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浩の教室・第7期 第8・9回(通算264・265回)勉強会の模様


 昨日、一昨日は、当サイト主催勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。この時期からのご参加は、採用試験に対する意識が高まり、良いことであると思います。どういうように勉強していこうかとか、どういう情報があるのであろうかとか、嗅覚が磨かれるからです。昨日、一昨日は、遠く広島から教室に来られた方もいらっしゃいました。また、大学3年生、4年生の参加も多く、こちらも刺激を受けています。学生から講師の方、そして社会人の方と、多様な方が集まってきてくださって、イロイロな意味でぶつかり合いがあってよい環境になってきています。

 さて、どういうような内容にこの2日間取り組んだのか。両日とも同内容のプログラムでしたが、最初に実施したのは、この夏の大阪府・市・堺の1次マークシートの問題の解答解説からです。土曜日は37番、日曜日は38番の解答解説となりました。37番は、学校保健安全法や教育職員免許法を含んだ教育法規の正誤問題でした。その意味では、時事的な出題傾向になっています。なぜなら、感染症、新型インフルエンザが流行している昨今、ただちに学校運営にかかわってくる問題であるからです。こうした法規を知っておくことが、学校における対応を法的にはスムーズにさせます。また、この問題はサービス問題です。15秒くらいで解かねばなりません。条文を読めばすぐにわかるのですけどね。

 つづいて日曜日に解説した38番は、特別支援教育に関する法規の問題でした。特別支援関連の問題は、従来、中教審答申から出題されるのが常でした。いつか配布してもいいのですけど、平成17年12月「特別支援教育を推進するための制度の在り方について」が代表的な答申です。今年の問題は、教育基本法第4条第2項学校教育法第72条、74条、81条と、法規の条文の穴埋問題として登場しました。こちらも慣れればそうむつかしいものではありません。また、特別支援教育の定義を聞いている問題であるといえますし、その意味では基本問題です。結局、選択肢の問題ですので、解答はしやすいと思います。

 マーク問題の簡単な解答解説の後、学習指導要領の検討に移りました。土曜日は総則、教育課程編成の一般方針における道徳教育のところを、日曜日は、健康・体育のところをみなさんからご意見賜りながら解説の肉付けとさせていただきました。

 ここまでは、これまでと同じプログラムであり、もう数回、継続するところでもあります。

 つづいて、「自己売り込みのツボ」の発表に移りました。これは、今期初の試みでした。土曜日はTさん、Tさんのお2人に、日曜日はAさん、Nさんのお2人に、合わせて4名の方にチャレンジしていただきました。この「自己売り込みのツボ」は、秋冬に超えなければならない大きなハードルです。勉強会で力を入れているコーナーです。簡単に説明しますと、参加者の前で3分間をつかい、自分自身を売り込む試みです。報告者は、どうして教員をめざすのか、教員として何ができるのか、これまで経験してきたことを教員としてどんなところに生かせるのか、このほか、自分を売り込むべくレジュメを用意し、面接官役の3名の方に訴えます。それに対して、参加者一人ひとりがコメントをします。ナカナカ人前で3分も自分を語る経験はないものですから、かなり緊張します。1分ならよくあるのですけど、3分となると、自分で練ってこないとナカナカできません。自分をじっくり見つめなおす作業を課しているといえます。答申の言葉を借りれば、「自己との対話」ですね。

 実際に4名の方に報告していただいた内容は、個人情報ですので、こちらにはアップいたしません。ただ、みなさん、みなさんなりに講師経験をまとめられ、具体的に語っていただいたことを記すにとどめます。

 さて、土日ともに、このあと先輩方が残していってくださった貴重なノートを閲覧する時間をとりまして、最後に集団討論を実施しました。テーマは両日とも予告していましたように、「コミュニケーション能力」に関するものでした。この模様につきましては、次回の更新といたします。なお、土日両日の再現はワタクシの処理能力を超える作業ですので、土曜日の方の討論の模様を採用し、文字起こしいたします。


