日々旁午

2005


日々旁午・表紙へ 浩の教室・トップページへ

本日、当サイトは4周年を迎えることができました。これも当サイトを支援してくださるみなさまのおかげです。本当にありがとうございます。

 ひとくちに4年と申しましても、なかなかサイトというものは継続するのに骨の折れるものであり、何度も挫けそうになりました。挫折しそうなときに浮かんでくるのは、「みなさまのこのサイトを見てくださる顔」です。さすがにお笑い系のサイトではないので、このページを見るまなざしは真剣でしょう。そうした期待に応えられるかどうか。昔も今も、ここにポイントがあると自覚しています。

 ところで、この1年間、サイト運営とともに力を注いだのは、勉強会の運営でした。そして、広島、徳島、香川における学習会です。ワタクシのサイト運営をお認めいただき、あたたかく見守ってくださっている日本教職員組合の広島、徳島、香川の先生方、ありがとうございます。ワタクシと各県の教採受験生との出会いを作ってくださり、至らぬところをご叱正いただき、ありがたく思っております。各地へ講義にお誘いいただけることを、大変、栄誉なことであると、深く自覚しております。今後もよろしくお願いいたします。また、その栄誉を汚すことなく、心血注いだ各県対応のレジュメを作成する所存です。

 「1周年のご挨拶」、「2周年のご挨拶」、「3周年のご挨拶」にそれぞれ述べております内容を、本日、丸4年を通過点に、5年目のサイト運営におきましても踏襲しつつ、発展させていくことを、当サイトを閲覧してくださるみなさまに、お約束いたします。

 さて、第53回当サイト主宰勉強会の模様をご報告いたします。さすがに合格発表後であり、また合格発表を今月下旬にお待ちになっている状況の下、参加者は10名ほどでした。しかし、こうした時期に、サイトだけを宣伝媒体にしている当勉強会では、盛況といっていいと思っております。ご参加くださったみなさま、ありがとう。当日は、前回に引き続き、「特別支援教育答申」の講読、新しく準備したこの夏実施の大阪府1次試験問題の復習レジュメの解説、そして集団討論を実施いたしました。

 「特別支援教育答申」をみなさんと一緒に講読し、そこから特別支援教育の在り方を、ワタクシたちなりに検討する作業を通して、様々な問題意識があらわれてくることは、勉強会の醍醐味といっていいでしょう。ワタクシの稚拙な理解と解説に、参加者の実体験が重なり、現実と答申的表現がどこまで一致しているのかなど、とっても楽しい展開です。「障害を持つ」なのか、「障害のある」なのか、細かいながらも参加者の教育姿勢がフッと表現されるところを指摘したり、自立活動の内容を検討したり、また、本音の問題提起として、「特別支援教育を担当しようとめざされる方の謙虚な姿勢や教育的意思はどこに発光源をもっているのだろうか」というような、ある意味ギリギリの質問にも答えてくださり、ウレシク思っています。次回でこの答申の検討を終了し、「人権教育答申」に進めるよう予定しています。遅々として進まないやもしれませんが、そこはご批判を甘受するとともに、精進いたします。まあ、答申を全文読む必要はないのかもしれません。もう少し、ダイエットして、解説とピンポイント的に進めるようご意見いただきましたので、ウマくそれを実践できるようにいたします。

 次に、大阪府1次試験問題の復習レジュメの解説をいたしました。本日は、小学校設置基準、学校評議員、職員会議、教科書採択の問題しかできませんでした。しかし、それなりに深い検討と資料確認ができたのではないでしょうか。この勉強会で使用しているレジュメを、ご所望の方は、「勉強会のお知らせ」ページをご覧ください。また、近々(12月になりそうです)、まぐプレとして発行いたしますのでお待ちください。

