勉強会のお知らせページへ 勉強会報告一覧ページへ  勉強会申し込みページへ


浩の教室・第178・179回勉強会の模様

 この週末、勉強会にお集まりのみなさま、お疲れさまでした。土日のメンバーと水曜会のメンバーとが交流し、刺激をお互いに受けられたようで、なによりです。試験本番ではどのような方と一緒のグループになるかわかりませんし、はじめてお会いする方と議論を重ねることは、いい経験になります。

 さて、土日ともにカリキュラムは集団面接が2回、個人面接がおひとり、集団討論が1回でした。このところ、こうした実践的練習を繰り返しやっています。みなさんの上達がみてとれて、ワタクシとしても、今年こそ合格率100パーセントが可能かと期待しています。去年が完全合格7割、一昨年が8割と順調であって、今年こそはすべての方の合格をと意気込んでいます。

 集団面接では、新しい学習指導要領に関する質問事項も取り入れつつ、20数分間の実践です。みなさん、面接のポイントはもうお分かりのことだと思います。最大のポイントは集中力ですね。

 新しい学習指導要領からの質問は、今後もたずねてまいりますので、しっかり読んでおいてください。他の方がいわれてしまった感想を述べないように、やはり全貌の変更点を知っておく必要があるでしょう。このことについては、自分でまとめるのも当然ですが、勉強会で、面接のときに、「あ、そんなこともあったのか」と気づかされることも多いでしょう。そうしたいわば「耳学問」も大切です。竹島とかね。この竹島の明記は、学習指導要領解説編における記述です。

 さて、個人面接では、Nさん、かなりまいってしまったようですが、だいじょうぶですか。この時期になりますと、勉強会参加者のみる目も肥えてきて、厳しい指摘が相次ぐこともあります。多様な批判をいただけることに感謝しつつ、それを乗り越えるほかありません。結構、あたっているものです。自分ではこれでいいと思っていても、他人からみればそうでもない、という事態がよくあるものです。冷静に批判的指摘を取り入れ反省し、次回に生かすほかありません。一方、日曜日に個人面接を受けられたFさん、がんばりました。ご自身で早口との自覚があるようで、そこをどうするべきかですね。しかし、これは、必ず直ります。講師経験を積まれて一回り大きくなられたFさん、今年の栄冠を大きく期待しています。

 上記のお2人(もちろん集ってくださるみなさん全員なのですが)、合格させないと眠れません。

 さて、最後に集団討論です。こちらは、みなさん土日両日の実践ともにうまかったです。議論のポイントは、出尽くした感があります。この21日の水曜会でも同じテーマで実施しました。

 討論のテーマは、「片や硫化水素による自殺、片や白鳥を撲殺するという事態、命の大切さは希薄になっているといっていいかもしれません。教育は無力なのでしょうか。議論してください」でした。このテーマに、5名の方が15分間で挑戦してくださいました。仮にA〜Eさんとして、その発言論旨を追っていきましょう。

 最初に発言されたのは、Bさんでした。Bさんは、テーマにあるような自殺や事件について感想を述べられました。そして、「自分の命やから死のうとどうしようと関係ないやろ」という発言を取り上げられ、これは通用する論ではないといわれます。自分の命は自分のものであるけれども、その命のために、イロイロな人が関わっているということを忘れた発言であるからと述べられます。Cさんは、人との関わりの大切さをもっと自覚しなければ、命の大切さを理解できないのではないかと発言されます。また、最近の新聞から、一度は自殺を考えた大人が2割いること、しかもこの数字が、誰にも相談せずに自殺しようと思ったという数字であることに驚いたと話されます。このことから、仲間作りの指導を充実させるべきだと教育論に結び付けられました。Dさんも、児童生徒との相談機会を増やすことが重要であると指摘し、授業以外の場でも、友人同士協力的な活動をするべきであると述べられました。

 他者理解が命の大切さを自覚するポイントであるとされるAさんからは、道徳の授業で自他の関わりについて指導し、自尊感情とともに他者理解を深めるよう展開すると述べられます。Eさんは、自他の尊重という観点に絡み、コミュニケーション能力の育成を挙げられ、命の大切さを自覚する指導にまでつなげていくと発言されました。

