日々旁午

2014


■きょうここに書くところの日本教育史の問題まで、4月5日の勉強会にて解答解説しました。明治5年の学制、明治12年の教育令、明治19年の小学校令、昭和16年の国民学校令、昭和22年の学校教育法の順番です。歴史的並び替えの問題は難しいですね。完全に憶えていなければ対応できないからです。今回は教育勅語が選択肢に用意されてませんでしたが、明治期においては学制を基点として、教育令、学校令(小学校令、中学校令、帝国大学令、師範学校令))、教育勅語を覚えておけば採用試験対策としては十分でしょう。あとは、誰がこうした教育法規を準備した人物なのかを押さえておくくらいでしょうか。
 つづいて昭和に飛ぶのですけど、国民学校令と教育基本法、学校教育法ですね。戦前までは「令」で戦後は「法」ですから、おおまかに判断することができます。これは、戦前までは教育法規勅令主義であること、戦後は教育法規法律主義であることによっています。戦前は、教育に関する法規は法律で規定されていなかったということです。もちろん例外はあります。教員の給与に関することなど、お金に関わる取り決めは、帝国議会の採決が必要でした。
 つづいて、ガードナーによる多重知能理論の区分についての問題でした。言語的知能、論理・数学的知能、空間的知能、音楽的知能、身体運動的知能、個人的知能の6点です。マルチプルインテリジェンスは、多くは8点から説明されているようです。こちらでも、8点から説明されています。内省的知能と博物学的知能が、和歌山の問題では抜けているようです。
Apr.19,2014
■教育評価の問題が2題つづきます。完全習得学習を提唱したブルームの診断的評価、形成的評価、総括的評価のほか、個人内評価についてたずねられています。問題の文章を読めば、それほど難しい問題ではないでしょう。教科内容を完全にマスターするためには、歩一歩、児童生徒が理解し内容を自分のものとして定着しているかどうか診断する必要があります。事前に対象を理解するだけの知識技能があるかどうか診断し、つづいて新しい内容が定着しているか、教えるのと定着とを同時並行的に、つまり形成的に評価し、最後に最終評価としての総括があります。個人内評価は、説明文にあるように、評価対象である児童生徒の「内在する基準」を「基準」として評価する方法です。
 次の問題は新しいタイプの学校について知っているかどうかの出題です。マグネットスクール、オープンスクール、オルタナティブスクール、フリースクール、チャータースクールが選択肢として用意されています。
 マグネットスクールとは、アメリカ合衆国発祥の公立学校の一種である。魅力的な特別カリキュラムを持つため、郡や市、学区あるいは周辺地域に至るまでの広範囲から、子供たちを磁石(マグネット)のように引き付ける学校という意味で命名された。
 オープンスクールとは、子どもの能力や適性に応じて個別に教育計画を立て、開放された空間で自主的な学習を進める教育形態。あるいは、そうした教育を行う学校をいう。文部科学省では、平成14年度から「新しいタイプの学校運営の在り方に関する実践研究」に着手し、全国で9校を実践研究校に指定した。指定を受けた学校では、学校の裁量権の拡大と地域学校協議会の設置、運営により、自主的な教育目標や教育計画の策定、児童・生徒、地域・保護者などを含む多様な学校評価を実施し、オープンスクールの発想に立った特色ある教育課程の編成・実施を行っている。なお、広い意味では学校が正規の授業内容とは別に、幅広く市民などに呼びかけて行う公開講座などをオープンスクールと称することもある。
 オルタナティブスクール=オルタナティブ教育(代替教育)とは、「非伝統的な教育」や「教育選択肢」とも言い、主流または伝統とは異なる教授・学習方法を意味する。オルタナティブ教育方法の多くは、主流・伝統的な教育とは根本的に異なる哲学に基づいて発展したものである。ヨーロッパのシュタイナー学校やアメリカのホームスクールに見られるような非常に強い政治的、学術的、宗教的または哲学的な方向性を持つものがある一方、アメリカのチャーター・スクールに代表されるような既存の教育手法に不満のある教師や生徒が集まって作りあげた学校もある。教育選択肢には、公立校、私立校、無認可校(営利・非営利)、ホームスクールなど多岐に渡っているが、大部分が少人数クラス、教師と生徒との近しい関係、コミュニティー意識の三点に重きを置いている。
 フリースクール(英: Free School)の概念はきわめて多義的で、1.アメリカの授業料無償の公立小学校 2.アメリカのフリースクール協会(1805年設立)に加入する人道主義に基づく低所得者のための授業料無償の学校 3.イギリスのサマーヒル・スクールのような デモクラティック・スクール 4.英米のオープン・エデュケーションを行っている学校 5.オルタナティブ教育の理念に基づく学校(オルタナティブ・スクール) 6.不登校の子供が通う非学校的な施設(日本)などの意味で用いられる。(1)(2)での「フリー(free)」は、「自由」ではなく「無料」を意味する。外国では主に(3)または(5)の意味で用いられ、日本では主に(6)の意味で用いられることが多い。
