日々旁午

2008



おしらせ今後、当サイト主宰勉強会にキャンセルがありましたら、この「旁午」欄においてもアナウンスし、再募集をさせていただきます。再募集は、各開催日におきましてキャンセル連絡があった場合にかぎり、の記号を用いまして表示いたします。開催日程はこちらです。
当サイト勉強会で使用している問題集や参考書ほかを、大阪駅前第2ビル地下2階で、いつでも購入することができるようになりました。地下2階にレンタルボックス・キャビン(06-6344-0509:営業時間/平日11:00〜19:30/土日祝11:00〜18:00)というお店に陳列しています。問題集のほか、しょうもない小物も置いていますのでご覧くださいシート式の種類を増やしました(現在、2種類ありますが、年明けに3種類に増やします)。売り切れた平成19年夏実施大阪府過去問解答解説集(教職教養部分)の補充もいたしました。なお、陳列中の「古本(各出版社のもの)」は、新年からディスカウント(100〜300円)いたします。よろしくお願いします(売れたものもあります。あと3冊だけです)。ご購入いただいた方、ありがとうございました。

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あすは、当サイト主宰勉強会を開催いたします。ご参加のみなさま、よろしくお願いします。あすのプログラムは、ワタクシからの講義、自己売り込みのツボ、集団討論です。この時期はこれで通します。しかし、中教審から答申がだされましたので、そのチェックの時間を今月末からとろうと思っています。しかし、この答申、いつ「報道発表」されるんでしょうかね。また、「生涯学習振興方策」の答申ももうすぐ出るのでしょうね。こちらも時間があれば輪読したいところです。それにしても教育再生会議は、第3次報告で終了するのかと思いきや、官邸に附属して延命するらしいですね。存在理由がよくわからない団体に化していると思うのですが、どうなんでしょう。
 3月上旬からは、ついに集団面接を実施してまいります。集団面接をはじめると、ああ、今年も本格的にシーズンインだなと感じますね。
 さて、あすは新規の方も多く、いい刺激が得られることを期待しています。集団討論のテーマは、「体験学習を盛んにするような方針がもてはやされていましたが、現実には学力低下しています。今後、学力向上のために体験学習をどのように活用するべきでしょうか。議論してください」といたします。なかなかのテーマでしょう。どんなふうに討論参加者が議論してくださるか、非常に楽しみです。
 一番上に「」を使って表示しておりますけれども、あす20日、やむなき理由のキャンセルがあったため、残り1座席空いています。「あしただけど、いってみようかな」という方、メールお待ちしています。あすは、男性9名、女性18名の参加予定です。高額商品を売りつけるようなアブナイ団体ではありませんので、ご心配なく。どうぞ、よろしくお願いします。
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ああ、後期試験の答案用紙が富士山のように積まれてやってきましたよ。あああ。 まあ、毎年のことですからよろしいのですけど、今年は試験持込ありだったんで、金太郎飴的答案が多くて困るなあ。ひとりの才女が作成したペーパーが大量にコピーされ出回っている… その猫の絵付きのペーパーをみんなが持ってて苦笑。
 ま、それでも試験を気にしているということで、OK?としようかと。「仏の浩」と呼ばれて数年、中教審が高等教育の将来像を提示して、「厳しい判断を」とノタマッタのだから、もうちょっと採点を辛くしてもいいのかもしれない。評価はむつかしいものである。
 閑話休題。
 いま、答申の資料集と集団討論のツボの2つを資料化しています。2月の終わりまでに仕上げるべくがんばってます。また紹介しますね。
 あ、それから、これまたご案内いたしますが、1次試験直前講習やります。6月下旬です。こちらも資料をたくさん揃えてみなさまのご参加をお待ちしていますね。昨年は募集してすぐに満席60名でした。今年もよろしくお願いします。
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きょうで5万人以上の死傷者を出した悪夢の阪神淡路大震災から丸13年。当時、学ぶことに駆け出しだったワタクシも、この地震の直撃を受けたひとりである。四方を本棚に囲まれたワンルームマンションに住んでいたので、本棚の下敷きにならぬよう、急いで外に出た。じりじり朝方まで本を読んでいたので、地震をそのまま感じた。逃げるのも、だからすぐに行動に移せた。まだ暗い朝方、一端揺れがおさまったので、余震の心配がありつつも中に戻り、大事な持ち物数点と懐中電灯を持って出た。貝がパカパカ開くように、マンションの扉が開き、住民が不安そうに外に出ていた。お互いを見合っていた。
