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浩の教室・第172・173回勉強会の模様

 第172回、第173回の勉強会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。今回のプログラムは、新しく改訂された学習指導要領の解説からはじめました。小学校と中学校の資料を配布しましたけれども、小学校の総則を中心に、それを補う形で、道徳と外国語活動、総合学習、特別活動について説明し、中でもかなり変わったところの指摘をしておきました。お手元の15年一部改正版とつき合わせて、再度ご確認ください。なお、この新しい学習指導要領については、当然ねらい目ですので、1次対策でも問題として取り上げますね。なお、こちらの手違いがあり、配布し切れなかった方々、申し訳ないです。次回、持参いたします(すでに用意しました)。

 次に、集団面接です。両日とも、2グループに分け、実施いたしました。面接終了後に、お互い「カード交換」するのですけど、イロイロな見方があらわれていて、反省点が浮かびあがり、効果的ではないかと思われます。なかなか客観的な指摘が得られない中、こうしてお互い切磋琢磨することが、大切でしょう。

 外面的な指摘から、内容的な指摘まで、自己をみつめることが面接力を鍛えることとなります。場数で経験値を増やし、本番までに完成形を整えることが大切です。他者の面接を受けているのをみて得られることも大変多いです。いいところを吸収し、ダメなところを自分でもやってないかなと振り返ることです。そうすることによって、成長します。手を上げるとき声を出すとか、ボクといっていないか、無くて七癖ともいいます。そうした指摘を自分の力で克服することが要求されます。人は人をよくみてます。みなさんも、電車の中でよく人を観察するでしょ。ほんと、小さなことまで目にとまるものです。勉強会では、そうしたマイナスポイントを無くしていくことに主眼があります。というのは、実は、受験生は、どっこいどっこいなのですよ。ズバ抜けている方もいらっしゃいますが、ほとんどはどんぐりの背比べです。だから、エラーをなくすことが、「勝ち」につながるのです。

 土日開催では、小学校外国語活動のことについても質問しました。いっしょに勉強した学習指導要領がすぐさま思い起こされて、言葉にできましたでしょうか。自分の中に定着させることです。知識もそうですが、どういうように話すかということにポイントをおいてください。学習指導要領をそのまま棒読みのように回答してもあまり面接官の心は動かないですから。

 さて、集団討論を最後に実施しました。これは今後も必ずやりたいです。第1回の水曜会では、教員採用試験の概要を話した関係上できませんでしたが、次回はやりますね。今回のテーマは、基本に立ち返り、「生きる力」を主題としたテーマでした。

 大阪府は、どのような受験生でもはいっていきやすいように配慮した、間口の広い集団討論テーマを用意しているように、ワタクシは感じています。なぜなら、あまりに狭すぎる討論だと、何も発言できない受験生がでてくる可能性があるからです。また、その場合、特定の受験生の発言機会が増えて、討論の大きな評価ポイントである協調性を見極めることができなくなるからだと思われます。そうしたワタクシの推測から、勉強会では、ときに狭いイシュー、ときに間口の広いイシューというように、出題を分けています。一度、テーマだけを勉強会報告(討論再現)ページにて見比べてみてください。自分なりに、それぞれのテーマで何がいえるだろうかと考えてみた場合、いいやすい、戸惑ってしまう、両方あるでしょう。ナローなテーマの場合に戸惑ってしまうものですが、それを克服することができれば、間口の広いテーマは簡単なテーマのようにも思えてくるから不思議ですね。

 さて、今回のテーマは、おなじみの生きる力を主題とするものです。生きる力は知・徳・体の総合的な力をさしますから、これだけでも3点の議論のポイントがあるということになります。しかも、学力向上に躍起になっている昨今、全国45番目の評価を思い知らされた大阪府としても、学力向上は喫緊の課題といわなければなりません。そうであるとすれば、生きる力を地の立場から捉えた確かな学力という分析ができていれば、この討論は基本的枠組みができたことになる。

