すすめ、「だからこういうことができる」というようにまとめなければなりません。是非、「河内の河童」で売り込んでくださいね。昨日はFさん。Fさんも、もう少し売り込みの意識を強く持ちましょう。すばらしい経験と経歴の持ち主であるのに、それを披露するにとどまっています。もう少し力強く主張を展開してもいいと思われます。大学時代のボランティアの経験、インターンシップの経験ほか、そこから学んだことを、将来にどのように生かせるのか、生かせるものとして結晶化しているのか。そうしたところを面接官にぶつける必要があります。結構、押し強くいってもいいと思うのです。そして、Hさんも、Fさんも、「つかみ」を工夫することですね。自己紹介でもPRでも、また、ワタクシたちの「ツボ」でも、最初の数行が勝負です。

 前にもいいましたように、野球で1回の表に10点取られたら、ほぼ負けです。マージャンでいえば、東1局にハネ満を振り込んでしまえば、それで終わりに近い。さらには、将棋で序盤に歩を2つも3つも丸損すればおおよそ勝ちはありません。そういうわけですから、最初が肝心。全精力を注ぎましょう。それは論作文でも同じです。ちなみに、Fさんの「ツボ」は、その点、心得られていてよかったです。

 最後に集団討論です。今回の集団討論の模様再現は、第160回に実践していただいたほうを取り上げます。テーマは、「『ほめて育てる』といいますが、そのいい点と悪い点とあると思います。それらはどのようなものでしょうか。議論してくださいでした。このテーマに、「6名の方が20分間で議論されました。仮にA〜Fさんとして、それを文字起こししてみましょう。

 まず、Aさんがテーマを確認され、各々テーマに即し、よい点と悪い点を出しあいましょうと提案されました。Aさんご自身は、よい点として、ほめることで自尊感情が湧き、「できるんだ」との感情が定着することであるとされ、悪い点は、けじめがつかないことと述べられました。すなわち、学校では、必ずしもほめる場面ばかりではないので、叱るときもある、だからそのメリハリをつけることが教員にとっては課題となるということです。Bさんもほぼ同様に、ほめることによって学習意欲が増進するので、小さなことでもほめれば、次のステップにどんどんすすんでいけるというのがいい点であるとされ、悪い点は、ほめるという優しい行為が甘やかしになっていないかどうか、その判断がむつかしく、児童生徒の将来を見通さずに安易にほめれば、まやかしになることもある、という点でした。この問題も、教員の立場に立った際に起こる問題点ですね。

 つづいてDさんは、児童生徒の指導において、否定的な接し方ではなく肯定的に向き合い指導することがよく、その点、ほめる指導は基本となるといわれます。ただほめる際に、どこまでほめるのか、どういう点をほめるのかその目標設定が議論されるべきであると主張されました。小学生でも低学年と高学年ではできることは違います。高学年の児童に「ちゃんと服が着れてえらいね」とほめても、どれほどの効果があるのか、ということでした。Eさんもよい点は学ぶ意欲が増進することにほめる指導の意味があると捉えられています。しかし、問題点として、たとえば作文を書く時間において、作文そのものの文章技術などの方法・技術を習得させるためにほめる指導を展開するのもよいが、実は教員として実現したいことは、いかに作文に熱中させるかというところにあるのであって、「ほめる指導」によって児童生徒をそこまで連れて行くことができるかどうかにあるとお考えです。Fさんは、自己肯定感を育むためにほめる指導は効果的で、認められた、満たされたとの感覚が、学習の飛躍と向上をもたらすとまとめられました。クラスでも、「構われていない」という児童生徒が多い場合、ほめることが存在、自己有用感をもたらせ、児童生徒は何事にも自覚的に取り組んでいく姿勢になるとのご見解です。その一方で、なんでもほめてしまえば、「からかわれている」「当然のことなのに」といった意識も発生させてしまう可能性もあるのが悪い点であるとされます。また、ほめる指導は、児童生徒に「ほめられたからこれでいいんだ」というように、自分から到達点にきたと考えてしまい、次のステップへの移行を堰きとめてしまうこともあると指摘されました。Cさんは、このFさんのご意見を受け、学力面で現状維持にとどめてしまう危険性がほめる指導にはあるのかもしれないと発言されました。また、ほめるばかりでは、本音を伝えられない場合もあるので、表面的に当たり障りがない指導とはなっても、真実の指導にならない場合があるとご意見されました。もちろん、認められてうれしいとの反応が児童生徒にあるわけで、これが他の討論参加者も指摘されたようにほめる指導のよい点であると考えておられます。

 ここで、Dさんは、ほめる指導のマイナス効果について言及されました。学習意欲のみえない児童生徒にあえてほめるといけないかもしれないとのことです。このご意見は、Fさんのご意見と響きあうところがあります。安易に「上手にできたね」と声をかけてしまい、実はその声をかけられた児童生徒が「ぼくは上手にやってない」との自覚があるとき逆効果の指導となるのではないかとのことです。がんばっていない児童生徒には、叱る方がよい場面がありますね。

