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浩の教室・第6期 第41・42回(通算237・238回)勉強会の模様


 昨日、一昨日は、当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただきまして、ありがとうございました。最近、タレている感じの学習状況にあるとワタクシは思っておりまして、それを土曜の珈琲会、日曜の勉強会で注意させていただきました。折角参加しているのですから、充実した時間にしましょう。また、集団面接や個人面接のコメントも、1行とか2行とか、気の抜けたような感じになっているようです。各参加者の意欲的な参加態度を今一度、鼓舞したいと思います。

 さて、土曜日は、集団面接2回と集団討論、個人面接を実施いたしました。日曜日は、集団面接の希望者が多く、これを3回と個人面接を2名の方に実施いたしました。新しくご参加いただいた方も土日ともにいらっしゃいました。なんだか土曜日の勉強会は、かなり気合が抜けていてがっかりされていたのではないかと心配と反省をしています。自分だけが受かればよい、というのではなく、全員で合格したいものです。

 さて、土曜日の集団面接では、勉強している方、していない方の差が如実にあらわれていました。やはり、自己紹介やPRくらいは、いま、ちゃんといえないようでは困りますね。勉強会に参加すれば何とかなる、というのはまちがいで、やはりここを勉強してきたことの「お披露目の場」と捉えて自己を表現してもらいたいものです。いま、30〜40秒くらいのPRで戸惑っているようではダメですよ。

 自己紹介を最初にしていただいた後、両日ともに多様な質問を参加者にいたしました。それらは、最近の気になるニュース、教員の資質とはなにか、それをどのように磨いてきましたかといった定番的な質問、主にあいさつ系でありましたが、場面指導的な質問、学力と生徒指導に関する質問等々でした。最後の「言い残したこと」も、何パターンも作成していただきたいものです。DVDだけでは…(笑 ヴァリエーション豊かに自分の幅を広げましょう。

 個人面接では、Nさんが特別支援教育の志望理由ほか、ワタクシからの特別支援教育における分離と統合の問題に応えるのに苦労していらっしゃいました。是非、ご自身の考え方をまとめてください。

 また、Nさんは、社会科授業法研究についての突っ込んだ質問に、何とか応じきっていらっしゃいましたが、角度を変えるとボロがでるかもしれません。ご自宅で反芻し、弱点補強してくださいね。

 新しくご参加いただいたNさんは、多様な経歴の持ち主で、受け応えにハキハキしたところがありました。なかなか個人面接に応募がない中、挑戦してくださってありがたく思っています。継続的にご参加されているみなさんも、是非、個人面接にチャレンジしてくださいね。さて、やはりNさんに関しては、傍聴者からのコメントにもあったと思われますけれども、教員間の方向性不一致のことをどう処理するかですね。あんまり書くといけませんから、このくらいにしておきます。

 さて、土曜日の集団討論は大変おもしろかったです。ワタクシも勉強になりました。「望ましい人間関係の形成をどのようにしていくか議論してください」がテーマでした。じつは、これ、広島でも勉強した内容なのです。さて、どのように議論は展開していったのか。その再現模様は、次回更新からにいたしますね。

 遅ればせながら、集団討論の模様をお伝えします。テーマは、「望ましい人間関係の形成をどのようにしていくか議論してください」でした。このテーマに、20分間で6名の方が挑戦してくださいました。かなり勉強を積んでおられる方の参加があり、非常に勉強になりました。論理的な発言力、表現力を持ち、語るべき内容を持っていらっしゃる方がいらっしゃるということです。具体的には、教職教養の知識と実際の教育活動内容とが融合している発言ができるということでしょうか。どちらが欠けてもつらいものですが、とりわけ机上の勉強内容で、本に書いていることばかりを発言しても、評価は高くなりません。

 参加者を仮にA〜Fさんとして再現していきますが、最初に発言されたのは、Dさんでした。Dさんは、望ましい人間関係が現在求められているのは、それが希薄であるからにほからないというように、テーマから逆接的に根拠を捉えようとされました。実際、Dさんがいわれたように、学校におけるいじめも6万件を超えるわけであって、ではどうすればいいのでしょうか。Dさんいわく、自己と他人とのちがうこと、ちがうところを認めあうことからはじまると述べられました。Aさんは、これに同意しつつ、学校のクラス編成にあっては、様々な個性を持った児童生徒が集まるわけであり、初対面のときのやりとりが大切であろうと発言されます。望ましい人間関係が成立するかどうかは、こうした最初の第1歩がうまくいくかどうかにかかっているとのご意見であり、具体的には、適切な言葉でコミュニケーションをとっているかどうかがポイントとなると主張されます。

