日々旁午

2004


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舞鶴はいいところである。もう何度もツーリングしているが、海の幸豊富で爽やかな潮風漂う港町である。東西を走る27号のある地点を起点とし、南北に1本太い幹線国道があり、この町を2つに分けつつインポートとエキスポートに貢献している。大江山の険しい道のりを峠越えする苦悩は遠く昔日の井戸端話となった。さらに赤信号で何度も停止を余儀なくさせるところの、ウンザリする輸送業務かも開放された。新しい高速が完備されたのである。だが見知らぬ間に連れ去られたひとたちのことは、昔日の噂話からなくなりそうもない。また、大漁告げる漁船からの笑い声と違い、囂々とした機械音を潮風が運んでくることに、心ある人びとは憂いを漂わせている。もう少し足を伸ばして丹後半島は舟屋を訪ねるといい。鄙びた風景とカモメが歓迎してくれる。都会の人間なら沈静作用を感ずること間違いない。ええにょぼ的人びとの営みが歴史を作っている。その暮しと人情には、古きよき共同体意識はあるであろうが、都会者だからといって侵入拒否するような掟を定めていないだろう。穏やかさと優しさとをたずさえた街並みである。例の教員FA制が動き出した。京都府下3000有余名の先生方のうち、約5lがFA名簿に記載されたそうである。京都のこうした大胆な改革は、真に改革の名に値する。文部科学省を1歩も2歩もリードする試みと評価できる。図体が大きく腰の重い中央官庁に対し、京都のフットワークは見事である。大原女の健脚と物腰の柔らかさが偲ばれる。地方教育行政と中央教育行政の併存の意味が立証されたといえよう。異動するバリバリ教員は、自己の指導能力を信じて新天地で力を存分に発揮してほしい。だが、その先生が去り行く跡をいかにして埋めるか、それが残された課題のひとつとなる。改革断行京都であるから善後策は整えているのであろう。しかしもうひとつの残された課題の方が気になっている。果たして、FA宣言した先生方は、京都府下のどのような地域に多いのであろうか。交通の利便、都市的活況をもとめる2次欲求ニュアンスが教員的情熱を上回ることがないよう祈る。老婆心ながらここに記す(1/10)

