日々旁午

2008



当サイト勉強会で使用している問題集や参考書ほかを、大阪駅前第2ビル地下2階で、いつでも購入することができるようになりました。地下2階にレンタルボックス・キャビン(06-6344-0509:営業時間/平日11:00〜19:30/土日祝11:00〜18:00)というお店に陳列しています。問題集のほか、しょうもない小物も置いていますのでご覧ください。合格お守りのキティちゃんも!
シート式の種類を増やしました(現在、2種類ありますが、年明けに3種類に増やします)。売り切れた平成19年夏実施大阪府過去問解答解説集(教職教養部分)の補充もいたしました。なお、陳列中の「古本(各出版社のもの)」は、新年からディスカウント(100〜300円)いたします。2月初旬、新しい答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」の解説付資料集を補充いたします。ワタクシの目からみて、大事なところだけ精選抄録しました。よろしくお願いします。
各種資料ほかをご購入いただいた方々、ありがとうございました。お礼申し上げます。

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ああ、久しぶりにCMで、のりピーをみた。「マンモスうれピ〜」などといっていた若き日ののりピーは、そのままワタクシの青春である。いまごろ「のりピー」と呼ぶ人はいないであろう。若者に「のりピー知ってる?」といっても、「誰それ?」となりそうではある。だが、のりピーは、のりピーである。酒井法子でもなければ、酒のつまみのカキピーでもない。だが、「酒」の「井」だから、カキピーを連想するのも悪くはなかろう。
 頭痛も一発で治りそうな、のりピー出演CMの薬を、嫁にはその理由をナイショで意味なく買ってもよいくらいのワタクシである。ことあるごとに「のりピーとなら人生やり直してもええわ」といって、顰蹙を買っていた。薬だけでなく、顰蹙も買うのである。この際、2月14日に、カキピーも買おう。バレンタインデーは我がのりピー生誕の聖なる日だからである。二日酔いに薬はつきものであるのは、今も昔も変わらない。「のりピーYUPPIEコンサートぴ・ぴ・ぴ」であるから、頭痛もする。たまに、緒・川・た・ま・き、に浮気する。
 で、なぜ、こんなCMをみていたのかといえば、いや、みせられたのかといえば、頭痛だからではない。財前助教授が登場していたからである(浪速大学医学部第1外科助教授)。このドラマ、ワタクシの評価では、NHKの「ハゲタカ」といい勝負である。エンディングがあちらの曲であるところも似ている。
 このドラマの圧巻の台詞、「無念だ」を思い出す。最後に読み上げられる遺書よりいい。この台詞を聞きたいために、全編をみる価値がある。ということで、パッとつけたテレビでこの「白い巨塔」が再放送されていたので、録画することにした。そのかみの田宮二郎主演もよいが、ワタクシとしては財前といえば唐沢氏である。あの権力に執着する演技姿勢がアッパレで、唐沢氏の爽やかさにだまされてeo光にする愚を思い知らされることになる。「正、解、です」より、「無念、だ」なのである。のりピーの薬をもってしても、財前教授(浪速大学医学部第1外科教授〔食道外科専攻〕)の病は治らない。
 「私がオバさんになっても」を軽やかに歌い、吉田拓郎をして、「我々ミュージシャンが、今まで何十年もの期間をかけて作り上げた詞の世界感を、森高が一瞬で破壊してしまった」といわしめた(wikipedia参照)美貌のヴォーカリストを、ワタクシほか宅八郎から奪った里見助教授は、カート・コバーンの生まれ変わりであると非実力派宣言する男優の嫁に想いを寄せられるなど、現実でも、役柄上でも、ええ人生を送るものの、役柄上では浪速を去る。里見助教授は、真っ直ぐな人柄であり、不正を許せない性格で、損をする男であるが、里見に表現された医学の神に仕える人柄の良さより、やはり財前に表現された権力意思の方が、みるものを惹き付ける。ワタクシから、のりピーを奪わなかったから、里見は許す。
 里見の、しかし、法廷での発言にこもる真実追求の姿勢は、筋目を通す医者として、現代に再現されなければならない。正当な主張をする里見にうらやましさを感じるとすれば、それはそう感じる方に後ろめたいところがあるといえる。里見の演技にあまり興味が持てないワタクシは、だから、損な性格なのか。
 よし、次の勉強会のテーマは決まった。「勉強しても権力を前にすれば意味がないという世の中を知ったような、ニヒルな高校生に、あなた方はどのようなアドヴァイスをし、進路指導しますか。みなさんで議論してください」。マンモスむつかしい。