 では、集団討論の模様を再現します。今回、討論を実施するに当たって、「討論をはじめてみた」とか、「討論なんてやったことがない」とかいう方のために、新しい試みとして、「討論ごまめ参加」をやってみました。こちらの実施意図がご理解いただけたかどうか。「討論ごまめ参加」とは何か。これは、実際は6名で討論していただくのですけど、ここに発言しない2名をまぜて実施するというものです。ですから、参加者を仮にA〜Fさんといたしますけれども、イスは8席ありまして、Aさん、Bさん、ごまめ1さん、Cさん、Dさん、ごまめ2さん、Eさん、Fさんというような配置になりました。ペンを手に傍聴するのも勉強になりますが、こうして「発言しないがしかし場に存在するごまめ」を経験することによって、討論に臨場感持って参加することになります。このごまめ参加者は、「自分が手を挙げて発言するとすればどのタイミングで挙げるか」や、「うんうんそう思う」、「うわ〜、こりゃ参加できない〜」、「みんな手を挙げるの積極的やなぁ」といったように、イロイロな感想を持ったことでしょう。次に自分が本当に参加する前段として、「討論ごまめ参加」を経験しておけば、ある程度雰囲気がつかめているので参加しやすくなるのではないかと思われます。この参加態度は、初心者向きとして有効ではないかと思っています。次回からも討論の際には組み込んでいきますね。

 前々回、土曜日に実践していただいた討論です。テーマは、「コミュニケーション能力について」でした。このテーマも、受け容れ窓口の広いテーマ設定といえます。講師の方から学生まで、どのような立場の方でも何か発言できるテーマでしょう。

 最初に発言されたのは、Eさんでした。Eさんは、テーマを確認し、コミュニケーションとは「対話」であるとされ、対話を充実させていくにはどうすればいいかを議論されようとしました。これを授業における「対話」と枠を決められ、授業中にあてることやその回数、問題演習の発表の機会の重視といった回答を自ら与えられました。Aさんは、コミュニケーション能力は何かを発信することにあるとし、まずは、朝や帰りのあいさつをきちんとできることからはじまると述べられます。Dさんはつづいて、こころを通わせるために言葉を通わせるのであって、人間関係を豊かにするのがコミュニケーションの意義であると捉えられ、とすればあらゆる場面で指導をするべきであるとの立場に立たれます。ちょっと例示にマズイところがありましたが、教員が返し忘れたノートを例にしてコミュニケーションのとり方について話されました。発信に対してBさんは応答する姿勢を育成することが重要であると述べられ、「聞き手を育てる」といわれます。聞いてくれる、あるいは、聞く姿勢を保つことはコミュニケーションの一方の基礎となります。どしどし意見いいあうことが、コミュニケーション能力を育てますね。なるほどCさんがいわれたように、人間がなぜコミュニケーションをとるのかといえば、相手を知りたい、相手に知ってもらいたいとの希望からでしょう。仲良くしたいとの気持ちがコミュニケーションをとろうとする前提となります。それが、いまではコミュニケーションをとりなさいというように教えなければならなくなっているとCさんは嘆かれます。コミュニケーションスキルの向上のために出版された『知らない人と15分話す本』を挙げられて、こうした現状をCさんは、批判を込めてご意見されました。Fさんは、コミュニケーションをとろうとすることは、相手のこころを察することが基本にあると述べられます。つらいこころや苦しいこころ、こころは様々に動きます。それを捉えることがコミュニケーション能力であるというわけです。だから、顔色、表情から読みとることが、コミュニケーションに期待され、「いま、いやなこといっちゃったかな」と思える自分を見出すところに、コミュニケーション能力の向上が認められると述べられます。また、こうしたこころの読みとりができないのは、想像力の欠如でもあるとFさんは付け加えられました。

 だから、Eさんがいわれたように、どんなことを考えているのか話を聞く態度が育成されるべきだし、そのために具体的に授業で、手がとまっている生徒に声をかけることが必要でしょう。こうして授業においてコミュニケーションをとることが有効であると同意されたのがAさんでした。Aさんは、その際、講義スタイルでただ一方的に教えるだけでなく、グループワークを採用して生徒全員に発表させ、振り返らせる作業を提供するべきではないかとご意見されました。授業理解という点でも、算数でただわかればいいとの態度ではなく、集団で解決していく指導方法を実践するのがいいのではないかとDさんが問題提起されます。たとえ他者が自分と同じことをいっているとしても、自分なりの言葉で発表するところに意義が認められるのであり、これを繰り返すうちに発表スキル、いまでいえばプレゼンテーション能力が身に付くとまとめられました。そしてさらにEさんは、「話形の提供」について触れられました。

