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浩の教室・第6期 第19・20回(通算215・216回)勉強会の模様

昨日、一昨日は当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただきましてありがとうございました。両日ともに盛りだくさんの内容となり、あっという間に4時間が終了しました。また、日曜日には、昨年秋合格され、「合格した参加者の声」にも原稿を寄せていただいたMさんやGさんが珈琲会にお顔をみせてくださいました。おふたりとも、大学3回生の秋から継続的に勉強会に参加され、現役合格(京都府と大阪府)を勝ち取られた方です。いまは、春からの道も確定し、安心して、また有意義に、残り少ない大学生活をお送りになっていることと拝察しました。お忙しい中、ありがとうございました。こうして合格者が一緒に勉強していたこの教室を忘れずたずねてきてくださることは、大変ウレシイことなのです。教員として勤められてからは忙しいですけど、年に1度はお顔みせてくださいね。よろしくお願いします。

 さてそのあっという間の4時間だったわけですけど、勉強会では、ワタクシからの講義を両日ともいたしまして、ようやく生涯学習についてのところに到達しました。毎回1ページくらいしか進みませんが、みなさんのご意見を引き出しながら継続してまいります。ただ、今後、集団面接も実施してまいりますので、ワタクシからの講義は、3月いっぱいには終了する予定です。あるいは、もっと早く終了するかもしれません。

 つづいて、土日あわせて3名の方に「自己売り込みのツボ」の報告をいただきました。みなさん、合格してこの教室を巣立っていかれた先輩方の報告を生かしつつ、整った報告をしてくださいました。かなり手厳しいご意見やコメントをワタクシや参加者からあったかもしれませんが、是非それをいかして原稿作成に従事してください。やり直したら、珈琲会で再検討しますので、はやめにどうぞ。

 次に、集団討論でした。両日ともおもしろい議論が展開されました。今回は日曜日の討論の模様を再現しようと思います。そこに土曜日の議論を補填しますね。次回更新から、どのようなものであったのか、紹介いたします。

 さて、今回のテーマは、「知事が『だめな公立校は廃止』というようなことや、以前に教育再生会議でも議論のあったバウチャー制度を採用したいというようなことをいっています。大阪の教育の未来はどうあるべきでしょうか、議論してください」でした。土日ともに、このテーマに6名の方が挑戦、20分間です。

 まず考えなければならないことはなにか。それは、このテーマからなにを議論するのかを定めることですね。討論参加者は、そのことにまず悩むでしょう。このテーマでは、「だめな公立校は廃止」とか、「バウチャー制度」とか、刺激的な行政の政策展望が語られています。問題は、ここを議論するのではないということです。土日のグループはともにこれを看破されておりました。もし、「公立校は廃止」をトピックに議論してしまうと、知事はなにを考えているのだ、とか、いわゆる教育困難校はどうするのだ、というように教育行政批判を展開してしまうことになります。また、「バウチャー制度」を議論の俎上に載せますと、そもそも論が登場し、バウチャー制度とはなにか、から入って、東京での実態、バウチャーと関わって、学校選択制の議論になりますね。バウチャー制度について知らない方が本番の討論参加者にいたらどうするか、というようなことも考えなければならなくなります。いずれにせよ、このふたつの議論は、制度論を論ずるということになります。行政の教育政策に展望を示すことはもちろん必要ですが、このふたつはその象徴に過ぎず、大切なのは、次の「大阪の教育の未来」です。ここを議論しないかぎり評価は低くなりますね。

 この「大阪の教育の未来」に関連する限りにおいて、「だめな公立校」や「バウチャー制度」のことについて述べるのはいいでしょう。しかし、それでもそれほど掘り下げて議論する必要性はないでしょう。なぜならば、結局、教員を採用する討論であるわけであって、そこで「あなた方がなにをしてくれるのか」を聞きたいのが、面接官の立場だからです。こうした意味では、ひっかけテーマといっていいかもしれません。上のような制度論に対して、ここで議論していただきたいのは実体論といっていいでしょう。制度論ではなく実体論を議論する。これはどういうことになるのでしょうか。それは、大阪の教育をよくするために、みなさんができることを議論してください、となります。すると、行政担当者でもない教員が、バウチャー制度導入議論を云々しても意味がなくなりますね。そうではなくて、多少の反発意識を持つのは自由ですが、「知事の『だめな公立校』発言は、まちがっている」などというよりも、議論の中でどなたかがいっていたように、公立校の復権をどうするか、それもいわゆる教育困難校をどのように底上げし、学力を府全体でどのように向上させていくか、という視点から論じるのが、妥当でしょう。そして、実体論として議論を進めるわけですから、一人ひとりの討論参加者が大阪の教育をどのような面で支えていくのかを情熱的に語るのが、本筋といえるでしょう。