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(承前)つづいてAさんは、間違うことは怖くないとのメッセージを発し続けるのが教員の役割であり、間違ってもそれを笑わないクラスの雰囲気の形成に努めるため、笑顔を絶やさないと発言されました。大切なのは、主体的な学習姿勢を維持、習慣化することですね。それが、意欲向上につながります。Cさんも、失敗から学べることは多いと付け加えられました。
 逆に、失敗したことをよい題材の提出だと捉えるBさんは、「ありがとう」といいたいと踏み込んだ発言です。ただし、失敗も1回にとどめるのが肝要とされます。さらにBさんは、体験学習が意欲の向上に結びつくので積極的に取り入れるが、好奇心を持続し体験学習に取り組んでくれるかどうか、何か妨げがあるとすればそれは何なのかと疑問を提供されました。Dさんは、これに応じ、それこそ学ぶ意欲にかかわる問題であり、それがテストでしか測れないのが教育現場の課題といえると指摘されます。これは、評価の問題に接続し、Dさんは、調べ学習と発表の効果を強調されました。
 Eさんは、これまでの議論から、学習習慣をつけることが学力向上と密接であるとの立場から、宿題について取り上げられました。個々人が解答可能な宿題を用意し、それはEさんによれば3種類くらいのレベルだそうですが、それをこなすことが物事に挑戦する意欲を高めるとご意見されました。成功体験の積み重ねが学ぶ意欲を引き出す構造ですね。
 Fさんの「ほめることは大切」との発言をはさみ、Aさんはほめるにせよ、知の伝達だけではなく、たとえば算数の公式を教えるときでも考えさせる力の向上をめざし、それが達成されたときにほめるのが効果的であろうと付け加えられました。そのためには、Cさんが指摘されたように、児童生徒が聞いていて楽しい授業であることが必要条件となりますね。
 Dさんは、楽しい授業に関連し、Dさんご自身の核心的な主張である調べ学習の具体例をここで披露されました。歴史分野は知識の詰め込みと捉えられがちであるが、たとえば身近な神社仏閣の歴史を調べてみるなどフォークロアにもつながる学習を展開し、それが普段の学習にインパクトを与えることが可能であれば、伝達中心の教育から脱出できると述べられました。
 これに対し、知識の詰め込みであっても是非とも実行しなければならないことはあるとの発言がありました。Bさんです。たしかに基礎基本の確実な定着にあたり、Bさんがいわれるように、五十音を1年生で教えるのは、教えるという範疇ではなく、絶対的なものであるでしょう。飽きるほど反復学習させるといわれるのも、よくわかりますね。いやでもやらなければならない学習であるとBさんは発言されましたが、それもよしでしょう。ただ、そこにも楽しさのエッセンスを忘れないよう、しりとりや絵をつかって学習すると説明を追加されたのが、Bさんの発言を柔らかなものにしていました。これに対し、Eさんが、保護者とも共同して、どのような勉強をしているか、していくべきかを確認しあい、たとえばBさんのいわれた文字の学習であれば、カルタ遊びなどを家庭で取り入れるよう提示するのもいいであろうと対応されました。
 これで20分間が終了しました。今回のテーマの中心が学力とは何かの各自の規定にあり、それをつき合わせてどのように集団として意見を積み重ねられるかでしたが、半分達成、半分失敗といったところでしょうか。学力の規定については、あとでワタクシの方から指摘しましたが、実質陶冶や形式陶冶の議論もなかったし、評価の観点から思考力、表現力といった議論もありませんでした。さらに指摘すれば、言語力、国語力の議論もない。ないないづくしで申し訳ないですけど、欠落した視点が多く、不満でした。
 ちょっと教育原理の勉強をしないといけませんね。まあ、まだ1月が終わる終わらないの時期ですから、これからに期待しますね。
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前回の勉強会では、集団討論のテーマは同一でした。土日の両日開催の場合、今後、このように同じテーマとなります。この週末は、「学力とはなにか議論した後、その向上の方法について議論してください」といたしました。学力に関わるテーマですね。勉強会でも申し上げましたが、いわゆる人間形成系のテーマも大切ですが、こちら、学力系のテーマが、今夏の主役的テーマとなりそうな気配です。その理由については勉強会の場にて申し上げました。やはり、学習指導要領の改訂と授業時数の増加が関わってくるからです。
