日々旁午

2013


■この土日に開催しました勉強会にご参加いただいた方、オツカレさまでした。新しくご参加いただいた方が10名ばかりもいらっしゃり、ありがたく思っております。土曜日は、自己売り込みのツボの報告が2名、模擬授業担当が1名、日曜日は自己売り込みのツボの報告が3名、そして、土日ともに集団面接を2回いたしました。
 教職教養解答解説も先週で無事終了し、開催のっけから、自己売り込みのツボの報告となりました。まずは、Yさんからの報告です。Yさんは、小学校を希望されているものの、現在講師として勤めておられる校種と違っているのが問題点でした。そこから、どうして小学校の先生になりたいのかをみつめ直すことが課題であるとお伝えしました。勉強会終了後の珈琲会でも議論したように、教育実習の経験をまとめておくことが肝要でしょう。
 つづいてKさんの報告です。Kさんは、民間にお勤めの方、それゆえに学校現場のことを講師の方ほど知ることもありません。そうした中で、なぜに教員になりたいのか、また、どんなことを生徒に伝えたいのかを書かれたものでした。ただ、実践性が乏しいので、そこが批判の的となるところでしたし、なによりもまだ教員志望理由がはっきりしていないところに問題がありそうです。教科に関連する能力の高さはみなさんが認めるところでしょう。
 日曜には、MさんとFさんとSさんが報告されました。Mさんのは、すっきりした報告であるものの、どうにも実践的指導力とりわけ教科教育能力に関する記述がほとんどありませんでした。そこが難点でしょう。個人的な経験としての海外に関することは語るに足るものの、それをどういうように小学校教育に生かしていくのか、「文章の「加工」が必要でしょう。大胆にカットしてほしいところも申し上げたので、参考にしていただきたいですね。
 Fさんの挑戦は、残念ながら墜落したようです。これは、フルモデルチェンジしないといけませんね。
 模擬授業は、Mさんの担当です。テーマの特性でしょうか、どなたがやってもかわらない内容のものなので、どこに工夫を加えるべきか、難しいものでした。模擬授業の演題のポイントをどこに定めて評価者にアピールするべきか、作戦をたてましょう。
 以下、次回更新。
Mar.10,2013
■あす、あさっては、当サイト主宰勉強会を開催いたします。ご参加のみなさまには、すでにご案内のメールを差し上げています。ご確認ください。なお、キャンセルはあると思われますので、お問い合わせください。
 卒業式シーズンですね。先生方、オツカレさまでした。
Mar.8,2013
■立って珈琲を飲んだ。ちゃんとおいたつもりが、粗相をしてしまった。おかげでネクタイとシャツに、ちょっとだけ珈琲がかかった。気がつかなかった。なぜなら、その珈琲は冷めていたからである。幸いにも珈琲がかかった部分のシャツの面積は小さく、ネクタイは縁に2mm×20mmくらいで済んだ。
 実は忘れ物をして、そのことに気がつき、あせっていたのである。粗相をするのは、こういうときなんだろう。そういえば、きのう、眼科にいったときも、忘れ物をした。保険証と病院の受付カードである。ということは、すべてじゃないか!この日曜日に眼をバリバリこすったのがダメだったのだろう。すぐに結膜炎になった。年に一度はなる。今回は前回のように伝染性の角結膜炎ではなく、ふつうのアレルギー性結膜炎だった。よくはないけれども、うつらないのでホッとした。イヌにうつすこともない。角結膜炎ならば、タオルのほか、触るものを別々にしなければならない。アレルギー性なので、今回はそうした措置をとらずにいる。イヌの頭もナデナデできる。その大きくビーダマのような眼に、結膜炎をうつさずに済む。
 眼に疲れがあるところに、バリバリこすったものだから、右上の瞼がプックリふくれて、視界が不良になった。重い感じもする。
 お世話になるのはいつものように、フルメトロンとガチフロ。点眼薬である。1日4回。これ、なかなか、効く。
 本当は、眼を休ませればいいのだけれど、昨日、アマゾンから書籍が届いたので、読み耽って、またムズムズする。3時間くらいで読了してしまった。眼には悪い行為なのだろう。そしてその同じ本を、きょうも通読してしまった。新書版だから、あんまり時間がかからない。その分、眼にはよいだろう。
 阪神タイガースと同じく、そしてみなさんと同じく、「死のロード」が今年もはじまる。結膜炎を治し、憂いなくこなせるようにしよう。ワタシは夏風邪をひく癖があるので、これにも注意しよう。しかし、なんで夏なのに、風邪をひくのだろう。冬にはかからないのに、不思議である。汗をかいたまま、ひんやりして寝てしまったり、寝ているうちに汗をかくからなのだろうか。GWまで乗り切れたら、あとは、惰性で海の日までいける。毎年のことだから、そういうふうに楽観している。忘れ物だけには、注意しよう。
