日々旁午

2004


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 師走といえば、忘年会である。ふつう金曜あるいは土曜開催が多いと思われる。ワタクシも今年は3つ、お誘いいただき、昨日がそのうちのひとつであった。かなり呑んだので、帰宅してまどろんでしまった。気がつけば午前3時。更新が遅れた所以である。
 誘っていただいたのは、ある会社の方々が中心の、単車乗りたちの会である。もう何度かツーリングにも誘っていただき、感謝している次第である。ひとつところに閉じこもりがちなワタクシなので、こうして異業種・利害関係なしの方々から、趣味を通してお付き合いできるのは有り難いかぎりである。
 ツーリングでは、ついていくのが大変。高速であろうと峠道であろうと、速いハヤイ。いわゆるナナハン(排気量750cc)以上の単車を手足のように操るみなさんなので、ワタクシも精進しないといけない。このような参加者の方々だから、忘年会でも飛ばすのかと心配していたわけである。呑み放題だから、すぐに2速、3速とシフトアップ、テーブルに、空いたグラスやおちょこが散乱するのかと…。
 しかし、さすがにみなさん、翌日お仕事であるから、お控えになっていらっしゃったようである。ホッ。全開の忘年会だとどんなことになるのか、想像するだにおとろしい。そしてワタクシも、仕事の合間に、こうして更新に漕ぎ着けられた。午前は自分の勉強の時間であり、午後からは大学の講義、それが毎週金曜の予定である。
 あと20日ほどで今年も暮れる。高く積まれている仕事をできるかぎり消化するようがんばる。旁午読者のみなさんも、やりのこしがないよう、体調に注意しつつがんばってください。(12/10)

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 昼休みの過ごし方は重要である。どこか昼の定食を食べにいき、NHKのニュースをみる。これは大事。昼のニュースと夜10、11時位のニュースとみることで、だいたいどんなふうに日本社会や世界が動いているのか見当がつく。
 昼のニュースの後は、そのままNHKをつけたままにするわけだが、そこでワタクシを含めた中年をトリコにするグループが軽やかな曲を奏でながら登場するのである。Vanilla Mood−いや〜、素敵なグループである。第1、第2バイオリンとチェロおよびピアノの4人組。みんなかわいらしい音大生だそうである。大学生かどうかなど、どうでもよく、その演奏がいいじゃないか。今日の編曲「神田川」もよかった。
 ワタクシはあんまり音楽には興味がない。CDなど、もう7、8年は購入していないだろう。前買ったのは、ドリカムのベストである。このグループなら、久しぶりに買ってもいいかなと思わせたのである。だいたい教え子と同じ年齢の音楽グループなので、こういうことを旁午の内容に書くのは、勢い度胸がいるが、まあ、許されるであろう。ナカナカイイ。
 みのもんたやタモリに強敵があらわれたということである。いやもう相手にならないかも。(12/9)

