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浩の教室・第168・169回勉強会の模様

 ああ、もう、4月ですねえ。桜も咲いていますね〜暖かくなりました。先月29日、30日と勉強会にご参加いただいた方々、お疲れさまでした。今回から、すいぶん勉強会の内容が変わりました。かなり実践的になりました。両日ともに、プログラムは同じでした。もっとがんばってほしいものです。勉強は、しなきゃダメですよ。公務員の禁止事項や制限事項をいえないようでは困ります。

 プログラムの最初は、「自己売り込みのツボ」でした。3分間で自分を売り込むコーナーです。今回は、SさんとIさんが報告してくださいました。イロイロと厳しいコメントがつきましたけれども、それも愛情、是非、再考するのに生かしてくださいね。Sさんのツボは、いささかまとまりが苦しく、キーワードの「若さ」も、ちょっと的を射ていないような感じではありました。もっといきいき活動を通して得た知見と経験を文章化し心に響くものにするといいでしょう。粘り強さのところも、大学で実践したことを述べるのであれば、その詳細をすぐに説明できるように用意しておかなければなりませんね。「自分の書いた文章に責任を持つ」ということです。たとえば、今後、エントリーシートの文面を作成しなければなりませんが、そこに書いたことを、面接官につつかれても、ちゃんと答えきることができなければ、エントリーシートに書いた文面は、ウソといわれても仕方がないでしょう。それくらい大切な意味を持つものです。

 Iさんの報告は、国語科志望だけあって、文章はうまいものでした。説明もちゃんとしていました。問題は、抽象化しすぎて、児童生徒の顔がみえてこないということです。ちょっとこれはいい過ぎかもしれませんが、生徒とのふれあいなど、自分の実践を語ることによって、教員を目指しているということがはっきり伝わると思われるからです。発達段階に即した指導というのは、聞いてわかるにはわかるのですけど、パンチが足りません。それは、一人ひとりの個性を尊重する指導にしてもそうでしょう。具体的にどうすれば、発達段階に即した指導になるのか、個性を尊重する指導になっているのか、わかるように実践例を出すのが効果的です。ただし、大学4年生ですから、教育実習経験やインターンシップ経験の中から実践例を見出さなければならないので、少ない経験から絞り出さなければならないむつかしさはあるでしょう。しかし、それを考えることが、まだみぬ児童生徒と必死でやっていく将来像を模索することにもなるのです。がんばってくださいね。

 さて次に、集団面接でした。集団面接は、1次試験の一つの関門です。これは表現、機転、印象など、評価のポイントが多々ありますけれども、いい意味で面接官の心に残る受験生かどうかに尽きます。そうした工夫をした発言が求められます。はじめて集団面接をなされた方は、大変であったと思います。当サイトの集団面接は本番さながらです。

 これまでの合格者からいただいた受験報告を元に、どんな雰囲気であったか、どれだけの時間であったか、面接官に対する評価(たとえばどんな態度で面接をしていたのか、何人であったのか)をも踏まえて実施しています。本番とほぼ同一であるとワタクシは自信を持っています。いままで、もう、大阪府や市、京都、和歌山、奈良、兵庫、神戸、愛知、滋賀、神奈川ほか、ここ3年で150人以上は送り込んでいるわけでして、そうした受験生からの貴重な報告を元にしています。

 ひとつひとつの質問事項は、横の「よく出るかもしれない教採面接質問集」を参照してくださることを望みます。ここに書かれているすべての質問に対して、自分ならどう答えるかを200字でまとめることが、よろしいようです。当サイトの集団面接は、おもしろいですよ。そしてためになる。6名のグループが集団面接を受けますが、それに対して残りのメンバーが全員コメントします。それだけでなく、そのコメントをペーパーに書いて、集団面接の参加者に渡します。だから、いろいろな角度からコメントがもらえることになります。今回は、ひとり12、3枚のコメントを得られたと思います。ひとつの受け答えに対しても正反対のコメントがつくと思いますが、その中で共通して指摘されるところがあり、自分の欠点があぶりだされます。たとえば、いただいたコメントの中に「声が小さい」と6人も7人も指摘していたとすれば、それはほぼ面接官もそう感じることでしょう。姿勢にしても同じことがいえます。内容的にどうかというのも、そうでしょうけれども、1次の集団面接の内容面における最大のポイントは、「そつなく答えているか」というところにあります。これは、もう、印象の範囲内のことになるのですけど、しかし大事なことです。ある程度スラスラ、詰まることなく答えきり、しかも、短く答えていること、これです。当日にイロイロとワタクシの方から、1次集団面接のツボのようなことを述べましたので、それを参考にしてください。

