日々旁午

2005


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昨日は、第57回当サイト主宰勉強会に多数ご参加いただきありがとうございました。今回、12月から当サイトのこくばんマスターを新しく担当いただく大阪府高校教員のルパンさんに、それから、小学校教員の方にご参加いただきました。ありがとうございました。来年2月から予定されている、「浩の教室学生有志(このリンクは昨年の要領です。来年2月からの開催も、場所未定〈たぶん大阪市内になります〉ですが、ほぼ同じような要領で開催されます。)主催・自然科学系一般教養勉強会」にも、お力を貸してくださいます。月1、2回のペースで実施されます。

 当日は、配布資料多く、参加者によりましては70枚を越えてしまいました。コピー代をご負担いただきありがとうございました。ようやく大阪府の1次試験の教職教養問題の解答解説を配り終え、口頭での解説も残すところあと3題となりました。次回12月4日には、神戸市の教職教養の解答解説の前半をお配りする予定です。こちらも大阪の問題と同様、豊富な資料を引用しつつ口頭解説をいたします。

 勉強会はまず、この大阪府の過去問を検討することからはじめました。フロイトとロジャースについての簡単な説明、人権教育に関する問題の詳細、文部科学省の教育白書からの出題、特別支援教育の課題について、実施しました。このうち、人権教育については、前回お配りした「人権教育の指導方法等の在り方について」(第1次とりまとめ)を参照してください。なお、この10月のおわりに、人権教育の指導方法等に関する調査研究会議が第2次とりまとめ〔案〕を出しましたので、これを年明けに検討する予定です。

 次に、新しく、キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議が昨年1月に報告した「児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てるために−の骨子」を資料提供し、参加者のみなさんからご意見をいただきながら、ワタクシなりの解説を加え、検討していきました。果たして、初等教育段階からのキャリア教育とはどのようなものなのでしょうか。なかなかこれを想像することができず、今回ご参加いただいた大阪府の現役小学校教員の方から具体例をお話いただきました。ありがとうございました。

 そして、キャリア教育の推進の議論をいわば「逆手」にとって、では、ワタクシたちはなぜ職業として教員をめざすのか、めざしているのか、このことについて数名の方にスポットをあてて個別的にやりとりをいたしました。その具体的な内容は個人情報を含むものですからここには記載いたしませんが、社会人としての経験と学校教育に携わることとがどのように関係するのか、公立の学校と私立の学校、教育産業としての塾との相違はどこにあるのか、などといった、ワタクシたち教員をめざすものが考えなければならない論点を含んだものであることだけをお伝えいたします。

 最後に、集団討論をいたしました。テーマは、「現在、教育現場においてゼロトレランスといわれる指導を取り入れようと検討されつつあります。あなた方は、このことについてどのように思われますか」です。今回の勉強会では、新しくご参加いただいた方が多い中、恐縮ではありましたが、この、文部科学省で現在その検討部会の設置が予定されているゼロトレランスについて、参加者のみなさんがどのような意識をお持ちであるのかを知りたく、テーマとして選択したのです。

 はじめてこのカタカナ単語をお聞きになる当サイト閲覧者もいらっしゃることでしょうから、少しだけ新聞報道を引用しつつご紹介いたします。

 産経新聞は、今月13日に、次のように報道しています。「米国で麻薬や銃、暴力が蔓延した学校の再生に効果をあげたとされる生徒指導方針『ゼロトレランス(毅然とした対応)』について、文部科学省は、日本の教育現場への応用の可能性を探るため、専門家による調査研究会議を設置する方針を決めた。国内でも学校内外で生徒による凶悪事件や薬物犯罪が相次いでおり、米国流の厳格な生徒指導を取り入れることで、学校の秩序や規律を取り戻し、安心して通える学校を確立したいとの強い思惑がある」ということです。ここでわかるように日本社会のアメリカ化が進行している現状にあって、厳格な生徒指導を学校に導入しようということです。たしかに大人社会も学校世界も、ある程度アメリカナイズされていることは否定できませんが、しかし、銃社会のアメリカと、そうでない日本とを、同日に語ることもできません。この辺りに議論のひとつのポイントがありそうです。