 頭の中をよぎったのは、当時、神戸に住んでいた親友のことだった。連絡はつかず、不安なまま数日過ごしたのを覚えている。なんとか助かったとの情報を得たのは、彼からの電話ではなかったか。記憶があやしい。ということはワタクシにおける阪神淡路大震災は風化しているのであろうか。ちょっと友人に電話してみよう。記憶をもう一度鮮明にし、震災を忘れぬために。
 亡くなった多くの方のご冥福を祈り、黙祷を捧げます。
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1月20日(日)、27日(日)の勉強会にキャンセルありました。それぞれ先着1名の再募集となります。みなさまからのメール、お待ちしています(みなさま、再募集にご応募ありがとうございました。20日は16日23時20分27日は16日22時44分確定いたしました)。

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キャリアを替えました。いままで、willcomのAIR-EDGEを使っていたのですけど、昨日から、EMOBILEの端末を使っています。willcomは2年間愛用したのですけれど、スピードと料金に不満を感じるようになり、そこにEMOBILEが3.6Mbpsだというので、衝動的に変更しちゃいました(今回は7.2Mbpsの方は断念。USB接続よりカードの方が好きという理由もありました)。ヨドバシカメラのワナにはまったかのようでした。
 サイトを閲覧すればわかりますが、モバイルで日本最速を謳っております。その実力は、たしかにwillcomよりは速いです。モバイルでGyaoをちゃんとみれるのかといえば、しかし、そうではありませんでした。受信環境によるのかな。ときおり映画の場面がコマ送り的になります。でもまあそれはご愛嬌。
 これで、2年間はキャリア変更できません。EMOBILEは違約金が高いからです。でも、いままでのwillcomは月あたりランニングコストが8000円近かったので、それが5000円ほどになるのは、スピードとともに魅力的です。問題は、環境ですね。受信カバー領域がまだまだ狭くて、接続できないところもチラホラ。大阪駅前第3ビルの地下は受信できませんでした。はやくアンテナをいっぱい立ててほしいところです。
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1月27日(日)、勉強会にキャンセルありました。先着1名の再募集となります。みなさまからのメール、お待ちしています(みなさま、再募集にご応募ありがとうございました。14日17時28分確定いたしました。またキャンセルありましたら、この場所でお知らせいたします)。

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(前承)Dさんからの問題提起があったと前回更新の最後に述べました。それは、家庭学習との言葉をいまこの集団討論で使用しているけれども、それは宿題の意味で使っているのか、それとも自発的な学習という意味で使っているのか、どちらを意識してみなさん(討論参加者)は使われていますか、というものです。Dさんご自身は、学校の教育内容定着のための学習という意味で使っていると表明され、自発的な学習は、たとえば長期休暇中の学習と捉えていたと述べられました。ワタクシは、これを聞いて、自発的学習は長期休暇中のものに限るのかと、逆に感じてしまいました。日常生活においても受験勉強に接続する嫌いはありますが、自発的学習はするものではないかと思っています。もうちょっといいますと、いまの児童生徒は、あまり日常、勉強しないのかな。まあ、塾もありますし、「勉強する」ということに関連し、場所や形態が変化してきているのでしょう。学ぶということへの動機付けは、時代を超えてむつかしいものです。
 Aさんは、このDさんの疑問に応答し、宿題はその日のうちに是非とも仕上げてほしい内容であって、習ったことの復習的意味合いが強く、さらに次回の授業への予習にもつながる意味を持っているとされます。自発的学習は、児童生徒の関心・意欲に根差して実行されるものであると捉えられ、そうした自発性に支えられた学習が展開できるよう、私たち教員は意欲を喚起する授業、意欲をかきたてる授業を実施しなければならないとまとめられました。非常によいご意見であったと思います。