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 教育制度改革に、またまた一悶着起しそうなOECD(Organisation for Economic Co-operation and Development)学力調査の結果である。15歳の学習到達度において、数学が6位、読解力が14位である。この数値に文部行政担当者は泡を喰っている。
 共同通信はいう、勉強したくておのずから塾にいきたいといいだす子どもを増やしたいと文科相がぶっちゃけていると。ということは、文科相は公教育を質的にも量的にも高める気はないのかと、うらみたくなる。塾に通う費用を補助してほしい保護者も多いであろう。そう簡単に子どもから塾通いをお願いされても、教育費はすでにいっぱいいっぱいの家庭が多い。少し前の調査では、家庭の教育費負担が初めて減少したといっていたではないか。それだけ日本は生活に追いつめられているのである。定率減税の廃止などすれば、事態はさらに悪化する。
 讀賣新聞は、以下のようにまとめている。「文科省はこれまで、日本の学力を『世界トップ水準』としてきたが、今回の結果を受けて、『我が国の学力は国際的に見て上位にあるが、読解力の低下など、世界トップレベルとは言えない状況』と、初めて“陥落”を認める分析結果を公表。すでに表明している全国学力テストの実施や学習指導要領の見直しなどに加え、新たに読解力向上のためのプログラムを来夏までに策定することを明らかにした」。讀賣のいう「指導要領見直し」とは、なんのことかわからないが、いまは擱いておこう。このほか、毎日新聞の報道も参照されたい。毎日の方が鋭い指摘だからである。
 以上を総合すれば、これまでの「ゆとり教育」の終焉というほかない。総合学習も民間委託プログラムを学校が買ってやっている現状で、「生きる力」もないもんだし、自前の研究を放棄した総合学習に存在意義は見出しがたい。各学校は、詰め込み教育の波に揺り返され、大阪でいえば高津高校ばりのスパルタをしていくほかはなかろう。そうでもなければ学力をつけられるべくもないのである。
 義務教育や高校教育で学力をつけるとは、創造性をつけることとはいえないのではないか。例外的な「天才」はいるだろうが、ワタクシのような平々凡々な小中高時代を送ったものが大半であって、そうした平凡な児童生徒には、ある程度の基礎養成のため、主知主義が要求されるのである。まったく考える土俵のないところで、総合ほか主体的な学習をするといっても空回りするばかりである。
 ところで讀賣の伝える読解力向上のためのプログラムは、朝の読書10分間運動でなんとかするものでもないだろう。気ままな読書はたのしい。しかし、そうしたやり方でOECD的トップ水準に戻れるかどうか疑問である(1位になりたい、したいのは文科省であって、ワタクシではない。念のため附言する)。そんな簡単に1位になれるのならば苦労はないし、「塾通い」に文科相が言及することもない。
 お隣り韓国では大規模なカンニング事件が起こったが、そこまで加熱する受験にまで戻らなくても、一定の関門を設けるべきだろう。ひいてはそれが15歳までの教育を規定し直すからである。京都大学では2次後期選抜を廃止するそうだし、こういう適度の改正は、独立行政法人化するにつれて、各大学で取り組みが進むと期待する。大学生の学力低下は、残念ながら道徳面でも弛緩状態を発生させ、関西学院大学の広島折鶴放火事件を生み出すし、最近では国士舘につづいて、亜細亜大学の馬鹿げた行為をも引き起こす。スポーツマンシップが聞いて呆れる。これらの数少ない事件に代表させて、過去数年の寺脇的教育の結果を見出すのは酷であろうか。つまり道徳判断は知的啓蒙をまってはじめて可能であるという命題が逆に立証されたといいたいのである。
 ちょっと脱線したが、つまりはOECDトップを日本の教育の目標にするのなら、いまの教育行政は抜本的に転換しないと、どうしようもないということである。しかしOECD的トップをめざさず、もっとユニークな人材を社会に供給しようとするのであれば、文科省は従来教育行政路線を踏襲していけばいい。
 ちなみにOECDについてはこちらをどうぞ。(12/8)

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 さきほど飛び込んだニュースであろう、埼玉県知事上田氏が、高橋史朗氏を県教育委員に起用した。高橋氏といえば、さいきんではたけしのTVタックルにも登場し、お茶の間を沸かせているセンセイである。
 知事は実績から選んでの起用と説明している。詳しくはこちら、朝日の記事を参照されたい。過去の経歴を云々し、教育委員に推挙できないとすれば、これは大問題である。どのような経歴でも多くの方に支持された知事その人が推すのであるから、その就任には法理上なんら問題はない。いまでも「つくる会」と氏が親しい関係にあるのかどうかは推測の範囲にすぎないし、あえて不許可にすれば、逆に変な眼で県政が勘ぐられることにもなろう。
 しかし問題は、先の中山文相と同じく、知事が「歴史教科書問題について、『これまでの教科書は自虐的な史観で物事が見られているきらいがある』などと発言。つくる会の教科書は『極めて新しい試み』と評価し、検定段階で中国や韓国から修正要求があったことについては『内政干渉だ』と批判していた 」ことにある。
 首長だから国政にその意見が反映されることはないが、地方の時代といわれ、まして三位一体の改革および教育特区の展開からすれば、やはり慎むべきは慎むよう期待される。国政経験者の知事の言葉だけに、どうだかなと思われるのみである。(12/7)