 それでは、週末の討論の再現をいたしますが、今回は、27日に議論していただいた方を取り上げます。討論時間は20分間、6名の方がチャレンジしてくださいました。
 まず、Dさんがテーマに即し、学力とは何か、みなさん思っているところを出し合いましょうと切り出されました。その了承を一同の方が「はい」と示した後、Dさんは、学力とは、単に試験をクリアする力をさすのではなく、学習して獲得してきた既存の知識を組み立て応用する力であると規定されました。これに応じ、Bさんは、基礎を固め応用に生かすのはもちろん大切であるが、学力とは、事物をどう考えるか、創造するかにあるといわれます。試験をしても白紙のまま出す児童生徒を目の当たりにし、Bさんは何か書かせたいと考えておられ、そのためには創造する力こそが必要で、これが学力なのではないかとお考えです。Cさんは、社会人1年生であり、社会に出るまではペーパーテストでいい点を取ることが学力だと思っていたが、社会に出た後考え方が変わり、学力とは、コミュニケーションの能力や、論理的な思考力であると考えるようになったとおっしゃいました。とすると、次の発言機会に、どのようにして社会で通用するこうした学力=能力の育成を可能とする教育技術論を発言するのがいいでしょう。
 Aさんは、学力を定義して、各教科で学んだ知を応用する力であるのは間違いなく、推理力や学んでいく行動力をも含めるべきであると発言されます。Eさんは、今後、一生学んでいく必要のある生涯学習社会に現代社会はシフトしてきているので、学びたいものを自分で選択していく能力も学力といえると位置付けられます。Fさんは、保護者の意見としてテストでよい点を取る学力も、多様な学力の位置付けは理解できるが忘れてはならないと指摘されました。
 こうして一通り各参加者の学力規定が終了したところで、Bさんが、それでは学力の向上の方策について議論していきましょうと振られて、Bさん自身の規定を説明する方向でご意見されました。それは、考える力が学力であるから、考える場を設定することであるということです。これは、学校で設定されるわけですけど、単に教え込むのではなく、創造的に知を活用する場としての考える場の設定ということでした。Dさんは、班分けをして、そこで調べ学習を実施することによって、Dさんなりの既存の知を組み立てていく力としての学力を向上させたいと述べられます。調べて、数時間、数日経てばまとめて発表し、それに対する他者からの意見や評価も生まれるし、発表者は達成感や満足感を味わえると主張されます。
 次にCさんは、現実の授業を年頭において発言されました。児童生徒が前に出て回答する時間を取りたいと。問題演習を実施し、なぜそうなるのかを理解させたいそうです。そこで、恥をかくことが大切と述べられました。この発言はちょっとまずく、「ほめる指導」が大半を占める中、討論参加者の間で狼狽が発生しました。そこで、それをやんわり方向修正したのがEさんでした。Eさんは、「失敗しない」を学ばせることは大切ではあるが、失敗しても構わない雰囲気つくりが最初は大切なのではないか、失敗を恥と捉えないのがいいとの主張です。Bさんも、失敗がイヤだから前に出てやらないという児童生徒は多いが、では、失敗を恐れる態度に対して、私たちはどのように対応すればいいかと問題を提出されました。Dさんは、同じ過ちを繰り返さないことが何より大切であり、「積極的に失敗する大切さ」ということを強調されましたけれども、それを可能とする教育方法論はだされなかったので残念です。これを発言できればいいのですけど、それはまあ、現職の先生も聞きたいところで頭を抱えられている問題でしょう。とすれば、Bさんの問題提起はむつかしいものといわなければなりませんね。ただ、Fさんがいわれたように、なんでもよいから発言する態度は大切です。なんでもやってみて、つまり経験主義となるのですが、「失敗」が身体化すると次回に行かせるとの発想です。NEXT ONEの思想です。
(つづく)
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きのう、きょうと、連続して勉強会を開催いたしました。新しくご参加いただいた方も多く、ありがとうございました。様々なご感想あると思います。よろしければメールいただけると幸いです。