 さて、集団討論は、土曜と日曜ではだいぶん違いがありました。発言機会(回数)だけでいいましても、土曜は20回くらい、日曜はなんと35回もありました。それだけ短い発言が積み重ねられた討論であったということを意味するでしょう。次に、日曜日の討論を再現してまいります。

 土日ともにテーマは同一で、「学校でどうすれば豊かな人間関係、友人関係がはぐくまれるでしょうか。豊かな人間関係とはどのようなものか指摘しながら、議論してください」でした。このテーマに、5名の方が20分間議論してくださいました。

 今回の討論で特筆するべきは、なんといっても、発言機会の多さでしょう。しかもいつも6名で実施しているのですけど、今回は5名であって、余計に一人あたりのいわば担当時間が多いわけですので、驚きなのです。全部で35発言あったということは、一人あたりの発言時間は少なくとも40秒以下でありまして、これは本番ではありえない事態でしょう。よいか悪いかといえば、よいの部類にはいる討論といえるでしょう。なぜ、これほどの発言量が20分間であったのか。それはやはり討論参加者一人ひとりの問題意識が高いということになります。よく、討論で空白の時間があることはありますが、手を挙げる行為が何回もかぶるのは、なかなかありません。

 どういう風に展開していったのか、まず、第1発言者のEさんから。Eさんは、テーマを確認し、テーマのたずねている「豊かな人間関係とは何か」を出し合うことからはじめましょうと集団に訴えかけ、ご自身では、自己と他者との考え方の違い、価値観の違いを認めあえる関係が豊かな人間関係であると述べられました。また、異質な人間関係つまり異年齢の他者とも共生していける関係も豊かな人間関係であると定義付けられました。Aさんはダメなものはダメ、よいことはよいと素直に伝えられる関係が豊かな人間関係であるとし、Bさんは、相手を思いやれる関係、助けあえる関係が豊かな人間関係であると述べられました。Cさんは、信頼できる関係と述べられ、それは、嫌なことを嫌といっても関係性が壊れない関係ということでした。Dさんも、こうした流れの中で豊かな人間関係を捉えられており、他者の立場に立てる人間同士の関係と規定されます。

 こうして、豊かな人間関係を自分なりに規定することから討論がはじまりました。ここで1巡し、Eさんが、では、どうやって学校の中でいま挙げられた人間関係を養っていくのかと「場の問題」を問題提起されたのです。Eさんご自身は、その場は授業であると、高校志望らしいご意見でした。授業で人間関係を形成していくことを主張され、教えあい、学びあいなど小さなことからスタートし、豊かな人間関係を形成していくと語られます。Aさんは、豊かな人間関係が信頼を基礎とするならば、お互いのよさを認めあえる関係でなければならないし、それを具体的には教員として「よいところ探し」をさせることによって実行したいと提案的意見を出されます。さらには、教員からみた各児童生徒のよいところをクラスメートに紹介し、個々人のよいところをクラスに波紋的に広げていき、それが重なりあうところに、豊かな人間関係が複合的に形成されると述べられました。こうした集団作りの場として運動会や文化祭があると指摘されたのがBさんでした。Bさんは、集団の力に着目され、それがパワフルなクラスこそ豊かな人間関係が生まれていると承認するべきであると考えておられるようで、結束や団結が豊かな人間関係がはぐくまれる前提であるとご意見されました。

