日々旁午

2009



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当サイト勉強会で使用している問題集や参考書ほかを、大阪駅前第2ビル地下2階で、いつでも購入することができるようになりました。地下2階のレンタルボックス・キャビン(06-6344-0509:営業時間/平日11:00〜19:30/土日祝11:00〜18:00)というお店に陳列しています。下の写真、ロボットが目印です。問題集のほか、しょうもない小物も置いていますのでご覧ください。

現在、「シート式C」、「シート式D」、「平成19年夏実施大阪府過去問解答解説集(教職教養部分のみです)」、「平成18年夏実施大阪府過去問解答解説集(教職教養部分のみです)」、などを陳列しています。

レンタルボックス・キャビン店内に連絡掲示板が設置されています。連絡掲示板にご要望を記入いただければ対応しますので、必要な資料あるいは問題集について簡単にコメントくださいませ。コメントがあれば、おきたいと思っています。そのほかは、こちらのページ(日程の下に資料の一覧表があります)、および、こちらのページを、どうぞご覧ください。よろしくお願いします。

各種資料ほかをご購入いただいた方々、ありがとうございました。お礼申し上げます。

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ああ、もう2月も終わりですねぇ。ついさっき、正月だったのに、はやい、ほんとうにはやいものです。それと同時に、春が近づいてきました。今年はあんまり寒くなくて、ひどい風邪にもやられることなく春を迎えられそうです。
 1月、2月は、「『国民経済』復活への期待」という小論を書いていましたが、それに関する資料類をたくさん読んでいました。古い本も久しぶりにだいぶん精読しましたよ。それから大学期末試験の採点です。いつも年初はこんな感じで過ぎますね。そういえば、昨年は教職教養担当者会議報告をしたっけ。なんだか懐かしい気持ちになります。原稿30枚くらいだったけど、よく書いたなあ。この原稿、教育原理関係のものなのですが、サイトにも紀要にも書籍にも載せてないので、ちょっともったいなく思っています。少しボリュームアップして再構築しようかな。
 今週末の日曜日は、数学質問応答会の募集開始です。夜10時からです。数学の先生に2〜3名ほど来ていただく手筈になっています。3月中に採用試験対策の数学の勉強をしていただいて、その中でわからないところをピックアップしていただき、提出してもらいます。そして共通してわからないところは「講義」的に説明し、あとは個別に質問に答えていくという方針です。みなさま、ふるってご応募くださいね。

 あすあさっては、当サイト主宰勉強会を開催します。ご参加のみなさま、よろしくお願いします。気になる討論のテーマですが、今回は、「しゃべれる」テーマといたしましょう。携帯電話の話題です。詳しくは、当日に。
(2/27)

