日々旁午

2013


■日本人の精神態度はどのようなものであろうか。日本人の精神態度は、戦前から「民衆レベル」ではほとんど変わっていないとの仮説をワタシは持っている。日本人の精神態度は、戦前の天皇制国家の中で培養され、「個性的」特徴を持ち過ぎた。それは、江戸時代における「お上意識」に衣をつけて揚げたようなもので、支配と従属の関係性を選好する民族意識を源泉とする。
 「支配する側にまわれば楽しいが、従属する側にまわれば楽しくない。自分が支配する側にまわって、権勢をほしいままにするのは、なんと楽しいことか」というようなことを福沢諭吉は述べている(「圧政も亦楽し」だったか)が、つまりは立場によって見方が変わり、自分の立ち位置をいつでも高いほうにおくことに鎬を削ろうとする民族性が、日本人には存在するのである。この感性は陰湿に表現される。現代ではいじめの構造がそれであろう。これについては論の後半で述べる。
 戦後、民主化の洗礼つまりアメリカ的価値観が押し寄せてきたけれども、それをかいくぐって、何度潰してもそこに根をはるニキビのように、支配と従属の関係性を選好する民族意識は朽ち果てることがなかった。アメリカの価値観は、パンに塗るバターのように、表面から若干浸透しているが、パンそのものの味が本質的に変わらないのと同じように、日本人の精神態度はその民族主義的な側面をひた隠しにしつつ、いまなおそのおぞましさを秘密裏に内蔵している。だから西洋に息づく本物の個人主義が日本にはないのである。
 社会的な雰囲気が民衆の思念の集合体であるとするならば、それは誰かによって方向性を与えられ、その方向性に意識的、無意識的に操作され、固定していったものであろう。戦前であれば、天皇制国家の支配原理よろしく号例的に固定化していったし、その雰囲気が日本人のこころの故郷のように感じさせられて、かつ、「八紘一宇」の目標実現をバネに、躊躇わずに染まっていった。戦後は合法的な支配のもと、経済がうまくまわりだしたことも背景にして、日本人はマゾヒスティックに従属を楽しんだ。
 この民衆の思念こそ、日本人の精神態度そのものといってよい。戦後の日本人の精神態度は、東西のイデオロギー的対立をも養分にして、さらには南北の対立からも甘い汁をすすろうとして、自己の進むべき方向性を探ってきた。いうなれば、アメリカ的価値観をすら表面的に取り入れて腹背し、妥協とうっちゃりでやり過ごしてきたように、イデオロギーの問題も自分の立ち位置との関係性でしか測定せず、福沢的な支配と従属の関係性をどういうふうに見出すかにしか、頭になかった。
 日本人の精神態度は、こうした経験から、そのマイナスの特性として、支配と従属を小さいサークルであっても決定しようとする。利益追求がうまくいっている場合も、従属先の選び方に苦心する。おぞましいことに、自分の立ち位置を、もちろん自己に有利に導くために、周辺の勢力を巻き込み、他を相対的に引き下げる。その標語が、戦時下では「非国民」であった。まことにつまらぬ、せこい思念である。しかも、対象としての「非国民」を祭り上げるだけでなく、周辺的勢力に対しても祭り上げるように強制し、そこからの脱落を許さない。
 より巨大な支配者に擦り寄り、自己を安住させ、「非国民」を確定し、その安住の感覚を一層強固にする。そうした雰囲気をどこまでも浸透させていく。こうした雰囲気の発生装置が、社会中、ところどころにある。その現代におけるひとつが、学校の教室であるのは、きわめて残念なことであるといわざるを得ない。
 このように、「非国民」思想は、現代でも永らえている。学校の「教室」では、それはいうまでもなく「いじめ」としてあらわれている。いじめる対象を選びだし、周辺的勢力に対象をいじめるよう強制する。教室に支配と従属の「日本人的精神態度」を振り撒き、亜熱帯化する。それが完全に熱帯にならないところに、不思議さがある。すなわち、いじめ対象の輪廻である。
 以上の考察は、しかし、ある問題点を含んでいる。それは、いじめる側の児童生徒が、突発的にいじめ対象を選びだし(目に付ける)、集団で祭り上げる構造を、はじめからいじめる側の児童生徒が理解し、実行しようとしているのかどうかである。その前にモデルケースをしめそう。