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 なんとも暖かい冬です。暖かさから、夕刻に単車の整備作業をはじめ、先ほど終了したため、本日は更新お休みさせていただきます。
 嫁の単車のブレーキの調子悪く、分解清掃していたのでした。嫁も高速を飛ばす方ですので、すぐに直す必要がありました。ブレーキのパッドはけっこう汚れているもので、紙ヤスリ掛けの後、チャーミーグリーンで洗浄してやりました。ふぅ。
 そこで、本日はサイトの紹介いたします。結構楽しめるこちらと正月用にこちら、先生方に役に立ち教採受験生の思考を停止させるこちらもどうぞ。えーい、ワタクシもときおりするこちらもどうですか〜。(12/6)

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 昨日、勉強会に参加されたみなさま、お疲れさまでした。障害者作業所製のクッキーを食すこともできました。昨日も、お一人、新しい参加者を迎えることができました。今後もよろしくお願いいたします。新しく参加いただいた方も含め、男性6名、女性5名の合計11名で、議論を繰り広げました。お身体の調子を崩され、残念ながら欠席されていらっしゃる方、どうぞご自愛下さい。
 講義では、教科書の意味と、教育様式が歴史的に変化していくことについて考えていきました。
 答申輪読は、前回に引き続き、「地域運営学校答申」を読んでいます。次回でこれは終了し、新しい答申に進みます。いまこのようにじっくり読んでいくことができますのは、教採にあたって大きなメリットであると信じています。なぜなら、表面的に飛ばしとばしなぞったところで、行間にひそむ文科省の意図が理解できないからであり、ひいては教育時事を理解して記憶することが難しくなるからです。答申と教育時事とは、根底のところでつながっているものです。地道に読んでいくことは大変なことですが、がんばりましょう。
 ところで、勉強会におきまして今後、この諮問こちらの諮問に対する答申類がでれば、すぐにチェックしていきます。そのほか、こちらの中間報告や、こちらの概要、およびこれなども少し考えてみたいと思っております。それから、文部科学行政の在り方を根本的に規定する「これからの教育を語る懇談会」に、上述の答申・審議類の位置を確認することにいたします。教採に答申が必須的に出題されることからすれば、こうした学習方法は価値があるでしょう。
 勉強会の第3部は、集団討論です。今回も代表者6名の方に、実践さながら議論していただきました。テーマは、「教室で孤立しそうな児童生徒がいるとします。あなた方は担任としてどのような予防および対処をしようと思いますか、議論してください」というものでした。
 テーマそのものの「読み替え」あるいは「解釈」に、みなさん困っているようでした。たとえば、「孤立しそう」というのは、「孤立していない」ではないし「孤立した」でもない。したがって、「対処」なら「孤立したあと」の処置になるし、「予防」なら「孤立していない」ときの手のうち方になる。そうした言葉の深いところまで捉えて考えていただけることに、喜びを感じます。
 結論としましては、2段構えで討論していただくことがベストではなかったかと思います。議論の筋道をどなたか討論参加者が最初に示し、その線をあまり逸脱せず25分間を乗り切っていただけたらいいのではないでしょうか。つまり、孤立しそうな児童生徒の原因を措定し、それにどのようにワタクシたちがアプローチするか。そのアプローチの在り方を、予防面と対処面で考える。予防という観点からはクラス運営の議論になりますし、対処の観点からは、当該児童生徒ほか、家庭、地域も視野にいれて発言することができるでしょう。
 討論参加者の発言をこのフレームワークに沿ってまとめますと、@原因の措定は、いじめにあっているということ、あるいは転校したてで友人がいない状況、があげられました。いじめと仮定すれば、それは引き締めた発言は、いじめは許されないものであって人権教育にかかわるというものでした。
 そして、A予防的な面では、いじめが発生しないようなクラス作り、具体的には、グループ作業あるいはグループワークを教科や道徳においても方法として取り入れる。学習以外でのグループディスカッションも提案されました。その際、男女分け隔てなく対応する。お互いを受け入れるきっかけを作る。たとえば「いいところ探し」をして、自尊感情を高めていく。自己肯定感、自己有用感を増幅させるような指導を展開する。とすれば、係り活動の意味も問えます。相手の気持ちを思いやることもできるでしょう。仲間を作る「遊び」を用意することも大切ですね。
 そのほか、集団としてのまとまりを作るには、あいさつ運動が有効であるというご意見もでました。たしかにあいさつは、相手の心を開く第一歩です。
 B対処的な側面では、まずは当該児童生徒に、愛情をもって接したいということがあげられるでしょう。その際、直接的に「一人になっているねぇ」とはいえないし、どのような聞き方をすべきか考えないといけないというご意見がありました。
 最後に個別なご意見として、C孤立しそうな児童生徒がでてくるということは、クラスが病んでいる状態である。これをワタクシたちが自覚し、上のA、Bのことを実践していくべきである。また、転校を理由として孤立感を深めていっている場合は、その新しくクラスに参加する児童生徒の特徴を分析し、教員の側からどのようにしてクラスに「なじむ」よう指導するかが大切というご意見がありました。具体的に沖縄からの転校生を話題にし、沖縄文化の紹介からクラスの受け容れる雰囲気を作っていく手法などが紹介されました。
 個人をどのように集団へと融解させていくか、それがこのテーマのミソです。みなさん、それに気付き、懸命に答えを探そうとしていらっしゃいました。いや答えというよりも、わたしならどうするか、ということを語ってくださいました。他の先生方とも協力、協調し、クラス運営のポイントを見つけ出してください。教育原理の勉強が、そうしたところに反映されることを期待します。
 旁午読者のみなさま、今週末の勉強会に参加されませんか。申し込みはこちらです。(12/5)