 さて、集団討論の模様ですが、これは次回の更新にいたします。テーマは、「責任感を児童生徒に植え付けるには、どのような指導が効果的か、議論せよ」でした。どんなふうに議論が動いていったのか、、いつものように検討することにいたしましょう。
(10/10)

日々旁午・表紙へ 浩の教室・トップページへ

あすは、当サイト主宰第53回勉強会を開催いたします。ご参加のみなさま、よろしくお願いいたします。急ピッチで大阪府の1次試験問題を検討しておりまして、更新をさぼっておりました。

 あすのレジュメは20枚くらい持っていきます。イロイロご批判ください、ヨロシクです。集団討論のテーマは、「責任感を児童生徒に植え付けるには、どのような指導が効果的か、議論せよ」です。熱い議論を期待しています。
(10/7)

日々旁午・表紙へ 浩の教室・トップページへ

校長は、教員が行なった懲戒であっても、監督上の責任を問われることがある。これは正しいのか?間違っているのか?

 これをずっとずっと考えていて、一日が過ぎちゃいました。
(10/5)

日々旁午・表紙へ 浩の教室・トップページへ

毎日、合格した喜びのメールを多数受け取っております。ほんとうにおめでとう。勉強会に参加された方からも、されていない方からも、喜びの知らせをいただいています。このサイトの記事を信頼され、一所懸命がんばりました、と書かれたメールを読むにつけ、運営の努力が実っているなあと実感しています。

 そうした知らせをいただいた方々は、5年、10年と、他人にはいえない苦しみと努力があったからこそ、合格されたのでしょう。合格し、着任までの間、落ち着いて日々を過ごせる幸せを噛み締めていらっしゃることでしょう。季節はめぐり、すぐに春がやってきます。それまでの日々を、有意義に活用してくださいね。

 厳しい結果に終わった方々が、落ち込みもほどほどに、来年に向かって始動されているのをうかがい、これまた別の意味でウレシイです。試験は簡単なものではありません。現実は厳しい。されど、その難関を突破した同士がたしかにいる。そのことを正面から受けとめましょう。一緒に勉強して合格した同士は、「いち抜けた」存在ではありません。あなたのことをワタクシとともに見守り、今後、有益なアドヴァイスをくださる存在です。イロイロなことを相談し、イロイロなことをワタクシとともに教わりましょう。

 勉強会にご参加いただいた方の中で、完全合格を勝ち取られた方、おめでとう。大阪の発表が今月末、みなさんで喜びを分かち合いましょう。そして、厳しい結果だった方のバックアップを、ワタクシとともにお願いいたします。合格は切磋琢磨のうちに身につけた膂力がものをいったと思います。ともに学び、苦しんで、結果の違いはあれど、同士です。合格は、先か後か、それだけの違いだと思いたい。

 この春前から、当サイト主宰の勉強会に毎週欠かさず、遠く兵庫の端の方から通われたSさん、がんばりましたね。兵庫合格おめでとう。片道2時間はかかる大阪市内へ勉強会のため、どんなにしんどくても顔を見せていただきました。厳しいこともいったけど、ワタクシ、とてもウレシイ。

 昨年につづき、今年も足しげく勉強会に通われたKくん、愛知よかったですね。Kくんにも厳しいことをいいました。でも、よかった。第一志望の大阪の発表を待ちましょう。英語の有志勉強会の成果がでましたね。

 大阪から和歌山へ講師としてお勤めになりながら、時間の限り勉強会に参加されたKさん、新天地で教員としてがんばってくださいね。名古屋へ参りましたときは、ひつまぶしでもご馳走してください。あはは。

 滋賀に合格されたOさん。念願叶いましたね。あなたの滋賀を愛する気持ちが通じたのでしょう。奈良合格のTさん、よかった、よかった。また勉強会を助けに来てください。

 昨年につづいて、現時点でも、勉強会から多数の合格者がでて、とってもウレシイ。

 ワタクシから学んだことは、少しではあるけれど、それをしっかり心に留めていただきたい。そして、これまで勉強会に助けに来て下さった、ルパン先生、れのん先生や、O先生、S先生、U先生、それぞれの先生方に対する感謝を忘れないでくださいね。