 「教室」における「非国民」的雰囲気の構築は、ふとした点火でできあがるのは事実であろう。だが、その実行は、強烈ないじめ実行中心者の個人的性格に多く依存しているけれども、周辺的勢力は罪悪感をも同時に背負って「非国民」構造の中に強制されるから、ふといじめが終了する「変わり身の早さ」をも、もともと内包しているのである。嵐が過ぎ去るのをじっと待つように、いじめられているものは、この転換点をひたすら待つことになる。待ちきれないときに、破綻に追い込まれる。破綻のサインを出しながら、あってはならないことだけれども、家族、友人、教員そのほか誰にもそれが届かず、最悪のケースを迎えてしまう。すなわち、多くの場合は「変わり身の早さ」ゆえに、ギリギリのところでいじめが終了する。そうでなければ、「非国民」的構造の中で抜き差しならなくなるのである。
 さて、問題とは、「強烈ないじめ実行中心者の個人的性格」が、どのようにして形成されてきたのかというところにある。そこを叩き潰さないかぎり、日本全国同時多発的に発生するいじめの根本的解決には至らないであろう。そしてその形成が、支配と従属を選好した民族性を引き継ぐ歴史的なマイナス的思念を背景とし、現代における子育て環境の中で醸成されてくるのだとしたら、その解決は学校では如何ともしがたく、家庭教育の領域における反省にかかっている。これは、虐待の課題解決とも同断である。
 いずれにせよ、いじめ問題の解決が歴史性を帯びているかぎり、教育政策的対応や学校の独自的取組では奏功しないのではないか。教育の領域から離れたところで解決策を考えなければならない彼岸に来ているといえる。
 なお、この拙論は実証するのに資料の用意が必要である。ただ、歴史スパンが200年に及ぶので飛躍を避けられないかもしれない。今回はプロットをまとめてみた。
Jan.31,2013
■勉強会は集団面接の練習でいつも締めくくります。今回は、ツボと模擬授業にコメントが多々つきました関係上、時間が押しましたので、20分くらいの集団面接となりました。挑戦者は5名です。
 今回は、AさんからEさんまで、順番に応えていただく方式を取りました。質問が変われば、Bさんから順番に、また質問が変われば、Cさんから順番に、といった方式です。公平性を保つために用いられる面接方法といえるでしょう。
 質問事項は、さすがにマンネリ化してまいりました。しかし、マンネリ化するくらい、しつこくするのがよいのかもしれません。質問を受けるみなさん方にとりましては、挑戦者が変わりばんこであるわけですから、新鮮でしょうしね。新鮮というよりもむしろ、緊張でしょうか。
 質問事項は、右欄の「よく出るかもしれない教採面接質問集」からピックアップしています。こちらの質問の文章を基礎に色合いを少し変えていくようにして、「質問」として採用しています。このページを印刷し、がんばって応答を考えてみてください。
 問題はしかし、「できた!」といって解答を用意するだけでなく、一歩掘り下げて自分なりの応答にまで高めることです。最終到達地点はここにあります。定番的な質問事項には、定番的な応答があります。しかしそれでは、いい意味で目立てない。記憶に残らない。
 ワタシがいつも申し上げるのは、自己経験を基礎として、応答の核にするということです。こうした話し方が、面接官をひき付けます。今回の目玉の質問は、体罰についてでした。体罰の質問があったとして、それを定番的に応答するのではなく、自分の学校における事例を話すことなどしてはいかがでしょうか。
 もちろん、体罰の単なる報告的応答になってはいけませんし、学校の容認姿勢を擁護するような応答になってもいけません。しかし、体罰が昨今、報道で表沙汰になっていますし、その防止策に学校は敏感になっています。場合によっては、件の高校の募集停止にありましたように、「閉鎖」も現実にあることです。とすれば、学校としてどのような「警戒体制」あるいは「自浄作用」を築いているのか、効果的な児童生徒理解と懲戒を関連させて応答する、などなど、様々な応え方がでてきます。これは、ふだんからじっくり考えておかないと、言葉にならないと思われます。
 また、勉強会の場でも申し上げましたが、5人の方すべてが、体罰の定義について、懲戒との違いも含めて法的にどのように規定されているのかを述べられていませんでした。こうしたあたりをうまく活用して述べるのも、応答のひとつの型でありましょう。
 以上のように、自己の経験に根差した応答、定義的応答、法規的応答などなどその併せ技で応答を練るのがいいのではないでしょうか。
 もう次回の勉強会は如月。冬来たりなば、春遠からじ、夏の試験も遠からじ、です。研鑽しましょう。
Jan.30,2013