 Bさんは、どうやら行論中の「課題」を、宿題と捉えられていたようです。その上で、宿題は大量に課すのではなく、また、宿題が学習の重層的な学びに連なるように、自発的学習につながるように出したいと述べられました。Eさんは、宿題は好奇心をたくましく育むものであってほしいし、宿題をすることによってその好奇心が集合し、自発的な学習の原動力になればよいとのニュアンスで語られました。Fさんは、Dさんの提起に答える発言がつづいたので、話題を転回し、宿題をやりたいから時間をちょうだいと児童生徒自身が保護者にいい、また、宿題を教員側に欲するような、魅力的な宿題の出し方を検討するべきであると指摘されました。Aさんは、このFさんのご意見に対し、児童生徒自らが保護者や教員に「宿題をやりたい」といってくるというのは非常に大事であると賛同を示しつつも(ワタクシは、この事態は「夢のような事態」であるとは思いますが…)、塾へ通わせたいとの要求や習い事をさせたいとの要求が保護者にあったり、児童生徒の方でクラブ活動を優先させたいといったり、様々な「自由な時間確保」要求があるので、共通理解を形成しないと、宿題を出す意味も薄れるとまとめられました。これをEさんは3者の共通理解といい直され、どのような意図から宿題を課しているのか、保護者と児童生徒の間で相互理解しているかどうかを探り、その上でテーマの「自由な時間の確保」の問題解決に進めていくといわれます。
 つづいてBさんは、講師経験から、児童生徒が冬休みの課題をしてこなかった事例をあげられ、責任意識について保護者に理解を求めるような家庭の指導を提案されました。こうした責任観念の育成にも宿題は一役買っているわけですね。Cさんは、このご意見に、宿題をやってこなかったのは課題が多かったのかもしれないと反省も必要と付け加えられました。
 最後にDさんが、宿題をしてみてわからないところがはっきりするし、それを授業に持ち寄ってくれて、フィードバックできればよいと抱負を語られました。そして、児童生徒も一人ひとりライフスタイルが違うことも考慮し課題を提供しつつ、「がんばれば評価してくれるのではないか」と児童生徒に思わせることも教育技術であると述べられ、20分間が終了しました。
 さて、いかがだったでしょうか。ひとつのポイントは、家庭学習に対する教員としての指導意識でしょう。これは賛成にせよ反対にせよ、議論の中心となります。過度の負担とならないように宿題という名の課題を出すことは概ね全員了解されたようです。ここで、Cさんの発言について述べましょう。Cさんは、今回は反対派であったわけですけれども、それはそれでよいとしても、立論が弱かったと思います。また、「過程の時間の使い方は自由」とぶっきらぼうにいっても、集団の合意にはずれるばかりで、異色な意見と面接官には映るでしょう。これは損な態度です。これを改良し、どのような意味で反対なのか、それを懇切丁寧に述べる必要があります。
 しかし、それでも、このテーマであれば不利です。採用試験に受かるという観点からすれば、耐えてご自身の意見は採用後に主張するべきでしょう。学力形成にあっては、やはり継続的な学習習慣が必要です。天才的ひらめきなど、あるようでありませんし、それは、地道な学習からピクッと登場するものでしょう。Cさんが、特別支援教育に携わっておられて、その立場から課題に対する一定の見解があり、「過度な負担になりはしないか」とシリアスに捉えられる意識はわかるのですけど、そのことは上に再現したように、一言も発言されませんでした。これでは面接官に伝わりません。相手はわかってくれるであろうというのは、長い付き合いの中でならいえることですが、はじめて会う面接官に、しかも20分そこそこでわかってもらえると思うのは、安易過ぎます。逆に、わかってくれないものと割り切って、だからこそ自己主張するのであると考える方が正論といえます。この点、次回に反省を生かしましょう。
 次のポイントは、非常にむつかしく、この討論でも達成できていたか微妙なところですが、学力と家庭学習の関係をどういうように捉えるか、さらに、そこにトピックとしての「自由時間の確保」ということをどのように関連付けるかということです。これについては、最後に討論参加者のだれかがまとめのご意見をいってくださってもよかったと思っています。その力量があったグループなので、残念です。もしそうした発言があれば80点以上ワタクシはつけましたよ。
 このほか、討論傍聴者の方から、PISAの話題、保護者のおかれた環境など、議論の種があるという指摘がありました。
 次回もまた、がんばりましょう〜