 産経新聞は、つづいて「ゼロトレランス」の出発についてこう書いています。「『ゼロトレランス』は直訳すると『寛容さゼロ』の意味」ということです。「一九九七年、クリントン大統領(当時)が全米に呼びかけ浸透させた。学校が明確な罰則規定を定めた行動規範を生徒・保護者に示し、破った生徒にはただちに責任を取らせる。それまで教育現場で支配的だった、生徒の事情をよく聴き、生徒理解に重点を置いて指導する『ガイダンス』と呼ばれる手法とは一線を画し、絶対に許容しない厳格さで臨む」やり方が、これまた日本の学校世界になじむものかどうか。これが第2のポイントになるでしょう。そして、このゼロトレランスの導入が実際実現するとすれば、いままでの教育相談つまり大阪府の過去問にも登場したロジャーズ流の共感的、受容的カウンセリングが支配的である相談体制が崩壊してしまいます。

 さて、こうしたあまりまだ耳慣れないテーマについて、集団討論に挑んでくださった勉強会のメンバーはどのように議論したのでしょうか。この模様につきましては、次回の更新で再現したいと思います。
(11/20)

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本日は、第57回浩の教室主宰勉強会を開催いたします。多くの方からご参加希望あり、ありがたく思っております。ご参加のみなさま、よろしくお願いいたします。

 本日は、大阪府の過去問の検討の最終回にする予定ですが、あんまり解説ばかりでは、ご参加のみなさまも、あるいは面白くないかもしれませんので、イロイロとお聞きしつつ議論も含めたいと思っております。

 答申は、キャリア教育のものを講読します。資料はこちらで用意します。集団討論のテーマは、ただいま文部科学省で検討中の、例のゼロトレランスについてお聞きしたいと思っております。

 それでは、弁天町でお会いしましょう。
(11/19)

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昨日、中教審が教員免許更新制に関し小坂氏に中間報告したようである。讀賣新聞によると、「教員免許更新制を現職教員に適用するかどうかについて、『さらに検討が必要』と含みを持たせた点が特徴で、大学の教職課程に新たな必修科目『教職実践演習』(仮称)を設けることも盛り込んだ。部会は中間報告への国民の意見を募り、年明けにも答申をまとめる方針」らしい。だが、「さらに検討が必要」とジンゼンと繰り返すなら、いつまでたってもはじまらない。

 現職教員に更新制を導入するかどうかは、もう何年来の課題であろうか。少なくとも、平成14(2002)年2月21日に同審議会が答申した「今後の教員免許制度の在り方について」においても公務員制度との対比において言及しているのであるから、議論は3年以上ということになろう。現職教員への適用の発想は、このころからあったはずである。それだけ困難な教育行政課題であることは衆目が認めるところである。昨年10月の中山諮問にはじまった話ではないのではないか。

 教員免許の終身有効性は、数年で教員の所属勤務校が変わるとはいえ、教員の技量つまり授業研究や教材開発の技量のプラトー化を生むといわれている。つまりマンネリ化である。また、「ある程度やっておけば首になることはない」といった親方日の丸意識が頭をもたげ、自己の教員的将来像を描くことなく、また、教職が生きた仕事であるにもかかわらず、ルーティーンワーク並にそこそこで教員生活を終了している場合もある。そのなれの果てが自己保身に走る管理職かもしれない。民間からの管理職導入に恐れをなし、もっと競争意識をたくましくしていただきたい(そうはいっても、修学旅行で酒を飲む楽天校長もいるが)。

 河原に置かれている自然の石をひっくり返せば、そこにイロイロな虫やらアクやらが付いているのを発見するのとおんなじである。多くの現場で働く教員の悩みや苦しみを直に聞く機会の多いワタクシは、学校のいい面も悪い面も、ようようわかるようになってきた。