 両日ともに、内容的にはほぼ同一でした。といいますのは、両日とも集団討論のテーマは、学力に関連するもので同一だからです。しかし、講義は少し異なりました。それは、参加者の出される問題提起にもよるからです。いずれの日も、ワタクシの方からまずプレゼンテーションいたしましたが、それは、「簡単な学習指導要領解説」を少し密度濃くしたものでありまして、本日分だけでいいますと、なんとか1ページ進むことができました。
 次に、「自己売り込みのツボ」です。両日あわせ、4名の方に報告していただきました。まず、OさんとAさんです。Oさんは、転職され教職をめざす立場から売り込みをしていただきました。離職し教員をなされている方は、その理由付けが大切です。なぜ教員をめざすようになったのか、そこに真摯さと情熱を込めてどれだけ説得力を持ち、訴えることができるか。少なくとも、勉強会の20人くらいの方々を説得できなければならないでしょう。面接官は、「あなたのその職業経験は、教育にどのように生かせるの?」という観点から評価すると思われます。これにどれだけちゃんと答えきれるかですね。また、Oさんの場合、すでに講師としてがんばっていらっしゃいますから、その仕事の内容および教員として実現していることを組み込み語られるとよいかと思われます。
 Aさんは、かなりの講師経歴をお持ちで、それが反映された売込みになっているかどうかがポイントでした。さすがに大学出たての方と違い、数年間の講師経験がある場合は、その戦力を買って採用にいたるわけですから、それを強調しなければなりません。いわば、採用即中堅というわけでありまして、そうした自覚が売り込みに求められます。とすると、もう5年以上講師をされていて、「先輩に学び」と書くのは、謙虚さは理解できるものの、いささか物足りないと面接官なら感じるでしょう。したがって、謙虚さをふんわり残しながらも、力強い指導力を持っている方かどうか判別されることになります。この点を踏まえて、自己売り込みを再考されてください。
 本日は、KさんとNさん。Kさんは、講師経験なく採用試験もはじめての方。とすれば、教育実習の経験やその他の塾講師としての経験をよい主張に転換する必要があります。そこを今後も悩まれてください。そして大学時代における経験ですね。それは海外留学という形で表現されていましたが、本日みなさんからいただいた反省点を生かしつつ、これまた再考していただきたいところです。文面としてはまとまったものでしたから、ここに、話すときのインパクト、強調点など、イントネーションを含めた自分の見せ付け方を工夫するとよいでしょう。最後にNさん。Nさんは、今回は反省ばかりで、こちらからも厳しい注文をつけました。講師としての経験がAさんと同じく長くありながら、新人とあまり変わらない主張では、これまた苦しいところです。ここに書く必要もありませんから、やっつけ仕事で売り込みをするという態度をやめ、自分なりにいいものを練り直してほしいですね。
 最後に、集団討論です。こちらは、次回の更新になりますけれども、「学力とはなにか議論した後、その向上の方法について議論してください」という議題で議論していただきました。両日ともに、20分間でした。
(1/27)

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あす、あさっては、当サイト主宰勉強会を開催いたします。ご参加のみなさま、よろしくお願いします。当日、資料請求される方は、あらかじめメールくださいね。いま、必死になって、中教審の新しい答申をまとめているところなのですが、週末に間に合いそうにありません。2月の頭から読んでいくことにいたしましょう。だいたい70枚くらいに圧縮したのですけど、まだこれでも多いので、もう少しカットしたいのです。どこを削るかむつかしいところです。解説もつける予定です。
 あす、あさっての計画ですが、いつもとおなじです。集団討論のテーマは、学力に関するものです。ちょこっと考えてきてください。あなたのイメージする学力とは、とか、学力向上の方法、とか、です。ところで2日連続となりますので、集団討論の再現模様は、土日いづれかひとつの議論になります。ご了承くださいね。その選択は、ワタクシの方でいたします。
 では、あす、あさって、よろしくお願いします。
(1/25)

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ちょっと仕事の時間が必要なので、更新を簡潔にします。みなさんご存知でしょうが、言語力育成協力者会議というのがあるんですよ。この会議、いつごろ報告を出すのでしょうか。いつも注視しているのですけどもね。1次試験前なのかな。そこが一番、ワタクシたちにとってきになるところですな。
 ようやく採点活動のトンネルを抜け出せそうです。1月末は閉じこもってばかりです。この勢いで、他の作業も。ほっほ。