 そして、その枠組みに対して、何を教えるべきか⇒基礎基本そして応用としての思考力、判断力、表現力、どのようにして教えるべきか⇒具体的な教育方法論、みなさんの教育実践、というように語ることができます。

 さらに、知を離れて徳の問題に移れば、豊かな人間性ということを議論することができ、それは道徳をテーマにすることにもなるし、生徒指導の議論を深めることもできる。

 こういうように、ひとつの話題を攪拌し、多様な方向を提示することが、討論参加者の発言を活発にし、ひいては、集団としての好印象をも面接官に与えることができます。
 この生きる力を主題としたテーマに、20分間で5名の方が議論を重ねてくださいました。登場人物をA〜Eさんといたしましょう。

 さて、最初に発言されたのは、Cさんでした。Cさんは、生きる力の定義を語ることからはじめられました。自ら学び自ら考え、よりよく問題を解決する資質能力が答申や学習指導要領のおける表現であることを端的に述べられました。ここにご自身の志望である数学の教科的特性を絡めて、問題解決には判断力が重要で、その判断力養成に数学は貢献できるとされ、また、単に問題を解かせることに終始するのではなく、じっくり時間をかけても、あるいはかかったとしても、解決に導くことが大切なのであり、そうした努力が問題解決能力の育成・向上に結びつくと主張されました。

 Bさんは、いま、児童生徒を見渡して、自分で考える力が一番欠けていると分析されています。その立場からBさんは、学校生活のあらゆる場面で考える機会を設けることが期待されていると指摘されます。AさんはこのBさんのご意見を引き継ぎ、まちがってもいいから、自分の意見をいってみる姿勢が学校現場には必要であると述べられました。そうした動的な環境ができれば、生きる力育成も順調に行くことでしょう。Eさんは、生きる力を育成するには、まずは、きく姿勢を身に付けることだと主張されます。Eさんの主張する「きく姿勢」は、「聞く姿勢」ではなく、「聴く姿勢」という深い意味を込めて発言されたものでした。耳できくだけでなく、目でもきき、心でもきくとの「聴」の字を分解して、その部首すべてでもって「きく」ということです。そうした態度形成ができると、理解力は向上しますし、理解がすすめば知識やものの考え方が定着そして深化します。これは、読む聞く話す書くの言語の4機能の読むという行為が最初にあるのと関連しますね。

 Dさんは、体育志望の立場から生きる力育成にどのようにタッチするかを述べられます。生きる力は課題解決の力であるが、課題そのものを発見できなければ、その力も養えないとのお考えです。とすれば、体育の授業では、チーム分けし、たとえば野球にせよ、サッカーにせよ、どうすれば勝てるかを議論させるなど、勝つための方策=課題を発見させる生きた授業が成立するということになります。
 Aさんは、体育における生きる力が意見として登場したのを受け、健やかな身体を育成することも生きる力のひとつの課題であると発言され、それを学校教育活動全体においてどのように推進するべきかと角度を変えつつ、生活習慣の見直しというトピックを提出されました。健やかさは日々のちゃんとした生活が前提となるかぎり、たとえばあいさつを元気よくすることなどは、一番最初にするべき実践でしょう。それを児童生徒同士でも確認しあうことによって、学校の元気度があがりますしね。

 Bさんは、Eさんの「聴く」の主張に賛同し、音楽を指導する立場から、「音楽をきく」の「きく」に移行され、生きる力に内包される、美しいものを美しいと感じ感動する感性の育成ということを述べられました。そのためには、表現や発表する機会を多く用意、提供することが教員としての仕事になるということになります。そして、美しいものを美しいと認めあえる集団形成をめざすとBさんは強調されました。つづいてDさんは、生きる力は、教員の立場一般からいえば、児童生徒に自身を持たせることなのではないかと提案されます。いわゆる自己有用感や自己肯定感を自覚させる指導です。だから、できない課題があったとして、それをできるかぎり自分の力でできるように指導することが授業の過程に要求されると述べられます。すなわちそれは、「待つ姿勢」をどれだけ教員が持てるかどうかですね。

