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浩の教室・第6期 第28・29回(通算224・225回)勉強会の模様

 本日と昨日、当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。昨日には、今春から正教員として活躍が大いに期待できるO先生にご参加いただきました。勉強会では面接官役も買って出ていただきありがとうございます。的確な指摘に参加者も「どこをどうすればいいのか」考えるポイントを提供いただいたことでしょう。また、つづいて珈琲会にも参加いただいて、今度はフランクに今年受験のみなさんに経験談を語ってくださいました。珈琲を飲みながらの談笑は、勉強会の緊迫とはちがい、笑いありで楽しく過ごせました。

 夜からは、これまた今年春から神奈川や大阪で教壇に立つ卒業生に招かれまして、楽しいひと時を過ごすことができました。合格した卒業生に招かれることは大変ありがたいものです。横浜へ旅立たれるIさん、大阪市のFさん、大阪府のIさん、がんばってくださいね。Iさん、新天地横浜の事情をまたお教えくださいね。Fさんは風邪を早く治してください。Iさん、卒業式の写真ありがとう。そうそう、Iさんは現役でした。

 新しくご参加いただいた方、よいにせよ、悪いにせよ、刺激をお受けになってお帰りになったと思います。新しいところにご自身から踏み込むのは勇気のいることだったと思います。よくご参加くださいました。みなさん、合格めざして一生懸命な方々ばかりです。また一緒に勉強しましょう!

 さて、土日ともに、まずワタクシの方から講義をいたしました。講義は学習指導要領のことを中心に進行しています。いまでも頭の中に曲芸をする5台の戦闘機がイメージされていますか??

 講義のレジュメも50枚になりました。とりわけ26ページからのところをよく読んでください。まあ、資料も挟んでの50枚ですから、それほど復習するのに時間はかからないと思います。次回は、20年版の新しい学習指導要領について触れて、これを討論や面接に生かせるようにポイントを掲げたいと思っています。

 次に、自己売り込みのツボを実施しました。こちらも回数を重ねるごとに、先例から学ぶところも多く、充実した報告となっているようです。土曜に報告のSさん、Iさん、日曜報告のGさん、Aさん、みなさんに共通していえるのは、「具体性に欠ける」です。もっとご自身をみつめ直して、自分のやってきたことから訴えるべきことを精選しましょう。そのためには、原稿をいまの5倍は書きましょう。書いて、書いて、もうこれ以上ないというくらいに指導経験や思い出を書きつくして、それから削っていって1000字程度に仕上げましょう。5月末には「1分間スピーチ大会」があります。ここに照準を合わせて仕上げましょう。売り込みのツボの文章は、エントリーシートに必ず役に立ちます。いま、がんばってその骨子を作るのです。これから報告される方々も、ウンウン考え抜いて仕上げてください。28日担当の方、がんばって。

 最後に集団討論でした。ひょっとすれば、大阪府では集団討論がなくなって、模擬授業だけになるかもしれませんね。そんな噂がある中であっても、議論をすることは必ず役に立ちます。基本的に教育に関する議論をみんなですることが、個々人の教育観を形成するのにつながるからです。いまはなんでも「ラクラク受かる!」とか、「これだけでOK!」とかを謳い文句に本を売ってますけど、あれは、ウソです。そんなんで受かるのなら、苦労はありません。野球の本を読んでプロにみんななれないのと同じです。苦しみの向こう側に栄冠はあるのではないでしょうか。

 次回の更新から、討論の再現をいたします。土曜も、本日の討論も捨てがたい。本日の討論は、勉強会史上、初の80点をやってしまいましたよ。いい討論でした。本番ではありえない、いい討論でした。土曜のも、いいなあ。では、お楽しみに。

 さて、集団討論の模様をお伝えします。土曜のものにするか、日曜のものにするか、大変迷ったのですけれども、日曜の討論を再現することにいたします。今回、討論のテーマは、「ほめる指導のいい点と悪い点について、議論してください」でした。討論参加者は6名とも女性で、仮にA〜Fさんとして再現してみましょう。時間は20分です。

 口火を切ったのは、Fさんでした。Fさんは、テーマを確認され、ほめるときに気をつけていることほめるときに踏まえていることはどういうことか、などについて話していきましょうと述べられました。Fさんの場合は、わかりやすい言葉でほめると踏まえている点を指摘されました。小学校を志望しているFさんがいわれるには、これは低学年の児童をほめるときの注意事項であり、わかりやすくはっきりほめることが低学年児童においては効果があるとされます。それに対し高学年では、「〜ができてすごいね」というように、具体的にほめる内容を決定して、正確に理由を説明してほめることが「踏まえる」べき点であろうと述べられます。

