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浩の教室・第6期 第16回(通算212回)勉強会の模様

 本日は、当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。講義、自己売り込みのツボ、集団討論と、いつものメニューをこなすことができました。自己売り込みのツボでは、今回からおよそ2名の方に実践していただいています。希望者がいないなら、再チャレンジもOKですので、意欲的に取り組んでください。そろそろ1次試験の集団面接対策も導入しなければなりませんね。これまた聞いているだけでも勉強になること受け合いです。人物対策は場数です。何度もやって自信をつけることです。がんばりましょう。

 それでは、先日実施した集団討論の模様をお伝えします。テーマは、「学校で盗難の被害が相次いでいると想定してください。学校全体としてみなさんはどのように対策を立てられますか。みなさん全員が同じ学校の教員であると仮定して議論してください」と、ちょっと長いものでした。これに6名の方が20分間で議論してくださいました。仮にA〜Fさんとして、再現してまいります。

 最初にDさんがテーマ確認の発言をされ、そこから2つの方針を立てられました。ひとつは、「なぜ、盗難が起こるのか」。もうひとつは、「盗難の防止策」です。このふたつを論じていきましょうというように討論参加者の同意を求められ、そして承認されました。そしてまずひとつめの課題に対して、盗難が起こるのは、児童生徒が多額のお金や高価なゲーム機ほか、不必要なものを学校に持ってくるからであると指摘されました。FさんはほぼこのDさんのご意見に賛同されつつも、高校ではクラブ費のように高額の現金を持参する可能性があることも私たちは理解しておかなければならないと、補填的な発言をされました。Cさんは、児童生徒が自分自身の持ち物をちゃんと管理できていないところに問題点があるのではないかと述べられました。これに対し、Eさんが、もちろん管理の問題はあるものの、朝、保護者から封筒入りでお金を預かって学校にきた児童生徒がいれば、ただちに教員が責任を持って預かり直すのが注意ポイントであると指摘されます。これは、Bさんのいわれるように、児童生徒自身の管理の甘さを是正する管理方針といえます。またBさんは、ロッカーなどを想定されていたと思われますが、カギをかけていない管理の仕方について教員がちゃんと指導するだけでなく、児童生徒の問題でもあることを話されました。また、Aさんは盗難をするのはどのような意識からなのかを見定めようとされ、人の物を盗ったら犯罪になるとの当たり前ではありますが、児童生徒にとっては場合によっては無自覚なこうした意識を変えていくことに教員としての役割があるとご意見されました。

 このような討論の滑り出しであったのですけど、どちらかといえば、「なぜ、盗難が起こるのか」の分析が、児童生徒の心理に還元して捉えるご意見として捉えられているのがわかります。Dさんの問題の立て方は間違っているわけではありませんが、他の方も、テーマを深く読み、トピックがこれでよいかどうか吟味するご意見がもう少しあればよかったでしょう。必ず第1発言者の提示されたテーマへの接近方法にうなずく必要はありませんし、足らないあるいはこうしたことも議論すべきということを追加してもよいわけです。

 全員の発言が一通り終わり、Dさんはそれをまとめて自己管理能力をいかに要請するかが教員としての私たちに期待されていると発言されます。つづいて、学校の内部で盗難が起こるのは、児童生徒同士で盗ったり盗られたりであるケースが多いけれども、学校外から侵入してまさに犯罪としての窃盗が起こる場合もあると指摘し、いずれにせよ安全管理の問題としてこのテーマ全体を捉え返すべきであると述べられます。Eさんは、不必要なものを学校に持参しないのはいうまでもなく、大切なものなのに盗られてしまう油断について話されました。Bさんは、児童生徒同士で盗む場合が多いのはなぜかと問われて、「目の前にお金がある状況」を挙げられます。いまの児童生徒には買いたいものがいっぱいある。目前のお金があればそれが買える。じゃ、盗ってしまおう、との心理が働くのではないかと分析されます。これと同時に、Bさんは、いじめから盗まれることもあるだろうとみておられました。Aさんは、お金だけでなく、たとえばCDプレーヤーなど貴重品がなくなることもあるといわれ、こうした盗難=犯罪の発生の背景に、経済的貧困の問題や心の問題がひそんでいるとされます。特に後者については、ストレスが盗難の引き金になっているかもしれないとの指摘を付け加えられました。

 つづいて発言されたのは、Fさんでした。Fさんは、Aさんの議論を受け継ぎながらストレスを減らすには教員からの働きかけのほかないと述べられました。そして体育教員志望らしいご意見として、教室移動する際に貴重品は自己管理することを強調されました。Eさんもこのご意見に同意され、施錠について話されると同時に、担外の先生にお願いして見回りをすることも一手段であるといわれます。Dさんは、自分のものは自分で守るとの管理能力の向上をダメ押し的に述べられ、例をひとつ挙げられました。それは、カバンに定期をぶら下げていて盗られたケースであり、これはぶら下げること自体に問題があると指摘されます。自分のものは自分で守るの主旨は、防犯に最善を尽くす児童生徒の意識の向上といっていいでしょう。盗ってくれといわんばかりの管理状態ではいけないということですね。