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授業における判断力養成に関し、議論はつづきます。Aさんは、漢字の指導について述べられました。常用漢字の学習について、その言葉の意味を調べることにはじまり、そこから発展させて四字熟語や類義語、対義語の学習にまですすむことによって、漢字の関連性を判断するということ、ひいては漢字検定に挑戦する意欲ももたらすと話されます。豊かな表現と確かな判断の関わり合いについても語られました。Cさんは、情報科の立場から、インターネットを使った情報検索、キーワード検索などについて触れ、情報を選択する=判断する質を高める教育をめざされます。そして、Dさんは、あらゆる判断において、合理的であるか、矛盾していないかといった教科の枠を超えた日常の判断そのものを議論されました。
 授業に関連する「判断」の問題が一区切りし、Bさんが、しかし、児童生徒は判断に迷うものである、と切り出されます。たしかに、判断は判断力がなければできないわけで、その養成の途上における児童生徒にあっては、未熟な判断をしてしまうときもあるものです。それゆえにBさんは、判断に迷ったときの対処をどうするのか、といった問題を提起されました。他者に頼ってもよい、というのがBさんの回答です。この問題提起は、あとで批判的指摘がありました。判断能力を養うプラスの方向で議論が必要なのではないかというのが、その批判点でした。というのも、このBさんの発言につられて、他の方も「そうだ、そうだ」と肯定的意見がつづき、最後は、他者に頼ろうというような論調になったからです。Dさんも、一人で判断しないでみんなで考える、そのために冷静になって聞く耳を持とう、というようなご意見を出されましたし、Eさんも、いろいろな人に相談するのは、コミュニケーション能力を高める過程において必要であるとされ、他者にアドヴァイスをもらうことの方がよいというようなニュアンスで話されていました。その点ではAさんも同様でした。ただ、Aさんは、総合的な学習の時間、奉仕活動を通して判断力を養っていこうというご意見を提出され、また、キャリア教育に関連し職業観を育成すると同時に、将来像の判断に結びつくようないわば「相談」としての「頼ること」が行なわれるのはよいという形で意見表明されていました。
 Fさんは、この話題から離れて、他教科との連携を通じて判断力の育成に取り組むということを、跳び箱の話を絡めて述べられ、Cさんが人生において進路を決定する際に判断力が求められるとして、キャリア教育をテーマに即した形で話されました。そこでは、インターンシップの話題も登場しました。
 最後に、Bさんが、集団活動の中で判断力を養成することが学校現場に求められているので、奉仕活動にせよ、キャリア教育にせよ、議論が登場する背景を説明されて、集団討論そのものが終了しました。
 さて、いかがだったでしょうか。最後には、議論自体がねじれてしまった感がありますが、おおよそのところ、テーマを議論し切ったといっていいでしょうか。むつかしいテーマをすでに紹介したような様々な角度から議論していただいたといえるでしょう。最後の議論の、集団の中で判断力をはぐくませるとのポイントは、できればもう少し煮詰めるとよかったかもしれません。
 土曜日の議論でも、判断力の定義をするところからはじまりまして、必要、不必要を決める力が判断力である、人と人との付き合い方において言葉遣いの課題があり、どのような話し方をするかも判断しなければならない、とか、行動する上で意思決定する力が判断力だ、との規定も提出されました。
 ところで、土日ともに、情報判断能力と、道徳的判断能力の2点が、学習上の判断とともにありました。しかし、道徳的判断能力の議論がもう少し深められてもよかったのではないかとワタクシは思っています。広く生徒指導とのかかわりを土俵にして、道徳的な判断が下される場面をいくつか例示し、判断力育成の話題を道徳的な啓蒙の話題として具体的にはなされれば、「体験的な道徳教育の推進」と重なって、面白いものになったと思われるのです。
 いや、今回は、やはりテーマがむつかしいということに尽きますね。あまりに突っ込んだ、狭いテーマは、選び方にもよりますが、議論しにくいものです。ワタクシの判断力が不足していました。はい。

(2/26)