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モーニング娘。のメンバーになるためにはどうすればいいのか。最近、ぼんやり考えていることである。学年末試験準備に追われる学生の前でこう切り出したら、一笑にふされたが、易々と見逃せない論点を含んでいるように思われる。大袈裟に「モー娘。の社会学的考察」とはいわない。しかしちょっとつきあってほしい。モ−娘。のメンバーたちは自己実現しているだろうか。実に然り、同世代からは、至大至高の自己実現をしているように映る。そしてそうであるということをこの場での前提にしよう。世の女子中高生でモー娘。に加わりたいと思っている乙女は星の数ほど存在する。彼女たちはオーディションという「入学試験」を受験する。倍率は有名進学校の比ではない。1人か2人しか合格しないが、その厳しさはたとえば大阪府教員採用高校美術の受験状況と変わることなき超難関である。運が作用するのも同じである。合格すれば晴れて集団に所属し、芸能活動を開始する。「学校」入学である。その「教育課程」には「歌」、「芝居」といった「科目」が用意されている。一定期間の芸能活動を遂げると「評価」が下され、ゴマキのように「卒業」して自立し、ソロデヴューする。別れ際には花束贈呈の涙の儀式。ときにはメンバーの数人がグループを形成して「班活動」をする。「特別活動」といってもいいかもしれないミニモニとかいう活動である。彼女たちはモー娘。集団にあって先輩、後輩関係を紡ぎ、同時にライバル関係にあり切磋琢磨している。そこでは見えないだけかもしれないが「イジメ」はない。いわんや「不登校」もない。自己実現のためにメンバーは必死に芸能スキルを学び、つんくほか「教員」からそれを貪欲に吸収しようとする。まさか「歌」の「授業」中にメール交換に耽ることはありえない。プロデューサーつんくは「教員」あるいは「指導者」の立場にある。主役は「生徒」である彼女たちだということを決して忘れずそのサポート役に徹している。支援している。まさにこの集団はユートピア集団である。理想の教育形態を実現しているではないか。さて教育活動と経済芸能活動が一致しているところに、彼女たちの真剣さの源泉があるのかというと、そうではない。なにしろ実際は巷の中高生とかわらない彼女たちである。お金のことにはチンプンカンプンであろう。そうした点にではなく、今その瞬間に、自分のために、脇目も振らず努力を重ねているのである。結果としてその芸能的経済効果が増大し、世の社長を押し退けて長者番付に名を連ねているだけである。こうした素敵な、それでいて自己実現のための正常な集団の在り方が、学校教育において実現できないものであろうか。なにも職業教育と結び合わせて学校を考えるわけではない。学校世界は強制にはじまる。そこからして異なる。中学生であっても、自発的入学意欲を明確にもって自己実現を胸に秘めているケースは少ない。自分の目指すべき将来を展望することなく、高校に進学するケースも多い。それは自分探しの旅の入り口であるからかまわない。だが、おぼろげながら見えてきた自己の生き方と学校の教育要求つまり、教科能力をアップさせよ、が齟齬した際、生徒は暴発する。その学校的圧力がパスカルの法則よろしく弱いものに集中する。イジメや不登校の主要原因となる。じっくり自分の頭で考えたいと主張する生徒に、そんなことはいい、問題解決処理スピードが要求されているのだと却下される。皆と同じ行為行動をとるのが学校の暗黙の了解事項であるとして突き付けられ、自分を見失う子どもは多い。制服の存在を疑ってかかる精神はここに胚胎していよう。「ボクはボクのやりかたがあるんだ」を無視する学校。学校は児童生徒の自己実現を満たそうとする反面、その、よかれと思っていることが裏目に出つつある。裏目が出る確率の高さは13万人超にもなんなんとする不登校数にあらわれている。学校の評価がすべてでないことに気づきはじめた家庭や子どもは、社会の多様化を背景に各自の信ずる価値実現の方向に舳先を転換する。学校的価値を認めず、学校の評価が社会一般の評価ではないと自覚する世代が発生する。「アンタ、なに夢みたいなこといってるの、モー娘。になるんだって?」と一昔前なら歯牙にもかけられなかった相談が各家庭の団欒を豊かにしつつある。大切なことは、社会への貢献と自分の将来展望からする成功とが幸福な関係にあることであろう。ひとさまから認められる存在に自己を成長させていくことが、人間としての目指すべき方向性であるならば、学校的価値を追放しないまでも、学校の役割が薄まっていくのも致し方がないのではなかろうか。さて、モーニング娘。のメンバーになるためにはどうすればいいのだろうか(1/9)

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たしかに好んでこれをつけて食べます・ドレッシングよりすきですトイレ掃除させるのは、屈辱である・これがアメリカの敗者ヘの仕打ち最近、電撃訪問がおおいな・オランダ首相イラクへ行く中曽根的一流のトボケ・正月参拝わからんわ自民と民主で改憲してもらっては困る・純ちゃん菅ちゃん女性の女性による女性のためのタクシー・でも収益はどうなんだろう円高進行が財界の頭痛の種・105円代突入和歌山県校長恐喝は嘆かわしいにもほどがある・現役中学校教諭が情けない担任の大分県女性教諭のいじめが原因・小4児童にトラウマできるよはたきかける82歳・金だせるわけないってそら当然他人の空似・でも誤認逮捕はあかん泣きじゃくられて騙される・卑劣だな捻挫ですか・NAKATA(1/8)