 Eさんも同様に、ほめるときはほめるが、何もないときにほめてはいけないと述べられます。ただ、中1ギャップについて指摘されたのはよかったですね。ほめるにあたり、要求が高くなるとほめられなくなって児童生徒の方では混乱が生じることもありますからね。

 これまでの議論を束ねてAさんは、ほめて育てる指導は、発達段階に即したほめ言葉が用意されるべきであるとまとめられました。Aさんは、特別支援学校をめざす立場から、作業に苦しんでいる児童生徒をなかなか待つことができず、ついつい手助けがはやいときがあって、「やあ、よくできたね」と声をかけても児童生徒は怪訝な顔のときがあったと反省の言葉を述べられました。

 つづいてBさんが発言されました。Bさんは、ほめる指導に対し、厳しさもどこかで必要とのご意見をお持ちで、それが緊張を生み、指導のスパイスになると述べられました。やる気をもたせる結果にもなると付け加えられます。そして、Aさんのご意見に関連し、発達に即したほめ方ということに言及されました。次にFさんは、ノート点検を実施したときのほめ方について報告されました。授業で勉強したことをイラスト入りでノート化していた生徒をFさんはみつけてコメントを書き、ほめたところ、該当の生徒はより一層、そのノートつくりを工夫したそうです。また、同じく実践例として、あまり授業を聞いてくれず寝ているときもある生徒のノートをみたところ、意外にも丁寧できれいな字だったので、それをほめたそうです。すると、やる気が出てきた結果を、これまた生んだそうです。ほめて育てるの効果が、この具体的なお話の中にあらわれていますね。

 Eさんは、みなさんの発言を聞いていて、成長を促すという点においてほめる指導のよい点を確認されました。その上で、児童生徒同士が授業ほかにおいて助けあい、お互いによさを認めあうことが期待されると指摘されます。その結果、たとえばいじめなどがなくなっていくのではないかと発言されました。Dさんも、このご意見に賛同を示され、ほめ、認めあうことの相乗効果、クラスのまとまりということについて発言されました。

 Cさんは、ここで、児童生徒の立場に立ち、彼らはよく教員をみていると指摘され、接し方の問題を提起されました。このほか、心が通いあえるような児童生徒同士の人間関係形成について触れられました。

 Bさんは、こうしたほめる指導を学校だけではなく、家庭でもすすめてほしいとの願いから、学級通信に、ほめる指導の実践例を掲載するのはどうかと発言されます。これに同意しつつDさんは、ほめる指導はいまや常識的になっているが、ただほめるといっても、ほめる種を用意しておくことが必要ではないかと問題提起されました。すなわち、Dさんによれば、児童生徒個々人の特性を踏まえ、「この子のこういうところをほめるため、その要素をあらかじめみつけておく」ということになります。Aさんはこれに付け加え、リフレーミングの手法も取り入れたいと発言されます。物事の見方を変え、ほめる機会を増やそうという試みです。リフレーミングとは、たとえば、「落ち着きがない」は「元気である」ということ、「静か」は「やさしい」ということ、このように見方を変えるとほめるポイントが出てくるということです。

 最後にFさんが、個性をどのように捉えるかとの問題を提示されました。個性を欠点とせず、プラスに認め、いい角度から教員がみつめることが、よりよい指導を可能にするとのご意見でした。

 ここでタイムアップ。20分間でほぼ20発言機会でした。

 討論の中に登場しなかったことといたしましては、みんなの前でほめるのか、後でほめるのかというったことや、いつも同じ児童生徒をほめてしまうことの危惧、ひいては、えこひいきの問題をどう捉えるかといったことが傍聴者から指摘されました。また、9日の議論から拾えば、個人内評価とほめる指導の関係性、ほめるのは容易だが見守るのは粘りが教員に必要、ほめると叱るを対立的に捉えていいかどうか、ほめられない児童生徒にどのように光をあてるか、ナンバー1よりオンリー1、などといったことが話題としてあがりました。

 さて、もう2月も中盤。4月からは、水曜日もみなさんと一緒に勉強しようと計画しています。水曜日は、淀屋橋近辺で開催します。内容的にはほぼ土日開催と同じですが、基礎を振り返りつつすすめてまいります。勉強の方法についても、なにがしかのアドヴァイスができればいいと考えています。

 うーん、風邪がはやっています。インフルエンザも。体調を整えられて、学習をすすめてくださいね。ワタクシも、自らを愛します。

 バレンタインデーですね〜 まだ14日じゃないのに、チョコレートもらっちゃいました。ありがとうございました。

 珈琲会には、久しぶりにKさんが登場。お土産もいただきまして、ありがとうございます。春からの教員生活、がんばってくださいね。理科離れを食い止める人材を、「浩の教室」から送り出すことができてウレシイです。あなたを採用しなかった京都は、見る目がないよ。

(2008年2月9、11日)

戻る 浩の教室・トップページへ