 Bさんはここで、盗難といじめの関連性について再説されます。Bさんは、もちろん盗られてしまうのに自己責任の問題はあるが、特定生徒が何度も盗られるようなことがあれば、それはいじめの可能性があると指摘されます。これはたしかにそうで、学校全体としての対策をどう講じるべきかまで、議論を進められる発展性を持っているトピックといえますね。それだけに、この話題が他の討論参加者に共有されなかったのはちょっと残念でした。Cさんは、いじめがあって盗られるほか、盗ることに罪悪感を持たず、気軽に盗ってしまう場合もあると話され、たとえば傘立ての傘をすぐもっていってしまうようなケースがそれに妥当するといわれました。だからこそ、Dさんのいわれるように、「他人のものは触らない」といったメッセージを周知させることが大切なのでしょう。よくある盗難のケースで、Bさんの出されたいじめの問題と関わりあうのは、靴です。靴は隠されやすく、単なるふざけた行為と捉えがちですけれども、いじめの最初の一歩でしょう。学級会で、こんなことをしてはいけないと考えさせる指導が必要とDさんは述べられました。

 小学校志望のDさんに対し、Bさんは高校志望です。こうした志望校種の違いによって、意見の内容も変わってきますね。Bさんは、「盗難は窃盗である」と厳格な態度で接することが、高校では必要であって、さらに、事後指導として、反省文を書かせたり、保護者を交えた指導をしたりしなければならないと適確です。Fさんも高校志望で、Bさんと概ね同じご意見を持っておられました。ただ、Bさんの発言とほとんど同じでしたので、一捻りして述べるべきでしょう。

 ここでAさんが、テーマに立ち返り、どのような体制で防犯していくかを議論するべきであると話題転換されました。

 これまでのご意見は、おおよそ児童生徒に対する指導が中心で、体制としてどうしていくかについての提言がほとんどありませんでしたから、いい話題転換であると思います。Aさんも高校志望ですから、ちょっと口が滑ったのでしょうか、「徹底的に犯人を探し出す」といわれて、あとで物議を醸しました。なんと、これがどのようなことになるのかの実例が、きょうの新聞にありましたので、ちょっとみてみましょう。教員個人で処理するべきか、学校全体として取り組むべきか、そうしたポイントを考えてみてくださいね。『毎日新聞』も『讀賣新聞』も報道しておりますけれども、ここでは『毎日新聞』(2009年1月27日付)を紹介しましょう。

  「三重県四日市市追分の私立海星高(西田秀樹校長)で21日、1年生の生徒の携帯電話のメモリーカードが紛失し、盗難を疑った担任教諭がクラスの生徒たちの指紋を集めたことが26日分かった。同校は『行き過ぎた指導』として教諭の処分を検討するという。教諭は同日、クラスの生徒たちに謝罪した。

 海星高によると、1年生の体育の授業前に生徒たちが携帯電話や財布などを貴重品袋に入れ、授業後に取り出したところ、生徒の一人が『携帯電話のメモリーカードがない。盗まれた』と訴えた。

 担任の男性教諭(57)は放課後、クラス全員の27人を教室に残し『何か知っていたら書いてほしい』と全員に紙を配布した。『何も知りません』という内容の回答ばかりだったため、出席番号を書いた紙と朱肉を回し、1人ずつ人さし指の指紋を押させた。盗難にかかわっていないと教諭が判断した4人を除く23人が指紋を押して提出したという。

 盗難事件として警察に届けてはおらず、指紋を押した紙は教諭が保管していた。同校は『指紋を取ることで「調べれば誰が盗んだか分かるので盗んだ者がいれば名乗り出るように」と伝えようとした。指紋を利用する意図はなかった』としている。メモリーカードは見つかっていない。

 教諭は『生徒に納得してもらった上で指紋を取った』と説明しているという。西田校長は『教諭が生徒の指紋を取ることは許されない。保護者の同意も得ておらず、行き過ぎだった。保護者にもおわびと説明をする』と話した」。

