日々旁午

2013


■自己売り込みのツボの2人目はMさんでした。Mさんは、ご自身で、カミングアウトとおっしゃっていましたが、数学に対する熱い気持ちを述べられていました。多少の難しさがあったものの、論旨としては間違いないないでしょう。ただやはり、傍聴者から指摘があったように、ワタクシにとっての「多少の難しさ」は、傍聴者にとっての「なにをいっているのかわからない」でした。これは使用している言葉の問題もありますし、語っている内容の難しさもあるのでしょう。数学に対する熱い思いは、合格のために平易に書き換えるべきでしょう。万人にわかってもらう必要はありませんが、面接官にわかってもらわなければ、「合格」がないからです。ここを突き詰めていくと、面接官が、さて、どの校種の先生経験者で、どの教科を専門としているのかといった「偶然的相性」の問題にまでなってきますね。
 自己売り込みのツボが終わって、多少休み時間をとり、集団面接の練習になりました。
 ここのところ、集団面接はいい結果が出ていて、喜ばしいところです。今回の集団面接もそうでした。6名の挑戦者、23分間でした。志望動機をたずねるところから出発し、気になるニュースをお聞きしました。ニュースに応答できない挑戦者がいらっしゃいましたが、これはダメですね。いまから社会情勢に常に敏感であることが必要です。というのは、直前になってから読めばいいとの姿勢では現代社会の様相を連続的に捉えることができなくなるからです。なんでも時間の推移の上で捉えることが客観性をもたらすことになります。
 このほか、いじめの対応のことをお聞きしたり、30秒間でのPRを求めたりしました。また、順番に当てるケースと挙手制を組み合わせました。これは、どちらの方法を採用する場合でも太刀打ちできるようにするためです。
 このところ、質問が固定化してきてまして、もう少し人間的な部分を抉り出すような質問に転換していかなければならないなと考えています。ただそうした質問はなかなかありそうでないのですよね。ちょっとひねり出してみます。
 12,13日ご参加のみなさま、よろしくお願いいたします。13日の日曜日は、2座席の空席があります。みなさまからのお申し込み、お待ちしています。
Jan,9,2013
■この日曜日は、今年初の当サイト主宰勉強会を開催いたしました。新年明け早々ご参加いただいたみなさま、オツカレさまでした。今年もよろしくお願いいたします。
 昨日も、奈良のマークシート解答解説、自己売り込みのツボ、集団面接の3本立てとなりました。牛歩の歩みではありますが、奈良のマークシートは2問ほどすすみました。学校評議員、学校運営協議会制度に関する問題と学校評価の問題でした。学校評議員についてはいまさらながらの感がありますが、運営協議会制度との違いを再確認できてよかったと思っています。また、いま高校を中心として導入推進されているコミュニティスクールとの関連もお話できました。
 評価については、シート式で詳しく図解入りで説明した経験があるのですが、古くは小学校設置基準から評価については法的規定があり、それが脱皮する形で現在のガイドラインに表現されるに至ります。学校評価は、法的にも、実態的にも、内部評価、外部評価、第3者評価と網の目が張られているのが実情です。ただ、どこまで厳格かといえば、現場ではそれほどまでではないとの見立てをワタクシは持っています。
 しかし、大阪府では、この学校評価ひいては勤務評定が給与に反映されるわけでして、教員は戦々恐々としていることだと思われます。教員は製造業でも配送業でもありません。金融業でもありません。人間を作るという意味では製造業でしょうけれども、無機質なモノをつくるのではなく、泣き、笑う人間を育てる業務です。保護者の片言隻句に左顧右眄していては、ビビリがはいって自分自身がめざすところの指導ができなくなります。「ちょっとぐらい給与が減っても、自分の教育観にしたがい、邁進するぞ」くらいの気魄がほしいところです。
 マークシートの解説の次は、自己売り込みのツボでした。フレッシュな4回生のTさんと講師キャリアの長いMさんのお2人が挑戦されました。まずはTさん。4年生は4年生らしいものを訴えればよく、その意味では文面の構成に難があったものの、主張するべきポイントとしては妥当だと感じました。
 自己売り込みのツボをなぜするのかといえば、自分自身を深くみつめ直すからにほかなりません。だから、過去の自分自身の経験を1行で表現するのではなく、過去のワンピースを400字で書くくらいのまとめ方をし、それらを組み合わせたり、抽象したりして、構想を練り、仕上げるといいでしょう。