 広島からも個別にメールいただき、ありがとう。「広島のこくばん」にも書きましたが、できるだけ調整いたしますので、年末の報告会には参加させてくださいね。

 明治村研修、もう少し座席が空いています。ご参加希望の方いらっしゃれば、メールくださいませ。
(10/4)

日々旁午・表紙へ 浩の教室・トップページへ

もう神無月ですね。多くの自治体で2次の合格発表があり、うれしい知らせをお聞きしております。兵庫、和歌山、滋賀、愛知、名古屋市、千葉、そして広島…。ワタクシがいうのもなんですが、すごい合格率です。大阪も、もう少しで発表ですね。

 広島から、合格の声を多くいただいております。苦節数年、一生懸命取り組まれた結果でしょう。なかでも、広教組主宰の広島県教員採用対策学習会を企画立案され、ご参加された、ある方の合格は、大変ウレシイものがあります。

 この学習会は、広教組の組合員であり、広島在住の教員をめざす方々が、「なんとかあの難しい広島の採用試験を突破する勉強方法はないだろうか」との強い思いから実現したものです。その方々から、まったくこのサイトだけを頼りに、メールをいただいたのでした。

 2年前のクリスマス、わざわざ来阪され、学習会の打ち合わせをしたのが学習会の発端です。その主旨がすばらしい。「みんなで勉強して、みんなで受かりたい」、「なにも組合員に限定することなく、広島の教採をめざす方なら誰でも受け入れ、自主的な学習会にしたい」、そうおっしゃるではありませんか。そうした前向きな、自由な立場からの学習会は、年に4回開催され、今年で2年目が終了したわけです。来阪されたこの学習会の企画立案者のおひとりが、高倍率の中みごと合格されたのは、喜びに堪えません。この2年間でワタクシが用意させていただいた総ページ200枚に及ぶレジュメを、食い入るように検討されたのでしょう。とってもウレシイです。

 「ひろしまのこくばん」に書き込まれていらっしゃるように、残念ながら厳しい結果であった方もいらっしゃいます。しかし、あきらめず、粘り強く、合格された多くの広島学習会の卒業生のようにしっかり取り組まれれば、来年栄冠を勝ち得るはずです。是非がんばっていただきたい。ワタクシも、この2年で準備したレジュメをさらにパワーアップし、来年春から予定の広島の学習会に挑みたいと燃えています。

 さて、遅ればせながら、大阪で主宰している当サイト勉強会の報告です。集団討論の模様報告ですが、テーマは「豊かな人間性を養う教育について議論せよ」でした。5名の方に20分間、議論していただきました。仮にA〜Eさんとします。

 まず、Cさんから、豊かな人間性を育むためには、感動がなければならない、だが、現在、無感動の児童生徒が多い、これをどうすればいいだろうかと発言がありました。Cさんはつづけて、テレビに児童生徒が釘付けになっていたり、マスメディアの発達が児童生徒の室外での活動量を低下させていると述べ、体験不足を補うことが感動する心を甦らせるのではないか、したがって学校菜園を作って感動体験を増やしたいと議論を切り出されました。Bさんは、これを受け、感動は、美しい絵、花を見ることによっても養われるが、いろんな人間関係をつむぎ、いろんな人びととのふれあいの中からも養われるものであると発言されました。Aさんからは、ゲームなど疑似体験ばかりの日常をいわば活気のある日常に転換しなければならないと述べられました。室内のテレビゲームではなく、校庭で実践できるゲームをすればいいのではないかとのことです。