 そうだとすれば、大阪の教育に欠落していることや、大阪の児童生徒にどのように育っていってほしいかが、実体論的に議論されることになります。

 Aさんが、今回、第1発言者でありました。テーマを読み上げられて、大阪の教育の将来的なビジョンを掘り下げて語り合いましょうと提起されました。その上でAさんは、大阪の教育のビジョンは、生きる力の育成にあると述べられ、確かな学力と豊かな人間性と健康な体力の3点を向上させていくところに問題があると抉り出されました。この発言の中には、「だめな公立校」や「バウチャー制度」はテーマを読み上げたところにだけ登場し、どこをどう議論するかの問題意識を鮮明にされました。Cさんは、地歴志望の立場から、歴史学習を通して、異文化を尊重する態度を育成し、外国人と交流できる人材育成が大阪の教育の将来像であると述べられました。Fさんは、学力テストのことを話題に出され、府がかなり低い位置にあることを残念に思っている旨を語られます。そこから、今後の大阪の教育は、学力向上がなによりも優先されるとお考えのようです。Eさんは、学力向上は小中高どの校種段階でも重要ではあるが、高校は社会に出る前の最後の学校教育段階であって、そこでは、責任を持って何事にもあたれる大人に育成する目標があると述べられます。もっともだと思います。責任感ある人間を育成するには、当然、知、徳、体、揃わなければならないでしょう。とりわけ徳の側面は重要となりますね。Bさんは、Fさんのご意見と重なります。さきほど、上の方の段落で、「どなたかがいっていたように」云々と書きました。これはFさんのご意見であり、学力低下している現状、公立校全体の底上げが期待されており、学力面の成績上下つまり学力格差を地道に解消していくことが、大阪の教育の将来ビジョンであるべきであると主張されました。Dさんも、学力面に言及し、夢や目標を持って学習することが大切であると発言されます。英語が社会でどのような意味で役立っているのか、英語を勉強する意味を児童生徒に確認させると抱負を述べられました。

 さあ、これで参加者の発言が1巡しました。以下、どのように動いていくのでしょうか。

 次の発言者は、Aさんです。1巡して戻ってきたわけですけど、別に発言者に順番があるわけではありません。必ず規則正しく1巡1巡しなければ発言できないわけではないのです。議論をつなげる発言、発展させる関連発言であれば、どなたが発言しようと構いません。ただし、なにか発言権の取り合いのような状況は見苦しいですから、それは避けましょう。集団討論ではどうしても目立とうとして「ハイハイ」いってしまうものですけど、そのあたりは大人的な姿勢を保ちましょう。

 Aさんは、知育の話題が登場したことに触れ、これを魅力ある学校とする骨子にしたいと述べられます。高校志望のAさんは、中学から進学してくる生徒に思いをはせ、「入れる学校」作りよりもむしろ、「入りたい学校」にすることが学校としての目標になると発言し、かつ、卒業してよかったといえる学校にしたいと意欲的です。Cさんも学力だけに定めるわけではありませんが、具体的な学校のあり方について、どういう人材を育成するかを明確にし、それを学校目標に設定することは重要であると述べられます。Dさんは、これまでも特色ある学校作りに府も各学校も邁進してきたけれども、それが目にみえるものとしてはなかなか表現されなかったことを反省し、高校1年生で英検3級は全員修得するほか、部活動でも大会で入賞を目指すなどハッキリした形に残るように指導すると、Aさんに負けず劣らず意欲的です。議論の途中、「目にみえる形で」というのがありましたが、これに反応したBさんが、授業をどのように行なっているのかも公開授業で示すようにし、また、そのときに教育方法がよりよく展開している学校の姿勢をみせるため、少人数学級や個別質問に対応している様子を示すのがいいと発言されました。