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少年時代を思い出してここは楽しそう・そういうワタクシも鳥が描かれたものを蒐めていましたさすがに警察の調査能力はスゴイものだな・ドンキホーテ川崎重工の雇用延長は大胆ながら拍手・それでこそカワサキ事件がつづくなあ・高槻親類には甘い税金徴収・千葉かわいい「ちんころ」ほしいなあ・十日町年始早々なにやっとるのかね・酒田中学講師タクシーで強盗・タクシー強盗とちがうよ「信州県」じゃない、「信州」です・ヤッシー赤信号に突っ込む米兵・酔ってたのかも盗塁は奨励しても盗撮はいかんよ・元作新学院大野球部監督ダスキンには隠蔽癖があるといえる・ドーナツはもう大丈夫かな450頭の子牛哀れ・米、BSEの余波19億円かあ・その価値あるステップご覧のように画面右に、あたらしいアンケートを設置いたしました・みなさまのご協力をお願いいたします(1/7)

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学生の頃から長らく疑問に思っていたことがある。それを教員の立場から省察し回顧するのも悪くはないであろう。その省察に、パーソナルな思い出を交えてみる。人生を生きてくれば腑に落ちないことは多い。冒頭の疑問とは、そんな問題のひとつであり、「大学の期末試験の問題を、学生に前もって伝えるのはなぜか」という誠に一般的にはそういうものだと信じ込まれている疑問である。そんなことはないとおっしゃるセンセイもいるであろうけれど、真実はワタクシの経験が説明する。学生の時、それも入学したての第1回授業で、期末の試験問題を発表した老教授がいた。若かりしワタクシは唖然としてその真意が分からず、驚き、また憤慨した。大学とは勉強する場所じゃないのだと思い込み落胆した桜散りし一日であった。浪人生活を秋霜気分でそれこそ勉強に打ち込み、ようやく入った大学講義の初っ端でなめられたのであるから、松田優作じゃないけれど、「なんじゃこら」と叫んだ後、脱力した。この老教授の罪は重い。消しゴムかすを机から掃くように、ワタクシはさて置き、前途有望な多数の若者の勉学意欲を落下させてしまったからである。次の週、満杯の教室は閑散となった。葉桜と皐月の薫風がキャンパスを支配しようとしていた。薫風は学生を優しく撫でる。大学でシリアスに勉強しようと複初したのは3年になってからである。前半2年間遊んだツケは大きかった。でもまだ救われたと思っている。半分は勉強に打ち込めたのであるから。3度目の桜を愛でた後は、本の虫になった。「緑のたぬき」など身体に悪い食糧を買い込んで、TVもないタンツボ的6畳間から一歩も出ず3日間過ごしたこともある。なぜTVがないのか。誘惑に弱いワタクシは、TVの線を引っこ抜いて等加速度落下運動の実験を敢行したからである。相変わらず期末試験の問題を学生に伝える風が桜を散らしていた。季節は容赦なくめぐる。博士課程を修了し、大学の教壇に立ったワタクシが、第1回目の授業で問題を公表するはずがない。なぜなら仙人のように森羅万象を達観できうる老教授ではないからである。若さは厳しさを友とする。キリスト的寵愛を学生に与えない。30前後の教員は小中高大の校種にかかわらずバリバリ指導しようとするものであろう。そんなワタクシが試験問題を前もって公表するようになったのは、もう5年も前からである。白旗をあげた理由は仏になろうとしたからではない。何も伝えずに試験をすれば、300人の履修者の200人に不可をマークしなければならなくなったからである。資格獲得のための講義であるのにその意図を理解していないようにみえる学生が多くなったからである。老教授は私語なく講義を聞こうとする学生を選別するため問題を公表したのではなかったか。つまり問題公表することで学生を篩にかけたのではないか。問題をいったくらいで出席しないようなら学問をする資格はないというのが真意だったのかもしれない。この真意を見抜く選球眼をもつ学生は少ない。ワタクシはこうした「突っ撥ね」を老教授と共有しない。なぜなら、なにか心に引っかかる言葉を投げかけるのが教員の使命だとカッコをつけているからである。桜は散り、紫陽花の葉は濡れ、冬至に南瓜を食う。ここにきて、問題を前もって伝えることを止めようかとワタクシは悩んでいる。そんなのは「常識」でもなければ「伝統」でもない。ナンセンスだと思いはじめているのである。200人落ちようが、ガードレールを打ち破って命まで落とすもんじゃあるまいし。そう思う裏面には、ワタクシの単位一つで卒業できるかどうか人生を左右する深刻なケースを作りたくないという弱気も潜んでいる。だが、成績を甘くつけるのは学生のためにならないとすれば、落すことも愛情かもしれない。千尋の谷に落して這い上がってくるのを待つ態度、あるいは「一隅を挙ぐるに三隅を以て以て反らざれば即ち復せず」の論語精神で挑まなければ学生の学力は伸びないのではなかろうか。教室にTV付き携帯が跋扈しそうな時勢である。考えるということを習慣付けるためにも、悪しき「伝統」を断ち切ろうとしている。寝ぼけまなこの蛙が飛び出し、桜の蕾がふっくらしようとする季節を迎える頃、公表するか否か、自分自身に回答を与えるとしよう試験情報のメールを下さった22名の方々、ありがとうございました。年始にかけて一覧にし、当サイトを活用して下さっている受験生に役立てることといたします。サイトへアップした際、文章表現や内容を再度ご確認いただくため、メールをお送りいたします(どうやらMSNのメールアドレスには届いていないようです。その理由はわかっていません)定期勉強会アンケートへのご協力、誠にありがとうございました。お礼申し上げます旁午では、気になる記事やためになるサイト、あるいは息抜きのサイトを、毎日ひとつ冒頭にリンク〔新しいウインドウが開きます〕しています。また、旁午は毎日更新でi-modeでも見ることができます。ただし、1行目のサイトをi-mode版ではリンクしておりません。その紹介サイトのすべてがPC対応サイトだからです。http://www.liberalarts.cc/i-mode-hibibougo.htmlを入力して下さい。なお、yahoo!モバイルにディレクトリ登録されていますので、そちらからもアクセスできます(1/6)