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つづいて発言されたのは、特別支援教育を志望するDさんで、Eさんの発言を受け、食べられるものと食べられないものとの区分の判断や右と左の判断もつかないというような児童生徒が、実際に特別な教育的ニーズを必要とする児童生徒にはいることから、判断力ということを捉え直そうとされます。そこでは、プラスとマイナスの価値を認識できるかどうかが教育することとなり、人間の思考の訓練ということにつながっていると述べられます。
 だいたいこのあたりで討論参加者の第1回目の発言が出揃い、Bさんに「順番」が戻ってきました。結局、判断力とは選択する力のことであると参加者のこれまでの発言からまとめられました。そして、小学校段階でたとえば他人のものを盗っていいのか悪いのかといった善悪判断の能力をつけさせると話されました。Cさんもこの善悪判断というキーワードに反応し、情報モラルに関連する客観的な判断能力について言及されました。こうした客観的な判断は、Dさんいわれるように、基礎基本を学ぶうちに身に付くことでしょう。また、Dさんはこの客観的な判断ということについて、ピアジェの実験について述べられます。それは、太いコップと細いコップに同量の水をいれておいて、それを被験者がどう判断するかとの話題です。どちらかの水量が多くみえる錯覚がおこるというものです。ここから、科学的にものをみるということが、判断の前提におかれなければならないということを述べられたわけです。Bさんはこうした客観的にものをみることが、多様な判断を下す際に欠かせないということに同意されました。つづいてBさんは、ご自身の提出された善悪判断ということについて説明を追加されました。具体的には、いじめを題材に学級会でロールプレイングをとりいれて、行動を考えさせる内容を取り扱うと抱負を語られます。次に、Fさんのメタ認知能力の話題、そこでは自分自身を客観的にみつめる第3者的な自分自身をいかに形成するかという話題をはさみながら、Cさんは、昨今のネットを介したいじめにも触れられ、ディベートをさせたいと発言されます。ネットに関連する議論では賛否両論出てくることをCさんは想定され、なぜネットにおけるいじめがいけないのかを討論させたいと、実践的な意欲をみせられました。
 情報化社会に関連してEさんは、客観的に事象を捉えることが大切とし、ややもすると一時的な感情で書き込むことを反省しなければならないと付け加えられました。つまり相手の立場に立って考えるということが要求されているわけですね。問題は、ここになんとか「判断」という言葉を組み込んで発言できるかどうかでしょう。テーマを常に忘れないで発言することが求められています。Aさんにいわせれば、ネットであれ現実の場であれ、いじめが発生するのはコミュニケーション能力の不足と低下が原因であるとのことです。これを解消するには、読書が一役買うと述べられます。なぜなら、読書は様々なものの考え方に触れることができるからだと主張されます。つまり、上に登場した客観的にものをみる態度の養成に読書が役立つということですね。そこで、Aさんは、読書量1万ページに到達すればアワードを出すなど動機付けする提案も出されました。
 教科の具体的なご意見がAさんから出たのにつづいて、Fさんは算数について述べられます。計算能力などの基礎基本から、応用能力を身に付けていくことが算数には期待されますが、応用能力では文章問題を解くにあたっての判断能力が求められます。判断するための材料を自分の力で獲得していかなければなりません。これは、上に述べた、「基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくむ」に即した発言であり、Fさんの学習の成果が発揮された発言であるということができます。ところが、Dさんのいわれるように、算数で勉強したことが、他教科に生かせられないケースもありますね。基礎基本を学んだ上でそれを応用する、この場合でいえば、計算能力が定着して分数の計算に生かす。分数を使うべき問題を解く。ところがこのようにして学んだことが、家庭科においては発揮できない。家庭科で消費税の計算をさせようとすれば、本当はできるはずなのに、算数的思考がオフになってしまう、ということです。高校の英語でいえば、Bさんが話題にされたように、基礎は単語力、語彙力でしょう。辞書を活用してhaveの意味を確認させる。「持つ」ですね。ところが文章中に登場するとそれが変化する。朝食をhaveするというときは、持っているにならないですね。もちろん「摂る」の意味になる。そこで判断力が求められる、というわけです。
(以下、次回更新)

(2/25)