 さらにEさんは、豊かな人間性はやさしさを大切にする教育ではないかと発言されました。それは、もちろんのこと感動体験を含む活動を通しての実践になるでしょう。Eさんのおっしゃるやさしさは、単に人間を対象としたやさしさではなく、生き物に対しても、地球に対してもやさしさを持つべきであるという意味を持つものでした。この発言は、環境問題への取り組みも豊かな人間性を育む実践であるとの意が含まれています。

 ここでDさんから、無感動の児童生徒が多いのは実感している、この点、大変不安であると発言されつつ、ひとつの問題提起をされました。トップレベルの大学をめざす進学校では、学校の教育方針も、児童生徒の方も、かなり割り切っている。豊かな人間性の育成と学力向上が本来螺旋階段的に織り込まれて人格形成に寄与しなければならないのにもかかわらず、豊かな人間性の育成が無視あるいは課題の外に置かれている、とのことです。ワタクシが思うに、学力の向上だけが学校(=この場合進学校)の目的ではありません。それには同意します。しかし、ワタクシたちは児童生徒の幻影を見ている場合もあります。討論の後で意見が出たのですが、実は進学校に学ぶ知的能力の高い児童生徒は、実は教育困難校の児童生徒よりも、いうところの豊かな人間性を育んでいるのではなかろうか、とありました。ここは考えどころですね。

 進学校はさておき、小学校現場では、Eさんおっしゃるように自己中心的な児童が増えているようです。なんにしても「関係ないもん」という児童、ゴミを教室でみつけても「自分の落としたゴミじゃない」という児童。感動と責任がどのようにつながるのかは、しばらくおくとして、このような態度の児童生徒が豊かな人間性を育むにはどうすればいいのでしょうか。また、Cさんが発言されたように、体育大会で勝ったチームでも、勝ったとよろこびをあらわさない。感情をあらわさないのですね。無感動と無責任が交錯し、なんだか児童生徒の教育可能性が見えてこない論調になっています。問題の指摘からその解決方策へ−議論はどのように進んでいくのでしょうか。

 Bさんも、子どもたちの会話を聞くと、友達と遊んだといっていても、それはバラバラにゲームをしていただけである、一緒になって遊ぶふれあいがない。会話も自己中心的で、相手のやさしさにふれて、それをお互いに返していく姿勢がみられないのは悲しいことであると認識されています。
 そこでAさんが、授業でどのようにして感動体験させる工夫をすればいいか提案されました。発言それ自体は具体的ではなかったのですけれど、理科の実験をどう工夫するかも、感動を呼び起こすものでしょう。

 Dさんは、教員である私たちが感動体験をしているのかも反省しなければならないと述べられ、それを受けBさんが、郊外において、些細なこと(たとえば昆虫の発見)にも気がつき、感動を発見できるよう努めたいと返答されました。Aさんのいう、毎日の生活の中で感動を伝える努力を私たちが児童生徒に実践していかなければならないというのもひとつの返答ですね。

 次に、Eさんが教育実践の具体例を挙げられ説得力持って語られました。水泳の時間に顔を水に付けられない児童が、がんばってバタ足までできるようになった。ほかの児童もすごいすごいといった。みんなが互いを認め合う体育の時間が、ここにはある。Cさんの不登校生徒を担当した経験の報告も、ここには書けませんが、豊かな人間性を育む実践といえるでしょう。

 豊かな人間性の育成は、つまりは、Dさんのいう「表情のない子に働きかけていくこと」にあり、Aさんのいう「よろこびの共有」にあり、Eさんのいう「家庭と違う関わり合いのある社会としての学校で、仲間意識を形成すること」から実現するものでしょう。

 このようにして、20分間の討論は終了しました。豊かな人間性が具体的にどのようなものであるのか、この議論では、感動、やさしさを中心に展開しました。各種答申に基づきつつ、豊かな人間性の中身を自分なりに確認しておくことが議論を出発させる上で必須であると思われます。そうした答申の「生きた使い方」をしていきましょう。
(10/2)

日々旁午・表紙へ 浩の教室・トップページへ