■今月26日土曜日の勉強会にご参加いただいたみなさま、オツカレさまでした。ありがとうございました。配布物が多く、手間取りまして失礼いたしました。
 勉強会はまず、いつものように奈良の問題の検討からです。今回は、教育心理学の問題がメインで、1問1答式となりました。しかし、中でも防衛機制については、本当にワタシたちはストレスを感じ、意識的にそれを避ける行動をとっているのだなあと思わされました。逃避、補償、合理化、反動形成などなど、よく知られた防衛機制とその説明文を結びつける問題で、知っていれば簡単なのですが、中にはどちらにでもとれるような説明もありまして、正解を確定するのに困った方もいらっしゃるかもしれません。
 あともう少しで奈良の問題の解答解説も終了しますね。引きつづき和歌山の検討に入ります。
 つづいて、自己売り込みのツボと、今期初の模擬授業となりました。今回のツボ報告担当はIさんでした。なかなかに悩まれている様子。言葉の選択におきましても、かなり迷われながら決めたようでした。大きな問題点として、また、傍聴者からの指摘があったところとして、主張自体の平板さがありました。主張を個性的にすればするほど、理解されるかどうかの心配がありますし、主張を平板化すれば、教科書的な売り込みになり、面接官の記憶にひっかからないという事態を招きます。その中間点があるいはいいのでしょうけれども、それが難しい。いかに記憶に残るようなポイントを備えつつ、一般的な教職教養的理解・知識から逸脱しないようにするかというアポリアです。多様な指摘がありましたので、今一度、検討してみてください。
 さて次は、今期初の模擬授業。今回担当されたのは、Tさんでした。テーマは、分母の異なる分数の計算について、でした。小学校のテーマです。久しぶりに模擬授業を実践されたので、マゴマゴしたところがあったと思います。模擬授業のポイントを、2月23日に勉強会で講義しますので、参考にしてください。
 それでも、その実践は、一定程度評価できるものでした。教職員としての姿勢は整っていましたし、声も出ていました。板書はいささか足りないところはありましたが、それでも、合格点をつけていいでしょう。模擬授業の最大の評価は、「この人なら、任せてもダイジョウブ」と思ってもらえることです。この感想を面接官が持ったとしたら、合格です。それだけ主観的といってもいいかもしれませんね。
 以下、次回更新。
Jan.29,2013
■当サイト主宰勉強会、3月期にお申し込みありがとうございます。日程によりましては、満席のところがございます。空いている日程も、残りわずかになっています。満席ゆえに、お申し込みいただいた方のご希望に沿えず申し訳ないですが、少人数教室で運営しておりますので、ご理解賜りたく、よろしくお願いいたします。今一度、開催日程のページをご確認いただき、お申し込みください。
Jan.28,2013
■『伸びて行く』とは、なんと優雅で希望を湛えた名づけ方だろうか。大正時代も終わりに近づく頃、発刊された教育研究発表のための小冊子の名称である。頭部に曲線を持ったワラビが描かれている。謙虚さを象徴するワラビ。創刊号の表紙はこの冊子の思想を表現している。真ん中の大きなワラビは、クエスチョンマークをも推測させる。学びに欠かせない態度に、「疑問を持つ」という精神がある。ワラビは疑問の象徴でもあったであろう。
 戦後、『ひかりのくに』ほか多様な幼児、児童向けの教育啓発雑誌が創刊されていくけれども、『伸びて行く』が学校の発行であるという点をのぞけば、そのはしりだといっていいかもしれない。その意味では、結果として、教育雑誌の商業化の可能性をも実験したといっていい。『科学』と『学習』といった家庭教育を側面支援していた教育雑誌も、こうした流れに合流したものだろう。

 大正自由教育の理論的指導者、実践者のひとりにして、『伸びて行く』の記事提供者である木下竹次は、明治維新が成立してまもなく福井県大野郡で生まれた。もう少し行けば永平寺である。彼は郷里を離れた複数の学校で、当時の小学校の職階のひとつである「訓導」を努める。
 教育に人生を捧げる決意を固めたこうした下積み時代を経て、1919年に奈良女子高等師範学校教授ならびに付属小学校主事に着任する。いまの奈良女子大学文学部附属小学校である。