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それでは、集団討論の模様を再現してまいりましょう。今回のテーマは、ちょっと趣向を凝らしすぎたようです。判断力とはなにか、ということを議論していただきたかった意図を持っていたのですが、どうも、討論の中心にこれをおいたとして、話題がつづきにくいというところに問題があったわけです。これは、出題者であるワタクシが反省すべき点かもしれません。しかし、こうした狭いテーマを議論することは、それはそれで意味のあることとはいえるでしょう。議論のテーマによっては、何をどのように話せばいいのか迷うものがある一方で、こうした狭すぎて困っちゃうテーマもあるわけですから。しかも狭いテーマを膨らませる力量があれば、受け容れ幅の広いテーマに、その話題を注入することもできるからです。
 さてさて、では、どのような意味で狭いのでしょうか。それは、通常、判断力だけをたずねるのではなく、思考力、判断力、表現力をセットにしてたずねるのが一般的だからです。すなわち、勉強会でYさんに読み上げていただいたように、学習指導要領の次の記述が下敷きになっています。
 「学校の教育活動を進めるに当たっては、各学校において、児童に生きる力をはぐくむことを目指し、創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する中で、基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくむとともに、主体的に学習に取り組む態度を養い、個性を生かす教育の充実に努めなければならない。その際、児童の発達の段階を考慮して、児童の言語活動を充実するとともに、家庭との連携を図りながら、児童の学習習慣が確立するよう配慮しなければならない」。
 上記は、いわずと知れた、平成20年版学習指導要領、「第1章総則第1教育課程編成の一般方針」からの引用ですね。ここにあるように、流れとしては、(「基礎基本の知識技能の習得」⇒「課題解決のための思考力、判断力、表現力」)+「主体的学習意欲」=学力ということになります。こうした3つをあわせて、学力の3要素と呼ぶわけです。と、ここまでは、誰でも知っています。ところが、ワタクシの疑問は、思考力といえば、なんとなくわかるし、それを実践する具体案も出てきそうです。また、表現力も、なにか書かせるとか発表させるとか、具体案が浮かびそうです。しかし、判断力??となるわけなのです。判断力を養うといった場合、具体的には、どういうようなことなのか、いまひとつはっきりしないわけです。そこで、みなさんに考えていただきたいというのが、出題者の意図であったわけです。誰でも知ってますとはいいましたものの、学力の3要素をまとめておけば、「学力は、『基礎的・基本的な知識・技能』、『知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力』、『学習意欲』の3つから成り立つ。『基礎的・基本的な知識・技能』を定着させるためには、体験的な理解や具体物を活用した思考や理解、反復学習などの繰り返し学習といった工夫を凝らし、読み・書き・計算の能力の育成をはかる。『知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力』という応用力を育むには、その前提となる言語能力を高める。それゆえ、国語的な基礎を固め、さらに、各教科等において、記録、要約、説明、論述などのスタイルを組み込んだ授業を提供する。最後に、『学習意欲』についてであるが、これは、家庭と共同して学習習慣の確立をすすめつつ、補充的な学習といったきめ細かい個に応じた指導を実施して、児童生徒がつまずきやすい内容をはじめ基礎的・基本的な知識・技能の確実な定着を図り、分かる喜びを実感させることにかかっている」となるでしょうか。
 もちろん、ある程度の解答は、ワタクシも想定していました。たとえば、判断力といえば、結局は、何を選ぶか判断するということですから、学習指導においてよくあらわれることです。主体的な判断能力は、情報や資料の活用の際に「判断」しなければならないことですし、ある行為を行なっていいのか悪いのか、つまり道徳的判断力の問題もあります。また、判断を児童生徒の進路の判断というように捉えれば、キャリア教育の実際的判断ということを議論してみてもいいのではないかと推測がたつからです。これを総合すれば、おのずと判断力とは何かが実像を伴ってくると考えていました。
 勉強会での議論でも、この意図をすくいとってくれた議論が展開されました。なかなかやるな、と思っていました。討論の流れはしかし、各参加者の単発的なご意見の発表会方になっていたのが残念でした。ある方が情報の取捨選択能力のことを強調し、それが他の方によって膨らまされることなく終わっていましたし、道徳的判断に関しましても、議論の凝集点になっていたかといえば、疑問が残るものでした。ただ、これを要求するのは、あるいは酷であるのかもしれません。なぜなら、討論参加者の志望校種や教科が異なるからです。そりゃ、情報教諭をめざされていれば、情報選択能力や情報モラルのことを話されるのは当然でしょうし、担任を持ったときのことを考えて、小学校志望者が集団活動の中での行動の「判断」を考えさせると述べるのもまた理の当然でしょう。
 こういうふうなわけで、議論の噛み合わせがうまくいったかといえばクエスチョンマークがつくところもあったわけです。しかし、それでも評価は高いといえます。「なんとかしよう」とする意思が漂っていましたから。いつものように、A〜Fさんとして、発言論旨を追っていきましょう。
 第1発言者はBさんでした。Bさんの発言は傍聴者も含めて評価が高かった発言ではなかったでしょうか。その内容は、こうです。PISAなどの国際学力調査、国内における全国学力テストの結果、学力低下が心配され、それをどのように克服するかが課題となっている。それゆえに20年版の学習指導要領では基礎基本の確実な定着が従来と同じく主張されながらも、学力の問題に力点がおかれて、思考力や判断力や表現力を児童生徒に養成することが期待されている。テーマでは、判断力がたずねられているけれども、それがどういうものか、そしてそれを実践するにはどのようにしていけばいいか議論しましょうといい、まず、一人ひとり判断力とはどのような力であるのか定義を与えましょう、という発言でした。
 上の解説をコンパクトにまとめて討論の出だしとされ、さらにテーマの本質の深め方について方針を固め指示されたわけです。学力テストのことに最初に言及するなど、なぜこのテーマが出されているのかの背景的知識が披露されているところに勉強の成果があらわれているといえます。Bさんご自身の定義としては、「なにか問題が起こったときに適切な行動ができるかどうかの力」であると述べられました。最初の説明が少々長くはありましたが、嫌味ある長さでなく、うまいものだったので、この定義の仕方が極めて短く感じました。もうちょっと長めに説明しても、バランスがとれてよかったように思われました。こうした反省点はあるものの、でもとてもいい第1発言であったと思います。
 こうして引き締まった出だしとなった討論は、程よくすすんでまいります。次の発言者Fさんは、判断力とは選択能力のことをさすといわれました。この定義もよいですね。「短い発言」を意識されていたせいか、なにを選択するのかの目的格がなかったので、それを補うともっといいでしょう。Dさんも選択能力であると述べられましたが、数学志望の立場から、究極的には二者択一で間違えない力と発言されたのが印象に残っています。Cさんは情報の取捨選択ということに特化して発言されます。先に書きましたように、情報科志望ならでわのご意見ですね。Aさんは、課題に対して的確に判断する力であるといい、国語科志望の立場から、読む聞く話す書くの4活動における判断の力というように定義付けられました。このご意見も教科に即したしっかりした内容で、評価高いです。Eさんも、選択能力のこととのこれまでのご意見に賛同しつつ、特別支援教育について触れられ、知的障害のある児童生徒にあっては、授業において、解法を考えるときに、どれとどれを選択していいかわからないといったような場合もあり、特別な教育的ニーズが必要であると述べられました。
(以下、次回更新)

