日々旁午

2007



きょうは、10月10日、このサイトの誕生日である。6年前のきょう、このサイトははじまった。
 紆余曲折はあったものの、こうして継続できていることに、みなさまの支持を感じている。感謝の気持ちである。ありがとう。
 この10月10日、NPOの登記日に設定した。2重の誕生日になる。今後もますますサイト運営とともにNPO活動にも力をいれる。どういう形にするか、白いキャンバスにいっぱい夢を描いていきたい。
 みなさま、今後も「浩の教室」をよろしくお願いします。
(10/10)

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Dさんの問題提起に対してAさんもなんとか回答を与えようとされました。Aさんは、教員としての人間性を広げる努力をすれば、コミュニケーション能力も向上するのではないかと答えられ、家庭訪問や学級通信などのコミュニケーションの手段ではなく、これを資質の方面から答えようとされました。付け加えて、教員が誰とコミュニケーションをとるにしても、いつも緊張し「姿勢をただす」べきであると発言されました。
 Eさんは、このAさんの最後の発言を受け継ぎ、教員は地域ほかあらゆる人びとからその言動がチェックされている、だからこそ、信頼を得ることが大事であると述べられました。教員は「籠の鳥」なんですよね。「君子は独りを慎む」でもあります。いろんな破廉恥な事件が教員界で起こってますけど、まさに独慎しないといけません。Eさんは、つづけて、児童生徒との信頼関係の形成において、彼らの小さな変化に気づき、彼らの輪の中にはいって触れあう時間をたくさんとりたいと抱負を語られます。これは、いわゆる児童生徒理解の一番難しいところで、いわば「ミイラ取りがミイラ」にならないようにしなければなりませんね。児童生徒を評価あるいは保護する教員の存在が、いつのまにか「同じ目線」になりすぎて、同化してしまうと、「おともだちせんせい」の出来上がりですから。
 実際、すべての児童生徒を視野に入れるのは大変なことであるとは、Fさんの発言です。Fさんは、「いざというときに頼れる存在」としての教員ということを述べられました。これは当然、Fさんの目標でもあるのでしょう。力と情熱のこもった発言になっていました。これに対し、Eさんが、教員も人間だから、気分がのらないときや機嫌が悪いときもある、しかし、児童生徒と接するときはそれを抑え、笑顔で安心感をふりまきましょうと述べられ、議論は終了しました。
 いかがでしたでしょうか。
 あとで、傍聴者にもいろいろとご意見を一人づつお聞きしたのですけど、大学生の方々が驚かれていました。「自分ならこんないえない!発言できない!」ということです。いやいや、なれます。勉強会に通っていれば、必ずいえるようになれる。そりゃ、そのための努力は必要ですよ。でも大丈夫。討論で意見がいえるコツをここでは学べます。討論を傍聴したあと、ワタクシの方から勉強の方法をお伝えしましたが、すぐに実践に移してくださいね。
 ところで、今回の討論の問題点としては、ひとつに、討論の方向性の規定の仕方が挙げられます。それは再現模様の中で触れました。議論を切り盛りしていく力と、議論に花を咲かせる話題提供と、問題提起する発言と、意見を述べるにしても、内容とともにどういう立場の発言者として自分を位置付けるのか、これは討論における役割演技といいますか、難しいものです。これはいまの段階で要求するには大きすぎる問題ですね。徐々に場数を踏んでいくうちに理解できるようになり、実践もできるようになりますので、心配せずに。
 もうひとつは、発言量、発言時間の問題です。簡潔に述べることが要求される集団討論ですので、これも評価にはいります。短くしかし本質をついた発言を「小出し」にすることが、いい印象を面接官に与えるということを憶えていてください。これも、場数を踏むうちにそうなってきます。
 最後に、討論に参加したり傍聴したり、いずれの立場であっても、あとで点数をつけてください。その違いがより豊かな討論とはなにかを考えるきっかけになるものです。
 では、来週。ワタクシたちは来週を迎えられるのだが、ノリックにはない。大治郎とノリック、向こうでも張り合えよ。沼田も奥野もな。
(10/9)

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うーん、昨夜のショックは大きい。阿部典史の死亡事故記事を読まれた方は多いと思われるが、単車乗りのワタクシとしては、胸にぐっとくるものがある。ここをリンクしておこう。故人のご冥福を祈るばかりである…かなり、残念である。
 全国紙では、この事故を小さく扱っているし、動画の付いたNEWSサイトであっても、これを動画化し流しているところはなかった。如何せん、単車、バイクというのは、ややもすれば悪を象徴するような乗物とされる。だが、ワタクシは、こんなこともやっているので、とっても残念なのである。カワサキとヤマハとなど、メーカーは関係ない。取り返しのつかないこと、「あすは我が身」という言葉がある。そうは思いながらも、ワタクシは、乗り続ける。おっさんのワタクシであるが、この稀代のレーサーの死を悼む。
 ああ、これ、8日の真夜中(つまり、7日の深夜)に書いているのだが、いまから麦酒呑むし。討論再現、待ってな。
(10/8)