 ここを舞台に繰り広げられた木下の教育実践が、「合科学習」であった。木下は、生活から学ぶことこそ学びの中心であるとし、いまでいうところの教科横断的な「合科」を実施したのであった。児童の自律した学習を期待し、問題意識をいかに自ら育ませることができるかが、木下の教育論の核心だろう。大正自由教育がデューイをはじめとしたアメリカの新教育の息吹を吸っているのがよく理解される。
 児童の自主的、意欲的な学習態度が、児童自身の学ぶ気持ちを増幅させる。『伸びて行く』は、掛け声倒れではなかった。ただ、奈良女子附属小という恵まれた環境における教育実践つまりイロイロな点で優秀な児童を対象に、「合科学習」を進められたわけであって、木下の教育方法論が雑誌を経由していかに全国的に知られるようになったとしても、それがどこまで浸透していったのかには疑問が残る。この疑問は、別に木下の実践にのみ、感ずるものではなく、大正自由教育を支えたあらゆる教育思想家、実践家に対して抱いているものである。
 教育意識の高い家庭は、裕福な家庭である場合が多い。これは、想像に難くない。裕福な家庭であるからこそ、附属小や私立小に我が子を入学させることができるのである。また、その子息も穏やかで優秀な子どもが多い。ほぼこうした子息のみが入れる「実験」学校が附属小や私立小であったわけである。
 日露戦争を経た大正時代は、小学校就学率が100%に限りなく近づく時期である。しかしそれは公立小学校の話であって、特殊な「実験」小学校ではない。そこでの教育「実験」が、タイムラグを持ちつつも一般校に伝番していくのだが、ここまで環境の整った学校は全国に多くない。貧困な地方では、真似することさえできなかっただろう。こうした事情から、大正自由教育は「エリート教育」であるとの批判の声も出でくるのである。
 明治時代における教育的な多年の宿題をやり遂げるために大正自由教育がスタートしたとすれば、政府に対して教育の自立性からの批判を展開できず、戦時下の教育に吸収されていったところが、彼らの教育の終着点であろう。
 そうであるならば、大正年間に咲いた自由教育というこの美しい花は、軍靴によって踏みつけられ、潰えたと評価せざるをえない。だが、その美しく生命力の強い花の種子は、あわただしくはじまる戦後教育の土壌の中で、民主的な教育を担う新しい人の手によって撒かれたのである。たとえば8大教育主張にみられる教育展開は、一過性の現象ではない。この講演に駆けつけた若い教員の胸中奥深くに、8大主張は刻まれていたのである。
 だから、戦前と戦後を断絶の層でみるのではなく、連続した綱とみなければ、客観的な教育史にならないのではなかろうか。このように解釈しなければ、現代における総合的な学習の時間設置の歴史的な源泉を見出すことができない。
 木下竹次の教育の思想と行動は、当時においては恵まれた環境が保障した教育「実験」であったとしても、奈良女子大学の歴史の中に燦然と輝き、また、イキイキと脈打ち、いまも美しい花として語り継がれ、再考されつづけている。
Jan.26,2013
■大学は、後期試験の真っ最中である。ワタシも数科目、試験をする。試験監督はよいのであるが、その後の採点がかなりキツイ。300人くらいの採点とレポート採点が600件ほどある。もちろん、まだ半分ほどしか届いていない。
 これを短期間でやれというのだから、フラフラになる。家で採点しているとイヌが寄ってくるし、かといって高いホテルに缶詰といった作家風なこともできないから、車に乗ってファミレスをハシゴすることになる。今年も、そのシーズンに突入である。
 しかし、昔にくらべて楽になった。なにが楽になったのかといえば、採点後の点数記入がウェブでできるようになったのである。それで、短期間に+20日くらいとなったので、割とゆっくりできるようになったというわけである。それでも、そんな期間はすぐに過ぎ去るし、採点だけをやるわけでもないから、ヤパリたいへんといえばたいへん。ちなみに、シラバスもウェブで書いてアップできることになった。これもスピード化である。おかげで、紙に印刷された「便覧」などは、姿を消しつつある。もう、ほとんどの大学で、「便覧」あるいは「シラバス」は、ウェブ閲覧のみになっているのではないだろうか。
 いずれにせよ、仕事量は多少減ったものの、たいへんなのに変わりはない。問題は、あまりに同じ内容の解答がつづいたときの違和感との闘いである。いわゆる「金太郎飴答案」との出会いである。これに点数をつけるのはツライというよりむしろゲンナリする。それも仕事と割り切るほかない。
 2月、3月は入試業務などで大学はほとんどロックアウトとなる。その間は、自分のやりたいことができるので、ありがたいといえばありがたい。