 チャータースクール(Charter School)は、アメリカ合衆国で1990年代から増えつつある新しい学校の試みで、チャーター(Charter)と呼ばれる特別認可、あるいは達成目標契約により認可された学校である。チャータースクールは新しいタイプの公立校という説明の仕方がされることもあるが、正しくは公募型研究開発校という方が分かりやすい。保護者、地域住民、教師、市民活動家などが、その地域で新しいタイプの学校の設立を希望し、その運営のための教員やスタッフを集め、その学校の特徴や設立数年後の到達目標を定めて設立の申請を行う。認可された場合、公的な資金の援助を受けて学校が設立される。運営は設立申請を行った民間のグループが担当する。その意味では、公設民間運営校である。ただし、所定の年限の内に目標の達成や就学児童が集まらない事態に陥った時には学校は閉校になり、その場合の負債は運営者たちが負うことになる。
Apr.18,2014
■春先は仕事が重なって、更新滞りました。申し訳ない。
 さて、日本教育史の解答解説のつづきです。
 もう、簡単に、リンクをはりつつ、引用するにとどめて起きます。最初は、「仮説実験授業」です。これは、板倉聖宣(いたくらきよのぶ)によって提唱された授業です。「昭和5年5月2日生まれ。34年国立教育研究所にはいり、のち同研究所物理教育研究室長。退職後,板倉研究室を設立。おもに物理学史を研究。38年仮説実験授業を提唱し,科学教育の改革にとりくむ。43年遠山啓(ひらく)らと教育雑誌「ひと」を創刊。東京出身。東大卒。著作に「科学と方法」など」。「仮説実験授業」については、http://www.kasetsu.org/をどうぞ。
 水道方式は、http://www.kasetsu.org/を参照してください。数学者の遠山啓が主張した教育方法で「筆算を基本とする算数教育の方法」。タイルを使う方法である。
 生活綴方とは、「生活の中で感じたことや考えたことをありのままに表現させる作文。この作文を通して、児童の社会的現実への認識を高め、ひいては教育全体の改革を意図したもの。これを主張した民間教育運動は昭和4年(1929)ごろから登場し、戦時下の中断を経て戦後復活」。以下、wikipediaの説明です。「生活綴り方教育は、日本特有の教育法といえるものである。かつて、国民の多くが受ける日本の教育の内容では、科学的な内容は重視されておらず、このような認識を形成することは困難であった。そんな中で子どもに科学的な認識をつけさせようと考えたいくらかの教師たちが利用したのが、作文教育である。作文を書くことで社会や自然を見つめさせることが目的であった。  明治初期、作文は教育の一つの対象とされていた。この時代の作文教育は、形式主義とされており、現在の領域でいうところの「説明文」を文語体で書くことが目標とされていた。やがて、1900年の小学校令によって、「作文」は「綴り方」となり、生活を綴ること、平易な文章で書くことが求められるようになった。樋口勘次郎は、生徒の自発的活動として文章を書くことを重視した。そこで、「自由発表主義の作文教授」を提唱し、後の生活綴り方の考えの土台となるひとつの考えを提示・実践した。 大正期になると芸術教育運動と近い綴り方運動が起こり、生活を描いた教材が豊富になった。また、北原白秋などの児童自由詩が生まれ、子どもたちが自由に詩を創作する基盤が形成されていった。昭和になると軍国主義が国家を覆うようになり、教育がその先端をいくようになる。大正自由主義の時代にはまだあった自由な教育への許容が、昭和になると不寛容になり、教育はますます国家統制が強くなっていった。戦後、日本の教育は占領軍による大きな改革が行われ、アメリカ流の経験主義が大々的に導入された。その結果、十分に消化しきれず学力低下を招くことになった。綴り方教育は、そうした批判のひとつとして影響力をもった。そして戦前弾圧された綴り方教師たちが現場に復帰し、再び生活綴り方を学校の現場に取り入れはじめ、日本作文の会という組織が結成され、今日に至っている」。
 最後の「合科教授」だけが、西洋の教育方法。ネット上では、「教科別に行われる分科教授に対し、教科を統合して教授すること。各教科を相互に関連づけ、児童・生徒の全人的育成をめざす。主として低学年で実施。合科学習」との説明や、「20世紀初頭ドイツで普及した。複数の教科を統合し、子どもの興味や生活経験を中心に知識や技能の教授を総合的に達成しようとする。日本では1920年、奈良女子高等師範学校付属小学校(木下竹次)の合科学習に始まる。コア・カリキュラム運動、1990年の小学校「生活科」設置も合科学習の流れと見られる」との説明がある。
 次の問題は、西洋教育史の問題です。ペスタロッチについての説明文の中から、誤っているものを選ばせます。『一般教育学』は、ヘルバルトの著作ですので、これが間違いになります。ペスタロッチは、新教育運動の前段階に位置づけられる教育思想家。スイス革命前後を生きた。ヘルバルトで覚えておかなければならないのは、4段階教授法。明瞭、連合、系統、方法、です。
Apr.17,2014

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