 以上が新聞の伝えるところです。指紋をとるという教員ひとりの判断が「行き過ぎた指導」と批判されています。ワタクシもこれは行き過ぎた指導だと感じます。件の教員が、なぜ、ホウレンソウをしなかったのか、疑問が残ります。あえてこの事件の記事を掲載したのには理由がありまして、実は、この集団討論をした当日、討論終了後、みなさんで「盗難にあたって、指紋をとるかどうか」の議論をしていたからです。そこでは、これまた別の報道を話題として議論したのですけれど、修学旅行でしたか、船中の盗難発生(一般の方の貴重品がなくなる)があり、その際に、教員の承認の下、乗船していた生徒の指紋がとられたわけです。みなさんとの議論においても、「指紋をとることが許されるのか」、それは児童生徒を疑ってかかることになるのではないか、いくら被害者の要求を元に警察に指紋摂取を求められたからといって、教員は児童生徒を守る立場であって、断固としてそれを拒否するべきではないか、いやいや仕方がないだろうというように、イロイロなご意見が出ました。

 こうしたことが現実に起こりうるわけですから、Eさんがいわれたように、「共通理解」を持って盗難防止体制を構築しておかないと、イザというとき困るわけですね。それからもちろん、盗難が起こる前に、力を入れて指導しておくわけです。

 ところで、指紋採取について、ワタクシの立場はといえば、断固拒否です。たとえ、船上で盗難があって、乗組員と乗客全員にそれが強要されたとしても、拒否します。これは人権の問題であるからです。私立海星高校のケースをとりあげたのですから、この指紋採取の件について、つまり茨城県立大子清流高校のケースも紹介しておきましょう。これは、昨年11月の事件です。

 「茨城県立大子清流高(同県大子町)2年の男子生徒全53人が先月、修学旅行で乗ったフェリーで発生した現金窃盗の嫌疑をかけられ、第6管区海上保安本部坂出海上保安署(香川県)に指紋を採取されていたことが24日、分かった。同署は乗客の証言に基づき指紋を採ったが、生徒のいずれもの指紋が現金が盗まれた財布に残されていたものと一致しなかった。同署は『捜査中』として生徒の指紋は廃棄していないという。学校は『実質的に疑いが晴れた以上、生徒のため指紋を廃棄してほしい』としている。弁護士からは『見込み捜査だったのでは』との指摘も出ている。

 関係者によると、11月18日午後9時ごろ、新門司港をめざし瀬戸内海を航行中のフェリー展望室で、20代男性客が落とした財布から現金約4万円が盗まれる事件が発生。坂出海上保安署は、男性客の『近くのいすに男子生徒数人が座っていた』との目撃証言に基づき、男子生徒全員の指紋提供を学校側に求めた。ほかの乗客には指紋提供を求めなかった。

 捜査の影響で、フェリーは海上で約2時間停止。翌朝、港に到着後、53人の指紋採取が約3時間行われ、同日予定していた阿蘇山観光はキャンセルとなった。引率した大畠丈夫教頭は『証言した男性客が酔って周囲に言いふらし、多くの乗客がうちの生徒が犯人と思ってしまった。指紋提供を断れば生徒の不名誉になると思った』と話す。

 同27日に同署から、生徒の指紋が財布に残っていた指紋と一致しなかったとの連絡があった。同署は『捜査中』と、生徒の指紋を破棄していないという。

 学校は県教委に事実を報告。旅行会社と相談し、謝罪文の要請や損害賠償の請求を検討したが『任意捜査に応じた以上難しい』と、さらに捜査状況の提供を求めるにとどめている。

 同署は『先生の理解を得て指紋を採取した。目撃情報は重視しなければならない』としている。

■日本弁護士連合会子どもの権利委員会・影山秀人委員長の話

 『生徒たちを犯人と疑う情報は多くないのに、指紋を採るのは見込み捜査ではないか。生徒全員が指紋提供に応じていることからも任意性は疑わしく、海保は捜査手法が妥当か検討してほしい』」(『イザ!』2008年12月25日)。

 上の記事の中で見逃せないのは、「ほかの乗客には指紋提供を求めなかった」というところと、「先生の理解を得て指紋を採取した」の部分である。第1に、酔客の確実性がない発言に基づいて指紋をとらせる必要が本当にあったのか、である。生徒が犯人であるというのは酒の入った推測にほかならず、そのような状況の下で任意で採取に応じるのは生徒の信頼を失う行動ではなかったか。目撃証言の重視という警察の判断が果たして正しいのかどうか。ましてや捜査の公平性という点では、指紋をとるならとるで乗客全員でなければ意味がない。酔客であったところから、記憶もたどたどしいだろうし、現に指紋をとられた生徒に犯人はいなかった。疑うにもほどがある。第2に、先生の理解を得て、ということだが、なぜ身体を張って「理解できない」といわなかったのだろう。今後、生徒と先生の間で軋轢が生まれるだろう。そうした軋轢が生じるのを承知した上で、警察の捜査に協力したとすれば、残念でならない。ワタクシであれば、相当、ごねる。学習指導要領には、「教師と生徒との間の信頼関係を築くこと」とあるではないか。「多くの乗客がうちの生徒が犯人と思ってしまった」ならば、その多くの乗客に問うたらよかったのである。「あなたの息子や娘たちなら、疑われたらどうしますか、指紋とらせますか」と。