 今年の2月は、ゆっくりできるかな。できないかな。和歌山の1次マークシート解答解説も検討しなければならないしね。
Jan.25,2013
■媒体が多数あると、同一の内容を掲げて済ますこともできる。それを促すかのように、たとえば「ミクシイとツイッターの連携」とか、「フェイスブックとツイッターの連携」とかがある。みなさん、書くことに疲れていると思う。かくいうワタシもそうである。発信者は、「連携」を使って記事の同時ポストをすればいいが、その作業だけでもシンドイといえばシンドイ。
 日々の行動を誰にでも周知する文化が形成されているといえる。本来、そんなことはなかった。日記などは「秘め事」なのであって、誰かに読まれることを前提としたものではなかった。やはり、インターネットは、人びとの行動様式を変えた。
 ワタシは、良くも悪くもネットの住人である。このサイトとミクシイとツイッターとフェイスブックとで4媒体を運営している。これは、それを仕事としているか、「ひま人」でなければできないことであろう。結構、「ひま人」でないワタシにとっては、拷問的なのである。ただ、こうした運営が、ワタシのやろうとしているNPO活動を根底で支えているから、たいへんでもやり切っている。さすがに、ここにブログはできない。昔はあったのであるが、すでに放置し2年以上である。
 ひとつだけ、自分に課している「約束」がある。「4つの媒体において、使い回しはしないこと」である。ツイッターは楽でいい。最大140字だから、ほんとに「つぶやき」で済んでいる。ところが、サイトは書こうと思えばどこまでも書ける。それを時間の許すかぎりにおいてまとめてアップする。また、サイトは勉強会の報告を掲載する「NPOの仕事」としての作業でもあるし、これをしないとサイト閲覧者からの「信頼」が得られないから、必死でもある。
 ミクシイは、最近ではニュース記事の更新と勉強会開催日程に関するキャンセル情報のみのコミュニティ更新に留めている。そこに、若干の日記をほそぼそと書いている。実は、非公開で、毎日、数行づつ書いている。もう、2年はつづいているだろうか。備忘録といってもいいかもしれない。いつ、なにをしたのかをメモしているのである。
 ミクシイは、少し前からSNSとしての機能が停滞し、勉強会の伝道媒体としてのパワーが落ちてきたように感じている。5,6年前には、「ミクシイ疲れ」なる言葉も生まれたほどだし、活気のあった昔の状態からは程遠い状態となった。それでも、「ミクシイ愛」という言葉があり、最近、ミクシイを見直そうという機運があって、更新を怠ることはできない。そもそも、ワタシはミクシイが好きであるから、ここからはなれることはない。それにほんとうに少なくてもミクシイ経由で勉強会に参加いただいているひとも、いるのである。
 最近はじめたフェイスブックは、その意味で位置付けが困難である。ミクシイが新しい輪を作るのに適したプラットフォームであったのに対して、フェイスブックは、まだ使いはじめたばかりだからだろうが、クローズドの雰囲気が強くて、いわば自由を愛するワタシとしてはなじみにくい。それでも、苦心して使い方を憶えようとし、なにかサイトとは違い、ミクシイとも違う記事を創りだそうと四苦八苦している。
 ネットは深い海である。どこかがどこかとつながっている。いまさらながらに思うのは、自分が、はるかかなた空の上で優しく人びとをみつめる天使と、深海の洞窟に住み引きずり込もうとする悪魔と、その両方に隣りあわせで住んでいることである。これを自覚しなければ、ネット社会となった21世紀の世界を生きていくことができない。
Jan.24,2013
■勉強会の残り1時間少しは、集団面接の練習にいつもあてています。土曜は5名で25分程度、日曜は、6名の方が挑戦、約30分間でした。
 どのような質問事項を浴びせたのかといいますと、土日まぜこぜになりますけれども、たとえば、30秒で自己紹介してください、自己分析して長所を述べてください、大成功した体験は、この一年間磨いてきたことはなんですか、他人から○○な人といわれたとして、それはなんですか、親友とはどういう人ですかといった、主に受験生その人をみようとする質問と、クラス目標をあげてください、家庭教育とはどういうものでしょう、教員の資質能力とは、クラブ活動は何を担当できますか、そのほか、教職に就くにあたって聞いておきたい質問です。