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それでは、集団討論の模様を再現してみましょう。テーマは、「教員に必要な資質・能力はなんでしょうか。多様な観点から具体的に議論してください」でした。このテーマに対し、6名の方が挑戦、20分間です。初参加の方も積極的に討論に名乗りを上げられ、いや、どうなるかと思っていたのですけど、フタを開けてみれば、なんといい討論ではありませんか。いや、こうしたいい方は失礼ですね、すみません。この討論には、何度か集団討論の経験のある方がお2人、ほとんどはじめてといっていい方が4名でしたので、そう感じたのでした。
 このように、はじめての方もいるのに、20分間途切れなかったし、価値あるご意見が出ていたし、いわゆる「討論の流れ」をちゃんと意識した議論ができていたとの印象です。
 最初にテーマを読み上げ確認し、「多様な観点」を踏まえて発言されたのが、Aさんです。Aさんは、生徒指導をしっかりできる能力や、教員同士のコミュニケーションができる能力、現在の教育状況から保護者対応ができるということなどが資質・能力であり、なかでも魅力ある授業をこなせることが大切であると述べられ、児童生徒に学習の動機付けが与えられるように写真やビデオなども駆使して授業をしていきたいとまとめられました。つづいてCさんは、学校が抱えている問題の指摘からはじめられました。それは、不登校が増えていること、学校がおもしろくない、いっても居場所がない、夢がない、と若干ネガティブキャンペーンみたいでしたが、そうした現状を打開する資質能力が教員に求められているのではないかと切り出されました。生物の教員をめざすCさんは、「生きているということはどういうことなのか」児童生徒と一緒に考えたいと抱負を語り、夢を与えられる教員になりたいを締めくくられました。テーマとの関連では、夢を与えられるのが「資質能力」ということなのでしょう。
 大学院生のCさんは、Aさんの能力の実例を挙げられたのに対し、どちらかといえば、持っているべき資質を挙げられたといえるでしょう。
 このお2人の意見をミックスし、授業において夢を与えられないかと発言されたのがDさんです。特別支援をめざす立場から、机上の学習だけではなく、障がいのある児童生徒に外に出て経験を積ませる、つまり体験を通して児童生徒に刺激を与え、夢を持たせたいとご意見されました。Fさんは、刺激を与えられる教員はすばらしい教員であるとCさんに賛同しつつ、Aさんの生徒指導の資質能力の問題を捉え、たとえば教室でケンカが発生した場合、「あやまりなさい」といったり、「なにが悪いか考えろ」といったり、頭ごなしに怒るのではなく、「(このケンカのあと)どうしたいの」といったように自分で解決していく指導をすることが能力として必要と発言されました。それは、児童生徒の問題解決に向けての自発性を尊重する態度であり、必要な資質能力です。
 Bさんは、視野が広く、多様な人びと、物事に係っていける能力が求められているといわれます。いままでの発言にない視点を用意されたと評価できます。教員として、児童生徒がみていない、あるいはみえていないところを見抜き、指導することが肝要であるとの立場です。たとえば生徒指導にかぎっても、一人ひとりの家庭環境の把握も前提とした指導ができることが求められているとご意見されました。Eさんは、Cさんの発言を受け、学校にいけない児童生徒がいるのも事実だし、夢を与えられる教員ってすばらしいとされつつ、叱ることのできる教員、これが求められているといわれます。資質能力としては、メリハリのある指導ができるということになりますね。そして、音楽教員をめざす立場からは、教育目標に到達できることを資質能力のひとつとされまして、「音楽を楽しむことができる」、これを目標におくと述べられました。
 Cさんは、教員という存在は、保護者につぐ児童生徒の理解者でなければならないと発言され、学校に通うようになると保護者よりも児童生徒は私たち教員と共有する時間が長くなるといわれます。問題を抱えている児童生徒がいるだろうし、学校に救いを求めている場合もあるだろうと想定され、悩みや苦しみを把握しうる前提となる信頼関係を紡ぐことこそ資質能力であると説明されました。また、Eさんのご意見に対しては、児童生徒の目線に立つだけではなく、児童生徒との関係にちゃんと線引きできることも、資質能力であると答えられました。
 Aさんは、Bさんの家庭環境を把握する能力や、Cさんの信頼関係を作っていく前提となるものなどをひとことでまとめられて、情報収集能力とピタッと表現され、児童生徒の情報を知り、一人ひとりに見合った指導をしていこうと語られ、それが、たとえば兵庫県で起こったいじめ自殺などを回避できる方策であろうと発言されました。教員として、情報の把握力が資質能力となるとのご意見です。
 Fさんは、児童生徒の情報把握の観点を受け継ぎ、家庭訪問をしても門前払いされた経験を述べられ、担任の力だけでなく学校全体の連帯を強め、指導していくことが大切であると提起され、生徒指導にあたってチームで対応することを資質能力として挙げられました。Eさんは、このご意見に同意しつつ、児童生徒に関し教員の知らないところは地域の協力も得て情報獲得していくべきであると発言され、教員と地域との連携をすすめ、同時に、教員が問題を抱え込まないようにすることも、現場感覚から要求されることではないかとまとめられました。
 ここでDさんは、テーマに対するアプローチがかぎられているのを感じ、これまでの議論は、コミュニケーション能力が教員の資質能力として必要である、とまとめられるので、その深め方について議論をするべきではないかと問題提起されました。これにCさんが答えようとしたのですが、かなり難しい提起であったので、答え方に苦しみながらも「人間はひとりでは生きていくことができない」といった哲学的な命題をいうにとどまりました。Dさんの出された問題は、たしかに難しい問題提起で、討論の方向性を転換するというようりもむしろ、煮詰まっているところをさらに煮詰める方向へ導くものであったので、答える方も苦しむという結果になりました。方向転換を討論で求めるのはいいのですけど、今回はちょっと苦しい方向へ誘導したようです。
 Dさんは、実際にどんな対話をしてコミュニケーションを深めていくべきか、家庭訪問だけで足りない場合はどうするかということをみなさんに聞かれたかったようですが、それに対する解答をご自身で用意しておく必要があるでしょう。ちょっと参加者を詰まらせちゃいましたね。Bさんもこの問題提起に何とか答えようとはされていたのですけど、信頼関係形成に関する発言をするにとどまりました。
 うおおおおおおおおおお〜
 ここまでまとめて、すまん。
 おおおおおおお〜 ノリックが亡くなったよ。あかんわ。なんともいえん気持ちや。つづきはまた書く。
 おおお。
(10/7)