 ところで、第1発言があるまでに、誰が発言するか躊躇するときがありますね。いわゆる「お見合い」をしてしまうわけですが、これは、まあ、評価の対象外です。あまりにその「お見合い」時間が2分も3分もつづくようでは困りますが、そうでなければ大丈夫です。今回、はじまって早々、討論参加のみなさんが声を揃えて「よろしくお願いします」といわれたのは、よいことですね。本番でもそうした態度で挑みましょう。

 つづいてEさんは、発達段階に応じてほめるほめ方に工夫を凝らすFさんの主張にうなずき、さらに「踏まえるべきこと」として、タイミングを挙げられます。タイミングよくほめなければ、効果も半減というわけですね。ほめるタイミングがキマルる、顔つきも変わるようです。Aさんはボランティア活動の経験から、子どもたちはみんなほめてほしい、自分をみてほしいと思っていると痛感されました。そこから、子どもたちと接する中で、子どもがよい方向に変わった瞬間を捉える観察眼を養わなければならないと反省的に主張されました。Bさんの「踏まえるべきこと」は、一言でいえば公平性ということでした。塾で教えた経験のあるBさんは、一人ひとりを公平にほめないと、よからぬ事態も招いてしまうことがあるので注するべきであると具体的に述べられました。というのは、塾でほめる回数の多い児童と少ない児童とでは仲よくならなかったことがあったからだそうです。偏らないようにほめる指導をつづけることが大切であるとの主張です。

 Cさんは、ほめる指導をする際には、同一内容のことを肯定的な表現を用いて指導するといわれました。私語をやめない生徒がいる。そうした生徒には、にぎやかだね、にぎやかな生徒というイメージと言葉を持って伝えるというわけです。「あなたがお話しするとクラスが明るくなっていい。けれど、いまは聞くときだから静かにしようね」といったように注意するといわれました。おしゃべりを認めているわけではないという意図を含めながら「いいかえ=リフレイミング」を指導に生かすとのご意見です。まあ、この例は「ほめる指導」であるのかどうか、ちょっぴりズレも感じましたが、ほめることで場をおさめるということでは教員のひとつの工夫であると捉えておりました。また、Cさんは、自己一致ということも主張されます。これは後々のBさんのご意見と同調するところでした。自分の心と自分の発する言葉とを一致させなければ、いいたいことが誠実に伝わらないということでした。たしかに、心の中で思っていることと発する言葉とのちがいやズレに敏感なのが子どもたちであり、鋭く見抜いてきますからね。つづいてDさんは、なぜほめる指導なのかという原点に立ち戻った問題意識から発言されました。それはいうまでもなく児童生徒に自信をつけさせるためであると。そして「踏まえるべきこと」として、自尊心を傷つけないように言葉がけするということを述べられました。

 こうして6名全員の発言が一回りしました。やや長い発言もあったものの、内容豊富でそれぞれの方が独自の視点から異なる意見を出し合っており、今後の展開に期待が持てそうな予感を面接官に与えました。

 このことはかなり重要です。というのは、面接官も飽きあきしているものです。同じテーマで数グループの討論を聞けば、「またか」となるわけでして、これは人間なら普通の感覚でしょう。そうした状況で、引き込まれるような討論だなと感じさせるだけでも、グループとして「よい」との印象を与えるものです。結局、グループに対する好評価は、そのグループを構成している個々人の優秀性に基づくものです。

 打者一巡してから、議論はどのように進行していったのでしょうか。Fさんはこれまでの発言の論旨を簡単に枕として説明し、その上で、Fさんの原点的発言を受けて、遅刻をする児童生徒が早く出てきた「タイミング」を捉えほめる例を出されました。この児童生徒が時間を守るという約束を守る態度、しんどかったけどちゃんと登校してきた努力、こうしたがんばりを認めることが重要なのであり、約束、努力をほめることがひいては生きる力を養うことにつながると指摘されました。

 ちなみに、ほめる場面も学習指導、生徒指導の両面にありますね。そこを分けて議論する視点があってもいいのかもしれません。議論をすすめる上で、あまりに細分化しすぎると、適当な考えが思い浮かばないと意見が出にくくなります。しかし、テンデンバラバラだと、ごった煮になってしまいます。このあたりをどうするかも集団としての腕のみせどころでしょう。まあ、こうはいいましても、今回の討論参加者が小学校志望4名、高校志望1名、中学志望1名というように他校種入り乱れての討論だったので、あまり無理はいえません。本番では、校種は同一のケースが多いでしょうから(とくに小学校)、区分した上での議論が理路整然としているように面接官には感ぜられるのでいい印象をもたらします。