 免許更新制はおおいに結構といいたいところではあるが、それが全般的な教育制度改革の決定打になるかどうかは別である。更新制は「首切り」の断頭台にへんげするやもしれないからである。優秀教員確保の手段は、更新制だけでなく、FA制度だってある。とすれば、教員界おしなべての淘汰を更新制という濾過装置によって実現してしまうのであろう。

 ただここに、地方間格差がまたもや発生する。

 10年あるいは5年ごとに更新を行なうにあたってのコストの問題もある。

 更新OKの評価は誰がするのかの問題もある。

 更新制にかかるコストは、学校権限を現場に近いところに委譲する考え方からいえば、都道府県に廻ってくる可能性が高い。評価の母集団ということでいえば、市町村では小さすぎると考えられるからである。評価者も都道府県政令指定都市レベルの教育委員会担当ということになろう。毎年教員を採用するのだから、毎年更新制の「テスト」が実施されるわけで、その手間ひまは相当なものであろう。

 免許更新制、教育の地方分権化、そして学校選択制の3者が絡み合い、義務教育および高等学校教育の行く末がみえない。教員だけがみえないのではなく、教育の主役の児童生徒また義務を負う保護者にとっても、もともとみえないものが、もっとみえなくなるといえる。だんだん離れていく視力検査表の「C」である。「C」が「c」なり、そのうち「・」なっていくのであろう。どこが開いているのかわからない。つまり「開かれた学校」ではなくなっていくということである。
(11/17)

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「社会のくず」。こんな放言がよくできるものである。ニコラ・サルコジには、プロレタリアートやイミグラントの気持ちなんかわからないのであろう。

 就職に絶望し経済的貧困を余儀なくされるイミグラント・フレンチが暴動を起こすのも道理である。単なる社会的不平から引き起こされた暴動ということはできない。車に火をつける行為が空しい行為であると自覚した上で、その無茶な行為に及ばなければならなかった彼ら「くず」とみなされた若者のの心中如何。

 喜んでるのはドビルパンひとりかもしれない。外相時代、アメリカにモノ申したこのヨーロッパ的人物は、時期大統領の席をうかがっているわけで、目の上のタンコブであるサルコジがバッシングを受け、自滅すれば、これほどウマイ話はないとワクワクしているのではないか。ナポレオンの再来といわれたくてたまらないはず。

 ところで前言撤回もせず、押し切ろうとする政治家的態度は、東洋にはないセンスである。強情サルコジと命名されるだろう。

 いやはやトリコロール・カラーをはためかす人権の故郷フランスで、こうした治安的大失態をしでかすとは。パリ警察からも恨まれているのだから、サルコジは枕を高くして眠れないだろう。

 さて、シラクは「若者、特に厳しい状況にある若者たちを支援するためにも、雇用を確実にする必要があり、若者らに支援および訓練を実施するボランティア対策本部を設けることを決定した」(『世界日報社』)といっているそうだが、これを聞けば、フランスも日本もあんまりかわりない社会情勢、雇用状況であると感じざるを得ない。そういえば、イギリスもニート、日本もニートである。フランスもそうなんだろう。

 ニート3兄弟と笑っている場合ではない。なぜなら、大量失業の世相が望んだのは強く激しいカリスマであり、そう、あの亡霊がちらちらするのである。青と白と赤が、古めかしい黒と赤と金に染め直されないだろうか。
(11/16)

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最近、インターネットで物品を購入することが多くなった。食料品はいうまでもなく、衣服もだし、趣味のバイク用品もわざわざ店に出かけていって買うより安い。さらに事務用品もである。

 食料品は生協購入なのであるが、牛乳やら、お弁当のおかずやら、そのほか生鮮の食料品でもなんでも揃う。近くのニッショーにいく回数が半減しているように思われるほどである。宅配してくれるのであるから、重いめをして運ぶこともない。ただし、美人のレジに会うことも半減した。