 Cさんも数学志望の立場から、数学も美しいものであるとBさんのご意見を引き継ぎ、三角形の合同の証明のことを簡単に話されその美しさを述べられました。さらに、計算ができるできないの話題においてDさんの議論と関わらせつつ、数学だけでなく総合的な能力としての生きる力というフレームを描いておられるようでした。生活に生かせる能力としての生きる力との発想は、特別活動や行事としての演劇活動においても発揮し活用できる能力ですし、そうした活動を通じて得られた能力が、また、他の活動領域にも生かせます。そうした能力こそが、生きる力というものでしょうね。

 つづいて発言されたのは、Eさんでした。Eさんは、Dさんの自身を持たせる指導ということに関連し、仲間で助けあって協力して物事を達成することも大切であると述べられました。それは、単に個々人の能力の向上をめざすのが学校教育の目標ではなく、クラス全員、あるいは全校あげてひとつのことをなすことができれば、協力して達成感を味わくことができますし、ひいては、おおきな、ひとりではできそうもない課題を解決するには「みんなと力をあわせてやらないと」といった感覚を生みます。これは社会に巣立っていくことになる児童生徒において是非とも持ってほしい自覚です。こうした考え方からEさんは、集団活動の充実を指摘されたわけです。

 自信を受け付けるということでは、係活動を児童生徒に自覚を持ってあたらせ、責任を果たさせることによってクラスメートから信任されるということもあるでしょう。これを指摘されたのがAさんでした。責任感を持たせることにもなります。また、Aさんは、友達のいいところをみつけることも、自信を持つきっかけを友達に与えることにもなるので実践してみたいと抱負を語られまして、さらに、教員がほめる指導、本人の自覚していないいいところの指摘なども、本人に自信を持たせることになると主張されます。

 ここで、Cさんは、テーマの分析から別の観点を提出されました。それは、生きる力は、社会人として生活していくのに結びつく力であるとの指摘です。生きる力は答申でそのいわば原質が書かれてあります。Cさんは最初の発言でそれを述べたわけですが、ここで、ご自身の「生きる力」解釈を述べられたといっていいでしょう。高校志望のCさんらしく、社会に巣立っていっても役に立つ能力との観点から生きる力を捉え直されています。それは社会で自活できる自信という観点では、これまでの議論とつながりを保っていますし、この後の議論への問題提起ともなりました。すなわち、社会に巣立つということは、進路の指導をどうすればいいかという学校の課題となりますし、また、どのような職を選んでいいかわからないとすれば、キャリア教育の話題になります。こうした話題提供型の発言は、集団に対する貢献度が高いと評価できます。

 こうしたCさんの話題の提供に刺激され、Dさんから実践報告がありました。Dさんは、耳の不自由な子どもたちにサッカーを指導するボランティアに従事されています。障がいがあっても、将来、社会で健常者とともに生きていくかぎり、健常者との交流が欠かすことができないとの姿勢から、指導しているサッカーチームの登録を、一般の登録と同じくして、交流を深めようとされています。これは、先ほどの、社会人として生きていく力の養成を障がい児教育の分野において、地でいく指導の報告となりますので、討論に自己の教育経験をうまく1コマとして挿入するご意見であったと評価できるでしょう。Bさんは、進路指導に関連し、高校に進学するにあたり、はじめて進路を考えるようになった生徒も多いと中学講師経験の実感からご意見され、総合選択制が用意されていることなど、高校進学に関する情報提供することが教員に期待されていると述べられます。進路を考えることは、一人ひとりの生徒がキャリアを考えるきっかけにもなると指摘されます。

 Aさんは、小学校でもキャリア教育は実施するべきであると主張され、イロイロな職の人と接することが求められており、キャリア選択を考えることが生きる力の育成の上でヒントになるとお考えです。いろんな大人がいて、いろんな働き方があるということを小学生の段階から認識させる学習を提供する意気込みですね。Eさんは、キャリア教育が話題化しているのをつかみ、ご自身の民間経験を武器に話を進められました。働いてきたこと、働く内容を民間で仕事をしてきたことを元に児童生徒に伝えたいと。具体的にはPC関係のお仕事のわけですが、プログラミングの仕事とはどういうものかということを伝えたいようです。Dさんは、児童生徒の保護者の仕事を児童生徒自身が理解することからはじめるとよいと主張され、それが親子の会話を生むことになるし、さらにそれを学校で発表するとの作戦を立てておられます。