 一方、Cさんは、ヨコの関係だけでなく、タテの関係も重視して豊かな人間関係を形成していくことが、ひいては豊かな人間形成につながると認識されており、委員会活動や高学年と低学年の合同作業、合同関係を不断に採りいれていくことがわたしたちの仕事になると指摘されます。Dさんは、養護教諭をめざす立場から、保健委員を通して上述に登場した豊かな人間関係がはぐくまれることを期待し、ご自身が児童生徒同士をつなぐ役割を担いたいと抱負を語られました。

 つづいてEさんが発言されました。Eさんは、同学年間の友人関係だけでは狭いし、異年齢集団で幅広い他者と関係性を結ぶことは豊かさを担保するのを承認され、その上で、教員が一歩さがって、児童生徒の人間関係形成を見守る態度も重要なのではないかと述べられました。Dさんもこうした児童生徒を信じて見守る態度に賛同を示されます。Bさんは、仲間同士を知るためにも、よく遊ぶことが期待されると述べられました。

 ここでAさんが、学級集団において豊かな人間関係を形成するためにはどうすればいいかという最初の問題意識に立ち返り、集団としての結束に関して具体的に話されます。それは日常の学校生活における発言機会を増やすということ、それは朝の会などの活用によって可能となると経験に根差したご意見を披露されました。とすれば、Cさんが指摘されたように、コミュニケーションにおける上手な表現力の養成が必然的課題となりますね。相手を理解しつつも、話を聞いたり、断ったり、自分のしてほしいことを頼んだり、こうした一連の意思表示を穏やかに、しかも、確実に伝える力量を形成しないと、豊かな人間関係は生まれないでしょう。

 こうしたコミュニケーション能力は、授業で培われるものであるというのが、Eさんの立場です。お互いにイイタイコトを伝えあうことは知的な土俵において活発化しますし、学びながら豊かな人間関係が形成されることこそ、教員として、醍醐味を感ずるときでしょう。Eさんはこの考え方の持ち主です。一方、Bさんは、授業だけでなく、特別活動における人間関係形成について言及されます。互いに助けあうという行為行動が一番あらわれるのが、特別活動であるとの認識からのご意見です。Dさんは、ボランティアや奉仕活動を通して、これまで接したことのない大人たちとも児童生徒がかかわりを持つことができ、人間関係が一層豊かになると、新しい視点を提供されました。Eさんは、こうしたBさん、Dさんのご意見を受け、学外に出ていき様々なことを実行すると、児童生徒の視野も広がると認められます。そして、そこで獲得された視点をどのようにして学内に生かすべきであろうかと提起されました。

 Cさんは、上の話題と関連付けつつ、ご自身のインターンシップ経験を述べられました。Cさんは、インターンシップ先の児童生徒の言葉使いが大変悪いことに鑑み、学校でこれをどのように解決すればいいかお考えのようで、その際、ロールプレイを採り入れるのが有効であろうと指摘されます。安易な言葉がけによって、相手がどういう気持ちになるのか、児童生徒に是非とも考えさせたいと意欲的なご意見です。Aさんは、講師の立場から、Cさんの問題意識を受け継ぎ、ケンカがあった後、どのように指導するか具体的に語られました。ケンカの当事者だけでなく、クラス全体の問題にこれを捉え直し、クラス全員が課題解決することが結束力の増進につながるし、ひいては、豊かな人間関係形成に資すると捉えられています。このように学級で問題を共有しあうことはBさんも指摘されるように重要であり、終わりの会で時間をとることも話しあいの場の設定として適当でしょう。