 次の発言者はCさんです。Cさんの発言の特徴は、その根底に確固とした教育観があるということです。何度もCさんの参加した討論をワタクシはお聞きしてますので理解できるのですけど、教育的な信念を持つことが、討論における一貫した発言態度を生みますし、力強さもあらわれるものです。どんな児童生徒を育てたいのか、これをしっかり見据えるだけでも変わってきます。実際、Cさんにはそれがあり、「心の優しい生徒」を育成することがCさんの「育てたい生徒像」であるわけです。そうした立場から、生活面においても注意をするのでしょう。

 制服をちゃんと着れないのは、注意されたいあらわれでもあるというCさんは、生徒の心を理解しようという指導態度に溢れています。ただ問題は、それがテーマのほめる指導とどうつながってくるのかということを熱意のあまりあるいは忘れてしまっているのかもしれませんね。

 ここで少し話題が変わり、Eさんがいきいき指導員として小学校6年生の児童を指導したときの内容を披露されました。その6年生には知的障がいがありました。Eさんはその児童とキャッチボールをして、一回一回ちゃんと受けとめたら手をたたいてほめたそうです。知的障がい児とどのようにコミュニケーションをとるかはワタクシたちにとってむつかしい課題ですが、障がいのある児童にはほめる指導が一層効果的であったことをEさんは力説されたわけです。

 Dさんからは、Eさんの1巡前の発言であるほめるタイミングの問題に触れられました。Eさんのいわれたタイミングが、ほめる対象となる行為行動を逃さないとのご意見だったのに対し、Dさんのほめる指導のタイミングは、ほめるべき行為行動があったとして、それをクラスの全員の前でほめるのか、1対1になったときにほめるのか、そうした意味でのタイミングを問題にされました。児童一人ひとりの個性に応じてほめるタイミングを図るとのご意見でしょうか。

 Bさんは、Eさんの提出された障がい児指導におけるほめる指導をどうするかとの課題について言及されます。Bさんは障がいのある児童は場合によっては登校を嫌がったり、座らないで歩き回ったり、奇声を発したりすることがあるのを経験されました。その結果、「よいところだけに眼を向けよう」と指導姿勢を決めて、そのほめ方も、大げさにほめるようにしたそうです。こうした指導が功を奏し、障がい児の笑顔を獲得したと述べられました。Aさんも障がい児のほめる指導についてご意見を披露されました。算数の補助教員として授業に参加したとき、知的に未発達な児童がいたそうです。図形を勉強していたのですが、空間把握がうまくいかず、どこをどう「ほめる」指導をしていいかわからなかったとAさんはいわれます。結果として、長方形を作図するパズルを導入したところ、該当の児童はやり遂げることができ、それを逃さずほめる指導をしたそうです。このことから、授業計画にほめる指導をいれるように構成してストーリー性を持たせる授業を計画するのがよいのではないかと指摘されました。特別な教育的ニーズが必要な児童生徒の場合には、あらかじめほめるべきポイントを挿入して計画案を作成しておくとのご意見は、とてもいい指摘でした。ほめる指導の良い点、悪い点を議論するのがテーマでしたが、それをいわば超越しつつも戻ってくると評価できるよいご意見でした。

 つづいてCさんは、高校志望の立場から、厳しい指摘もされます。こうした一面をみせて面接官にアピールするのはひとつの作戦でもあるといえるでしょう。「ほめることは、おだてることではない」と。なんのためにほめるのか、それはどのようなところであれ、向上してほしいからほめるんだと発言され、高校生は卒業して社会に巣立って育成とも多くて、社会に出てくじけてもらっては困るといわれます。社会に出れば、ほめてくれることはそうそうないのだよ、社会に出ればそれだけではないのだよ、と厳しいながらも愛情ある指摘をされたわけです。このご意見は、ほめる指導の悪い点を見事に表現しているとワタクシは感じました。この点、Dさんも、ほめることは認めることであり、叱ることは相手を認めているからこそ叱ることができるのであると述べられました。

 先ほどの「ほめる場面」という話題についてFさんが主張されたところは、学年のちがいによってどのように児童生徒がほめる指導を受けとめるかということでした。そして、DさんおよびEさんのいわれていた「タイミング」について、ほめる指導をする際に、児童生徒に孤独感や疎外感(ボクだけほめられない)を感じさせないようにしなければならないと発言されました。そのためには、児童生徒同士がほめあう機会を持つのがいいと提案されます。それは、Aさんがいわれるような「きょうのキラキラさん」を設けて、毎日まいにち、他者を認める場面を経験させるのがいいでしょうね。具体的な発言でよくわかります。Eさんも、ほめる指導が個々の児童生徒で偏らないよう公平性を意識して指導することが大切であるといい、その上で、学習能力を高めるためにほめる指導が有効であると主張されます。しかも、個々人をほめる指導だけでなく、グループをほめる単位としてもいいのではないかとつづけられます。