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一昨日実施した集団討論の模様を再現します。今回のテーマは、「家庭学習についてどう思いますか。また、保護者から自由な時間確保のために課題を減らして欲しいとの要請があったがどうしますか、議論してください」というものでした。このテーマは、試験に出題されたもので、実際にこれを議論して合格された方も勉強会にいらっしゃいました。そのYさんには、あとで試験会場でどんな意見が出たのかを含めてコメントをいただきました。
 さて、時間は20分、6名の方の挑戦です。昨日書きましたけれども、今回の討論に対するワタクシの評価は高いものでした。議論が流れるようにつながり、参加者同士の意見の交流が自然な形でなされたからです。20分間で24回の発言機会というのも、よい塩梅です。1発言1分を切っており、集団に対する貢献意識がこうした各々の短い発言を可能にしているといってよいでしょう。
 このテーマ、簡単なようでむつかしいにもかかわらず、手際よくトピックをたてられたのも、印象的でした。テーマの大本は家庭学習ですが、そこに保護者対応の問いも潜んでおり、この両方を調和的に議論できたかどうか、そして、保護者の要求に一教員として、また、学校としてどう対応するか、さらには、この要求が保護者の一方的な要求なのか、児童生徒の要求を保護者が代弁しているのか等々、議論のトピックは様々です。学力の問題でもあるし、保護者対応の問題でもある、いや、実に難題。
 まずAさんが、家庭学習は家庭における学習習慣を身に付けさせるために奨励するものであって、これは学校における授業だけではむつかしいものであると述べられました。家庭で勉強する癖をつけるということですが、各々の家庭には様々な状況があり、環境も違うので、保護者に家庭学習に対する理解を個々求めていくと発言されました。これに応じ、Dさんは、学校の学びを定着させるのが家庭学習の意図であるとし、英語を志望するDさんは、たとえば実践的なコミュニケーションは仲間がいなくては成立せず、オーラルイングリッシュなどは学校で行なう一方、家庭では学校でやや学習不足になりがちな文法の学習をさせるなど、家庭学習に期待する学習の内容に相違があるとまとめられます。Eさんも、学校で学んだことを家庭で深めるとのスタンスで家庭学習を捉えられており、家庭学習は個々に応じて理解を深められるので、その課題も個別の程度に応じて学習できるメリットがあると指摘されました。
 つづいてFさんは、自ら学び考える場所として家庭を位置付けつつ、学校で学んだことをもう一度家庭においてどのようにインプットし、そしてその内容を実力としてどのくらいアウトプットできるかを考えるよいチャンスであると考えておられます。家庭学習が成立すると、学校でもそれを前提とし、さらに学びが高度になって切磋琢磨できるようになると付け加えられました。Bさんも、概ねこれまでの討論参加者のご意見と同じで、机に座る習慣をつけるのが、家庭学習の意図であると強調され、自発的な学習が学校の学びを増幅するとともに、児童生徒に家庭学習の課題を与えることが学習のペースメーカーとなると指摘されました。
 こうした家庭学習肯定派の発言がつづく中、Cさんは、基本的に家での過ごし方は自由であると喝破され、家庭学習を減らす方向で考えてもいいと述べられました。保護者の減らしてほしいとの要求をそのまま受け容れるこの発言は、波紋をもたらす発言ではありましたが、このいわば家庭学習否定派の意見をどのように吸収するかが、今回の討論のひとつの課題となりました。これに対し、Aさんは、保護者の要求はある程度聞くべきであり、児童生徒への課題が、過度の負担になるようであれば減らすべきであると、やんわり対応されました。この「やんわり」が大切です。そして反対派意見に拘泥せず、教員として、学び方を身に付けさせることが第一であって、学校の限られた学習時間では覆い切れないところを家庭学習で補うとの姿勢形成を強調されました。とりわけ学習の方法という点では、家庭においての自主学習によって何かをつかんでほしいと期待し、学習意欲の喚起という点では、家庭だからこそテレビで教養番組をみるなどできると主張されます。社会科教員をめざすAさんは、学校で歴史番組など児童生徒の興味関心を高めるものを紹介されているそうです。