 Dさんは、ここで、家庭訪問について言及し、家庭に問題がある場合、えてしてその児童生徒の人間関係にも問題がある場合が多いと指摘されます。また、他者からの評価を気にする児童生徒が多い現状、グループ学習や集団活動に力点をおき、多くの人間そのものと触れることを期待されます。豊かな人間関係は、大人数の中でもはぐくまれるということの指摘ですね。また、Eさんが語られたように、障がいのある方を学校に迎え入れ、その方とのふれあいを通して自分と異なる立場の人びとの気持ちを理解する第一歩とし、障がいのある方をサポートすることから、自分自身も役に立つことがあるのだとの自己有用感を得させることも、豊かな人間関係をはぐくむひとつの方策であろうと発言されました。こうした試みが、児童生徒の社会への目を養いますね。Dさんは、障がいのある方とのふれあいのほか、異校種間連携も人間関係の広がりをもたらすものであると指摘され、総合学習の活用をそれにあてるといいとご意見されました。また、先ほどのご自身のご意見をふくらませ、保護者の考え方を学級に返すような実践が、児童生徒の問題を緩和し、豊かな人間関係形成に寄与するだろうと話されます。

 Cさんは、豊かな人間関係を形成するには、判断力の育成が重要であると新しい視点を提供されました。たとえば、廊下を走らない、私語をしない、といったルール遵守にしても、それを判断する力が備わってなければ、自主的に活動することができませんね。一人ひとりの児童生徒が、クラスや学校という集団生活を送る場で過ごしているわけですから、そこでの生活の仕方を判断力を向上させることによって整えさせるわけです。精神的な環境整備が豊かな人間関係を形成する前提となるとのCさんのご意見でした。Bさんも、社会に巣立つ前に養っておくべき内容であるとCさんのご意見に同意され、集団生活における協調性の育成が課題であるとまとめられました。

 Dさんは、いいことはいい、悪いことは悪いという意味での判断力の養成も、人間関係を深める上で大切であると発言され、素直に児童生徒同士がこうしたことをいいあえるように指導したいと述べられます。また、Eさんは、児童生徒の引き起こす多様なトラブルに対し、すぐに教員が対応するのではなく、むしろ、自分たちで問題解決するのを待つような生徒指導も、人間関係の深まりの上では大切なのではないかと指摘されました。雨降って地固まるの思想ですね。

 Aさんは、待つ生徒指導を認めつつ、なにも学級だけでトラブルが起こるわけではないので、問題行動に関する情報共有を教員間ですすめておくべきであると予防の観点を披露されます。それは職員会議で話される内容となります。Dさんは、この点、トラブルをよく引き起こす児童生徒は、友人関係を作るのが苦手であろうと想像し、だからこそ、教員が一緒に遊んだり、学んだり、接する時間を増やすことが必要であろうと述べられました。Cさんも指摘されたように、心理劇などの表現活動を採り入れるといいとの立場に立つDさんです。Cさんは、トラブルを自分の力で解決する児童生徒を育成したい希望をお持ちで、あまり「〜しなさい」とはいいたくないと、大学4年生らしい爽やかなご意見でした。Dさんは、Cさんのこうしたご意見に対応し、学童保育の経験から、悪さをした子どもに「こんなことをして他のともだちはどう思う?」と考えさせる指導をしたことを紹介されました。

 こうした、相手が何を考えているのかを理解するべく、道徳の時間を活用したいと述べられたのがBさんであり、道徳の時間に学んだことを学校の全体的な活動に生かせるよう指導したいと抱負を語られました。最後に、Eさんが、教員間の連携に触れられ、討論は終了しました。

 今回の討論は、内容も掘り下げも濃く、なかなか評価の高い討論といえます。イイタイコトをいいあえている討論でしたし、他の発言者の意を受け取り、次につながっていく討論でした。重層的な討論といえます。それでも、たとえば討論終了後の検討では、学級開きのときの指示などがないといった反省点が出されました。

 次回からは、討論のテーマはサイトに載せません。みなさん、がんばってください。更新遅れ、失礼しました。あす、あさっての勉強会にご参加予定のみなさま、よろしくお願いします。

 昨秋合格した当サイト勉強会の卒業生に、メールをお送りしました。いい日旅立ち、きょう4月1日、新しい気持ちで、ようやくめぐりあえた子どもと、生徒と、がんばっていってくださいね。返信いただいた方々もいらっしゃいます。ありがとう。また、いつでも珈琲会にきてください。そして、後輩たちの相談にのってやってくださいね。

(2008年3月29・30日)

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