 そうした意味では、Tさんの文面は、大切なことを悪くいえば省略し、よくいえば圧縮していると評価できるでしょう。なにもすべて書いてこなくていいのですが、文面が「氷山の一角」たるように、文章の底に深みが感じられるようなものにしていただきたく期待しています。
(つづきは、次回更新)
Jan.7,2013
■11月中旬にいきなり時の総理野田氏が、「いっしょにやりましょうよ!」といって解散をぶち上げた。それからは選挙一色となってまたたくまに師走半ば。第96代総理、安倍氏が高らかに勝利宣言をしたのは、つい最近のことである。選挙の投票率はきわめて低く、国政選挙レベルであるのに60%以下をマークした。
 第3極が話題になり、未来云々政党もはなばなしく登場したものの、線香花火のように燃え尽きて終わった。未来云々などは、迷走このうえなく、小沢氏に喰われたような気もしないでもない。すでに代表は滋賀の人から唯一の党所属国会議員に代わるようである。
 選挙の争点は主に経済問題であった。金融緩和をどうするかが最大の問題であった。その点ではすでに最初から勝負がついていた。というのは、夏に8300円をつけた日経平均と10兆円づつしか真水投入しない日銀の姿勢に国民はうんざりしていたところに、インフレターゲットの導入を声高に安倍氏が叫んだからである。これに対する期待はとてつもなく大きかった。しかも、国土強靭化を唱える自民は、不幸ではあったけれども笹子トンネルの崩落によって国民に老朽設備の回復を意識させた。
 日本に600万人いるといわれる建設業界の人びとも、この政策によって潤うことだろうと算盤をはじき、当然、自民に清き1票をいれることになった。
 ここまでで、民主党と自民党、付録としての第3極との争いは、勝負あったといわざるをえない。
 総論にも賛成できず、各論にも賛成できなかった国民は投票を諦め、無党派層ではなく無選挙層となってしまった。それくらい60%以下という数字のインパクトは強いといえる。
 国民の期待は経済の回復に尽きる。だから、TPPに対する姿勢がどうであろうと、短中期的な経済上昇が達成されるのであれば、濁った泥水でも呑むのである。砂漠で濁り水だからといっていらないという人間がいるだろうか。また、原発政策も同様である。電気代の高さで中小企業の社長が首をくくる事態が心配される中、自民が原発撤廃政策に渋い顔をしたのは自然だろう。理想では飯は喰えない。そうしたギリギリの、藁をもすがる思いが、自民を選択する原動力であった。いや、よく評論されたように、アンチ民主の根拠であった。
 道徳的な判断は捨象され、喰うためのみてみぬ振りが国民感情を支配した。つまり一人の党が何を主張しようと、また脱原発や卒原発とニュアンスを変えて煮え切らない態度をみせた諸々よりも、現実的選択を国民は下した。東日本大震災、福島の悲惨、これを私たちは忘れない。だが、そこで祈った心理は道徳判断と結びつかない結果となった。これは客観的にそうであろう。
 安倍氏はうまいぐあいに原発政策をはぐらかし、政権担当後に、福島とは次元のちがう原発を作ることを表明した。これに対しての批判がそれほど出ないことが、道徳問題よりも経済問題が注視されていることの証左であろう。原発は人類を脅かす、しかし、現実の生活はそれを欲している。ひとはギリギリに追い詰められると道徳判断を回避するのである。これこそ動物的判断であろう。いや、昔はやった本の題名を借りれば、パンツをはいたサルの判断であろう。
 もとから政権担当能力のある自民と公明が、死に体の民主を打ち負かすことなど自明のことであった。街角のひとたちが、どれほど自民の復権を望んでいたことか。とりわけ証券ボードと為替ボードの前に集う人びとの会話を聞けばそれがわかる。
 こうした経済優先政策で国民の期待を取り込み、復権した自民政権が、安倍氏のもうひとつの顔、つまり彼流の教育政策を打ち出すことはいうまでもなく、それは「こころのノート」の予算措置となってあらわれている。この復活措置が、まさか原発政策の緩衝材として実行されたわけではないだろう。
(つづく)
Jan.4,2013
■謹賀新年。今年もよろしくお願いいたします。

Jan.1.1,2013

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