Mar.7,2013
■日曜日開催の勉強会で、ようやく和歌山2次の教職教養解答解説が終了しました。みなさま、オツカレさまでした。これで、大阪圏、奈良県、和歌山県と3つの自治体の教職教養過去問をクリアしたことになります。継続的にお聞きになられた方はおわかりになると思いますが、出題の本質的なところは共通しているということです。基本的に出題はどこの自治体であれ、時事的な、いいかえれば、中教審答申や協力者会議報告、通知などを素材としているのであって、どこの自治体でも、こうした資料を抜いて出題すれば、スカスカになってしまうということです。
 秋からはじめて3自治体分ですから、少ないといえば少ないです。その一方で密度濃く、また同じような内容の出題を再度お聞きいただくことで、昔の話を思い出し、記憶が定着していったのではないかと思われます。今後の課題つまり来年の課題は、神戸市や滋賀県などを攻略することです。今期は神戸、滋賀、京都に触れられませんでしたので、かなり簡略した形で、ドシドシ解説していくのも、一つのやり方かなと思っています。
 日曜最後の和歌山の解説は、心理学の問題でした。学説史と心理検査の知識を問う問題です。そして、いわゆる「新しい障がい」といわれるADHDの「特性」についての正誤問題でした。心理学が不得手なワタシを露呈してしまいました。どうにも苦手です。
 つづいて自己売り込みのツボ。今回は、YさんとMさんのフレッシュコンビの報告となりました。4年生のYさんは、実習経験をふんだんに取り入れ、教員志望動機がどこから発生したのかを中心とした内容でした。若者らしい感動が原初的な体験としてあり、それがそのまま教員になりたいと願う気持ちに直結していて、お聞きしていてさわやかでした。その反面、語られた内容に「怪訝なところ」を感じる場合もあり、どのようにして「事実」を伝えるべきかが課題となったと思われます。
 一方のMさんは、研究の時代と講師の時代との両方を述べられました。文面はちゃんとまとまっていました。ただ、分量的に多かったのをどういうように削るかが課題ですね。また、志望動機の部分も、バッサリいくべきかどうか。3段落構成でまとまりがあるものの、それぞれを掘り下げるとかなりの主張になってしまうわけで、どのように調整するか、5月末の1分間スピーチを迎えるまでに、選択してくださいね。
 大阪市や大阪府の募集概要、また選考試験日程が発表されたようです。みなさま、願書の締め切りを忘れずに。また、願書は不備のないようにしましょう。これって、当たり前田のクラッカーなんですけど、切手の添付ミスや記入漏れなど、チョコチョコなるのです。出す前には、何度か見直しましょう。
Mar.6,2013
■「はっきり言えば、今の大学の半分はいらない。実際、今の大学生の半分は、大学生になってはいけない人たちであって、本当は職業訓練をやるべきなんですよ。今の大学が生き残るためには、半分は職業訓練校になる必要がある」とは、ワタシの発言ではなく、リクルート社出身にして、中学校校長に転身し、さらには大阪府顧問にも就任した方の言葉である。
 ご本人もいっているけれども、まさに「はっきり言えば」である。現代の社会状況を見据えての発言であろうけれども、ワタシにはここまで「はっきり」いう根性はない。
 それは、第1に、いまの大学の半分はいらないといえるほど、自分自身、偉くないからである。学ぶことに謙虚でありたい。高等教育は教育機能だけではなく、研究機能もあるわけであって、そこに勤務しておられる大学の先生方の論文や講演を通しての発言には、聞き逃してはならないものがあるのである。地方の私立大学の紀要にもすばらしい論考があることを、さんざん目にしてきたワタシには、「半分はいらない」とは到底いえない。教育機能と研究機能の一体化を、いつの時代でも目指すべきなのではないか。
 第2に、いつごろからなのかは知らないが、世の中には「Fランク」大学などというような評価が下されている大学はあるけれども、そうした大学も必死にがんばっている現実に、ビンタを喰らわすようなことはいえない。「半分はいらない」ということは、A大学からF大学まであったとして、D、E、Fランクの大学はいらないということを意味しよう。こうした切捨て御免は、社会の側の制度変革を待って、漸進的に可能となるものであろう。大卒が前提の資格習得が世の中にはあるのであって、その希望を砕くような発言はできない。公務員の世界では高卒と大卒で受験領域が異なる現実がある。その点を配慮した発言を求めたい。