 教員採用試験における集団面接の質問事項は、大別して上のように2種類にです。前者の「受験生その人をみようとする質問」への応答は、極力、教育的シーンを離れて、自分の人間的な魅力を語るようにしましょう。そして、後者の「教職に就くにあたって聞いておきたい質問」が登場したときにこそ、精一杯の力で、教育に対する熱い思いを述べましょう。これが正攻法であるとワタシは考えています。
 集団面接も、実践すればそれで終わり、ではなく、ご自宅に帰ってから、実践した質問について再考することが肝心です。それは、自分自身がどう応えたかだけではなく、他の実践者がどう応えたかも含めて検討することが、幅を広げるためにも大切です。日曜の勉強会でしたか、長所についての応答の仕方について質問がありました。「体力がある」と応えるのはよいかと。長所は、どちらかといえば、元気である、いつも公平な態度をとる、粘り強い、などなど、人格に関連するところを述べるべきでしょう。たとえば、車の運転がうまい、は、長所でしょうけれど、これは得意といったほうがいいですね。こういうような長所と得意とは、わけて考え、応答する方がよいでしょう。
 一週間が矢のように過ぎ去ります。次回は26日の土曜日。最近、キャンセルがでては埋まり、キャンセルがでては埋まりで、「勉強会のお知らせページ」を頻繁に更新しています。空いていると確認されても、リロードしていなくて古い情報であるときもあります。参加したいと思われている方には、ご迷惑をおかけします。ご理解賜り、空席を見つけられれば間髪いれずお申し込みください。
Jan.23,2013
■この前に紹介したドナルド・フェイゲンのCD、買ってしまいました(笑)。思わずamazonで(笑)。何年ぶりにCD買ったんだろう。とにかく、人生で4枚目のCDと相成りました。なぜ買ったのかといえば、車で聴きたいからです。でも、車の中では、CDジャケットのように、タバコは吸いません。ははは。

Jan.22,2013
■昨日、一昨日は、当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただきましてありがとうございました。新しくご参加いただいた大学4回生の方々、いかがだったでしょうか。こちらの勉強会には、講師の方や民間の方もたくさんいらっしゃり、ちがう刺激をお受けになられたのではないかと思います。みなさん、それぞれに必死です。いっしょにがんばってまいりましょう。
 さて、土日ともに、最初は奈良の問題の解答解説。土曜日は1問、日曜日は2問すすみました。なんとも遅遅としておりますが、周辺知識の徹底と復習的確認をいたしておりますので、こうした歩みとなります。土曜日の教育史の問題につきましては、ワタシの専門領域でもあり、イロイロなところに飛び火しながら解説させていただきました。日曜は、キャリア教育と生徒指導提要の問題でした。キャリア教育のところでは、確認がてら「教育課程」についてその理解が及んでいるか「形成的評価」をいたしましたが、ほとんどの方が説明できていなくて、「ダイジョウブかいな」となりました。ここが教育原理の1丁目1番地です。がんばってくださいよ。
 つづいて自己売り込みのツボ。土日で4名でした。まずは、Hさん。Hさんは、教育実習の経験を過去に済まし、現場と距離が多少ありましたので、教育現場を想像、推測で補う必要があります。文面は読みやすかったのですが、具体的な記述に乏しいところがありました。
 つづいてYさんは、以前のものと較べて、すごくよくなっている印象でした。一所懸命、がんばってまとめてこられたのでしょう。苦労のあとが見える報告でした。多少、文意がとりにくいところや書き直してほしいところはあるものの、総合的にいって、よいできでした。
 日曜に報告されたYさんは、申し訳ない言い方ながら、内容が反省、反省、また反省といったものでしたので、どんよりした感じの報告になりました。「ここは全部カット!」とワタシはコメントしたのですが、後半部分を具体的記述で再編成すればよいかと思われます。過去の苦しみから自分自身を解放し、いま、現在のがんばっている姿をみせつけるような記述に手直ししましょう。
 最後にMさん。Mさんは2回目の報告、ほとんど直すところなく、完成版に近いですね。いま、ここまで仕上がっていれば、文句のないところです。
 以下、次回更新で。
Jan.21,2013

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