 Aさんは、Eさんのいわれたことから、IT社会化している現状、IT教育も実施するべきであると方向を少し変えられて議論をつづけようとされました。

 と、ここにきて、IT教育、情報教育という議論になっていったわけですけれど、いささか迷走しているような感がないでもありません。「生きる力」の内容がある意味で何でも包摂していることから、キャリア教育をひとつの話題とするのは、間違っているとはいえません。しかし、かなりそこに力点がおかれ過ぎると、「生きる力」の本来的な議論を無視することになるでしょう。

 というのは、生きる力を育成するためにこそ平成10年に設置されスタートした総合学習についてほとんどご意見がありませんし、横断的、総合的に学習を進めるとの視角から発言があったかといえば、これまたないのです。やはり、重要項目を欠落させたままでは、討論に対する評価としては苦しくなります。これを修正し舵取りできる方がいなかったのが残念です。しかし、こうした展開が討論時間も終盤の15分くらいのときにあらわれたので、なんともしようがなかったのかもしれません。そうした意味では、なにも討論で結論が要求されているのではないのですから、思い切ってテーマに今一度立ち返る発言があってもよかったと思いますよ。

 そうしたことに気づかれていたかどうか、Cさんは、変化の激しい社会に対応する能力というようにみなさんのご意見を読み替えて、しかし、教育における不易として、人間関係を築く能力が是非とも必要であると議論の建て直しをされました。人間関係を築く能力は、クラブに入っても養われるし、学校行事を実施するにおいても養われます。Bさんがこのご意見を受け、伝えあう力も生きる力の主要部分をなすとの考え方から、児童生徒のコミュニケーション能力の不足を嘆かれ、これを育成するための授業、との指摘をされました。Aさんは、コミュニケーション能力の育成は、他人の気持ちがわかるということが前提となるとし、痛みを知った経験の多い児童生徒ほど、他者理解が深くなるので、多様な経験を児童生徒にさせてみる学校の計画が要請されると述べられます。それは、Cさんがいわれるような、リーダーを決めて活動するようなことでも育成されます。たとえば合唱コンクールのような集団活動もそうでしょう。目立たない児童生徒があるいは力を発揮することもあるでしょう。また、自然体験の中でこうした他者理解がすすみます。これはEさんのご意見です。自分が生かされている存在であることを心をむなしくして知り、また環境の保全も自然と向き合うことで理解でき、さらにはその具体例としての水質調査など、Eさんのご意見は貴重なものでした。

 これで20分間が終了です。5名で実践し、全23発言機会。1発言あたり55秒といったところでしょうか。スピード感がありました。

 今回、議論された内容的にいいますと、キャリア教育に流れすぎていたところが反省点です。議論に登場しなかった、横断的、総合的に生きる力を育成するとの観点、総合的な学習の時間について、次回は生かすようにしてください。その際、新しい学習指導要領の規定=小学校では第5章を下敷きに主張されるとよいかもしれませんね。

 今回の討論は、第173回の議論の再現、つまり日曜日の再現でした。1週間に3回勉強会を開催している関係上、どの討論を再現するかは、ワタクシ、浩の方で選ばせていただきます。さすがに全部文字起こし作業するのは、大変です。ご容赦くださいね。

 ところで、5月25日の勉強会は、「1分間スピーチ大会」といたします。この日の勉強会にご参加される方は、スピーチ用の原稿を用意して挑んでくださいね。また、25日に参加できない方々のために、他の日も用意します。水曜日にもいたします。よろしくお願いします。どの日に開催するかは、ここで周知するとともに、ご案内のメールを差し上げ、喚起します。

(2008年4月12・13日)

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