(1/24)

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(承前)つづいてBさんは、Eさんが述べられた体験学習で地域の伝統や文化を学ぶ姿勢は、日本のそれを学ぶ姿勢につながると指摘されました。さらに、Dさんの高校における体験学習の現状報告を受け、修学旅行を通して体験学習を実現するのはどうかと提案されます。高校2年で沖縄に修学旅行にいくとすれば、平和学習がテーマになると示され、事前指導と事後指導を忘れず学習に起承転結を設けた体験を実施すると効果が上がると述べられます。そこでは、自分たちで調べたことをポスターに掲示するのもいいと指導の実際を提案され、これを一過性の学習にとどめず、広く深く平和を学ぶ方向に増幅する方法として、なぜ、ピカソがゲルニカを描いたのか、そうしたことを英文を通じて学ぶようなこともできないかとの提案にまで至ります。
 こうして授業実践への体験学習の取り入れ方についてのトピックに一段落ついたので、Aさんがテーマに立ち返って、体験学習を取り入れてきたのに学力が低下していったとすれば、その原因はなんなのだろうかと疑問を放ち、それは基礎的学習をおろそかにしていたからだろうかと自答されました。さらに、体験学習をしたといっても、実際に学習していたのかどうかわからないところがあると厳しいご意見です。児童生徒がいやいややっていないか、とのことです。だから問題はAさんによれば、どうやって体験学習に児童生徒を引き込むかという興味関心、動機付けの方法論となります。Bさんがこれに答え、日ごろから児童生徒がどんなことに興味を感じているのかを観察し、体験学習につなげていくべきと発言しつつ、やりたくない児童生徒にも、知らないことを知る楽しさを伝える側である私たち教員が工夫して、指導するべきではないかと建設的なご意見の提出です。Cさんもこのご意見に同意し、児童生徒の興味関心を把握し、実態をつかまえておくことが私たちに要求されていると、教員としての自覚を示されました。Cさんはこれをアンテナを張っておくという言葉で表現されました。
 Dさんは、Aさんの疑問に対し、総合学習が教科学習を時間的に圧迫しているのならば、教科の授業に活かせられる体験活動を模索するのがよいとし、そのときに生徒のすでに持っている学力でカバーできるような活動を探したいとご意見されました。
 Eさんは、Aさんの発言も受けつつ、体験学習と学力向上をどうリンクさせるかがテーマの課題であると再確認されました。力強い発言です。これにご自身で解答を与えられればもっとよかったですね。ところが、これが一番むつかしい。実際、この答えがあるのならば、現場は全然困らなくてよいわけでして、すべての教員がその組み合わせを日夜考えているところでしょう。それだけ大きな課題でありむつかしい課題なわけです。AさんがなんとかこのEさんの提出されたトピックに答えようとされますが、学んで身についた喜びを体験学習で実感させると答えるのが精一杯のようでしたし、Bさんも、この学力を向上させつつ体験学習をいかに実施するかの問いに対し、教師主導の体験学習で自主性を育むことができるか疑問を呈し、児童生徒の力量の差を考えれば、複数の学習コースの設置がよりよい体験学習の採用の前提になるのではないかと回答されました。さらにAさんが、体験学習でやったことを普段の学習にちりばめると表現され、授業に発展と広がりを持たせることを強調され、「こうしたこともできるのではないか」と児童生徒に「きづき」を与え、最終的に出口を自ら見出させるように指導したいと語られました。そうした指導は、授業から多様な方向へ飛び出していく道筋を児童生徒に与えることを意味し、授業が枝分かれしていく状況であるとAさんは表現されます。お膳立てをして児童生徒が進んで学んでいける状況を設定することであるとまとめられました。
 以上で、20分間が終了しました。
 今回のテーマにはむつかしいところがありました。学力向上を進めていくことと、体験授業をふんだんに取り入れることとは、両立するのかどうか。できるとすれば、どのような効果的な体験学習が計画できるのか。これに対する現実味のある提案があったかどうか。このあたりが評価のポイントとなります。テーマにストレートに接近するとすれば、上の問いに答えることは必須でしょう。しかしこれだけでなく、体験学習がなぜ唱えられるようになったのかの分析も大切でしょう。今回、総合学習は登場しましたけれど、「生きる力」との関係性が語られなかったのは残念です。また、授業時数の増加が見込まれる新しい学習指導要領の出発を見越して、上の議論で登場した「総合学習が教科学習を時間的に圧迫している」との現状を変革し、時間が増えた分を体験学習に割くといった捉え方もできるはずです。大きな問題として、そもそも体験学習は学力向上の足手まといになるかどうかということも議論の前提に持ってきてもよかったでしょう。