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 本日は、第17回当サイト主催の勉強会を開催いたします。参加されるみなさま、よろしくお願いいたします。
 明日の集団討論のテーマは、ちょっと隠しておきましょう(笑)。それから、明日は、ワタクシ、忘年会がありますので、申し訳ないながら、勉強会終了後のコーヒー会は、途中で抜けさせていただきます。
 ところで、個別の連絡になりますが、アドレスをお間違えになって連絡ミスがでているようです。お申し込みの際、アドレスを間違えられますと、こちらから手の打ちようがありません。アドレス記入を2回するように設定しております。今後、お間違えなきよう、よろしくお願いいたします。
 ではお昼にお会いしましょう。(12/4)

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 今日、学生と毎日新聞の社説をいっしょに読んでいた。読了後、その要約や感想を書いてもらうのであるが、ある学生の感想におもしろいものがあったので、本人の承諾を得たから、ここにちょっと紹介したいと思う。いっしょに読んだ社説はこれである。
 例の日歯連1億不正献金事件である。橋本氏のトボケ振りが国民の政治不信を増大させた。その政倫審における答弁で、それまで「記憶にない」といっていた態度を変え、第三者的に「事実と思う」と他人事のようにほざいたのだった。
 ある学生は、剣道部に所属している。どう書いたのかというと、「こないだ剣道の全日本学生大会があったときに、橋本龍太郎氏がいました。私は先頭プラカードもちだったので、開会式の時、目の前で橋本氏の話を聞きました。その中で一つ気がかりな発言があり、橋本氏曰く、『この大会で入賞することは、一生記録に残ることで偉大ではあるが、入賞しなくても記憶に残る試合展開をしてほしい』といったことで、私は疑問をいだいた。自分は「記憶にない」といいながら、こっちでは「記憶に残る試合をしろ」というのは、一体何を考えているのかよくわからない。政治とはこんなものでいいのかと思ってしまった」。
 この学生の告発はもっともなものであり、政界の言葉と日常の言葉と使い分ける橋本氏の態度を摘出している。だから、おもしろいと評価したのである。新聞などにはなかなか記事化されることのない、こうしたナマの言葉に、19歳の学生が興味をもって聞きとめたことにワタクシは感動している。選挙権をもたない19歳に、将来の日本を変えていってくれる期待を強くしたのである。
 その剣道の試合は学生の記憶に必ず残る。と同時に、1億円不正献金事件も必ず記憶に残る。こうした見方をした、問題意識をもった学生がいたことも、ワタクシと旁午読者の記憶に残る。そして、ここにこのように書くことで記録に残る。亦説ばしからずや。(12/3)