(2/24)

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昨日、一昨日と、当サイト主宰教採対策勉強会に多数ご参加いただき、ありがとうございました。連日満席となるなか、熱気のこもった4時間となりました。両日とも、報告者や討論参加者こそちがいがありましたが、プログラムは同一です。
 まず、「議論のたたき台としての教育学講義」をワタクシの方からいたしました。日曜日の勉強会で、配布25枚のすべてが終了しました。戦後の学習指導要領をみていくことが、戦後教育の特徴を捉えることになり、教育行政方針のブレをそこに見出して、「飲酒運転」表現しました。今回の学習指導要領に関わる説明は、本格的なものではなく、生活科や総合的な学習の時間が出発したことと関わる限りにおいて説明をしただけでした。次回以降の「議論のたたき台としての教育学講義」では、また新しくレジュメを配布して、議論の種といたします。講義はできれば3月いっぱいで終了したく考えています。
 次に、「自己売り込みのツボ」の報告検討でした。両日あわせて4名の方から報告いただきました。3分間で面接官に売り込み、自分を訴えるという報告であり、自己PRとは若干ちがいます。そこでは、声の調子や姿勢、眼の配り方までチェックが細かくはいります。形式、外見のポイントを指摘します。そしてその次に、売り込みの内容が妥当なものか、わかりやすい表現になっているかどうか、もっと的確な内容にならないかどうかなど、個々人に即してポイントを掘り下げてまいります。しかも、この報告は参加者全員の前で実施しますので、参加者全員からコメントをもらうことができます。そうした40、60の眼でみられている中、緊張しつつもいい切れるかどうかがとてもよい経験になります。是非、チャレンジしてください。
 3分間でこれまでの自分自身を売り込むということは、自分自身を見つめ直すという作業にほかなりません。これは、思ったよりもむつかしいものです。大変な作業です。しかし、これを乗り越えることで、教員の志望根拠がはっきりします。また、本当にどういう将来像を自分自身が描いているのか、また、自分の教員としての資質がどこにあるのか、などが浮き彫りになります。
 最後に、両日とも、集団討論でした。今回の集団討論のテーマ、提案者としては反省しています。ちょっとひねりすぎました。もう少し、素直な課題のほうが、大阪らしくていいですね。次回は、初心に返ったようなテーマを提出することにします。

 今回、日曜の討論を次回更新から再現していくことといたします。
 昨日は、当サイト勉強会4月期の受付開始日でした。22時に開始スタートし、10数分で満席となりました。お申込いただいた方すべての方に、返信をしています。ご確認ください。また、過去にお申込いただいた方にもすべて返信しています。ただ、お送りいただいた方のアドレスが誤っていて、返信しても戻ってきてしまうことがあります。その際は、ご容赦くださいね。
 現在、水曜日の開催=水曜会・平日午後開催に空席あります。すぐ下のご案内をご一読くださると幸いです。

(2/23)

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