 というのは、本読みを例にとられて、男子が読んでいる間、女子が静かに聞き入って、評価している場面や、女子が感情を込めて読んでいるとき、男子がそれに感動し、評価する場面をだされて、それぞれのグループがお互いに認め合い、ということは、ほめあい、本読みがうまくなっていく、と説明されたわけです。こうした具体的場面をいささか時間をとりながらも述べ切れるところに、Eさんの実力がうかがえます。

 Cさんからは、新しい角度からのご意見がありました。ほめる指導はいじめをなくしていくとの発言です。こうした視点が登場するのは、議論を深める上でポイントになりますね。議論し尽くしたと思ったら、また新たにトピックが出てくる。ほめることによって、自己を認め、他者を認め、お互いが尊重される。それがクラスの雰囲気をよりよくしていきます。先に述べられていた、偏りのあるほめる指導が克服され、グループ単位でほめる指導が貫徹し、相互尊重意識がクラスにはぐくまれると、理想の学級ができますね。このことは逆に、Bさんが指摘されたように、ほめる回数が少ない児童生徒がいじめられているということに解釈していいかもしれません。実際、ほめる回数が多い子が少ない子に「アホちゃうか」とののしりの言葉をいっている場面にもBさんは出くわしたようです。教員としての「一視同仁」的指導の貫徹は教員の感性にゆだねられるのでしょう。繊細さがなければ勤まらない職業ですが、そればかりでもつぶれていくこともありますし、みなさんは、大変な職業を選ばれたものです。

 Fさんはさらに話題を転換し、「ほめるをひろげる」発言をされます。教員間で「この子のこういうところがよかった」というように情報共有し、ほめる指導の結果を保護者に対しても伝えるとのことです。「おたくのお子さんは成長しています」と。その場面は、Dさんが指摘されたように、学級懇談会、保護者懇談会でしょう。児童生徒にいい点があることを保護者にも伝えることが、家庭においても「ほめるしつけ」に転換しますね。このあたりの議論の流れは秀逸でした。最後にBさんが、心からほめる言葉をかけることが大切であるとCさんのご意見を踏まえつつ述べられ、「児童生徒の調子が悪そうだからほめてやろう」といった指導態度ではうまくいかないと指摘し、議論は終了しました。

 とてもよい集団討論でした。なかなかワタクシは80点をつけることはないのですけど、今回は脱帽ですね。しかしそれでも傍聴者から疑問点も挙がりました。以下、土曜日の議論で登場した話題と、日曜日、つまり上のの議論終了後に出たご意見も紹介することにしましょう。

 まず、「いい点と悪い点」だから、これを区分して議論すべきかどうか、ということがあります。これは議論の流れの設定に関わることですね。テーマの種類によっては、しっかり区分してすすめる方が議論しやすいケースがあります。今回のようなテーマの場合は、なりゆきに任せるのがいいのではないかとの感想を持ちました。実際、討論終了後、「悪い点の議論をもう少し聞きたかった」というご意見もありました。よい点を議論する時間と悪い点を議論する時間を半々にしてしまうと、おそらく議論は苦しい展開になっていたと思われます。上の再現では、7、8割は、よい点の議論でしょう。上の議論でも、公平にほめないといけない、ほめることはおだてることではないといったご意見がありましたものの、悪い点については少ししか言及がなかったのではないでしょうか。。土曜日の議論では、ほめるとそこが到達点であると児童生徒が認識してしまって伸びない場合もある、ほめる境界線を教員の側で設定しないと、あやふやな指導に陥る、甘やかしになる、などなどありました。実は土曜日の討論もとってもよく、こちらも80点差し上げたい内容だったのですよ。

 ワタクシの感覚では、よい点と悪い点の議論割合は、8:2でいいのではないかと思っています。というのは、大阪府だけでなく全国的にほめる指導全盛の現在、あんまり悪い点をあげつらうのは、好ましくないと考えるからです。大阪府は、いいと思って「ほめる指導でいきましょう!」としているわけで、ことさら問題点を抽出するのは損といえば損になるのです。

 土曜日の議論から、少し拾ってみましょう。どのようなご意見があったのか。ほめやすい子とほめにくい子が存在し、ほめにくい子のほめどころをどうみつけるか。自尊感情を高めるためのほめる指導、むつかしいことに取り組んでがんばっている姿勢もほめる、これまでほめていたことも技術の向上をみこしてほめない、児童生徒によって態度を変えない、結果だけをほめないで活動そのものをよくみる、次につながっていくほめ方を、毅然とした態度も必要、などなどです。

 なお、日曜の討論終了後、個人内評価という言葉を出して説明するといわれたKさん、いい指摘でした。

 みなさん、次回28日も、がんばりましょう。3月も去りますね、もう春です。

(2009年3月14・15日)

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