 第3に、学歴に希望を持つ層が少なからず存在するし、「半分はいらない」」といわれた大学に入学したいとがんばっている高校生も、上の「第2」の理由などからいるわけである。高等教育は、なにも就職予備校ではない。青春を謳歌する場所でもある。大学で友人と出会い、優秀な先生と出会い、恋人にも出会う。そうした機会を「半分はいらない」と切って捨てるのは、若者の機会損失を促すことになる。高等教育がレジャー化しているといわれて久しいが、それでもがんばっている諸君もいる。その芽を摘む発言は寂しい。
 第4に、発言者は、D、E、F大学に行く代わりに、職業専門学校ないしは職業訓練学校に大学を構造改革し、個々人の「特性」を伸ばして、20年後に逆転ホームランを打って、いわば「純粋」大卒のものたちを「見返してやれ」というような議論をしているのであるが、こんな無責任な話はあるのだろうか。ちょっとワタシにはいえない。現状変革から一歩進んだ刺激的発言をして、若者たちを鼓舞する気持ちはわからないでもない。しかし、マイスターシュテックを養成するような、また、正当なアパレンティステックな道がこの20年のうちに敷設されるのかといえば想像の外にある。なぜなら、たとえば、これだけオートメーションが進んだ物作りの世界において、手仕事で対抗できるような職業領域を開拓できるのかどうか。そうした領域がなければ職業訓練学校にいっても身に付けた技能はムダになる。大学にも漫画学科ヤアニメーション学科などが存在するのは、その先取りといえないことはないが、どうもそうした学科は先細りのような気がしないでもないのである。高校ではゴルフ科のようなところもあったと憶えている。それも廃校の憂き目にあったように憶えている。
 また、職業訓練学校ですら、序列化が進行すると思われる。発言者は大学の実務校化を述べているのであるけれども、それは最終的に、大学の名を冠しない「学校」に分離される公算が大きい。これが第5の理由である。数年前に、大工養成学校というのができた。今その存在はよくわからないけれども、もし存続していたとして、大工養成学校も複数になり、初等大工養成学校、高等大工養成学校というようになる。結局、初等大工養成学校に入るためには、優秀な中等教育の成績が必要になったり、場合によってはイギリスなどのように、イレブンテストチェックがはいって、初等大工養成学校に入学できないことにもなる。
 つまり、第6には、この社会が学校化社会として肥大化していくかぎり、あらゆる領域でその領域の上部への伝道管が形成されるので、D、E、F大学にいかなかった若者たちも、結局は形を変えた競争システムで闘わざるを得なくなる。学歴社会と異なる職業社会を舞台とし、競争による阿鼻叫喚と優等劣等の視線に囲まれて生きていくことになる。
 ところでワタシたちの社会は、21世紀にどのようなシステムを必要としているのだろうか。人材供給システムとしての教育の在り方に再検討を迫っているといえる。けっして現状の教育システムが満点というわけではない。ただ「半分はいらない」と突き放すのではなく、その半分の大学の有効活用こそが考えられなければならないのではないか。
 その点、よくいわれているように、大学卒業認定に高いハードルを設けることなどがある。これも「結局は…」になりがちだけれども、いま、大学を引き締める最大の方策のひとつとえいるだろう。「大学生になってはならない人」が、大学で学ぶ中で目覚め、生産能力の基礎を固め、社会に巣立つ可能性に賭けるべきだと思われる。切って捨てるのは教育と愛情の放棄ではなかろうか。
 問題は、高いハードルをクリアできずに大学に滞留する若者ということになる。大学をドロップアウトしたものの行方が、社会をさらに歪にするのではないかとの議論になる。しかし、現状でも「大学は卒業したけれど…」であるならば、社会の厳しさを大学生のときに知らしめるというい大学の本来的教育機能を発揮して、大学生を指導しても問題はあるまい。