 ユニクロなどは、ラジオボタンを押せばすぐに購入できる。テレビで「ゴリエ」が愛想を振りまいているし、何色かセットで買うものもある。

 趣味の品も、事務用品も、ネットである。とりわけヤフー・オークションである。これも買いに出かけるより10%は安い。ものによれば半分の値段でゲットできる。2年ほど前なら、オークションは怖くてしなかった。しかし徐々に安全性が確保されるにつれて、そして、低価格につられて、利用するようになった。朝日新聞の伝えるところでは、「インターネット・オークション(競売)での詐欺などのトラブルの急増を受け、最大手のヤフーは14日、不正利用を自動的に検知するシステムを12月から導入すると発表した」そうである。いまでは、「ヤフーのネット競売には現在、約880万件の出品があり1日平均約16億7000万円の取引がある」(『産経新聞』)というのだからすさまじい。1日16億の売買があるところなど、株式以外ではないのではないか。

 びっくりするような話だが、キャノンのプリンターip1500が、ネットでは7千数百円程度で手に入る。もちろん新品である。ヨドバシカメラなどでは、9000円はするだろう。オークションで新品が買える現代である。なるほどニノミヤが一度はつぶれ、ダイエーは不必要になるわけである。なにもバブルのツケだけが、亡くなった中内氏を追い詰めたわけではない。

 どんどんどんどん、人が外に出なくなる。どんどんどんどんトラックが高速を、一般道を、走り回る。便利の代償に、老子のいわゆる「無用の用」もなくなる。ニッショーに買い物にいって、無駄なものを買うことはなくなった。ニッショーの上の100円ショップでしょうもないものを買うこともなくなった。

 今後、儲かるのは、物流であろう。これを目当てに株でも買うか。もちろんネットで買うのである。
(11/15)

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現在、この夏実施された大阪府・市1次試験の解答解説をまとめた、まぐまぐプレミアムマガジン:『浩の教室・教員採用試験対策−大阪篇』を作成しています。

 既に申し込みいただいた方、大変ありがとうございます。やる気がでます。資料引用を元に、問題の細かなところまで指摘しているつもりです。大阪の問題に対する解答解説の発行が終了しますと、さらに予想問題篇を作問・編成してお届けします。

 『浩の教室・教員採用試験対策−大阪篇』は、12月10日が創刊号となります。月に3回(10日、20日、30日)発行いたします。内容の紹介については、こちらのページをどうぞ。
(11/14)

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きょうは、秋の味覚を食しました。今年初めてです。新潟の「新」と高知の「高」の合成語とは知りませんでした。新高梨。なるほど食べ応えがあるだけ、高価ですね。

 食欲の秋といいます。梨は半分食べるのがいいのです。マツタケは眺めるのがいいのです。

 読書の秋ともいいます。いま、講談社現代新書を2、3冊買って、ちらちら読んでいます。やはり教育関係の本です。

 夏前に借りた本のことで、図書館から「返せコール」がきました。こちらは既に読んでいたから返すのに持っていくだけです。貸し出し期間はすぐに過ぎますね。やっぱり本は買わないといけません。

 スポーツの秋といいます。しかし最近では、身体を動かすことがなく、鉛のようになっています。PCの前に座ってばかりだといけませんね。足腰の運動だけでもするとします。
(11/13)

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ちょっと更新をサボっておりました。スイマセン。ただいま、えっちらおっちらレジュメ作成と資料整理に明け暮れております。

 昨日は、しかし、驚きました。例の東京町田の事件です。「同級生殺人事件」ということは、予想がついておられた方が多いと思われますが、それでも、そう簡単に殺めてしまうことに、驚いてしまいます。

 また、高槻市や名古屋市で児童虐待、乳児虐待があり、心を痛めています。

 事件の真相解明がまたれるところです。
(11/12)

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