 Eさんは、反対派の意見に対し、保護者の要求は理解できるものの、課題を単に減らせばいいというものでもないと指摘されます。家庭学習は学習そのもののペースメーカーであるし、ひいては生活習慣の確立にも関わってくるものだからであるとその理由を述べられました。その点で、Dさんは、保護者に家庭学習の必要性を説明することが肝要であるとご意見されます。課題が過度であるかどうか、他教科の課題提出状況を把握しておく必要が教員の側にも必要で、各教科の教員がこれを話し合っておくべきであるとも述べられました。たしかにひとつの教科で大量の課題があるとすれば、その他の教科の教員が課題を課すのを控えてしまうこともあるでしょう。職員会議でこうしたところをチェックするのは大切です。また、学年会でチェックするというご意見が登場してもいいところですね。Fさんは、Cさんの「家庭での過ごし方は自由」とのご意見に対し、自由は自由だが、やはり家庭学習によって学習の定着はどうしても必要であるとの立場です。この課題をやりなさいとか、こうしたノートを作りなさいとか、個人差に応じた課題の出し方にも注意して実施していくのがいいかもしれないと述べられます。ただし、このページからこのページまでというように区切って課題を課してしまうと、クリアできない児童生徒も発生するので、指導が大変になると指摘されました。
 Bさんは、Dさんのご意見に賛成し、どれだけ課題を課しているかの現状把握をまずするべきであるとし、その一方、課題を出したら出したで、出しっ放しでは困ると教員の側に立った自己反省的な発言をされました。また、課題を児童生徒から提出させるときの意識付けにも注意するべきであると指摘されます。
 以上のように、イロイロとご意見が出ました。こうした意見を聞いていたCさんは、課題が強制にならないように注意したいと発言されました。それは、学ぶこと、教育することとは児童生徒の内面を育むことなのだとのCさんなりの信念に基づく意見であり、課題を課すことが逆に学ぶこと自体を嫌いにさせはしないかと慎重な姿勢を披露されます。
 つづいてFさんは、Bさんの提出された議論を継いで、児童生徒と教員との間でどのように課題をやりとりするかについて話題提供されました。児童生徒が課題をしてくる、それに担当教員がコメントを残し返却する、こうすればコミュニケーションもとれるし、課題を通して保護者との関係も築くことができるとご意見されます。そして、今回のテーマにあるような保護者との摩擦の解消にもこうした方策は役立つし、児童生徒の「心境の回復」にもつながると指摘されました。家庭学習は自主的学習に到達し、自分で学んでいけるようになることが要求されますが、そうした学習態度の形成にも、コメントを書いて返却する行為は効果的であると捉えられていました。EさんはこのFさんのご意見を引き継ぎ、家庭学習を見守る保護者は、勉強している我が子をみて、学校でどのようなことを学習しているのか理解するきっかけになるし、児童生徒も家庭学習によって、いま、何を勉強しているのか自覚できるので、やはり家庭学習は必要と強調されました。家庭学習は家庭における親と子のコミュニケーションを生むとご意見されました。
 さて、次にDさんの発言があったのですが、それは、ここまで使われていた「家庭学習」という言葉のはっきりした内容がわからないので、この言葉の性格について明確にしようとの問題提起でした。
(つづく)
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昨日は、第153回当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。新しくご参加いただいた方、いかがだったでしょうか。今後ともよろしくお願いします。体調を崩されて、不本意ながらお休みになられた方、回復をお祈りいたします。かくいうワタクシもここ数日体調不良で、寝汗でズクズクの日がつづいておりました。なんだか今年の風邪は長くてイヤになってきます。のど風邪なんですよね。はぁ〜
 さて、当日は、まず、講義からはじめました。レジュメも24ページまで進んでホッとしています。生涯学習についての議論が中心でしたけれども、そこに現在の政治的状況、たとえば府の首長選挙についてや、そこから小学校の校庭芝生化について話が飛び、一体、どれくらいお金がかかるんだろうといったような話も出ました。また、なぜだったか忘れましたが、皮膚科のお話もでて、話題提供者としてはよかったのか、悪かったのか、いずれにせよ反省です。ははは。しかし、当日の講義の肉付けを必ずやっておいてくださいね。それについては講義中指摘しましたが、『スコープ』ほか、手持ちの問題集で補填してください。義務標準法や高校標準法ですね。これはあと5年すれば日本全国で公立小中学校が1117校減るという讀賣新聞の情報を元に議論したところで登場しましたね。