 このテーマは相当むつかしいですね。出題したワタクシも、討論参加者の立場なら、何がいえたか。ゆとり学習の批判をいうのも簡単に過ぎるし、や他者経験、たとえば妊婦さんの気持ちを理解するために妊婦体験学習をするなどの実践が、受験学力の向上には役立たないかもしれないが、他人の気持ちを思いやる道徳的な、情操的な人間形成にはすこぶる重要な指導となるなどといえるくらいでしょうか。
 次回はもう少し間口の広いテーマを出題する予定です。では大阪府首長選のイブと当日に、またお会いしましょう。
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いや〜、こんどの中教審答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」はおもしろいね。イロイロ書いてあるし。いま、まとめているんですけど、各教科別のところは割愛して、小中高に共通するところ、つまり試験に出題されそうなところを摘記し、解説を附載して、勉強会で配布します。さすがに、30ページは超えちゃいます。ワタクシなど答申に親しんでいる人間にとっては読むのも苦にならないのですが、そうでない方は読むだけでも大変。しかし、こんどの答申は親切ですよ。なぜなら、脚注が多くてわかりやすいですから。逆にいえば、それだけ読み込まなければならない量が多いともいえますが。これも、重要なもののみをピックアップして示しますね。
 さてさて、集団討論の再現をしてまいりましょう。前回のテーマを再掲すると、「体験学習を盛んにするような方針がもてはやされていましたが、現実には学力低下しています。今後、学力向上のために体験学習をどのように活用するべきでしょうか。議論してください」というものでした。このテーマに講師の方から大学3年生の方まで、6名の方が挑戦、20分間です。発言者する人、あまりしない人と、偏りがありましたけれども、どうだったでしょうか。多い方で7発言機会、少ない方は1発言機会でした。
 まずAさんが発言されます。体験学習は総合的な学習の時間とセットで語られてきたように捉えられまして、総合学習を縮減して算数や国語の授業時数を増やす現状を指摘されました。Aさんはしかし、総合学習は学校における集大成的な意味合いで必要な時間であると認識されており、体験学習そのものは今後も継続して実施していく教育方法であると述べられました。Bさんは、これを受け、学力が低下するから総合学習を減らすのではなく、教科教育で培った力を体験学習を通じて応用力にすることが求められていると答えられました。Cさんは、知識と体験はリンクしているものであって、体験学習を日々の教育活動に生かして知識の血肉化が求められていると発言されます。Eさんは、体験活動といえば職業体験などを想像するが、そうであれば家庭内で「お手伝い」をすることによって活動が生かされるし、教科で体験活動を実施するとすれば、それは動機付けのところで効力を発揮するのではないかとご意見されました。
 Aさんは、体験学習と教科教育との関連をEさんがいわれたのを受け、様々な教科で体験活動を取り入れるのは大切で、たとえば理科でも木の枝や葉っぱを実際に手にとって学習する機会があるとし、それは百聞は一見に如かずの精神を生かせる活動であると規定されました。そしてこうしたいわば実物教授が基礎学力を引き伸ばす起爆剤になると指摘されます。BさんもAさん、Eさんの発言を受け継ぎ、授業の導入段階における体験学習の充実を述べられ、さらに、職業体験といえばキャリア教育と結びつくし、働くためにどのような力が必要となるのか自覚が児童生徒に生まれるようになって、何を勉強するべきかがわかってくると発言されました。こういうようにBさんは、体験学習の幅広い効果を指摘されました。
 ところで、ここまで議論が進み、Aさんは疑問を感じられたのか、体験学習といったときのイメージはどのようなものですか、と、討論参加者に話題をふられました。疑問というのは、討論参加者がバラバラに体験学習を捉えられているので、テーマに即した議論をするにはやはりその一致が必要ではないかと思われたことです。つまり、総合学習の体験学習、教科の体験学習や職業体験、キャリア教育体験などなど。そして、Cさんがいわれたようにボランティア活動体験などもありますからね。Cさんはボランティアの体験を通して将来の夢を発見できるのではないかと述べられ、映画制作のボランティアに関わった経験を話されました。制作現場での働きぶりをみて、どのような勉強が今後に必要なのかを知らされたということです。