 それでは、結果を目にみえる形では必ずしも残せない教育分野についてはどうすればいいだろうかと問題提起されたのがFさんでした。Fさんが意図するところは道徳教育です。そこでは、学校がオリジナルな道徳教材を作り上げることが、大阪の教育の未来に貢献することになるとお考えのようです。

 Eさんは、Aさんのいわれた中学から入学してくる生徒に魅力を感じてもらう学校作りとともに、批判的に言われることもある出口指導を充実する方向で日々の授業を考えさせる授業に構成し、「我が校はこういう学校である」との特色を打ち出し発信するべきであると発言されます。また、「我が校はこういう学校である」という内容をシラバスとして整理整頓して公開することも実施すればどうだろうかと提案されました。Bさんはこのご意見をさらに付け加え、シラバスだけでなくビデオで授業を撮ったものをオープンにする手もあると述べられます。ここで議論されているのは、大阪の教育の未来をよくするための方策であり、それを授業公開の度合いを高めることによってなそうとする計画案ですね。それは教員自身の肩にかかっているというのがAさんのご意見でありまして、魅力的な学校を作るには、魅力的な授業が展開される必要がある、それは教員の質の向上による、と述べられます。そして、新人教員の私たちとしては、経験豊富な先輩教員に学ぶべきところを学び、指導技術を高めていくと語られました。

 ここでCさんは、魅力ある授業作りの話題にのり、歴史の授業論として、歴史上の人物を調べて発表しあう方法をとりたいと抱負を語られました。そしてその発表をクラスで評価し合い、議論ができればさらによいとのことです。

 つづいて発言されたのは、Fさんでした。Fさんは、生徒の自主性を育む教育を学校は提供するべきとの立場に立たれます。それが大阪の教育の未来の方向であると位置付けられ、しかも自主性の尊重が地歴の教育、特別活動で実践されるとき、地域との連携が図られることにもなると述べられました。Fさんの自主性育成に関わって、Cさんからキャリア教育についての言及がありました。そこでは、高校が進学にせよ就職にせよ、その一歩手前なのであり、その意味で重要な時期といえるし、生徒自身がなにに向いているのか、なにがしたいのかということに向き合わなければならない時期であるとされます。これは自主性とともに個性の発見作業にも通じることではありますね。具体的にCさんは、将来の夢を発見するべく、就業体験を地域で実施できないかどうかなどを考えるべきとのご意見です。

 自主性ということに関連し、数学志望のAさんは、常々、数学は役に立たないと生徒にいわれた経験を持ち、ある意味では憤慨されたこともあったでしょうけれども、この意識をとっぱらいたいとお考えです。その際に、生徒の若さに期待すると述べられます。若い時期、なんでも吸収することができる時期に、数学も、ということですが、もう少し説明の言葉があってもいいかもしれません。同じく数学志望のBさんからは、キャリア教育は生徒一人ひとりの自立、それは経済的にも精神的にもでしょうが、をめざすところに目的があると述べらます。社会の中で活躍すること、社会にどのような立場から貢献するかを指導するところに高校段階のキャリア教育の意義を認めておられます。そのための知識や技術を提供また指導することが大切といわれ、それが職業指導ともつながると発言されました。さらに、Aさんは、なにに向いているのかはやってみないとわからないと発せられ、苦手の中にもすばらしい世界があるかもしれないとご意見されました。そのためには、Dさんがいわれたように、関心を呼ぶ授業を私たちは実施しなければなりません。それは生徒の心に寄り添う教育でなければなりません。アンケート調査などを実施し、生徒のことについて多様に把握しておくことこそ、キャリア教育を進める前提となるでしょう。実態把握が重要とのDさんの主張です。

 「関心を呼ぶ授業」ということがDさんから出ましたけれども、これを教員はプロフェッショナルでなければならないといい換えられたのがBさんでした。Bさんは進学の場合、点数が問題となるが、個々の生徒の点数が低い場合は正答率をデータ分析してその結果を指導方針に生かすほか、勉強方法のアドヴァイスにも生かせると述べられます。ノウハウ的な指導が可能となるということです。