 次に「自己売り込みのツボ」でした。まず、Kさん。Kさんの履歴の興味深さが際立っていた「ツボ」でした。時間的に3分40秒だったので、いかにカットするかが課題です。さらに、1分間に縮める際に、どう大鉈をふるうかです。やはり社会人経験をどのように教育現場に生かすかで迷いがありますから、その接続をどうするか、みなさんからもらったコメントを手がかりに、じっくり悩んで再構成してくださいね。
 次に、これまたKさん。Kさんは、非常にわかりやすかったとのコメントを傍聴者からいただいたようです。ストレートにイイタイコトがいえていると評価していいでしょう。講師経験を軸に豊かな教育方法論が語られておりました。感動の体験も盛り込まれており、清々しい文面になっておりました。問題は、上のKさんと同じく、1分間にどのようにして圧縮するかですね。そのほか、内容的に話す順番をどう設定するかでしょう。お二人のKさん、期待しています。できたらまたもってきてください。
 最後に集団討論です。今回の討論は、非常によかったです。ワタクシの採点は80点です。テーマが限定的であったにもかかわらず、うまく積み上げ方の討論になっていました。まったく空白期間がない20分間でした。書き留めるのにも必死でしたよ。
 この討論の再現模様は、次回更新で。先週は風邪で再現が延び延びになり失礼いたしました。なんとか早いうちに更新しますね。
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「勉強会のお知らせ」日程ページに表示間違いがありました。
 ×3月9日は実施しません。
 ○3月16日は実施します。
すでに「お知らせ」は訂正しています。お申し込みにお間違いないよう、よろしくお願いします。受付開始は1月27日22時となります。
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(承前)つづいてFさんがご自身の体験を語られました。いじめを受け不登校になってしまった子どもの指導について語られたのですけれども、そのときにクラスメートから「なぜ○○さんが来ないのか」というような言葉が相次ぎ、手紙をその子に書くようにもなったそうです。不登校の児童生徒にどのように指導していくかには、このように児童生徒からの情報入手といった積極面があります。逆に、児童生徒に直接接触することを回避する消極策があると思います。どちらがよいかはケースバイケースといえるでしょう。
 Cさんは、この不登校状態にある児童生徒は、自分が学校にいっていないわけですから、学校で何が起こっているのかということを考えていると述べられ、児童生徒の心境について思いを寄せる姿勢をみせられました。これに応じ、Fさんは、学校に行けなかった体験を述べ、自分の意見の通らない切なさを訴えられ、そこから、学級の雰囲気つくりの大切さを問題にされました。
 Dさんは、児童生徒と保護者と学校の3者の信頼関係を強く関係つけることが重要であると指摘され、普段から児童生徒同士で問題を解決できる方法を考えさせておく必要があるといわれます。それは、学級活動においての話し合いや道徳の時間において実現可能であると述べられました。
 Aさんは、学校に来ないときこそ児童生徒と深く接するチャンスであると発想を転換して捉えられたご意見を提供されました。Bさんは、Fさんの意見に賛同しつつ、教員として何をするか、何ができるかとの立場から学級経営にとりくむと強調され、この不登校状態にある児童生徒が学校に来ることができたとすれば、当然その児童生徒は注目を浴びるので、「絶対に笑わない」ということをルール化したいと発言されました。それはAさんが指摘されたクラスに入りやすい雰囲気を準備するということで、その方法論をスクールカウンセラーとも相談したいとご意見されました。Aさんは、とにかくまめに連絡を取ることを強調し、Dさんはそれを学級通信の活用ということで説明されました。
 Eさんは、カウンセラーについて述べられました。学校カウンセラーは月に数回しか学校に来ないところに問題があるといわれます。最後に、Cさんが、不登校の児童生徒に対して、常に味方であるということを伝えるといい、討論が終了しました。
 今回の討論は、テーマが限定的であるがゆえに話がつづきにくかったという問題がありました。これをどのように打破するのか、ですね。イロイロと技術を駆使しましょう。
 さて、あすの勉強会(第154回)の集団討論のテーマは、「家庭学習についてどう思いますか。また、保護者から自由な時間確保のために 課題を減らして欲しいとの要請があったがどうしますか、議論してください」とします。みなさま、がんばってくださーい。
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