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浩の教室・第7期 第39・40回(通算295・296回)勉強会の模様

 この土日は、当サイト主宰勉強会を開催いたしました。ご参加いただいたみなさま、お疲れさまでした。ありがとうございました。土曜日には集団討論を久しぶりに実施いたしました。

 勉強会のプログラムにつきまして最初に述べますと、4月期の勉強会で「自己売り込みのツボ」は終了いたします。報告担当された方、お疲れさまでした。秋冬以来ご参加いただいていた方は、ほぼ全員報告担当いただいたと思います。コメントを反映させて、最終版を作成してみてください。珈琲会で読みますので。今後は、この「ツボ」に変わり、個人面接を実施してまいります。みなさま、よろしくお願いします。個人面接を受ける前提に、府の1次エントリーシート作成が義務付けられます。まあ、義務といいましても、どうせ書かなければならないものですし、この作成義務は、いまのうちにやっておこうという主宰者の意図によります。

 ただひとつ問題がありまして、多数の方がすべての参加の日に模擬授業や個人面接を希望されますと、どうしても「割を喰ってできない方」が発生してしまいます。できるかぎり譲りあっていただきたく、お願い申し上げます。

 さて、土日ともに熱気のある勉強会になりました。今回は、土曜日の模様を中心にお伝えします。集団討論があったからです。日曜日は集団面接でした。しかし、前半は、いつものように、自己売り込みのツボ、模擬授業、場面指導、個人面接です。

 自己売り込みのツボは、すべてが個人情報に属しますので講評は控えます。ただ、一般化していえることは、民間企業の経験をどういうように売り込むか、あるいは売り込まないかという、勉強会におきましても数年来の課題についてでした。直近まで働いていた方は別として、たとえば10年間民間企業で経験があり、その後、10年講師経験があったとすれば、もう、最初の民間企業経験には触れなくていいんじゃないか、ということです。10年は「仮に」ということですよ。この数字が変動するにつれて、経験を書くか書かざるべきかというハムレットの心境になるわけです。

 あともうひとつの一般化できる課題は、もう何度もでているように、教育実践そのものについて書くかどうか、ということですね。しかも、書くとすれば、どれくらいの量を書くか、どういう場面を切り取るかというところにむつかしさが認められます。ただ、大学4年生なら、教育実習くらいしか教育経験と呼べるものがない方がいらっしゃいます。そうした場合は、逆に、そこしか書けないと逆に限定されますね。

昨日述べたように、実施したのは、今期最終の自己売り込みのツボです。土曜日にはNさんとMさんが、日曜日にはOさんが挑戦されました。もうずいぶん仕上がっている方々ばかりです。Nさんは授業風景をいれましたし、Mさんはボリュームアップして、ちゃんと3分間語れる内容になってきました。Oさんも苦しみながらもOKが出たような感じです。

 つづいて、模擬授業および場面指導でした。土曜日は模擬授業が3つと場面指導が1つ、日曜日は模擬授業が2つに場面指導が1つでした。因数分解に相加平均、相乗平均、けがの防止となんだか中高校生になった気分です。数学の模擬授業では、だいぶん疑問が出ました。これは、模擬授業の形式に対する疑問ではなく、純粋に数学がわからないもの=ワタクシからの疑問でした。また、よく、理系の方は「生活と密着した授業」とおっしゃいますけれども、それがあらわれていたのかどうか。まあ5分ですから、それもむつかしいものです。それに対して養護教諭志望の方の模擬授業は、内容そのものがすぐわかるものですから、受けていて安心でした。本当に簡単な内容が教科書に載っているのですね。場面指導のHさん、またちょっとへこましましたよ。もっと、しっかり。保護者対応の課題でしたけど、弱々しさが漂っていましたよ。

 日曜日は、0を含んだ計算のしかたと民主主義について。算数のほうは、時間の使い方に問題があるとの指摘。ポイントを絞って5分間実践することのむつかしさを改めてしらされました。全体的にはうまくいってて評価は高いです。民主主義のほうは、うーん、教科書の1部分ですから、次回の章とのかかわりで、実践するのがベストです。小学校特別支援を対象に授業実践していただいたのですけど、中学の社会科志望の方々や、ワタクシから、ダメだしがありました。いや、もう、開き直って、踊りましょう、回りましょう(笑。