 ここでEさんが新しい話題に踏み込まれました。もちろんそれは、ここまで議論されてきた授業論や進学問題と関連付けて話されているのですが、大阪府の学力向上に関するプランに触れ、私学に負けない学習指導ということを主張されます。

 なお、この府のプランは、「大阪の教育力」向上プランとして、つい最近(今年の1月28日)、確定したものです。このプランに対する評価は、様々であるが、各自、検討してもらいたい。上のリンクでは、ぶつ切りPDFでアップされているのだが、もうちょっとなんとかならんか。一括PDFダウンロードを用意してくれるとありがたいのだがなあ。このあたり、府は親切じゃないね。

 Eさんはつづけて、授業力向上のために、教員同士が授業を見せ合う研究授業体制を構築することが期待されると述べられました。

 このほか、Fさんからは、教員自らがあいさつなど進んで生徒に声をかけ、コミュニケーションを積極的に採る教員像を提示され、Cさんは、生徒個々人の興味関心に鑑み進路指導を充実させ、たとえば大学の授業も受けてみることなどを提案されました。

 最後にAさんがコミュニケーションスキルの低下を憂い、家庭と連携しつつ、しっかり主張したいことを言葉で述べられる生徒を育成することが大阪の教育のあるべきあり方であると話されて議論が終了しました。

 今回の討論は、教科は違いますが6名とも高校志望の方々でした。それゆえ、議論も噛み合いやすかったのではないでしょうか。

 討論終了後、こちらから若干の質問をグループに投げかけます。「お隣の方の意見で印象に残っているのはどのようなものですか」が定番の質問です。どれだけ他者の意見に耳を傾けているかを試す質問です。そこには協調性を確認しようとする意図があります。

 さて今回、傍聴者から議論が楽しかった、よかったとの評価がつづきました。一点、退学や停学などの懲戒処分についての議論があればよかったとのご意見がありました。

 当勉強会では、集団討論の終了後、聞き手に回っている方々からコメントをもらって、互いに評価しあいます。そして、最後にワタクシからも一人ひとりにコメントいたします。いつも教室をお借りしている時間が4時間なので、時間的に苦しい展開になるのですけど、最近は なんとか全員の方にコメントできるようになってきました。最後に、個人にではなく集団に対し100点満点で評価します。もちろんワタクシの主観的評価ですので、あんまり気にされないでください。

 土曜日第19回の討論では、上の再現と重なり合うところのほか、どのようなご意見があったのか、どのようなコメントがあったのか、紹介します。

 @現在、教育面において大阪府がどのような状態にあるのか、府民がなにを要求しているのかを考えるべきであるということ。
 A体力の充実も大阪府の教育の未来に必要なプランであること。
 B食育について。
 C学力調査の結果をどうみるかの議論。
 D小学校におけるクラブ活動の充実。
 E「だめな公立校」を特色ある学校作りによって再編すること。
 F繰り返し学習で基礎学力を定着すること。
 Gバウチャー制度とともに学校選択制について、少しは議論があってもいいのではないかということ。
 H学校教育と家庭の経済の関係性について。
 Iいじめや不登校をどのようにしてゼロに近づけていくかということ。
 J第3者評価と学校評議員について。
 Kフリーター、ニート問題について。

などなどでした。このほか、土曜日の議論に対しては、主観的ではありましたけれども、「イキイキしてなかった」との評価がありました。これは思ったより評価基準として大きいところです。グループとして沈んだ感じのする議論、元気のないようにみえる議論は、結構、採点において厳しいものがあります。グループの雰囲気は点数評価しにくいですけれども、採点官の心証に影響を与え、それがどこかでマイナスの評価となってあらわれることもあるでしょう。討論の途中で笑うことはできませんけれども、ヴァイタリティ溢れる姿勢をみせた方がよいに決まっています。どんよりどよどよした気候よりも、まさに受験する夏のように、さんさんとした雰囲気がいいのではないでしょうか。

(2009年2月7・8日)

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