 ここでDさんがはじめての発言。高校を志望するDさんは、高校時代に学力の個人差が小中時代よりあらわれると捉えられており、学力向上のニーズに対し授業外で実験や補習を実施することを期待されると主張されます。そうした授業外において、体験学習をするチャンスと意味があるのではないかと話されました。Fさんもつづいて発言。この一回限りの発言でしたが、それは、弟さんが職業体験にいってきたのでどのようであったのか聞いてみたとの内容でした。体験するのが大切なんだなと思われたそうです。初参加の勉強会で、いきなりワタクシから「やってみたら」といわれて、人生初めての集団討論参加で、ドキンチョウしながらも、ようやく発言があってよかったですよ。参加されてみて、自分の位置がわかったのではないかと思います。まだ大学3回生、焦ることありません。
 Eさんは、このFさんの具体的な体験に基づいた発言の主旨を生かし、小学校3年生が伝統や文化を学ぶ体験学習にいったことを具体的に述べられました。筆作りの職人のところに子どもたちはいったようで、筆作りの過程を見学し、さらに筆に関わる時代背景を学んだと、その学習風景をまとめられました。これを受けAさんは、もの作りの体験学習はすばらしいことだと承認し、しかも地域に根差した教育的素材を活用した筆作りの体験学習の意義を評価されました。Aさんも竹で万華鏡を作成する指導をされたそうです。近くの竹林の活用ということでした。
(つづく)
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昨日は、当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。ちょっと大き目の部屋をお借りし、25名くらいになりました。
 風邪がはやっている関係上、キャンセルありますので、前々日、前日にサイトをチェックいただくと幸いです。ワタクシも、もう2週間以上、調子悪いです。なんか変な感じの風邪ですね、今年の風邪は。
 さて、昨日は、なかなか面白い展開でした。まず、「議論の叩き台としての教育学講義」をいたしました。きょうこそ24ページまで終了するぞ、と意気込んでいたのですが、「夜スペ」から塾、教育の機会均等の話に及んでしまい、1ページ残してしまいました。まあ、議論があって楽しいのでよろしいのですがね。
 次に、自己売り込みのツボでした。まず、Mさん。Mさんはぴったり3分間、ものすごく練習してきたのでしょう。よかったですよ。これくらい苦しんで表現力をつけることが、夏に膂力となります。英語と音楽の記述を中心に、是非、みなさんとワタクシの方から指摘したことを反省点として生かし、やり直してください。また、珈琲会に持ってきてくださいね。そして、Sさん。Sさんのイニシエーションはワタクシも共有したところであります。蛙の尻に爆竹を詰め込んだ過去を思い出させます。科学者としての態度と教育者としての態度をどのように融合するかが課題ですね。ちょっとむつかしい言葉を使っているのでこなれた表現にしましょう。なんといっても、「面接官を信頼してはいけない」なのです。相手はわかってくれないもの、だからこそ、わかってもらうように苦心すること、これが大切です。面接官も人間ですから、10人も個人面接をすればヘトヘトになります。そのときにむつかしい言葉で説明されると、「もうええわ」となる可能性があります。やり直して持ってきてください。
 自己売り込みのツボは、参加者全員の前で、自分を売り込む3分間です。これは思ったよりも勉強になります。3月期はまだ報告担当者があいてますので、ぜひ、メールください。
 最後に集団討論でした。今回のテーマは、これまた考えさせられるところ大でした。体験学習と学力向上の関係性をどういうふうに捉えるか、次回の更新で再現し、コメントしてみますね。
 珈琲会には卒業生がたずねてきてくださいました。Sさん、写真ともどもありがとう。Kさん、ありがとうございます。お2人とも、春からがんばってくださいね。
 あ〜 鼻水がとまらない〜
 あ〜 新しい答申、読んでますよ〜 これ、150ページもあるやんか。勉強会では重要項目だけに絞って検討しましょ。
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