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よくも悪くも、もてはやされています・ここでみておきましょう県職員に警察業務を任せるのはアブナイかも・たとえ指導啓発であってもサクランボが盗まれないことを祈る・山形新年早々の千枚通しとは恐ろしいこと・高槻議員立法するのなら、その悪しき名が残るというもの・国民投票法案保育所参入拒否か・島田慶大教授はどう思うもお、うれしくて、ウレシクテ、嬉しくて、たまらん・オキーフ歌声に福宿らぬ不思議・天王寺の叛乱帰省のみなさん、お疲れさま・ひとごみ嫌いよりもう朝青龍だからしゃーないの世界・欠席欠席(1/5)

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ワタクシの「おすすめページ」に、この御人のサイトの一部領域を紹介し、リンクしているのをご存じの方はいるであろう。しかし、御人のもう一つの領域に、興味深いページがあるのを知っており、吸い寄せられるように目を通している方は少ないのではないか。そこでは、ワタクシには難しくてわからないコンピューター関係の話と世相をたたき斬る記事とが雑居している。前者は知ったかぶりして「フフン」と流し読みするほか対応がないが、後者にはちょっと目を留めるものがある。ぶっきらぼうな語り口で、この春、大阪市助役に着任した女性弁護士を切り捨てたり、某HTML関連著作や、巨大掲示板サイトでの発言に対してをもぐしゃぐしゃにいい、あえて敵を作ったりしている。ボーリングのピンをえぐり倒す破壊力、筋を通す薪割り流の真剣。その意気や、よし。ワタクシのサイトのテーマである「痛快」と共鳴するからである。その理由はわからないが権力や権威と一線を画した態度を祝福もしたい。だが、さすがに御人がご自分のご家族を悪くいう文章に触れた時、ある種の哀れさと寂しさがこみ上げてくるのを禁じ得なかった。母をけちょんけちょんに描いているのをミル自伝の処所に確認できるが、そういうのをみて偉人にして哀れだなと感じとったのと似た感覚である。できれば読みたくなかった。だが、そうした重大にして些細な根拠によってBookmarkからはずすには至らない。ヤケ酒で気を紛らわす自由が純ちゃんやブッシュにあるように、御人の感情も自由に表現されるべきだからである。ただいえるのは、「人は文なり」とニヒルに笑った龍之介的アフォリズムをあらためて抱かせる正月休み明け前であるということである。ワタクシは、御人が同じ大阪人であることを知り、親近を感じている。さらにいえば、広い大阪であるのに、地理的に出身地が近い。また、御人は広島で働いていらっしゃるようだが、春からワタクシも広島に故あって通うことになっているので、余計に親近感が湧く。残念ながら30代であることも同じであった。ちがいはオジサンであるか、貴婦人であるかである。ワタクシは明日からもこのページを愛読するであろう(1/4)