 ワタシたちは、「大学生になってはならない人」と決め付けるのを批判する一方で、若者を過保護に育ててはならないことも主張しなけでばならない。その前提に立つのであれば、いかばかりかの「煮え湯」を呑んでもらうことも辞さないほうがいい。社会の厳しさを若者は就職面接などで知ることになるが、そこにおける圧迫面接などは、たいしたことではないのであると、若者のこころを強めることこそ、大学の教育機能なのである。そして、発言者のいうところの「職業訓練校」へ大学をスライドさせるのではなく、専門学校の養成力底上げを考えるべきであり、やむなくドロップアウトしたのであれば、大学とは別の教育機関がそうした学生を担当するほうがいい。ギリギリのところまで学生を育てるとの意志を大学は保持すべきである。そうした愛情ある高等教育の実現が21世紀の求める高等教育像であるといわなければならない。そして、このことは大学の存在理由を再考させる契機になるし、そもそも大学が純粋な「真理の探究」の場たることを身震いしながら自覚する契機ともなるのである。
Mar.5,2013
■土曜日の勉強会の最後は集団面接の練習でした。今回は、6名の方が挑戦、25分間です。
 質問事項は、先生になりたい気持ちをひとことで、なぜ教員になりたかったのですか、この1年間かけて自分自身を高めてきたこと、自分が子どもの頃といまの子どもとの違いを述べよ、どのようなクラス運営をしたいですか。豊かな人間性とはどのようなものですか、でした。
 いちばん大切なことは、何度も書いているのですけど、質問に正対した応答であるかどうか、です。まずは、ここを押さえなければなりません。いいことをいうとか、姿勢とか、たしかに評価尺度はありますが、まずは質問が何を聞いているのかを正確に捉えられているかをみられます。
 日曜日の実践の方も、つづけて確認しておきましょう。日曜日は5名の挑戦者で、24分間でした。ひとり減って時間がほぼ同じですから、一人当たりの発言量は増えることになりますね。
 まずは、最近の気になるニュースからでした。「道徳教育の教科化」をあげた方がいらっしゃいましたが、これは避けたほうが無難です。次に教員のやりがいはなんですか、教員として嫌いなタイプはどのようなひとですか。これは答えにくかったと思われます。4月期初、配属されて職員室で挨拶してください、いまの児童生徒の教育的課題はなんでしょうか、児童虐待について教員としてどのようなことができるか、でした。
 挨拶は、みなさんロールプレイでやっていただいたのでよかったのですが、申し訳ないながら、みんないまひとつでした。まずは、元気さを伴うようにし、ピリッとした内容があればよかったです。果たして趣味だけをいっていいのかどうか、前の人と同様の内容をいっていいのかどうか、反省点はありそうです。
 これ以降は挙手制でお聞きしましたが、教職教養にかかわる知識的質問でした。
 教育の中立性について、教科書の供給について、学校教育と市場原理との関係性、体罰について、公務員の禁止事項について、でした。ひとつは手を挙げて応答できるようにしたいところです。なぜなら、5人の挑戦者に対して5つの質問だからです。最後は、いい残したことでした。最後、10秒程度ですいませんがと限定しましたので、長くしゃべっている方はカットしました。本番でも、同様の措置がとられるかもしれません。注意しましょう。
Mar.4,2013
■和歌山の2次解答解説につづき、自己売り込みのツボの報告です。今回の担当は、リベンジに燃えるYさんでした。さすがにがんばってきた甲斐がありまして、前回よりも「50%増量」といった感じでした。質も高くなっています。サイトですので詳しく書けないのが残念です。個人情報の漏洩にならない程度に書いてみますと、自己売り込みですから、「思います」などの弱い主張をする必要はありません、ということがひとつです。語るべき内容があっても、自信がないように思われると損ですので、注意しましょう。しかし、あんまり強めに押すとこれまたたいへんなので、中庸をとるようメリハリつけてください。
 専門用語は面接官に取り違えられる可能性がありますので、このあたりも注意しましょう。このことに関連し、Yさんの場合は、前職経験をどう生かすかは、重要なポイントになります。教職を展望しつつ、前職において学んだところをどのように書くべきか、悩みは尽きないと思いますが、がんばってくださいね。みなさんからいただいたコメントを生かして、再調整してください。
 つづいて、模擬授業でした。担当はKさんです。こちらも校種など、詳しいことは書けません。形式的な面だけ指摘しますと、ちょっと淡々となっていたことでしょう。それから、Kさんは奈良志望ですので、奈良に共通する問題を挙げておきましょう。
 奈良の模擬授業は、大阪圏と異なり、教科書をコピーしたペラ1枚が渡されます。これを活用して10分間程度模擬授業をします。それゆえに、教材の使い方を評価されていると考えていいでしょう。児童生徒が目の前にいると仮定しつつ、さらに、教科書を手に持っているわけです。だから、臨場感を持って、授業をしているのだという雰囲気を面接官にみせつける必要があると思われます。教科書の活用事例、といってもそんなにおおげさなものではありませんが、これを無視して模擬授業するのでは、困ります。