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本日、第140回勉強会にご参加いただいたみなさま、お疲れさまでした。とりわけ、お忙しい中、時間を割いてくださりご参加いただいたT先生、ありがとうございました。勉強の方法から、受験報告、いまの学校の雰囲気まで伝えてくださり、来期をめざす参加者からの質問にもにこやかに応答してくださいました。
 今回初参加の大学2回生、3回生の方にとっても、現職の先生からのコメントは貴重であって、しっかりメモを取られていらっしゃいました。
 珈琲会には、当勉強会の卒業生で愛知現職のG先生もエールを送りに来てくださいました。ありがとうございます。いま、2次結果待ちのYさんも、ひょっこり登場、少しの時間でも顔をみせてくださり感謝です。
 本日の勉強会では、最初に、上述のT先生から、貴重なお話をいただきました。この勉強会の雰囲気についても、過分の言葉をいただき恐縮です。懐かしい思いでお話しくださったことと思います。2次の受験報告でどのような質問があったのか、面接官からどういうような評価をいただいたのか、あの、広くて深くて困ってしまう一般教養をどう克服したのかなど、ご自身の勉強の軌跡を振り返られながらのご発言は、実感があり、実際に合格し現職ですから、みなさんも喰いいるように聞かれてました。いやいや、立派な先生になられていて、ワタクシもすごくウレシイ。今後もサポートお願いします。
 T先生との質疑応答後、「議論の叩き台としての教育学講義」をワタクシの方からいたしました。配布プリント8枚でしたが、結局、7行か8行くらいしかできませんでした。解説を豊富に、教育時事も含め、大学2年生でいまスタートについた方にもちゃんと理解できるよう、簡単な言葉でお伝えしたつもりです。時折早口になっておりましたが、努めてゆっくり話すようにしております。本日は、いまの教育行政についての時事的関心事項を解説しましたので、ご自宅でプリントに付属している資料類をお読みください。アップツゥーデートな議論があります。
 次に、この夏に実施された問題の解答解説でした。学習指導要領の歴史的な問いでしたが、申し訳ない、時間の関係上、これまた少ししかできず失礼しました。これ、来週もしますので、来週もご参加の方は、プリントをお忘れにならないよう、お願いいたします。資料は極力丁寧に作っています。誤字脱字も努めてないように吟味しておりますが、間違いあれば指摘してくださいね。今後、毎回、1問づつ配布しますので、30円〜70円くらいづつ(つまりコピー代)、ご負担お願いします。なお、平成18年夏実施の解答解説集もありますから、声をかけてくださいね。自分でいうのもなんですが、単に「解答 1」だけではなく、非常に緻密に作成してますので。
 さて、最後に集団討論をしていただきました。いやー、よかったです。「教員に必要な資質・能力はなんでしょうか。多様な観点から具体的に議論してください」というのがテーマでしたが、初参加の方もしっかり話され、ほんと、よかった。この討論模様再現は、次回更新時にいたします。
 初参加のみなさん、すごく緊張したと思います。しかし、それもいい経験。また、逆に、珈琲会はすごくリラックスした雰囲気で、みなさん歓談あってよかったです。ではまた、来週よろしくお願いします。
(10/6)