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今年の干支、申の写真をアップしました・このページの下にあります。ご覧下さいませ謹賀新年・あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。あれやこれやと更新を重ねてきましたが、もっと質のよいページを増やしていく所存です。本年も「浩の教室」をご贔屓にお願いいたします。2004年・甲申(1/3)

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謹賀新年・あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。あれやこれやと更新を重ねてきましたが、もっと質のよいページを増やしていく所存です。今年の干支、申の写真を今晩にでもアップいたします。みてやってくださいね。本年も「浩の教室」をご贔屓にお願いいたします。2004年・甲申のっそりと「五重塔」を読了して数日になる。その勢いにのって「観画談」や「骨董」を一瀉した。面白いじゃないか。「観画談」、これは「談」じゃなく「絵」である。写実の絶妙。いままで露伴翁は不勉強ものを斬り捨てる怖い御人だと勝手に思案し敬遠していた。それが手繰り寄せられている。さすがは釣りの名手、露伴だなと驚いた。露伴は巨人であるが、少年の心をもって礼儀正しく接していれば、苦笑いと餌くらいはくれる博識であった。ワタクシは露伴を一代の碩学、その学識を理解することはできないと思っていたのであるが、そのリアリスティクな表現力に圧倒されつつ惚れた。後日、時間を捻り出してなにか翁について書いてみよう。そのためには奥行き深く翁の珠玉を読み込まなくてはならない。春先まで没頭しそうである来年より、定期的な勉強会を開きたいなと思っております。第1回は3/6(土)、13:00〜17:00が濃厚です。ただちょっと参加費が必要となります。まだ先のことですが、第1回勉強会に是非参加したいとおっしゃる方、意志表示のメール下さいね。お待ちしています。なお、前回の勉強会の簡単な模様をリンクしますね。前回は、キャンセル待ちの方もおられましたので、早々の連絡をお願いいたします定期勉強会について、いまご覧のページの右上にアンケートを設置いたしました・みなさま、ご協力お願い致します試験情報のメールを下さった22名の方々、ありがとうございました。年始にかけて一覧にし、当サイトを活用して下さっている受験生に役立てることといたします。サイトへアップした際、文章表現や内容を再度ご確認いただくため、メールをお送りいたします(どうやらMSNのメールアドレスには届いていないようです。その理由はわかっていません)。〔論作文道場〕−投稿状況のお知らせ−新規投稿通⇒昇平さんです。各論作文は、F505iなど表示容量の大きいi-modeであれば、携帯でも閲覧可能のようです。PCトップページを携帯に表示させてからリンクを辿って下さい。「うしろのこくばん」におきまして、みなさまからの投稿論作文に対し、ワタクシの一面的な見方だけでなく、様々な角度からご意見が提示されることを望んでいます。すでにアップしている論作文につきましても、論点の提示など、みなさまからのコメントをお待ちしています旁午では、気になる記事やためになるサイト、あるいは息抜きのサイトを、毎日ひとつ冒頭にリンク〔新しいウインドウが開きます〕しています。また、旁午は毎日更新でi-modeでも見ることができます。ただし、1行目のサイトはリンクしておりません。その多くは、PC対応サイトだからです。http://www.liberalarts.cc/i-mode-hibibougo.htmlを入力して下さい。なお、yahoo!モバイルにディレクトリ登録されていますので、そちらからもアクセスできます(1/2)

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