 CさんはAさんのいわれた議論を継承し、児童生徒には、「ありがとう」と素直にいえるように指導したいと述べられます。また、譲りあいの言葉でもある「どうぞ」の言葉がけも重要であると指摘されました。これを日常の学校生活で自然につかえるように実際に指導されています。Fさんは、言葉のやりとりの点に関して、あいさつをすることを挙げられました。もちろん望ましい人間関係はあいさつからはじまりますね。あいさつがクラスでうまくかわされていれば、心晴れやかになります。Bさんは、Cさんの述べられた「ありがとう」がいえるクラス作りに感心し、感謝の気持ちを持つことの大切さを強調されると同時に、それを実現する思いやりの感情を持つこととそれを伝えあうような指導をすると発言されました。

 Eさんは、情報科をめざす立場からのご意見でした。望ましい人間関係は、顔をあわせてコミュニケーションをとることによって養われるとされます。伝えるべき内容を、言葉で伝え切るには限界があるとも指摘されます。それが意思疎通をむつかしくするわけで、ひとつの例としてEさんは、「写真の説明」ということを挙げられました。みれば簡単であるが、写真を説明するのに言葉でどう伝えるか。質感をどうやって言葉で伝えるか。そこには限界があるといわれるわけです。このことは、ひいては、メールでの文章のやり取りにおいても解釈の違いが生じ、それが人間関係に亀裂を生じさせてしまう事態に発展してしまうといったご意見の登場を予想させますね。Dさんは、小学校1年生同士のケンカを例に説明されます。ここでもその本質は「解釈の違い」ということになるのでしょうが、結局は表現ができていないことがケンカにつながることを指摘されました。すなわち、手が出てしまうのは、お互いのことがわかるように口で説明できていないわけで、それをする前に、つまりコミュニケーションをうまくとる前にケンカになってしまうのであると。Aさんは、ケンカについて、「自分の感情がおかしくなると起こること」とおっしゃいます。相手の意識の確認や他者への配慮がないところにケンカが発声するのであって、どういうつもりであるのかを言葉を使って説明すればケンカにならないことも多いと述べられます。こうしたケンカを題材に、道徳の時間で考えさせると実際的なご意見を提示されたのがCさんでした。

 Cさんは、道徳の時間を活用し、いわばケンカから学ぶ指導をして、クラス全体で問題を共有そして解決しようとの指導をめざそうというわけです。実際に、なにがよくてなにが悪いのかを時間をかけて整理する作業を通して、望ましい人間関係の成立に向おうとされるようです。Bさんは道徳指導でお互いわかりあえるようにコミュニケーション能力を育成したいと発言されます。Bさんは、言葉のキャッチボールが意思疎通の基本であるが、実際にキャッチボールをしていても、暴投があるわけで、暴投した場合にはカバーしなければならないととてもうまい比喩で説明されました。意思が通じていないと暴投になってしまうのですね。
 Eさんは、この暴投の一種になるのでしょうけれども、外見的なことも大切であると主張されます。望ましい人間関係を育成するには、自己表現しなければなりません。自分を相手にみせなければ、相手もわかってくれません。その際に、外見的なことはファーストインプレッションとも関わってたしかに重要でしょう。Eさんは、1ヶ月ほど笑った顔をみない生徒の存在に気付き、その生徒に「楽しければそれを顔に出していこうよ」といわれたそうです。楽しい表情、豊かな表情をその生徒にとり戻すために、楽しい授業作りに、Eさんは邁進したそうです。

 さて、次に発言されたのは、Fさんでした。Fさんは、望ましい人間関係の基本は相互の信頼関係にあると基本に立ち返った立場から、相手を思いやる心の育成がなによりも大切なのではないかと投げかけられます。小学校6年生の算数の授業で、「わかれへんかったけど、教えてもらってわかった〜」との声があるのをFさんは大変喜ばれたようで、教えあいの効果が人間関係を成立させているのを確認されたわけです。そして、そうした場面を逃さず、すかさずほめる指導をすると実践的な生徒指導を心がけていらっしゃいます。Dさんは、この例につづいて、右腕を骨折した児童を中心にして思いやりの心が高まっていく例を挙げられました。Dさんは、助けあいのあるクラス作りについて述べられたのですが、骨折しているとどうしてもやりにくいことがふえる、だから骨折した児童に対し、「助けてもらったら、ありがとうといおうね」と声かけされました。しかし、その声かけを待つまでもなく、クラスでは骨折した児童をクラスメート自らが助けるようになっており、自然にあったかい雰囲気になったそうです。これを語っていたDさんも感動していたようでした。

 Aさんは、ご自身が障がいある立場です。手助けをして、手助けをされて、ありがとうといわれるし、いう、そうしたことが自然にできるようになったと述べられます。こうした感覚が自発的にクラスで起こるようになるのが理想であるとの主旨を述べられました。クラスがクラスのためにお互いに手を差し伸べるようになること、これがFさんのいうところの、本当に相手を思いやる態度の育成ということになりますね。