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あすは、当サイト主宰勉強会をJR大阪近辺にて開催いたします。ご参加のみなさま、よろしくお願いします。
 今回で第140回になる勉強会、2年前に継続参加され、現在、大阪府教員としてがんばっていらっしゃる先生(女性)にご参加していただくことになっております。お忙しい中、後輩達のためにご参加いただき、ありがとうございます。
 あすもそうですが、11月の前半まで、毎週開催日に現職の先生、今期の合格者にご参加依頼し、快諾していただいています。来期をめざすみなさん、いろいろ質問あると思いますので、ぶつけてくださいね。
 勉強会のメニューをお知らせします。6日は、まず、現職の先生からのコメント、質疑応答、次に、ワタクシの方から「議論の叩き台となる教育学講義」、そして大阪府採用試験1次ペーパーの問題解答解説(これは毎週1問づつ実施)、最後に集団討論です。
 充実した4時間にいたしましょう。
(10/5)

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なかなか更新できなくて失礼しております。
 愛知や神奈川の発表があって、合格の報と残念な報の両方が届いています。やはり難しい試験ですから、すべてがすべて、いい結果はでないです。それでも、その結果を真摯に受けとめて、来期に向けて意志を固めるのが大切ではないかと思われます。
 厳しい結果だった方、あまり落ち込まないように。いまは、歯を食いしばって耐えるほかありません。
 勉強会を運営していると、ほんと合格された方からの報はすごくうれしくて、今年やっと通った和歌山合格の女性などは、2年もよくがんばって大阪の教室まで参加してきたと思う。相当倍率が高い社会科をパスしたS君も、2年通ったクチ。ほんま、投げ出さんとよくがんばったで。
 兵庫県も今年はある程度2次パスしてて、よかったよ。ただ、神戸市はすごく難しい。勉強会で神戸市を受けている方は、今年は2人ほどやけど、厳しい結果だった。
 必ずなれる!それを実証してくれた。2年組には、ワタクシ、すごく責任を感じていて、「絶対パスさせてやる」と心に誓って、おそれながらも「指導」していたんである。
 それでもあかんかったひともいる。くそう!
 なにがあかんのか、ワタクシもわからん。相当の努力をしている人ばかりやしね。倍率や年齢や講師経験やそのほか総合的に選抜するのが教採試験であろう。いろんな要因が折り重なって、複合的に選考者を決定しているんだと思う。
 客観試験でないので、大学入試のようにはいかないが、「人事を尽くして天命を待つ」の精神は、教採でも一緒だろう。
 あかんかった人は、少しだけ泣け。ワタクシも一緒に泣くわ。
 P.S. 広島は、かなり合格者がでていて、これまた嬉嬉です。
(10/4)

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10月1日である。
 毎日新聞がMSNと手を切り、独自のサイトを運営しだした。厳しい財政運営だと思われるが、教育系の記事では定評があるので、是非、がんばってほしい。こちらである。当サイトの右欄の下、「教育リンク」も更新したので、いつでも簡単に参照できる。
 毎日新聞が手を切ったのか、手を切られたのか、ワタクシは前者だと思うのであるが、手を切られたMSNは、産経新聞と手を組み、「産経−MSN」体制を構築した。こちらがそうである。これ、変なURLになっている。sankei.jpとmsn.comがそのまま足されているからである。
 新聞界再編、3強(朝日、讀賣、日経)と2弱(毎日、産経)といわれるが、販売網統合戦略もあって、全国紙も戦々恐々、時事通信などは、どうするつもりなのだろうか。
(10/1)

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