 場面指導では、今回、Tさんに生徒役をしていただきました。なかなかうまかったですよ。Tさんの突っ込みに応答するNさん。Nさんは、うろたえながらも演じておりました。あとで批判的指摘があったように、やっぱり叱らないとね。模擬授業でも、場面指導でも、なにが求められているのか、どこに期待されているのか、それらをつかむことが合格に結びつきます。またやっていきましょう。

 この後、個人面接です。土曜日は希望者なく、日曜日に再々挑戦のNさんでした。別の方面から質問を重ねましたが、うまく表現しておられます。意地悪質問もしたのですけど、こなしていましたね。

 さて、久しぶりの集団討論です。テーマは、「学校と保護者との連携の問題」でした。場面指導で対保護者の課題が多いので、では一度みんなで話し合っていただきたいというのが出題理由でした。このテーマに7名の方がチャレンジされました。時間は20数分です。仮にA〜Gさんとして、再現していきましょう。

 まず、発言されたのはAさんでした。Aさんは、テーマから、家庭との連携に関して大切にしていることをとりあげて発言されます。それは家庭を知ることといわれます。そのためには、児童理解を踏まえたうえで、連絡帳を使って連携していくと述べられました。この発言に反応し、Fさんは、家庭に方々が学校行事に参加しやすいように配慮することが肝要であると発言されました。Eさんは、学級通信に言及されます。日々の出来事や体験学習についてのこと、さらに時間割を掲載するなど、いま、現に実施していることを周知することが家庭からの信頼を得ることになると話されます。Bさんは、身近な例を取り上げて、ご意見されたのですが、それは偶然に保護者とばったり遭遇したときのことでした。街で保護者と遭遇することは、籠の中の鳥である教員にはよくあることです。そうした際にも、学校でがんばっている様子を伝えることが大切であるとの趣旨のことをBさんは述べられました。このほか、「電話を差し上げること」や児童をよく観察しているということが伝わるように話すことなどについて提言されました。

 つづいてDさんは、保護者とは、直接接する場面があるとされ、その両面でパイプをつないでいくことが重要であると述べられます。たとえば3者面談という学校に来ていただく場面、それに家庭訪問というこちらからでていく場面というように。Cさんは、養護教諭の立場から、保護者とも丁寧に対応することが私たちに期待されていると述べられ、それは、連絡するときにあらわれるといわれます。また、タイムリーに流行病について周知することや、疾患の説明をすることなどで保護者からの信頼を得られるようになるとお考えでした。1順目の最後に、Gさんが発言されました。Gさんは、保護者とのよりよい関係を形成するには、地域を知ることからはじめなければならないとのスタンスに立たれます。地域を知り、その上で家庭を知る、生徒を知るの順になるとお考えのようです。

 地域が問題に浮上しました。ここでEさんが、土日に地域の運動会などが実施されていることに目をつけ、それに積極的に参加することを提案されます。ふだんの子どもの様子が知れるからですね。Aさんに順番が戻って、やはり生徒理解、児童理解が連携に欠かせないことを再度強調されました。Aさんは、議論をまとめようとリードされていました。それが、テーマから細かく議論のトピックを設定しようとの意図の発言にあらわれていました。これについて若干やりとりがあったようですが、ひょっとすれば、無理にテーマを焦点化するように議論の的を設定する必要はなかったかもしれません。以前ワタクシも、テーマがあまりにも広範囲な内容を語れるものであった場合は、いくつかトピックをたてることを推奨したことがあるのですけれど、今回の保護者との連携のテーマでは、そこまで絞ると逆に意見が出てこなくなる可能性があります。また、そうした「仕切り」に反発がでることも予想されます。むつかしいですね。議論は立体的に進めなければならない、しかし、はじめて会ったもの同士である、みんながみんなバラバラのことをいうのは避けたい、イロイロ気を使わなければなりません。協調性をどういうように捉えるかの問題となりますね。

 風薫る皐月、みなさま、GWはいかがでしたか。ワタクシは、イロイロありまして、休養を中心に過ごすこととなりました。お出かけありませんでしたよ。残念です。さて、勉強会の集団討論の「つづき」が大幅に遅れまして、失礼しております。ようやく時間をみつけましたので、「つづき」の文字起こしをいたします。文字色も黒に変えてみました。こっちのほうが、鮮明でしょうか。