 Cさんは、Dさんの挙げられた骨折した児童のほか、元気がない子、いつも一人ぼっちの子もいると指摘されます。骨折した児童は、みればわかり、どのように対応するべきかクラスメートもわかります。わかりやすいです。しかし、いわば精神面で苦しんでいる子については、なかなか手を差し伸べることがむつかしいです。だからこそ、児童生徒をよく観察し、元気がない子にはやく気付いて声をかけるのが重要な指導となると述べられます。「先生はここにいる」との安心感を児童生徒に与えるような言動が求められているとCさんはご意見されているわけです。こうした指導が積み上げられ、より豊かな人間関係が形成されると主張されました。つづいてBさんは、道徳と関わって、学校における日常的な環境の整備ということについて簡単にコメントされました。

 Fさんは、望ましい人間関係を形成するにあたっての、コミュニケーション能力の育成について問題にされ、どのように児童生徒の人間関係形成に教員がタッチするべきかということについて発言されます。教員が授業時間だけでなく、あらゆる時間帯において児童生徒と行動をともにすることが、相互の理解を深める本来一番いい方策です。小学校ではとくにそうでしょう。休み時間でも、子どもたちのしているドッジボールにすすんで参加し、彼らとの距離を物理的にも心理的にも縮めることができればいいですね。学級活動においても、同じことがいえるでしょう。Fさんは、ゲームを取り入れる学級活性化策を提示されました。

 Dさんは、Cさんが話題に出された元気のない子のほか、話しかけにくい子、しゃべらない子に対するアプローチを示されました。そうした子どもでも、音楽を使って支援することはできる、音楽がなっている間は手をつなごう、というように条件を決めて、話しかけにくい子も活動に参加させることができる、という提案でした。

 このように、教育実践とテーマのたずねているところとがうまく噛み合った発言は、評価が高いでしょう。単に教育理論だけでも、単に実践だけでもない、そうした発言力が討論では期待されるのです。問題は、そうした発言がその場でできるかということですよね。本番ではかなり緊張してますし、それこそ頭をフルに回転させているはずですが、それでもなかなかできないことです。だからこそ、練習を積む…

 さて、次に発言されたのは、Eさんでした。Eさんは、体育祭など児童生徒が一致団結できる特別活動の場面を有意義にすることによって望ましい人間関係を育成できると期待されています。また、そこでは、個々の児童生徒の役割分担も発生しますし、とすれば、それは個々の児童生徒の得意分野も自ずとわかるようになりますね。Eさんのおっしゃるとおりです。Bさんは、個々の児童生徒がなかなかみせないところをどう引き出すかも重要であると述べられます。人間関係を深めるには、そうした個性的なところの相互尊重が求められているからですね。また、Bさんは、クラスにおけるグループ化をなくすような努力も、望ましい人間関係を成立させるには考えなければならないポイントであると確認されました。

 Aさんは、豊かなコミュニケーションが望ましい人間関係を形成するのであれば、そうしたコミュニケーションが成立する機会を多面的に設けるべきであり、そうしたコミュニケーションが成立する雰囲気を大切にするべきであると主張されました。先ほど登場した特別活動を有意義に指導に生かすのも、こうした機会の提供にまとめられますね。また、言葉で説明し、相互理解を促進することが大切で、「空気を読め」というのは間違いであるとAさんは自説を展開されました。

 最後にCさんが、良好な人間関係は、授業で作られるといい、隣に座ったもの同士が声を掛けあい、「○○ページを開いて」といったときに、教科書を指差しあうことも可能であるとされ、このような簡単であるが重要な指示と行為が、望ましい人間関係を少しづつ積み上げていくものであるとまとめられました。男女の仲良い望ましい関係も、そうでしょう。

 以上で20分間の討論時間が終了しました。今回は、とてもおもしろく拝聴させていただきました。なお、望ましい人間関係については、体験活動を通しても育まれるものですし、そうであればボランティア活動についての言及があってもよかったのではないでしょうか。また、ICTのことを考えますと、望ましい人間関係を阻害するネット関係の問題性、メールのやりとりにおける文章不理解からくる仲違い、DV的な問題にも触れていいでしょう。そして、基本的な生徒理解の方法論も、教育原理的には話題に出してよかったのではないでしょうか。例の、観察法や面接法などです。

 さて、きょう、あすも、当サイト主宰勉強会を開催いたします。府の課題からはなくなりましたけれども、集団討論は是非やりたいですね。参加者が互いに触発されて、教育的な思考が深まっていくからです。
 では、また。

(2009年6月6・7日)

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