 今回のKさんの模擬授業がそうであったかといえば、そんなことはなかったのですが、次回、模擬授業をする機会には、みなさんに配布する教科書のコピーを用意しましょう。こうした地味な「訓練」が、のちのち光ってきます。
 最後に、集団面接の実践でしたが、こちらは、例により、次回の更新にいたします。
 きょうは、雛祭ですね。桃の節句。とりたててすることはないのですけど、菱餅でも食べましょう。
Mar.3,2013
■本日は、当サイト主宰勉強会に満席ご参加ありがとうございました。新しくご参加された方、いかがでしたでしょうか。また、東京からのご参加オツカレさまです。あすもよろしくお願いいたします。
 また、珈琲会には卒業生のHさんやNさんが駆けつけてきてくださいました。ありがとうございます。今後も受験生の側面支援、よろしくお願いいたします。
 本日は、和歌山2次の解答解説、自己売り込みのツボ、模擬授業、集団面接のプログラムとなりました。和歌山の解説はワタシの方から1時間程度です。今回は中教審答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」に依拠した問題の解答解説からでした。この答申は平成20年1月の答申であり、学習指導要領が改訂される寸前に出されたものです。お話させていただいたように、豊富な事例の提示があり、平成20年3月に学習指導要領が改訂され出来されたあとも、問題作成の基礎資料として活用される場合が多いものです。さすがに今後はどうかわかりませんが、昨年度、出題されていることからしても、何がしかの形で引用されることはあるかもしれません。それだけ重要な答申ということができます。問題は、「新しい学力観」以来の「学力」の確認的なもんだいといえるでしょうか。
 従来的な知識を満タンにすることとそれを時折正確に吐き出して点数を獲得するという「学力」に対して、「思考力・判断力・表現力」こそが「学力」であるとする近年の「学力」に関する共通理解が前提されて受験生に問うているものです。こうした「学力」定義の流れに逆行するような内容の選択肢を選ぶのが正解となるわけです。
 また、次の問題も、「思考力・判断力・表現力」とかかわり、言語能力の育成に関する文章引用の穴埋で、表現力の最たる言語能力では、どのような「行為」があるのかを推測すれば、資料をみてなくてもなんとか解答できる出題といえます。ポイントは、言語能力は国語科だけでなくあらゆる教科において育成されるべきというところです。言語活動の内容は、「記録、要約、説明、論述」ですね。ここがわかれば前半の穴埋が確定します。
 つづいて、日本の近代教育史からの出題でした。時期は大正です。大阪圏ではほとんど出題されない教育史の問題ですね。和歌山や奈良は勉強しておく必要があります。教育史を専門にしているワタシなどの立場からすれば、寂しいことであります。大正自由教育のあらましを多少講義して、その上で、長田新(おさだあらた)の「ハゲ頭」ではありますが、かっこいい写真をみましょうなどと、しょうもないことを申し上げました。和製ペスタロッチですからね、憶えておきましょう。
 木下竹次、小原国芳、沢柳政太郎、長田新、手塚岸衛など大正期における重量級の教育思想家、教育実践家が出題となっています。一度は調べておくといいかもしれません。このサイトでも、ときおり紹介しておりますし、ツイッターでもつぶやいたりしています。
 本日最後に解説したのは、外国語活動に関する出題でした。平成20年3月の小学校学習指導要領における外国語活動の「指導計画の作成と内容の取扱い」を素材として、あやまっている選択肢を選ばせる問題です。一瞬、むつかしいものですけれども、いわゆる限定的表現、用法の「のみ」とか、「だけ」とかの表現に胡散臭さを感じることができれば正答に到着します。
 以下、次回更新です。
 きょうは、3月2日で、3と2、つまり、「み」と「に」なわけでして、ミニの日です。miniに乗ることなかった日でした(泣
Mar.2,2013
■きょうは、探偵ナイトスクープをみなければなりません。25周年ですから。更新は、お休みです、ガォーさん。
 あす、勉強会開催します。ご参加のみなさま、よろしくお願いいたします。
Mar.1,2013

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