 Aさんは、命の大切さの指導について一貫して議論を深めたい立場から、「あなたの代わりはいない」ということを是非とも伝えたいと述べられ、Cさんは、生と死は隣り合わせにあり、生命の誕生についてその感動を話すなどして「生」そのものを意識させたいと強調されます。Eさんも、生まれることの喜びと悲しみを具体的に語って理解することを児童生徒に期待して、幼い頃からのアルバムを題材とした授業を展開したい旨を主張され、一人ひとりの命の大切さに迫っていくようです。アルバムのことが出ましたが、Aさんは、体験活動にこうした命の大切さの指導を膨らませ、老人ホーム訪問や異年齢集団における命の大切さの指導、そして幼少連携も実施してはどうかと具体的な提案をされました。

 一方、Dさんは障がい者と付き合っていく機会も設けて、障がいのあるないにかかわらず、人間総長していく態度こそ重要であると述べられます。体験活動ということでは、Cさんは、飼育活動を挙げられ、Bさんは、家庭と協力しながら命の大切さの自覚を深めていくとご意見されました。もちろんここには、「我が子が生まれたときの感動」を保護者が語るということも含まれています。この点、Eさんは、保護者の「我が子が生まれたときの感動」を文章にし、広報するのもよいと指摘されました。Cさんも同じ立場から、生まれたときの体重、名前の由来などなど、生まれたことはすごいことなんだということの児童生徒への深い自覚を期待する指導例を挙げられました。

 Aさんは、人間も動物も生きているが、植物もそうであると幅を広げて議論にし、さらに食べるものから命の大切さを議論するため、食育について述べられました。Dさんは戦争体験のある祖父母にそのときの食事のありがたさに触れてもらうとどうかといわれ、Bさんは、「いまの子は、魚の切り身がそのまま泳いでいると驚く認識を持っている」と紹介しつつ、他を殺して人間は生きているいわば業の深い存在であることの自覚を求めるよう提起されます。Cさんもこれを「いただきます」の2重の意味を踏まえて説明されました。命をいただきますという意味と感謝の気持ちとですね。食育の観点でEさんは、食べ残しを注意すること、叱ることも教育のうちであると述べられ、最後にDさんが調理の問題、食べるものができるまでにはイロイロな方が関わっているということを述べられて、議論が終了しました。

 今回は短い時間ながらも、出てきてほしいなと面接官が期待するトピックがほぼ出ていてよかったです。空白の時間帯もありませんでした。

 このほか、議論に登場していない話題を日曜や水曜の議論から拾ってみますと、言葉の乱れで「死ね」といった言葉が横行していること、解決できない悩みが死と直結する事態をどうするか、しかもそれがストレスとなって自分より弱いものに向うつまりいじめになるとどうするか、ゲームにおけるリセットと死の関係、命が奪われる事件の起こる学校、学習指導要領の規定に関わり道徳の公開授業・ディスカッション、ストレスマネージメントについて、学校における居場所、生きていて楽しいと思える話題を語ること、生死を扱った小説を読んでみよう、外部の教育的資源の活用、自分の思いを言葉で伝えること、道徳教育推進教師の役割、集団活動の充実などなど、多様なトピックがありました。

 同じテーマで3回やれば、議論の種は出尽くした感があります。今回は、日曜日の討論も水曜日のものも、聞き応えがありました。みなさん、ここにきて「血の通った教職教養」が身についてきたようです。

 25日は1分間スピーチですね。いい一日にしましょう。

 みなさん、ここにきて、素晴らしい成長を遂げています。この調子でがんばりましょ。

 さて、エントリーシートの添削ですが、みなさんから原稿をいただいています。順次返信します。完成原稿までみっちり付き合いますので、がんばってくださいね。「いいものを提出したい」との声に応える添削、これが「浩の教室」添削の自慢です。勉強会に参加できない方のお申込も受け付けています。

(2008年5月17・18日)

戻る 浩の教室・トップページへ