 元に戻しましょう。

 Eさんの発言の後、Dさんは、教員の危機意識の欠如について語られます。もちろん児童生徒の自己管理能力の養成が急務ですが、「学校として」との組織的対応を議論していただきたいこのテーマの主旨に応じて、このように教員の方に問題点を振られたのはよかったです。すでに登場したご意見ですが、集金業務がある場合は朝に集めること、体育の授業の際は率先して教員が貴重品袋を回して集めるなど、率先した行動力が、防犯体制を堅固にしますね。こうした貴重品管理については、Bさんいわれるようにルールの明確化が求められます。なにしろ貴重品預かりですから、Fさんいわれるように一括して持っていかれると目も当てられません。自己管理、自己責任と学校の体制と、そのうまい具合に融合した管理体制が求められており、まとめていえば、そうしたシステムが学校の安全管理体制ということになりますね。そこでは、ロッカーのある高校と、小学校ではかなり違った取組が予想されます。Aさんはこの点を指摘、校内巡回に力を入れて防犯を実践してはどうかと提案されました。ロッカーが話題に出てきたところ、Dさんから、小学校では机の中をカラにしようとの「標語」がありました。

 そろそろ時間も迫ってきたときに、これまでの議論を整理する形で発言されたのがBさんです。自己管理能力の養成、犯罪である盗難を許さない事前措置、です。そしてこうした取組は、信頼の絆で結ばれたクラスを作ることが最大の課題であると述べられました。Fさんも、人間関係がギクシャクしたら大変なことになると指摘し、教員が注意してクラスをよくみて、盗難の起こせない環境作りに励むと建設的ご意見です。Aさんも、この最終課題としてのクラス作りに同意されました。そうしたクラスでは、Dさんがいわれたように、もし盗難が起こったらどうするかというような、学級活動の課題のような投げかけもスンナリ受け容れられるだろうし、児童生徒が自ら話し合っていけるのではなかろうか、と述べられて、20分間の討論時間が終了しました。

 さて、いかがだったでしょうか。イロイロご意見が出て、一見、よさそうにみえますがどうなのでしょうか。以下、討論傍聴者から登場した鋭い指摘を紹介します。

 討論終了後の傍聴者からの指摘を紹介します。ほぼ傍聴者全員からご意見をいただきました。そこに乗じるような形で、ワタクシの方からも話の種を提供し、さらにテーマを掘り下げたつもりです。指紋採取の問題もそのひとつであったわけです。

 @盗難が頻発する状況にあって、学校は警察と協力して指導体制を立て直すべきかどうか、盗難があるのであれば被害届を出さないのかどうか。学校の中だけで解決しようとし過ぎているのではないか。
 A管理職とどのような体制をとっていくのかの議論がなかった。また学年主任や生徒指導主事のことが語られていない。
 B自己管理能力という言葉は出たが、この内容は具体的にどのようなものなのか。怒られて終わりと甘くみて、盗難が再発する可能性もあるのをどうするのか。
 C高校志望の方も討論参加者にいるのに、停学や退学といった懲戒処分の話題が出なかったのはなぜか。
 Dなんでもものを大切にする心の欠如、自分のものに名前を書く、学校の備品を大切にする心、こうした基本的な指導のことが語られていない。
 E学習権の保障と問題行動対応が教員の役割であるとすれば前者は警察的役割で後者は司法的役割であるとのご意見。
 F盗難は、高校の場合、高学年より低学年で発生するという指摘。人間関係ができているかどうかに関わる。
 G盗難されるものは貴重品だけではない。自転車もそう。

 便宜上、箇条書きしました。なるほど、そうした視点があったのかと、当日、討論を終えたメンバーも、いわば目を丸くしていました。テーマをもらった瞬間に、どれだけ気付くかにかかっていますね。広角的に学校現場を見渡すことが、教員志望者には期待されます。そこでは、『毎日新聞』が伝えるような、悲惨な場面があるかもしれません。でも、豊かな教育がなされている現場があるのも事実です。その豊かな現場を作るためにこそ、みなさんはがんばっているといえます。

 1月も終わりですね。次回の討論では、どんな議論が登場するか、楽しみです。

 本日は、3月期の受付開始日でした。22時から数分でほとんど埋まってしまいました。お申込いただいた方々、ありがとうございました。すでにお申込いただいた方々には、返信のメールを差し上げています。内容を確認の上、返信がまだの方は、メールお待ちしています。

 まだ数座席空いている日程がございます。よろしくお願いします。

(2009年1月25日)

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