 Fさんもこの「話形の提供」について同意され、授業におけるコミュニケーションのとり方として、言葉遣いに注意して指導している旨を述べられました。中でも、特別支援教育では、コミュニケーションに手話を使用することも多く、コミュニケーション能力の向上を通じてのノーマライゼーションの実現という課題に立ち向かわれているようでした。

 ここで話題が変わり、Bさんは外国語活動について述べられました。新しい言語が発言の意欲を生むことを強調されます。文法学習ではない小学校外国語活動では、英語で何かを表現してみることが、そもそもコミュニケーションの素地を養うのではないかと発言されました。確かに刺激のある英語表現をしようとして、児童は必死に内なる言葉を探し出し、外に出そうと格闘するでしょう。未言語状態のイイタイコトが、方法論的な外国語活動の領域で発言する訓練となる。なるほど新しい教育の意味合いがここにありますね。

 そして、Eさんの教員間のコミュニケーションの話題、Aさんの地域における接し方と体験活動の話題を挟んで、Cさんの、校内は小さな集団を形成し、違う立場の経験が直接できる場であることといったご意見が出てきました。Cさんの違う立場に立つもののコミュニケーションを、学校における異年齢交流と捉えて、そこでの会話が新しいコミュニケーション環境を用意すると述べられたのがFさんでした。

 このあたり、五月雨のように、イロイロな角度からコミュニケーション能力について議論を深めようとみなさん必死になっていると同時に、五月雨なので逆に議論が焦点化されず発表会になっている印象もありました。かなり意見が登場したので息が上がっているような様子でしたけれども、なんとか議論をつづけていかなければなりません。そうした中、Dさんが、教員がコミュニケーションをとっている姿を見本としてみせることが大切であるとのCさんやEさんあたりからでた考え方に同調され、たとえば授業を行なうにあたっても、正しい日本語を用い、美しい板書になるよう注意し、書き順にも気をつけるべきと話されました。さらに、あいさつしろとよくよく指導があるけれども、自然と口に出るようにする雰囲気つくりに力を入れるべきであると述べられました。Aさんも、教員が見本となることに同意された上で、では人間関係を形成する上でどのようなコミュニケーションをとるべきか、キャリア教育を進めていく上でどのようなコミュニケーション技術が必要かといった個別教育領域に関するコミュニケーションの違いに注意を払いつつ発言をつづけられました。キャリア教育にかかわりEさんは、職場体験を取り上げ、実際にいって仕事上の問題をどのように上司に尋ね、解決を図るかを経験することがコミュニケーション能力を高めるであろうといわれました。この職場体験が兵庫県では2週間のトライやるウィークとして展開されると紹介されたのがCさんであり、図書館ではいといいえしかいえない児童生徒をみて、自分から話をしない児童生徒が増えたことを嘆いておられました。職場体験のほか、高齢者とのかかわりから知らない言葉を学んでいく可能性についてFさんは指摘されたのを挟み、Aさんが、職場体験にせよ高齢者との交わりからにせよ、話す言葉を持っていない実情から、「書く」ということをもっと重視するべきだと問題提起されます。Aさんは、国語の4機能である読む・聞く・話す・書くに触れられて、このうちの「書く」をもっと尊重し、字数制限して児童生徒にたくさん書かせてみる実践を継続するべきであると述べられました。それを理科の単元でも実施するべきとつなげられたのがBさんです。Bさんは、理科のどの単元でも、まとめること、レポートを書くことを提案されます。それが交流を生み、どんなことを学んだのかを確認する環境をも生み出すと指摘されます。これは、コミュニケーション能力の向上に役立つことはいうまでもなく、最後の発言者であるFさんの朝の会におけるスピーチとあいまって、言語活動の適正化がコミュニケーション能力の向上に欠かせない課題であることを証明されようとした発言であったと評価できるでしょう。

 さて、いかがだったでしょうか。この時期で、活発な討論ができていることに、ワタクシや大学3、4年生の参加者は驚いていました。「すごいですね〜」です。いやいや、ホントに元気があって、多領域にわたってなんとかコミュニケーション能力の育成について語ろうとする討論姿勢は高く評価できます。次回の更新では、日曜日の討論について、若干コメントしましょう。


(2009年11月28・29日)

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