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 石原氏が東京地検に告発された。この告発が受理されるとすれば、脅迫、強要、公務員職権乱用の容疑が調べられる。彼のとった行為が犯罪かどうかが問われることになる。代表して毎日新聞をリンクしておくので参照されたい。いわゆる「日の丸君が代問題」が強迫と位置付けられるとすれば、これは大変な進歩である。
 悲しいかな、おそらくどこまで争っても、犯罪とみなす司直判断は出ないだろうと推測する。これが犯罪だとすれば、通達行政の息の根は止まり、教委も犯罪集団ということになるからである。都教委の場合にかぎり、その存在意義すら行方がわからなくなるかもしれない。
 たしかに石原氏の豪腕にはエグサが目立つ。だからといって、心の中を法で裁く事態について、行政に罰を与えることでもって解消できるかどうか。究極的には歴史の審判を仰ぐ問題であろう。だがしかししかし、裁判をやってみる価値はある。問題提起することに大きな意義が認められるからである。いっそのこと、東京都教員全員が辞職するか。あの首都大学東京のように氾濫を興してみるのもよかろう。
 102人による集団告発は、それだけでも迫力がある。取調べする地検は、何をどう進めるのであろうか。すべての行為や結果は、誰の眼にもあきらかであるだけに、調べるといっても、何もない。ただ、関係教育法の法理が貫徹しているかどうかだけだろう。その点、前にも書いたが、形骸化していた「再発防止研修」に対する判断が大きな争点になると思われる。
 おもしろい年末のはじまりである。(12/2)

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 師走ですね。秋から飛ぶように時間が経ったような気がします。公私にわたってイロイロなことがありすぎた1年でした。このままいけば来年も忙しい年となるでしょう。
 ありがたくも、あるところから仕事のオファーをいただき、その準備にもとりかからなければなりません。勉強会の方も順調であるし、みなさんと一緒に勉強できることは、ありがたいかぎりです。
 何度か読んだ答申も、みなさんと一緒に読むと啓発されるポイントが多々発見されます。教採の勉強以上に、教育の勉強をしているという感覚をもっていただけたら幸いです。狭く教採だけの勉強というなら、問題を解きまくるだけでも何とかなるものです。ただ、そうしたところにとどまらないで、もう一段高いところで教育を考えていきたい、それが今年の願いであったし、来年の抱負です。
 月はじめにこんなことを書くのは、こうした感慨をやがて書けなくなるであろうと思われるからです。それは、あらゆる方面からの要請やお誘いをすべて快諾しているからにほかなりません。忘年会終了後、酔った勢いでサイト更新しないよう、気を付けます。
 今年の10大教育ニュースは、月末に書くことにします。だが、その前に、ちょっと遅れている論作文道場投稿の添削をさせていただかなくてはなりません。みかリンさんごめんなさいね。毎日、きゅうきゅうで、なかなか手が着けられず失礼したままになっています。
 こくばんマスターは、都道府県の違いから、なかなか引き受けてくださる方がみつからず、「継続」をお願いしようかと、思っております。引き続き、募集いたしますので、よろしくお願いいたします。
 ちょっと派手にクリスマス装飾してしまいました。明日またツリーやベルの位置を変更するかもしれません。お見苦しきはお許しを。(12/1)

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