 さて、つづいて発言されたのは、Fさんでした。Fさんは、保護者との連携に関し、受験相談をあげられました。中学志望らしいFさんの発言です。進路相談が増える中2,3年生になれば、なにがしたいのか、志望校としてどこをめざすのか、つめていかなければなりませんが、そうした相談をふかめることが保護者との連携のひとつの在り方であるということでした。Bさんは、養護教諭志望の立場ですから、受験指導とは若干関連が薄くなります。なかなか前の方の発言と絡めて述べるということが、校種が異なる討論ではむつかしいでしたね。Bさんは、小学校の例を取り上げようとされます。家庭からの連絡があったときこそ、家庭の様子を知るいい機会であると述べられます。小学生は、結構、「家でこんなことがあった」と話すケースが多いので、それを捉えていくことも大切であるとご意見されました。Gさんは、高校志望の立場から、家庭との連携によって生徒理解が強まるといわれます。教員として育てたい生徒像を伝えることで、教員にとっての生徒、家庭における我が子の一致した目標が定まるからです。そうすれば、しつけや生活習慣の指導においてもうまくいくのではないかと述べられました。つまりは、Eさんがいわれるように、児童生徒の変化あるいは不安などに敏感に気づくことが教員には期待されるということでしょう。児童生徒の保護者が入院されれば、児童生徒の心の変化もあらわれてきます。そうした観察が連絡という直接の行動となります。Fさんは、心の変化ということに注目し、中学生が思春期にあることを指摘し、それは反抗期でもあることをまず発言されました。反抗期では、「うちの子、学校でどうしてんねんやろ」と心配する保護者がいます。そうした際に、電話や面談で学校の様子や学校における該当児童生徒の様子を伝えることによって、思春期の危機を乗り越えられるのではないかと話されます。「学校ではどうしてんねんやろ」という言葉が出てくる背景には、Aさんがいわれるように家庭と学校とにおける児童生徒の「みせる顔の違い」があります。Aさんはこれをどちらも児童生徒の持つ顔であるとされ、広い視野から児童生徒をみることができるとし、それこそ連携の効果であると指摘されました。

 「うちの子、学校ではどうしてんねんやろ」は、「親にはえらそうであるが、学校ではそうではない」などというような観察の違いからわかることもあります。これはBさんのご意見でした。児童生徒の本当のところをつかむことが重要であるとのご意見ですね。また、「うちの子」云々は、Dさんがいわれるように、自分の子をちゃんとみているのか保護者は心配しているとの別の表現であるのかもしれません。問題が発生する前に手を打たなければなりません。いわゆる非行事実は、ひょんなところからわかってくるものです。Dさんは、友人関係など児童生徒の周辺理解にも努めなければならないと語られました。

 Cさんは、児童生徒が個別の悩みを抱えているケースでは、「密閉した部屋」に問題抱えてたずねてくると養護教諭としての観察からご意見されます。悩みそのものが、まっすぐ訴えられているものなのか、それとも、別の形であらわれているものなのか、そのみきわめも教員に求められているといわれます。だからこそ、保護者と連携して児童生徒をみていく必要があるとのことです。そのためには信頼関係の形成が大切であり、児童生徒の出すシグナルを直ちに発見する初期対応が重要となります。初期対応がうまくいくかどうかも、保護者との連携がうまくいっているかどうかにかかってくることでしょう。その場合、携帯電話をどう考えるかということも話題としてよいでしょう。Gさんは、携帯電話の使用法やメールのやりとりに関しても、保護者との連携を考えられています。家庭の指導と学校の指導がクロスして、情報社会における児童生徒の健全発展が見込まれるからです。こうした広がりのある発言が討論には必要で、今回なかなかこうした意見がでてこず、残念な感じがありました。

 つづいてFさんは、児童生徒の姿について、「うちの子」云々の別ヴァージョンのようでしたが、他教科を受けているときの生徒の姿を問題にされました。もちろんこれは、教員連携の話に移るきっかけとなるものです。Bさんの情報共有という言葉がこれをひとことであらわしています。学級の様子を伝えることがもっとも大切なのは、対保護者でも、別の教科の教員にも必要なことです。最後にDさんが、一人ひとりとしっかり話し合うことがCさんの指摘された問題を解決する方策であることを指摘され、討論は終了しました。

 さて、ごく簡単でしたが、討論の模様を再現してみました。やはり文字では限界がありますね。また、実際、やることや聞くことがなによりも大切であることを再認識しました。ワタクシのほうも、勘がくるって議論の捉え方の違いがあるかもしれません。

 次回は、来月の頭くらいに討論をしましょう。

(2010年4月24・25日)

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